プロローグ 戦場の静寂
顔に張り付いていた虫がようやく飛び立ったその時、潜伏の終わりが告げられた。
「標的確認。目視、3区画の黄色い木」
顔をあげて、両軍が睨み合う草原の先で色づく森を探す。
「確認」
「黄色い木から八時方向、10点に緑と黄色のテント」
「確認」
「テントから四時方向、2点」
「確認」
「照準起動」
術銃の術式に触れる。体の血管が胴体内部に刻まれた線と繋がるように、術力を流し込む。
循環する流れに身を任せ、照準術具を覗き込む。
「銀色の甲冑、左手に青色の羽のついた兜、腰に青色の鞘に入った剣……今11時から羊皮紙を持った人物が近づいた、羊皮紙を受け取った、そして」
「そいつが標的だ。焦点調整と点測」
焦点を男に合わせる。男は羊皮紙を読んでいて、テントの前で立ち止まっている。
「1.6」
「貫通4、上方15.8」
照準を上へとずらす。息を吸い込む。術力に色を足す。術力の流れに方向をつける。
息を吐き出す。術銃の先に水を凝縮させ、小さな氷の塊を作る。形と重さを整え、尖鋭な弾を生成する。
しっかりと、標的まで届くように。
再び息を吸い込む。術力が血管を循環する。
大きく息を吐く。神経を、術銃に注ぎ込む。
標的を、逃さないように。
「狙撃用意」
数瞬にも満たない永遠。眼前に広がる草原から、色が抜け落ちる。山にまで響いていた戦場の音が、掻き消える。
世界が、霧散する。
残されたのは、標的だけ。男は大きく体を揺らして不敵に笑っている。それは、脅威となり得る情報を手に入れたからなのか。はたまた決定打に繋がる報告を受けたからなのか。
だが、そのどちらだって構わない。どうだっていい。なぜなら、彼に出来ることはもう、なにもないのだから。
この静寂を壊せるのは、彼女だけ。
「左に0.3」
瞬間、世界が形成される。色が、音が、通り道を作る。二つの点が、繋がる。
そして、狙撃術式を、放つ。




