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第17話 王都

 柔らかい枕の心地良さに微かな違和感を覚えながら、トウリは目を覚ました。

 むくりと起き上がり、あくびを漏らしながら大きく背を伸ばす。砦のよりも柔らかく心地の良いベッドは、長旅で疲れた体をしっかりと癒やしてくれたようだ。


 横からモゾモゾと動く音がしたと思って見れば、隣のベッドでシークが部屋に入り始めた朝日から逃れるように毛布を顔の上へと引っ張り上げていた。いつもの元気なシークが朝にだけみせる気だるげな姿がまだ少し面白い。

 枕に顔を埋めるように寝返りを打つ彼のまどろみを邪魔しないように、トウリは静かに腰のベルトと術銃を手に取って身支度した。


 クルズ村での調査を終え、イリスは約束通りトウリの助けとなるべくすぐに動いた。

 その1つ目として、彼女は部隊の交代という名目でトウリをより安全な王都へ連れて行く許可をもぎ取っていた。結果として、4人はコルデ砦から荷馬車に揺られながらの1週間余りを経て、現在はエルトワ王国の王都にいる。

 とはいえ、着いたのは昨晩のこと。すぐにこの宿へ入ったので、トウリはまだ王都を全く知らないままでいた。

 ひとまずお腹が空いたので、用意されると聞いた朝食を求めてそおっと部屋の扉を開けて廊下へと滑り出た。


 階段を下りて1階に備え付けられた食堂へと出る。ここは夜には大衆酒場になるようで、宿に到着したときにトウリはその繁盛ぶりに目を丸くした。

 そんな祭りのようなドンチャン騒ぎがまるで嘘だったかのように、テーブルも椅子も綺麗に並んでいる。既に食堂には何人かが朝飯を食べていたが、その中にトウリの知る人はいない。

 キョロキョロしながらとりあえず空いているテーブルに術銃を立てかけながら座ってみた。


「あ、トウリおはよう。早いね」


 幸いそう時間の経たないうちに、階段からエラが下りてきた。少し安心したように胸をなで下ろす。


「おはよう」

「もう食べた?」

「ううん、来たところ」


 ふわあとあくびをしながらエラが眠そうに目をこすり、そのまま食堂の奥にある厨房へと歩き出した。トウリも後を追おうと立ち上がると、エラは「いいからいいから」と座らせた。

 しばらくするとエラが2つのトレーを手にテーブルへと戻ってきた。トレーにはそれぞれいくつもの野菜とひと切れの肉の入った透き通ったスープと丸い断面で切られたパンが乗せられている。

 ついにぐぅと鳴った腹を恥ずかしそうに隠しながら、トウリはエラからトレーを受け取った。


「ごめんね、トウリはこういう場所初めてだったよね。朝食は女将さんのところに行けばもらえるから、私たちがいなくても先に食べてていいからね」


「分かった、ありがとう」


 向かいに座ったエラが食べ始めるのを見て、トウリも添えられていたスプーンを手に取った。

 木で出来たスプーンで野菜と一緒にスープをすくい、口に運ぶ。口の中で広がる優しい味に、思わず顔が緩んでしまう。


「美味しそうに食べるよねー」

「? おいしいよ?」


 にこやかに笑うエラにトウリは不思議そうに頭を傾けた。何でもないよとパンをちぎるエラの真似をして、パンに手を伸ばす。カリカリの表面はちぎってみるとその見た目に反してふわふわと柔らかく、贅沢にスープに染みこませれば絶品だった。

 目を輝かせるトウリにエラは再び微笑ましそうに見ていた。


「イリスは?」


 なぜだか分からないまま見つめられては少し恥ずかしくなり、トウリは話題を変えるように質問をした。


「起きたらもういなかったね。多分報告とかしてるんじゃないかな」

「報告?」

「そう。まぁそれも仕事の一部なのさ」

「エラとシークはいいの?」

「うっ」


 バツが悪そうにエラはパンを口にくわえた。


「そこはほら、リーダーはイリちゃんだし? でも確かに任せちゃってるのは……でもいつもいつの間にかやってるし……」


 もごもごと何かを言っているエラをまた不思議そうに見ながら、トウリはスープに沈んでいるひと切れの肉を噛みちぎる。狩猟した肉にあるトウリのよく知る味の癖は全然なく、思わずまじまじとその肉を見つめた。猪の肉に似ているが。まぁ美味しいからいいやと残りを口に運ぶ。


「そ、そういえば、トウリは朝からしっかりしてるね」

「?」

「装備とかほら、準備してるし」


 目をパチパチとさせながら、トウリは無意識的に持ってきた自分の装備を見た。エラはといえば、いつもの大きい肩掛けカバンを持っておらず、軽装の防具も外している。


「なんとなく。これしかないし」

「あ……」


 話題を変えたはずなのに、エラは再びバツが悪そうにうつむいた。対してトウリは全く気にした様子はなく、パンの最後のかけらを美味しそうに口へ運んでいた。


「よしじゃあ買おう! せっかく王都にいるんだから、買い物をするぞ! えいえいおー!」


 名案を思いついたとばかりにエラは立ち上がるも、人が増え始めた食堂中から視線を感じて即座に座った。

 楽しそうだなと思いながら、トウリはトレーを厨房へと返す人を見習って同じように食べ終わったトレーを返しに行く。テーブルへと戻るとエラは真っ赤な顔でスープをちびちびと飲んでいた。


「あ、シーク、おはよう」

「あよう……ラっちどったのそんな真っ赤になって」

「うっ」


 エラが食べ終わるのを大人しく待っていると、寝癖のままのシークが下りてきた。あまりにも寝起きの格好だが、人目を全く気にしない様子で褐色の腹筋をポリポリと掻いていた。

 そして眠そうに大きくあくびをしながら厨房の方へと歩いて行くと、トウリたちの3倍はあるだろう量とメニューにはなかったはずの大きなトマトを幾つか載せたトレーを持って帰ってきた。


「あれ、イリスは?」

「なんか、報告だって」


 沈黙したままのエラの代わりにトウリが答えた。

 ふーん、と興味があるのかないのか分からない反応を返しながら、シークは椅子に腰かけてパンの山に手を突っ込んだ。


「シークってすごい食べるよね」


 次々と消えていくパンとスープを見ながら、トウリは野営の時から密かに思っていたことを口にする。


「そう? これでも足りないんだけど」

「……お腹バカ」

「あはは、見てトウリ、喋るトマト」


 ぼそっと放たれた罵倒かどうか怪しいエラの言葉にシークはケラケラと笑いながらスプーンで指した。再び勃発した言い合いも大分見慣れた光景になったと、トウリは楽しそうに体を揺らしながら2人のやりとりを眺めていた。




「すまない、待たせたな」


 食堂から人がいなくなった頃、イリスが戻ってきた。


「イリス、おはよう」

「あよーう」

「おはようイリちゃん」

「あぁ、おはよう」


 イリスは3人の待つテーブルへと近づき、流れるような動作でトウリの頭を撫でてから椅子に座った。トウリが少しくすぐったそうにするだけで、シークもエラも見慣れた光景だと特に反応を示さなくなっていた。


「報告とかだよね? ごめんね任せちゃって」

「うん? 何を今更。私が勝手にやっているだけだ、気にするな」


 不思議そうに答えたイリスに隠れて、シークが笑い堪えていた。それに気づいてエラはシークの足を蹴る。が、シークはそれを華麗に躱し、エラは足をテーブルにぶつけて悶絶していた。


「さて、早速だが共有すべきことを共有する」


 そんなテーブル下の攻防に気づいてか気づかずか、いやほぼ確実に気づいた上で無視して、イリスは話始めた。心配すべきかと一瞬悩んだものの、イリスが無視するならとトウリはイリスの方を向いた。


「砦を出発時に話した通り、トウリにはしばらく我々と行動を共にすることになった。もちろんこれはトウリに強制するものではないから、他にしたいことがあったらいつでも言ってくれ」


 トウリはコクリと頷く。

 そうはいっても、彼にイリスたちから離れる気は全くなく、正式に一緒にいることを許されてただただ嬉しかった。その様子をイリスは少し心配そうに見るも、一旦は共有を終えるべく話を続けた。


「続いて我々の次の任務についてだが、少し日数が空くため詳細はまた後ほど伝える。それまでは、しばらく王都で待機ということになった。平たく言えば、しばらくの休暇だ」


 エラがテーブルの下で小さくガッツポーズをした。


「共有は以上だ。何か質問は?」


 特にないことを確認して、イリスは再び口を開いた。


「それでは今日から自由にしてもらって構わないのだが、実はこの後トウリを術学院の方へ案内しようと思うのだが、2人も一緒に来るか?」


「術学院?」

「なんで?」


 トウリとエラの上に大きなハテナが浮かんだ。


「実はトウリ母の知り合いの特定が思っていたより早く終わって、その人が術学院にいることが判明したんだ。今日なら時間が取れるということだから、早速行こうと思っている」

「!」


 トウリはまさかこんなに早く母の伝手を辿れるとは思っておらず、少しの緊張が込み上がる。


「へぇ、そうなんだ。私の知っている人なのかな」

「エラは母校だったからな、知っているだろう。学院長のソニア教授だ」

「えええええ!?」


 エラは椅子を倒してしまう勢いで立ち上がった。


「先生の知り合いなの!?」

「……これは、エラにも付いてきてもらった方が良いな」


 トウリは再びハテナを浮かべながら首を傾げるしかなかった。

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