第9話 約束
一連の流れを話し終えると、トウリの息は少しあがっていた。
ゆっくりと話したつもりでも、その時々の感情を思い出すと思うように話せなかった。
ただでさえ突飛な話なのに、どうにか信じてもらおうと変に繕ってしまう。
そんなトウリのしどろもどろな話しでも、イリスは真剣に耳を傾けた。
「それで、君はあの砦の横を通っている所を、私が見つけたと」
トウリはコクリと肯定する。
「フゥ、なるほど」
手に口を当てて考える素振りを見せてから、イリスは納得したように頷いた。
「まずは、話してくれてありがとう。そして、よくぞ、ここまで辿り着いたものだ」
そういってイリスは一度言葉を切り、トウリの目を見た。
「そういえば、トウリ君はここがどこなのか、知っているか?」
トウリはパチリと目を瞬かせる。
「戦場の……砦?」
「その通りではある、が。どうやら君はまだ気づいていないようだな」
何のことか分からずトウリが首を傾げると、イリスはクスリと笑みを零した。
「君は、母の知り合いを頼りにエルトワを目指していると言ったな。であれば、私は改めて自己紹介すべきだ」
イリスはすっと椅子から立ち上がり、ビシッと姿勢を正した。その洗練された佇まいに、トウリは息を呑んだ。
「私は、イリス。エルトワ王国・第6師団のイリス・ミルレイだ。そしてここは、フォルロット王国とエルトワ王国の両国の間に位置するハルプス回廊に面した、エルトワ王国の砦だ」
イリスは目を細め、信じられないとばかりに目と口を大きく開くトウリに、優しく語りかけた。
「トウリ君。いや、トウリ。母の言葉に従い前へと進み続けた君は、ついにエルトワに辿り着いたのだ。壮絶な旅路を経て、ここまで生き残った君に、最大の敬意を。君の待遇に対する国からの正式な判断は後日になる。だがその前に、代々エルトワ王家に仕えるミルレイ家が長女のこのイリス・ミルレイが、責任もって断言しよう。――ここには、君を害する存在はいない」
そういって、イリスはうずくまって顔を押さえるトウリに近づき、優しく頭を撫でた。
「だからどうか、今一時でも、安心して欲しい。君は無事に、母の願いを、叶えたのだから」
逃避行を初めてから、永遠とも思えた長い期間。ずっと出なかった涙が、ついに、溢れた。
「いいの、あんな約束しちゃって」
大部屋の扉を閉めたイリスを、1人の男性が待ち構えていた。廊下の壁に凭れかかり、男は口角を大きく上げたニヤケ顔でイリスを見ていた。
「何か不都合でも?」
「別にぃ。面白そうだし」
廊下を歩き始めたイリスの後を、ケラケラと笑いながら男が追う。
「でもなんか危ねぇって反対しそうじゃん。捕虜に武器を渡すなんて言語道断! ってさ」
「まぁ、砦の責任者としては当然だろうな」
「でっしょー」
「だから今から説得しに行くのさ」
男は意外そうに目を瞬かせ、すぐに目をキラキラとさせながら楽しそうにイリスの顔を覗き込む。
「もしかして、気に入った?」
「……さてな」
薄らと笑みを浮かべたイリスに、男は呼応するかのようにニマっと笑みを深める。
「じゃあ、あの術バカも呼んでくるわー。居た方が楽でしょ」
「そうだな、助かる。どうせ勝手に術具の解析をしているだろうし」
男はプッと笑い同意する。
「あぁ、俺も早く会いたーい」
「いずれ紹介するだろうから今は我慢しろ。今日ぐらいは休ませてやれ」
「へーい」
そう言い残し、男の気配が消える。
「気に入った、か」
小声で反芻しながら、イリスは再び笑みを零す。そして彼女はすぐに表向きの固い表情へと戻し、廊下の角を曲がった。




