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第11話 選択

「さて、それでは本題へと移ろう。実は君の待遇について報告、いや相談がある」


 途中からは宥めるというよりも単に撫でたいからという理由でトウリを撫で回した後、イリスは何事もなかったかのように向かいのベッドに再び座った。


「相談?」

「そう、相談だ。この前も言ったが、君の待遇についての国からの正式な判断は後日になる。何分、戦争中の国からの亡命だからな。とはいえ、問題なく受理されるだろう。問題はその後だ」


 イリスの眉間の皺が寄る。


「恐らくだが、ここから先の生活について、国からの補助などは期待できない。つまり、具体的にはこの砦から先の生活について、君はどうにかして自分で生活基盤を作ることになる」


 そう悲観的に話すイリスとは裏腹に、トウリは少し目を瞬かせるだけだった。

 トウリからしてみれば、元よりそういった助けをもらうつもりはなかった。

 だがそんな認識の差に気づくことなく、イリスは話を続けた。


「すまない、本来なら途中まででも助けになりたかったが、何分私も任務中の身だ。現状任務以外でここを離れられそうにない」

「あ、いや、そんな。なんとかするから、大丈夫だよ」


 そう返事をすると、イリスは少し意外そうに顔をあげ、そしてすぐに破顔した。


「そうか。どうやら私は勘違いをしていたようだ。君は、それも覚悟の上で、エルトワに来ていたのだな」


 先ほどまでの悲観など演技だったのではないかと疑うほど愉快そうに、イリスは笑みを深めた。


「では回りくどい話はやめようか。トウリ、私の部隊に協力する気はないか」

「きょ、協力?」


 突然の展開に、今度はトウリが驚いたようにイリスの顔を見る。

 何かの冗談だろうか。いや、本気だ。彼女の真剣な眼差しに、トウリは思わず背筋を伸ばした。


「そうだ。先ほども言ったが、現状私が君のこれからの生活について助けられる箇所は少ないだろう。だが、君が私の部隊の協力者になってくれれば、話は変わる。正式な協力のお礼として、私も君のために動けるだろう。そうだな、最低でもそのソニアという人物に会うまでの協力は、出来ると思う」


 村に居た頃であれば、きっとこの話に飛びついていただろうとトウリは自覚した。

 あまりにも虫のいい話のように思えた。イリスをもう少し信用しようと決めたばかりではあるが、気づいてしまったことを隠す腹芸などトウリが出来るはずもない。

 そうして訝しむ表情をみせたトウリを見て、イリスは再び笑みを見せた。


「その警戒心は素晴らしい。疑うという行為は決して恥ずべきことではない。それはきちんと自分で考えている証拠だ。とはいえ、この話は決して君だけに利益のある話ではなく、当然私にも得るものはある。それに、君に頼みたい協力内容は少々、いやかなり酷なことをお願いするになる」

「……その協力内容は」


 トウリの問いかけにイリスは前屈みになり、息を潜めるように答えた。


「君には、案内を頼みたい。君の村への、案内だ」


 爆発に引きずり戻されるように、鮮明にあの日の光景を思い出す。

 狩り場から見た、赤い閃光と破壊。村で見た惨状と、親との別れ。

 硬直してしまったトウリの様子に気づきながらも、イリスは淡々と話を続けた。


「先日君が話してくれた内容は誰も知らなかった貴重な情報だ。だがそれは同時に、現状君以外の情報源がないことも意味する。君を信用しない訳ではない。だがそれだけでは、国は動かない。君の齎した情報はエルトワにとっては大変重大なものだ、でもだからこそ事実の確認が必要」


 トウリは未だ呆けたまま、イリスの話をしっかり理解できずに居た。


「これから私は私の部隊と共に君の話した内容を裏付けるために、君の村へと赴き調査することになる。その調査の課程で、君には村への案内を頼みたい」


 村へ、行く? 調査? 僕も一緒に? 逃げたのに? なんで?

 幾つもの疑問がトウリの頭の中を渦巻く。

 トウリはいつの間にか俯いてしまった視線を彷徨わせる。イリスの言葉の上に、惨劇の記憶が覆い被さる。

 目の焦点が、合わなくなる。あれ、なんの話、だっけ。


「トウリ!」


 イリスはトウリの顔を掴んで、思考の海で溺れていた意識を引きずり戻す。

 泳ぐ視線が、辛うじてイリスの顔を捉えた。


「良く聞きなさい。私たちは、君が来ても来なくても、君の村へ行く。君が来ないなら、この任務の外部漏洩を防ぐために、我々が君の村を見つけ調査を終えるまで、この砦に残ってもらう。だが、もし君が一緒に来てくれるなら、全力を持ってして、君を守ることを約束する」


 イリスの言葉を反芻する。逃げ出したくなる気持ちを、イリスの手が許してくれない。

 一緒について行くか、ここで待つか。

 1人で。独りで。

 せっかく、少し信用しようと思ったのに。また置いて行かれるのか。また、独りになるのか。

 またあそこに行くのか。せっかく、ここまで逃げたのに。また、行くのか。


「トウリ」


 その声は、先ほどと同じく、鬼気迫るような、絶対に意識を逃さないような声だった。しかし、トウリには不思議と暖かくも聞こえた。


「これは君にとっても大事な選択になる。このまま過去から怯え、逃げ続けるのか。それとも、向き合い、前へと進むのか。これが酷な選択肢だということも、理不尽だとも、つらいことを頼んでいることも、分かる。だが、これは必要な問いかけだと思っている。私にとっても、君にとっても」


 イリスの手が、トウリからゆっくりと離れていく。暖かい感触が、離れていく。そして、ゆっくりと、その手がトウリの前に差し出された。


「さぁトウリ、選べ。ここに残るのか。それとも私と一緒に、前へ、進むのか」


 繰り返されるのは、あの日の爆音、あの日の閃光。

 過るのは、川辺の兵士の叫び、向けられた殺意。脳裏にこびりついた、恐怖。


 その時、後ろから押された気がした。

 柔らかく、暖かく、大好きな温もりに。望むままに、いきなさい。


 気づけば、トウリの顔から、迷いが、消えていた。


 この人となら。イリスとなら、前へ、進めるかも。

 そしてトウリは、自分の手をゆっくりと、イリスの手の上に重ねた。


「わ」


 すぐにその手は取られ、そしてトウリはイリスの方へと引き寄せられた。太陽の陽気のような暖かさを感じる。上を向くと、そこには満面の笑みがあった。


「選んでくれて、ありがとう。これからもよろしく、トウリ」


 いつの間にかトウリの顔にも、その満面の笑みがあった。

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