第37話 『裏切りは見えないところで』
レインは思いっきり鞭を振るった。空気を切る音が聞こえる。
「シャーロ!行くぞっ!」
「はい!」
レインはヴェルスに向けて鞭を当てる。上手くヴェルスの武器に巻きついて動きを制御する作戦だ。できるという保証はないが、できないという根拠もない。つまりはやらないと結果なんて出ない。
シャーロは光の残像を三つ出してヴェルスに向かって走った。その光の残像はシャーロの姿がくっきりとあるものの、その場に実体はない。
「今夜はいい舞台になりそうですねぇッ!!」
ヴェルスは斧をシャーロの残像に向けて振り回した。一つ目の残像は斧を振り上げて消し飛ばし、二つ目の残像は斧で振り下ろして潰し、三つ目の残像はジェット機の噴射によって高速で振り回し、犠牲となった。
「なっ、どこに行かれたのですか!?」
「頭上注意です!正面ばかり気を取られていては隙だらけですよ!」
シャーロはヴェルスの頭上から光を纏った竹刀を振り下ろした。空中から放たれるその一撃は頭部にヒットしたと思われたが、またもやヴェルスの斧によって攻撃を防がれた。シャーロがヴェルスに近づいた瞬間に重い攻撃が繰り返された。だが、両者とも攻撃を避けただけで何の変化もなかった。
レインはそんな次元の違う死闘を目の前にして戦力外通告を受けたような、そんな気分になった。早く応戦しなければシャーロが危ない。
レインは治安定務にて就職をするために日頃から鍛えていた。どんだけ疲れていようと日々の努力は欠かさずに毎日体を鍛え続けていた。その結果、今この鞭を使ってどこまで活躍できるなんてわからない。自分の納得いくまでやり切るのだ。
レインは鞭のグリップを強く掴み、先の方まで伸ばした。鞭は〈拷問〉や〈刑罰〉のための道具。今まさにここにピッタリな武器だ。
「カノルの仇だ。この鞭はお前の斧に斬られたりなんかしない!」
力とは恐ろしいものだ。話で解決しようとしている人に対して、殴る蹴るなどして脅して仕舞えば無駄な手間が省けてしまう。話で解決したい人に力なんてない。俺はそのことを知っていて力をつけた。誰にも負けないために、トラウマなんかに負けないために。
「この鞭じゃ殺しは向いていないかもしれねぇがぁ、〈仇〉をとりたくて殺しは向いてねぇとはいえねぇよなぁッ!!!」
レインはヴェルスに向けて高速で鞭を振り続けた。空気の音は何重にも切れる。限界が近づくまで止まることを知らないこの手が鞭の命を表している。
ヴェルスは斧を使って防ごうとするが、細い鞭は大きい斧に対して圧倒的有利だ。いろんな箇所から叩き込められ、ヴェルスは後退りをする。
「もっと!もっと!まだだぁッ!!痛みを知れ!そして泣き叫べぇッ!!」
「いいですよ!私には罪が積もりに積もっているのです。盛大に殺し合いましょうッ!!」
だんだんとレインの鞭がヴェルスに防がれるようになってきた。だが、ヴェルスの体はもうズタボロだ。
「私も加勢します!」
シャーロがヴェルスの後ろから竹刀で乱れ打ちをする。二人でヴェルスを挟んだ状態になった。戦闘員陣の二人は有利な状況を自然と作り出した。ヴェルスは二人の攻撃を防ぎきれず、斧を自分の周りに振り回した。ヴェルスは微かに笑った。
「……っ!!」
その時シャーロの腹部に軽くヴェルスの斧が触れた。軽く触れた一斬りでシャーロの腹部は深く抉れた。白い制服に赤い血が染み込む。シャーロは痛みを抑えて歯を食いしばりながら竹刀を構え続ける。
レインはヴェルスの斧から出現した波動によって部屋の壁に叩きつけられた。部屋中は穴や傷跡がついている。さっきまで使っていたティーカップも粉々に割れている。
「シャーロ!大丈夫かっ!?」
「はい……私は無事です。私の心配よりあの人を止めなければ……」
息切れをしているシャーロは冷や汗を流しながら答えた。
今の攻撃でヴェルスの動きは鈍くなった。かなり弱っている証拠と言える。するとヴェルスは白いスーツから何やら連絡を取る装置のようなものを取り出した。ルルを呼ぶつもりだろう。
シャーロがヴェルスの手に持つ物に竹刀を振り翳した。
「呼ばせません!勝ち目が見えている戦いなんてあなたもしたくないでしょう!」
だが、ヴェルスは先のように口が笑っていた。そして連絡を取る装置を投げ捨てた。
「もう遅いです……!私は身の危険を感じたら呼ぶと言いましたから……。これは決定事項ですよ」
「嘘……」
シャーロは絶望した声で小さな悲鳴を上げた。
すでにシャーロの後ろの扉から過去に見た〈バケモノ〉の姿があった。またシャーロの遺体を見ることになってしまうのか。ここでシャーロを失くしてはまた同じ展開を迎えてしまう。
「これが書き換えられないシナリオだとしたら、レインさん。あなたがどう対処するのか気になります」
なんだ。まるでヴェルスも過去を見てきたかのように。
ヴェルスはレインの方に目を向けて微笑んだ。
シナリオなんて読まなくなって動きが覚えていればできてしまうこと。シャーロが絶対にこの場で死ぬ運命だとしたらそれはシナリオ通りとは言わない。登場人物に抜かされている人物がいるのだから。その人物を追加して仕舞えば運命は変えられる。モブでない限り、主人公と関わりのない登場人物なんて存在しないから
シャーロに向かって〈バケモノ〉の巨大な爪が襲いかかった。止められるなら今しかない。
レインはシャーロの元まで走り、強く抱きしめた。
目の前の〈バケモノ〉は大きい。骨が折れるような音が聞こえる。それはレインの耳にだけしか聞こえないものだと思っていた。
レインはシャーロを庇った。
「レインさん、あなたならやってくれると思ってましたよ。……面白いですねルルさん。私はこの時間を最高に楽しみたいです!」
「こっからは……アドリブだ……!」
「レインさん…!?な、何をして———」
「観客だけじゃなくて……演者までも驚かす、そんなショーは見てみたくない、か……?」
〈バケモノ〉に背中を向けて庇ったため、レインはシャーロに向かって倒れ込んだ。自分の背中は変な方向に曲がっているのだろうと自覚した。〈アビリティニスト〉と戦闘員とでは、力の差が大きすぎる。
カッコつけて言ってまたは良いものの、すっごく痛い。後悔している。シャーロは本当に心配な眼差しで名前を呼ぶ。
「レインさん…!レインさん…!レインさん!!」
シャーロは急いでレインを部屋の隅にまで運んだ。レインは虚ろな目でシャーロの姿を見ていた。意識が遠のいているからか、音は全然聞き取ることができない。
涙を流している。自分のためにここまで泣いてくれると思っていなかった。あんなセリフを言って、後悔はしているけどすごく後悔しているわけではない。ほんの少しの後悔は満足したと言って良いだろう。
シャーロは何かを取り出した。
あれは白い〈ヘイトベイン〉?
ヴェルスの目の前でシャーロは白い〈ヘイトベイン〉のアンテナを思いっきり引っ張っていた。爆発すると聞いていたから一瞬戸惑った。あれは嘘だったのか。
シャーロは何かを叫ぶような、口を大きく開けた。するとシャーロは白い光を体に纏わせていた。竹刀の色は赤と緑と青の三色に変わっている。
光の三原色か。
気づいたらシャーロの腹部の傷は治っていた。竹刀の方では緑色の部分が無くなった。
〈光の慈悲〉とはこのことか。考察にすぎないが、過去でメリーの治癒を加速化させていたのは光の三原色の一つの緑色の力だと推測できる。
「そろそろまずい……本当に死んでしまう……」
レインはこの道を諦めた。死んでは後戻りはできない。ドリーマーによれば連続による使いすぎは良くないと言っていた。力の限り頑張っては見たが、どうやらここまでのようだ。
レインは口から血がドロドロと出てくるのを見て初めて自覚した。喉に詰まる血を全て吐いてから深呼吸をした。この道に未練はない。
せめてシャーロの死は免れることができてよかったと言うべきか。
「シャーロ、ごめん……過去…改変ッ!!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
レインの姿はその場から消えた。レインの吐いた血はその場に残り続けたまま、レインの姿だけが無くなった。
レインが消えた後でもシャーロはその場で戦い続けていた。死なないために。レインを守るために。
「絶対にレインさんを守り抜きます!私を庇ってくれたレインさんのために!今度は私がレインさんを庇いま———」
「レインさん?あなたの後ろにはそのような方はいらっしゃいませんよ。どうやら見捨てられたようですね」
「そんなはずは……。っ!?」
シャーロの振り向いた先にはレインの姿はなかった。遺体も何も、シャーロのことを助けてくれたレインの姿はいなくなっていた。メリーの鞭がそっと置かれていただけだった。
シャーロは構えていたはずの竹刀を落とした。体に纏う白い光も自ら退散していくように抜け出していく。竹刀の色は茶色に戻り、静かに笑った。どうでも良くなったのではない。安心したのだ。
「……よかったです。レインさんさえ逃げてくれれば私は安心して殺されますよ」
「……なぜですか?あなたを見捨てたのですよ?」
シャーロから思いもよらない言葉が漏れ出てきた。人を信じることはない、信じることができないシャーロは意味深な言葉を吐き出した。
「私を信じるものがいないとわかったので……。唯一、私が信じようと心から決めていた人に裏切られた……。もう大丈夫です。私の体は実験にでも使い古してください」
シャーロは何もかもを捨てたように地面に膝をついた。シャーロはぐちゃぐちゃに暴れたこの部屋を死場所として選んだ。
ヴェルスは黙ってシャーロに近づいた。溢れる涙もなく、放心状態のシャーロは自ら首を差し出した。
「〈ヘイトベイン〉であれだけ呼んで……。シャーロにしか頼れないと言われたので飛んできたのに……。信じた私がバカでした」
「〈アビリティニスト〉は実験に使えないです。もしも私が貴方を信用すれば、貴方は私を信用してくれるのですか?
「居場所があれば私は……。信じ合える人がいるのであれば……」
「貴方なら私のラボの女の子と仲良くなれそうですね。似たもの同士は惹きつけ合う、そんな言葉が似合う仲になると思いますが……」
「それって、私を信じて仲間にしてくれると言うことですか……?私は強制的に〈コンバット〉にされただけですから、行き場なんてどこでも良いのです」
シャーロは少しだけ希望の光を見つけたかのように目を開いた。人生に助けがないとやっていけないわけではない。自由を奪われてしまったからこんなことになっているのだ。
「貴方くらいの力であれば活躍できそうです」
「はい、しっかりと貢献します」
「顔も良いですし、暇があれば癒しとしてもいいですね」
「はい、ご自由にお使いください」
「……溜まってる時は肉奴隷なんて使い方もできる」
「はい、全て受け入れます」
ヴェルスはシャーロの顎を掴んで顔をよく見えるようにした。目はレインよりも虚ろになっている。全てを諦めたような表情をしている。
「私は良いと思いますが……。あ、ルルさんはどう思いますか?」
〈バケモノ〉姿のルルは右手でグッドサインを出した。ルルも同意をしているようだ。血の匂いが漂う部屋の中でシャーロはかなりの希望を持ち始めた。
「そうですよね」
「で、では、仲間に入れてくださると言うこと———」
ぐちゃ、と鳴った。そのままの擬音語が聞こえた。ヴェルスが武器を払うと部屋に血飛沫が飛び散った。
「気が早いですよ。私は殺しに対する同意を受けたまでです。それ以前に貴方の組織をそこまで簡単に裏切るとなると仲間にするわけにはいきません」
ヴェルスは武器をしまった。横切りをされた頭部のないシャーロはそのまま横に倒れた。
「期待はさせただけ楽しいのですよ。ルルさんはこれを覚えた方がいいですよ」
〈バケモノ〉はハンドサインで丸を作った。了解した、と表されていた。
すごくなんとも言えない場所で出しゃばってすいません!
ようやく100000文字達成しました!これも見てくださいっている方々のおかげでここまで続けられています!本当に感謝しています!評価などをしてくださると本当にモチベに繋がるのでよろしくお願いいたします!
レインの力が弱すぎて正直困ってます…!こんなに弱い主人公は少しだけ悲しいです。まぁ、自分が作り上げた主人公なんですけど。注目して欲しいのは主人公のレインもあるのですが、他のキャラクターも視野に入れてくださると感情が入りやすいのではと思っています!
では、これからもよろしくお願いします!!