第10話 術銃
いつの間にか寝ていたらしい。
まどろむ意識の中、トウリは昨晩イリスから返してもらった術銃を抱きしめるように腕を引き寄せる。
だが返ってきたのはゴツゴツとした手触りではなく、懐かしく、暖かな感触。
重たい瞼をあげ、視線をあげる。
そこに居たのは、柔らかく微笑み、我が子を慈しむように抱きしめる母の姿だった。
「母さん!」
トウリは、一層強く、母を抱きしめ返した。
「母さん、僕、やったよ。エルトワに着いたよ。頑張ったよ」
母は笑みを深め、褒めるように優しくトウリの頭を撫でた。
そんな母の後ろから、力強い腕が回されていることに気づく。
「父さん!」
力強くも安心できる腕の感触。父は、誇らしそうにトウリを見ていた。
「父さんの教えがあったから、ここまで来れたよ」
両親の暖かさが、心を安心させる。いつまでも続けばいいのにと、願う。
だが、ゆっくりと覚醒していく意識に、トウリは気づく。
次第に、2人の体が離れていく。上へと、浮いていく。
「父さん! 母さん!」
涙を流すトウリに、2人は愛し子への深い慈愛を返した。
窓から差し込む柔らかい陽気が部屋を満たす。ゆっくりと目を開ける。手元には、術銃。
濡れた目元を拭い、トウリはそのゴツゴツとした感触を抱きしめた。
朝の診察を終え、トウリは包帯のほとんどを外してもらっていた。
傷の具合も良ければ、体の調子も問題なさそうだ。そんな結論を出した医者を見送り、今日は何するかと思案するも、特に出来ることもないので考えるのを辞める。
森をひたすら進むよりもずっと快適な環境とはいえ、いかんせん返事待ちのトウリに出来ることは限られていた。
汚れもないのに、服の袖で手元の術銃を拭く。
手入れをするにしてもその道具もないし、さすがに似たものがこの砦にあったとしても貸してもらえないだろうと諦める。
むしろ、よく武器を返してもらえたなと思う。先日ダメ元でイリスに訊いてみて了承されたときは驚いたが、実際に返された時はもっと驚いた。
術力を溜めた術石と術力倉を外した状態という条件付きではあったが、そんなことはどうだってよかった。
例え起動できない状態の術具でも、トウリにとっては心の拠り所なのだ。
そうして術銃を拭いていると扉がノックされる。「はい」と返事をすると、扉からイリスが入ってきた。
「おはよう、トウリ。昨晩はよく眠れたかい?」
「は、はい、おかげさまで」
「それはなにより。体の方はもう大丈夫かい?」
「もう平気です」
そう言うと、イリスは少し目を瞬かせ、クスクスと笑った。
「そんな無理して丁寧に話す必要はない。この前みたいに楽に話くれて構わない」
「あ、いや」
イリスに事情を話したのはおよそ3日前。
その時は余裕もなく忘れていた言葉遣いを今になって修正しようとしたが、気づかれてしまった。トウリは少し顔が熱くなるのを感じた。
「フフ、君が話し方に気をつけようと思ったことはとても立派だと思う。きっとそれは両親の教育の賜物だ」
イリスはそう優しく笑いかけた。
「けれども、私に対してかしこまる必要はない。むしろ、楽に話してくれることを望む」
込み上げる恥ずかしさを必死に飲み込み、トウリはたどたどしく応えた。
「う、うん、分かった」
満足そうに笑みを返し、イリスは向かいのベッドへと腰掛ける。トウリもベッドの脇へと移動し腰掛け、術銃を脇に置いた。
「その術具」
その様子を見て、イリスが口を開く。
「それは君の母が作ったものだと言っていたな」
「はい、あ、いや、うん、そう」
クスッと笑い、イリスは話を続けた。
「それは本当にすごいものだね。術具は専門外だが、少なくともそれはかなり高度な術式を用いていることは分かる」
術銃と母の技術を褒められて、トウリは少しい照れたようにはにかむ。
「この前は詳しく聞けなかったが、それが君の武器だという理解で間違いはないね?」
「うん、そうだよ」
「君はそれを主に鳥の狩猟に使っていたと言ったが、それは術士が放つ術式というよりも、弓矢のようなものと捉えていいのかい?」
トウリは少し悩んだ。
前は主に村の話をしたが、術銃については省いた箇所も多かった。どこまで目の前の彼女を信用して良いのだろうか。
自分のことを兵士と呼んだ彼女とは国が違うけれども、森のあいつらと同じ仕事の人間。
「あぁ、すまない、無理に話さなくてもいい」
そんなトウリの様子を見て、イリスは困ったように眉を下げた。
この砦にいる3日間、イリスは常に優しく接してくれた。確かにこの部屋から出ることは出来ないけど、それを不自由と思うほど窮屈な思いはしていない。
そして何よりも、術銃を返してくれた。そんなイリスになら、もう少し信じてもいいのかな。
トウリは軽く首を横に振り、イリスの質問に答えることにした。
「一般的な術士を知らないから分からないけど、弓矢とは少し違う。弓矢と同じく遠距離から放つけど、弓矢よりも威力出るし、弓矢よりもずっと遠く狙える」
イリスは話してくれたことに礼を言うように一瞬目を細め、そしてすぐに真剣な表情へと変えた。
「それは、どれくらい威力が出るのだ?」
「威力というか、貫通力、かな。弓矢では貫通できないものも貫通できる、みたいな感じ」
「弓矢では貫けない板でも、その武器なら貫ける、みたいな感じだろうか」
「うん、でも恐らく木どころか物によっては金属でもいける」
「それは……確かに威力は桁違いのようだな。距離はどれくらい遠くから撃てるんだ?」
「獲物にもよるけど、1000メルドとかでも」
「メルド? すまない、メルドとはなんだ?」
「あ、えっと、距離の単位」
「すまない、その単位は知らないな。フォルロット王国でもそんな単位が使われているなんて聞いたことがないな」
「分かんないけど、父さんと母さんはメルドを使ってた」
「フム。どうやら距離については、実際に見た方が早そうだな。すまないが、今度実際に使うところを見せてくれないか?」
「え、良いの?」
トウリの疑問に、イリスは少し頭を傾けた。
「だって、今は動かせないけど、武器だよ? ホ、ホリョに渡して良いの?」
そう心配するトウリに、イリスはプッと笑いを零す。
「難しい言葉を知っているね。問題はない、心配しなくて良いよ」
そう軽い調子の返事に、トウリは胸をなで下ろす。
「それに」
瞬間、トウリはゾワリと毛が立つのを感じた。
「あまり我々を舐めてもらっては困る」
目の前に居るのは、絶対的な力を持つ捕食者。
その射貫くような瞳に、トウリは本能的に理解した。
彼女は、今まで目にしてきた兵士よりも、きっと強い。
「っと、すまない、そんな怖がらせるつもりはなかった」
すぐにイリスの柔らかい口調によって張り詰めた空気が消える。
立ち上がり、いつの間にか強ばったトウリの体の緊張を解かすように、イリスはトウリの頭を撫でた。
「それに、君は確かにこの砦からしてみれば捕虜かもしれないが、私たちからしてみればそうではないからな」
それがどういう意味か、トウリには理解できなかった。だが、自分の頭を撫でる優しい手から、そう悪い意味でもないのかと理解することにした。




