第14話 距離
「それじゃあ、見張りを頼んだぞ」
「おーう」「うん」
そう言ってイリスは簡易的なテントの中へと入っていった。
一行は現在森の中。トウリが死に物狂いで通り過ぎた砦も難なく迂回路で通り過ぎ、特に緊張感もないままにフォルロット王国への潜入を果たした。あっさりと果たしてしまったのだ。
一体、あの時の苦労は何だったのかと項垂れてしまうほど拍子抜けするような行程を経て、トウリはイリスの部隊との最初の夜を過ごそうとしていた。
並べられた2つの簡易テントをたき火の淡い光が照らす。そのたき火を挟むようにして、トウリとシークが荷物を背に座っていた。
これまでの行程で何もしていないという罪悪感から、トウリは免除されていた夜の番をなんとか説得して手伝えることになった。ただし誰かと一緒に行うという条件付きではあるので、結局夜の番の交代体制に何の影響も与えられなかった。
「じゃあ今晩一緒にやろうぜー」
そう意気揚々と言ったシークの申し出を受け入れ、現在2人は最初の夜の番をしていた。
とはいえ、トウリは気配を探る方法なんて知らないし、夜の暗闇を看破するものも持っていない。時折シークがピクリと視線を暗闇に向けては何事もなく武器の手入れをしているが、一体何に反応しているのだろうか。
今更ながら夜の番を1人でやろうとしていたことが少し恥ずかしく、トウリは誤魔化すように手元の術銃を磨いた。
「それがトウリの武器?」
突然声をかけられビクッと肩が跳ね上がる。
顔を上げると、シークが隣で術銃を覗き込んでいた。少し間隔を空けて座っていたはずなのに、いつの間に移動していたのだろうか。
「これで殴るの? 細くね?」
「な、殴らないよ!?」
あまりにも予想外の発想に、トウリの声が上ずってしまう。シーと指を唇で押さえるシークを見て、手をかぶせるようにして自分の口を塞ぐ。
「トウリ驚きすぎー」
ケラケラと笑いながらシークが隣で胡坐をかく。トウリはまだ少しい跳ねている心臓を落ち着かせるように深く息をする。
正直、この人が一番分からない。
ここまでの道中では敵国へ侵入しているという事実を忘れるぐらい、部隊メンバー同士の会話は盛んだった。トウリはそんな状況に目を白黒させながら会話を振られることが多々あった。
イリスは砦と変わらない調子で優しく、常にトウリのことを気にかけてくれていたので、トウリはシークとエラとも過度に緊張もせずに話せるようになっていた。
特にエラに関しては、優しいけど時々術に関しては暴走する術士の人、という認識を持てるぐらいには会話が弾んだ。本人がその認識を肯定するかどうかは別として、イリスならばそれで概ね正しいと同意してくれるだろうとトウリは勝手に思っている。
ただシークに関しては、トウリはまだ掴みきれずにいた。決してシークが無口で話す機会がなかったからではない。むしろシークが一番喋っていたし一番気安くトウリに接してくれていた。
トウリは、どうも彼の軽薄そうな笑みの下に、何かが隠されているような気がしてならなかった。
それは、狩人としての経験故なのか。シークから感じるのは、人間らしからぬ、獰猛な肉食獣のような独特な雰囲気。
ちらっと楽しそうな笑みを浮かべているシークへ視線を送る。
夜の肌寒さなぞ気にしないと言わんばかりの薄手の黒衣、そこから覗く褐色の肌に刻まれた幾重にも重ねられた入れ墨。
たき火に照らされ微かに煌めくような濃い紫の髪に、見透かすような金色の相貌。
パチリと目が合い、トウリは思わず目を逸らす。
「会った時とおんなじ目―」
しまったと思わず後悔する。あの時も見ていたことが、やはりバレていたようだ。
「気になる? 気になる?」
シークが楽しそうに言い寄る。
「そ、そんなこと、ありません」
「えー嘘つきー」
「うっ」
思わず否定してしまったが、それを貫き通すだけの胆力がトウリにはなかった。
「……はい、気になります」
「お」
そう認めるトウリに、シークは少し意外そうに目をパチリと瞬かせ、そして嬉しそうに目を細める。
「へぇ……じゃあいいよ、質問してー」
一瞬の間を不思議に思うも、シークへ視線を戻す頃には既に楽しそうな笑みを浮かべていた。
「えっと、じゃあ、シークさんは」
「シーク」
「え?」
「『さん』いらない。シークって呼んで。てかその硬い口調何、イリスには砕けてたよね」
「う」
再び指摘のクリーンヒットを受ける。
「シ、シークさんと今日会ったばかりですし」
「イリスもほぼそうじゃん」
「シークさんは年上ですし」
「イリスもだし」
「いや、まぁ、でもイリスは」
「えーイリスだけずるいずるい、俺ももっと仲良いのが良い」
先ほど声が大きいと注意した人物とは思えない声量でいやだいやだと子供のように駄々をこねるシークに、トウリはアワアワと戸惑う。
「わ、分かりました、分かったから、シーク!」
「あ、ほんと? やりぃ」
そしてトウリが折れた瞬間、シークはケロッと何事もなかったかのように態度を戻した。
もしや全て演技だったのではとトウリが気づいた頃には、シークはいたずらが成功したような笑みを浮かべていた。




