第16話 帰る
観測術具を取り出し、トウリは他の3人と一緒に丘の上の茂みから眼下を覗き込んだ。
「トウリ、ここがクルズ村で間違いないな?」
「うん。ここが僕の故郷……だった場所だよ」
彼らの眼下に広がっていたのは、山間に広がるでこぼことした荒野だった。
辛うじて残された瓦礫はそのまま乱雑に転がっており、後は爆発の炎による燃え跡ばかり。果たしてクルズ村を知らずに、ここが村の跡地だと判別出来るだろうか。人々の生活の跡は全て平らに潰され、そこは森にぽっかり空いた土地と化していた。
そんな惨状に、とても場違いな複数のテントのような簡易建物と、数十もの人の姿があった。テントの周りに兵士らしき人たちもいるが、多くは緑のローブを着用した者たちだった。彼らは瓦礫の上で術具を手に記録を取る姿や、土を採取してはテントに持ち帰る様子が見られた。
「なんだあいつら」
「この人数はさすがに予想外だ。トウリ、確認だが彼らの中に君の知る人はいるか?」
「いない」
「だろうな。ふむ……」
イリスが少し悩むように眼下を睨む。
「もっと近づくか?」
「いや、流石にこの先は視界が開けすぎている。だが確かにここからだと少し遠いな」
その言葉に、トウリは今更当たり前な事実に気づく。観測術具を持っているのは、自分1人だけだった。
「イリス、これ使って。ここからでも良く見れる」
観測術具をイリスに差し出すと、彼女は驚いたようにトウリを見た。
「それは母の形見だろ? いいのか」
「うん、みんなの役に立つから」
「……そうか、ありがたく使わせてもらう」
少しためらいつつも、イリスは観測術具を受け取り覗き込む。
「横をこうすれば、視界を近くしたり遠くしたり出来るから」
「おぉ本当だ、良く見える」
ふと術具関連の話なのにエラが静かだと思い彼女の方を見る。どうやらさすがの彼女も、作戦中は集中して事にあたるらしい。
「……チラッ」
訂正。やはり彼女は作戦中でもシークの言うところの術バカらしい。
チラチラと観測術具の方へ向けられる視線に気づき、トウリは見てはいけないものを見たかのように視線を逸らした。
そして逸らした先にいたシークを見ると、彼もエラの姿に気づいたのか必死に笑い堪えていた。
「エラ、どう思う」
そんな状態を知ってか知らずか、イリスはエラの意見を求めて観測術を彼女に手渡した。
エラの表情は真剣そのものだったが、トウリの目には彼女の後ろで幾つもの花が咲いたかのような錯覚をした。
「何かを調査しているのは間違いない」
「やはりそうか」
「うん。あの緑ローブ、恐らくフォルロットの研究機関の制服か何かでしょう。残存の術力の計測や瓦礫の変形を調べているように見える。爆発の記録を取っている、って言えば良いかな」
「少なくとも、村人の救出ではないと」
「うん、それはない」
「つまり、どういうこと?」
なんとか笑い声を我慢して落ち着いたシークが2人に訪ねた。
「つまり、これでトウリの証言を裏付けられたってこと」
「あぁ、そうだな。この惨状からしてクルズ村は破壊されたことは明白。しかも、自然災害の跡もないし、ましてやこんな形の破壊を齎す自然災害を私は知らない。これで、人為的な爆発の可能性が現実味を帯びてくる。加えて、あの緑ローブたち。村人救出目的で人が集まるのなら分かる。だが彼らは恐らく調査をしている。災害調査とも捉えられるが」
「待ってイリちゃん」
エラが何かを見つけて観測術具をイリスに渡す。
「ちょっとあそこの大きいテントの入り口見て。10時方向」
「何を……あいつは確か」
そこにいたのは、1人だけ緑のローブに金の装飾を入れた、金髪の男性。彼は周りの緑ローブに指示を出しているようで、どこかへ指を差したりしながら大声を上げていた。
「確か名前はシュトローム、シュトローム・ハルデボワ。フォルロット王国の大物だよ」
「あぁ、確か資料で見た覚えがある」
見せて見せてとせがむシークにイリスが観測術具を渡す。「うわ、嫌な奴」とだけ言い、シークは観測術具をトウリに返した。
トウリも怒鳴り散らかしているシュトロームなる人物を捉えると、確かにあまり関わりたくないタイプだなとシークに同意する。
「仔細はまだ不明のままではあるが、これで決まりだな」
「そうね」「だな」
「え?」
トウリだけが状況についていけず、覗き込んだ観測術具から顔をあげる。
「君の証言を裏付けるだけの情報は十分集まったと言って良い。決定的なのはあのシュトロームの存在だ」
そしてイリスは少し悩む素振りを見せてから、トウリにゆっくりと語りかけた。
「あのシュトロームという男は、我が国がマークしているほど優秀な術研究者だ。具体的には、術兵器の作成に長けている。もし君の村を襲ったのがフォルロット王国の破壊兵器によるものであれば。あくまで私の予想だが、彼はその作成と実行の重要な役割を担っていたと考えられる」
ゆっくりと、トウリの目が見開かれる。
「つまり、あいつが、父さんと母さんを……」
「どこまでシュトロームが関わっているかはまだ分からない。だが、現状の情報だけを見るなら、その第1候補ではあると言わざるを得ない」
再び、金髪の男に視線を走らせる。彼はまだテントの外にいる。
風はほぼない。距離も、射程圏内。
自分の実力なら、あてられる。
呼吸が荒くなるのを感じる。手のひらに汗が伝う。
ドス黒い何かが、せり上がってくるのを感じる。
今なら、両親の仇が取れる。今なら、復讐を、果たせる。
鼓動がひどくうるさい。まだ術銃を持っていないのに、体の中で術力がひどく循環している気がする。きっと今なら、最速で術銃を起動させられる。
でも。
トウリはそれらの感情に蓋をするように、目を閉じた。
ここで撃てば、間違いなく捜索が行われる。
そしたら、逃げられるのか。エラの術は機能するのか。ここまで連れてきてくれたみんなを、身勝手な危険に巻き込むのか。
思い出すのは、ここまで共にした数日間。シークとは夜の番を経て、気兼ねなく話せるようになった。術話で少し暴走しながらも、常に優しく接してくれたエラ。そして、自分を受け入れ、この機会をくれた、イリス。
自分の話を信じて、危険を冒し、自分を守ってくれた彼らを、ここで、裏切るのか。
そんなことは、絶対に、しない。
トウリはゆっくりと目を開く。
気づけば、イリスはいつの間にかすぐ目の前で、トウリの顔を覗き込んでいた。
「ち、近っ」
思わず零れた言葉で、プッと笑いを堪える音がした。そちらを見るとシークが肩をふるわせながら笑い堪えていた。そんなシークを、エラはひどく安心した様子でテシテシと殴っていた。
再び、なんだか1人だけ状況を掴めずにいるトウリは目を瞬かせることしか出来なかった。
「大丈夫なのか、トウリ」
そんなトウリに、イリスは心配そうに言葉をかける。
「えっと……大丈夫だよ?」
キョトンとしたトウリにようやく安心し、イリスは肩の力を抜いた。
「いや、大丈夫なら、いいんだ」
「プクク」
「シークうるさい、お前だって反応してたくせに」
「そりゃするだろー。トウリ、良い殺気だったぞ!」
「え」
「ちょっとシーク!」
そんな暴露をするシークにトウリは目を丸くし、エラは怒ったようにシークを殴り、イリスはため息をついた。
「え、えっと、ごめんなさい」
「いや。確かに君がシュトロームを撃とうとするんじゃないかと心配はした。だがまぁ、何事もなかったのだ、よしとしよう」
イリスは仕方なさそうにトウリの頭を撫でる。
「さぁ、ここでの調査はもう充分と言えよう。さっさとエルトワへ戻ろう」
「賛成、プッ」
「シークうるさい!」
そして3人はその場を離れる準備をする。トウリだけが、クルズ村の様子を見ていた。
「ほらトウリ、行くぞ」
「うん」
行ってきます。
そうして4人はクルズ村を離れ、エルトワへと向かった。
逃げた時と同じ道なのに、それがひどく違う道のように見えた。
敵陣を離れて声を潜めずに話す3人の部隊に、もう1つの楽しげな声が加わった。




