第8話 『慈悲深い貴族』
茶髪の男はレインに手を差し出して起き上がらせた。
「カルタノ!この人は誰ですの?」
「ん?あぁ、こいつはライバルのレインだ。この場ではあんま口にするなよ」
「はいですの!」
こいつはここではカルタノか。あまり変わってないな。こいつの本名はカノル・スターナ。ライバルではあるが、優しい仕事仲間と思っている。
「で、お前はなんと呼べば良いんだ?」
「俺は…タッチで…」
「レインさんはハイタッチ・ロウキックと呼んであげてください。覚えやすくて良い名前だと思います」
「キルア!?」
途中で割り込んできたギルアに偽名の本名を暴露された。この人は言動が不明すぎる。
それだけ言うとギルアはすぐにセルミナのいる方に歩いていった。
啞然するカノルは咳ばらいをしてからレインを慰める。
「…まぁ、センスなんて人それぞれだか…」
「だっさ!だっさいですの!あなたにはネーミングセンスという概念がないのですの?」
カノルが言いかけるところを一緒にいた少女が割り込んできた。
なんだこいつは。急に出てきた上、俺の偽名を馬鹿にするとは、ぶっ飛んだ奴がいるものだ。
「おい、言い過ぎだ!流石に可哀想だろ!」
「カルタノ…良いんだ」
「え?レイ…ううん、タッチ…なんで」
「別に俺がその偽名を考えたわけじゃないし、考えたのは任務の提示者だし」
「それはそれで謝ったほうが、いや、謝らせてください!」
カノルは俺のライバルを演じているが心の良心は隠しきれていない。カノルは右手で少女の頭を下げて謝らせた。
「メリー、謝りなさい」
「面白くないの」
「いじってすいません。だぞ、ほら」
メリーと呼ばれる少女はもじもじしながらも謝る。
「いじってすいませんなの」
「よくできました」
カノルはメリーの頭を撫でてメリーは満足そうな顔をしていた。身長的にはシャーロの方が高い。
カノルが口を開く。
「お前の〈コンバット〉はいないのか?」
「〈コンバット〉?」
カノルはレインの耳元で小声で言う。
「レインはヘイトベインを渡されていないのか?第二官位の立場である俺たちは助っ人が必要だろ?」
〈コンバット〉っていうのはシャーロのことか。
「それならここに…」
あれ?胸ポケットに入れていたはずのヘイトベインがない。さっきの扉によって突き飛ばされた時に落としたのか?
振り向いて辺りを見回すがヘイトベインは見当たらない。というか赤いカーペットの上に白いヘイトベインが落ちれば一眼見て見つからないわけがないのだ。
取られたな。
メリーがカノルの手を引っ張る。
「カノル!ここでぐだぐだ言ってないで行きますわ!」
「え、あ、おう!」
カノルは手を合わせて申し訳なさそうな表情でメリーに連れて行かれる。
シャーロにも持っているように言われたし、探すしかないか。
レインはキョロキョロと見回す。
ヘイトベインであればちょうど一般的なスーツの胸ポケットに入るくらいだ。アンテナは伸びていれば胸ポケットの上から出るが、普通のズボンのポケットならどうだ。俺のスーツであればヘイトベインをのアンテナが伸びていようと全体が隠れてしまう。
「あの…どうかしました?」
急に茶髪の一般人参加者の女性に声をかけられた。確かに人の服をまじまじと目を細めて見ていたら怪しまれるか。でも、一般人にはヘイトベインのことを言ってはいけないな。
「いやぁ、少し探し物をしていまして。ちょうど胸ポケットに入るくらい…入るくらい…」
待てよ。胸ポケットに入らなくとも胸と胸の間になら。って何を考えているんだ俺は。
レインは咳払いをし、女性に違和感がないように尋ねる。
「先ほど落とし物をしてしまいまして、ちょうど胸ポケットに入るくらいの大きさのものなのですが…見ていませんよね?」
女性は顎に手を当て考え込むが思い当たらなかったようですぐに顔を上げる。
「ごめんなさい。私はあなたが探しているようなものは見ていないわ」
「そうですよね。すいません」
レインは立ち去ろうとするが声がかけられた。
「あの、ちょっと待って!私で良ければ手伝うわ」
「え、良いのですか?あなたは楽しむためにパーティ会場に来たのではないのですか?」
女性は即答する。
「強制と言ってはよくないのだけれど、別に好んできているわけではないから…協力するわ!」
レインは目を輝かせた。
「ありがとうございます!」
茶髪の女性は手を差し出す。
「私はルル・ニコアよ。ルルって呼んでほしいわ。」
ん?待てよ。初対面でここまで優しくしてくれるとは。何か裏があるのではないのか?いや、俺の考えすぎか?
レインは後で報酬を要求してくることを予想して先に断っておく。
「金は持っていませんよ!」
「金目当てじゃないわよ!それにその話し方は直して欲しいわ。多分あなたと年齢近いわよ」
「えっと、おいくつ?」
「わ、私から!?…二十一よ」
「……」
「ちょっと!年齢教えなさいよ!」
こんなにしっかりしている人が自分の方が年下だったなんて…。
「二十三です。すいませんでした」
「だから話し方!タメ口で話してくれた方が話しやすいの!」
今の俺は貴族と同じ身分として通っている。そして年上。なら、タメ口にしない理由はないか。
レインはルルに手を差し出して言う。
「じゃあ、よ、よろしく。ルル」
「よろしくタッチ!」
少し不機嫌だったルルだが、すぐにレインの手を取り、元気よく挨拶をした。
なんでだろう。何か違和感が…。