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まるですべてが嘘のように。  作者: スノウドウム
任務0 インザヘルパーティ
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第36話 『ヴェルスの部屋』

 目を合わせれば合わせるほどに自分が洗脳されるかのような感覚に陥る。別に洗脳はされていないと思う。そう自覚はしているのだが、妙にヴェルスの瞳からはそんな能力があることが感じられる。

 ヴェルスは咳払いをしてから口を開いた。朝まで雑談といった簡単な会話をするだけだ。内容もそれといった重要なことを話すように思えない。

 ちゃちゃっとルルの居場所を探ってやりたいところだ。

 ヴェルスは机の上にある二つのティーカップに紅茶を入れ、一つをレインに渡した。


「では、私から。この会場について何か感想など、気になる点を話してもらいたいのですが…よろしいですか?今後開くパーティの参考にでもさせてください」


「そ、そうですねぇ……」


 レインはヴェルスから貰った紅茶を飲まずに揺らした。考えすぎかもしれないが、毒が仕組まれているなんてことも考えられる。

 ヴェルスはレインが未来から来たことなんて知らない。変なことを口走らないよう注意深く質問に答える。

 このパーティ会場に来てから単に疑問に思ったことでも聞いてみる。


「気になる点となると……何故こんなにも綺麗な状態でこの場が保管されているのですか?」


「この場は新しく作ったからです。今回の任務はこのパーティ会場を狙って現れる悪党の討伐が目的です。そのためだけに新しくできたこの場を囮として任務遂行してもらうのです」


 このパーティ会場を新しく作ったというのは嘘では無いと思うが、目的は確実に嘘であり、ヴェルスはこちらの味方では無い。この任務に参加したこと自体が間違っていた。


 〈()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 このパーティ会場に入った瞬間逃げることは不可能である。つまりは我々戦闘員は知らぬ間に〈袋の鼠〉となっていたということだ。

 ここは騙されたフリをして話し続けた方がいい気がする。


「なるほど。それなら納得がいきます。あまりにも綺麗だったので、てっきり〈インザヘル〉で誰かが管理していたのかと思っていました」


「少しでもこの場を放置すれば、目を離したうちに炎が上がっていることでしょうね。今のところそのような事件は起きていませんが」


 未来を見てきた後だからわかってしまうが、放火の犯人は戦闘員の一人なのだと。予想の斜め上を行く犯人で正直怖い。

 ヴェルスは机からティーカップを掴み取り、紅茶を飲み干した。毒なんてない、と証明しようと早く飲んだのだろう。

 未来で協力者であるアメシストの存在を聞いた時は知ったかぶりをされた。賄賂でも渡されているのかと疑うくらいに口を割らない。だが、ルルはどうだろうか。彼女の表の顔は親切に接してくれる社交的な女性で広まっている。となるとヴェルスがルルのことを知ったかぶる必要なんてない。

 今ならおねだりすれば口を開いてくれるなんてことはないのか?

 レインは貰ったティーカップの中の紅茶を一気に飲み干した。花を使ったような甘い香りが鼻の奥を通り、赤黒く透き通った液体が喉を通過する。この紅茶にはレモンが合うのだろうと一瞬にしてわかる。飲み心地の良い紅茶でおかわりをしたいぐらいだ。 

 紅茶の風味を満喫したところでおねだりタイム。ヴェルスは敵だ。強請る時には自分を下に見せ、相手を敬うような、そんなテクニックが必要だ。


「ヴェルスさん……!実は俺、ルル・ニコアさんにお礼がしたくて部屋を飛び出したのですが……その、ルルさんの部屋を教えていただけませんかね?」


「いいですけど……今は就寝中だと思いますよ。お礼ではなく、逆に迷惑になってしまう気がするのですが」


「では、今すぐに会いに行くのではなく、朝イチにお礼をしに行くので教えていただけませんか?」


「そんなにお礼がしたいのであれば私がしておきましょう———」


「いえいえ!そこまで手間をかけさせるわけにはいきません!私が!この私自身が!自らの顔を合わせてお礼をしたいのです!」


「な、なんですかその熱量は……」


 熱量は焦りと殺意と演技によるものだ。レインは手元のティーカップをヴェルスの机に置き、立ち上がった。自らお礼がしたく、ここまで本気になったことはない。今は自分自身の任務としてこの責務を全うすべきだ。過去に戻ることができるのは自分だけなのだから。

 ヴェルスは疑う表情を浮かべるも、レインの熱量に押され、口を開いた。


「……部屋を出てすぐ向かいの部屋の隣です」


 レインは二択を外してしまっていた。レインの運は悪い方でもあり、よく事件に巻き込まれるのもその体質のせいである。


「あ、ありがとうございます!!」


 レインはすぐに扉の方向へ向かおうとしたのだが、後頭部に違和感を覚えた。座っていたはずのヴェルスはレインの真裏にいる。


「待ってください。話はまだ終わってません」


 聞き覚えのある、カチッと鳴る音と共にひんやりとした銃口が後頭部に触れる。

 レインは今、ヴェルスに銃を突きつけられている。それもその銃は水色のものであった。そう、ヴェルスがレインに突きつけているのは〈ダイアモンドエース〉だった。

 レインは両手を上げた。緊張により、鼓動が早くなっていくのを感じる。


「レインさん……。あなた、全てを知りすぎるのは危険ですよ」


「バレたか……。やはり、やりすぎは良くないものだな」


 レインは部屋を出る前に服に仕込んでおいた黒の〈ヘイトベイン〉に視線を向けた。

 レインはメリーの黒い〈ヘイトベイン〉を使い、会話を全てシャーロの〈ヘイトベイン〉に流して聞かせようとしていた。だが、もうバレてしまうと意味がない。盗聴というのは隠れて行うものであり、意味深な証拠を吐かない限りは後々確認しようとしてもただのガラクタ。


「いつから気づいてたんだ?まさか最初からとは言わんだろうな」


「そのまさかですよ。最初から気づいてたので警戒してたのですよ。あなたがこちらの作戦に気づいてしまったのなら消す以外に方法はありません。他の戦闘員の材料はいただけるのであなたはいりません」


「は!言ってろ言ってろ!俺はここで死ぬわけにはいかねぇんだよっ!」


「ここからどう抵抗しようと言うのですか?逆に聞いてみたいところなのですが」


「いや、俺は抵抗はしない。俺は今この〈ヘイトベイン〉を使ったんだ。どう言う意味かわかるよな?」


「ま、まさか」


「そのまさか返しだよっ!!」


 ヴェルスの部屋の扉が勢いよく開いた。扉は外れて部屋の中に飛んできた。レインはその扉を避け、扉はそのまま勢いを止めずにヴェルスにぶつかる。

 大きな衝突音と共に部屋に入ってきたのは〈ヘイトベイン〉で通話していたシャーロだった。


「レインさん、よく違う持ち主同士の〈ヘイトベイン〉が通話可能なこと知ってましたね。私教えましたっけ?」


「い、いや?ちょっと試しただけさ。成り行きで思いついたことだが、上手くいくもんだな!は、はははっ!」


 未来から来たことはシャーロにはなんとなく隠しておいた方がいい気がする。戦闘員は〈アビリティ〉の所持は禁じられている。危険な〈アビリティ〉ランキングがあればトップに君臨する、過去限定のタイムスリップのため、バレたら即排除対象となるのがオチだろう。

 ヴェルスは飛んできた扉を未来で見てきた金属製の武器を使って粉々に刻んでしまった。

 ヴェルスの体を見ると、血が様々な箇所から流れ出している。物理攻撃の耐性はあまりないように思える。


「何そんな余裕こいた会話してるのですか……。私は少し油断していただけです。即針串刺しにして、お仲間にデリバリーしてあげますよ」


「それは親切にどうも。俺の棺桶まで用意しなてくださるなんて、お前きっと懲役短いよ。だってすぐに死刑執行されるのだからね!」


 レインはメリーから借りてきた鞭を床に叩きつけて威嚇をした。重量のあるメリーの鞭、やはり手に馴染む。

 シャーロは私物の竹刀を自身の前で構え、戦闘体制に入った。


「シャーロ、あいつの武器に無闇に触れるな。シャーロの思っている以上に刃が鋭くて切れ味が良い。死んだら元も子もないから気をつけろよ」


「了解しました。ご心配ありがとうございます。というかレインさんはこの人と一度戦闘済みなんですね」


 シャーロは不思議そうに横目でこちらを見つめてきた。言い返す言葉が思い当たらない。

 嬉しいから事実を言うのはやめておこうかな……。


「ま、まあな……!お、俺くらいになると、あれだ、全部お見通しってことよ!」


「……さすが、私のヒーローなだけあります」


「私のヒーロー?」


「いえ……独り言です。前にそんな人がいたなって思っただけです」


 過去に何かしたかは覚えていないが、俺が戦闘員ってことがシャーロのヒーローであるという解釈でいいだろう。

 次の瞬間、突発的にヴェルスが武器を前に突き出しながら突っ込んできた。


「何を話しているですか。戦闘パーティはもう始まってますよ!!」


 動きがコマ送りに見えるほどに早い。肉眼で見ていると反応に遅れてすぐに突き刺されてしまいそうだ。

 ここはヴェルスの動きを先読みして戦うしか無さそうだ。

 レインはヴェルスの金属製の武器を部屋の壁にぶつかる寸前で避けた。


「おい、ルルは呼ばなくていいのか?このままじゃ俺らに殺されちまうぞ」


「主催者を舐めてもらっては困ります。身の危険を感じたら呼ぶつもりですが、私の力だけであなたたちはどうにかなります」


「こちらこそ舐めないで欲しいですね!」


 シャーロはヴェルスの攻撃に反撃するかのように竹刀を振りかざした。シャーロの竹刀は切れ味は全く持ってないが、打撃の威力は高い。

 レインは自身の持っているメリーの鞭を見た。鞭の先端に行くにつれて、触り心地的に滑り止めが増している。


「シャーロ、〈斬撃〉と〈打撃〉の決着をつけるぞ!」


「はい!」


 シャーロは相槌あいずちを打つとすぐさま〈アビリティ〉を使って、天井や壁を光の速度で刹那に駆けた。光のように白く輝くシャーロの残像は見ようとしても見えない。ヴェルスよりも動きが速く消えているように見える。


 レインは戸惑っているヴェルスの腕に鞭を叩き込み、〈ダイアモンドエース〉を落とした。狭い部屋だからこそヴェルスの武器は扱いにくい。〈ダイアモンドエース〉を落としてしまえばこっちのもの。


「シャーロ!今だっ!竹刀を放て!」


 シャーロはヴェルスの後ろを取り、不意をついて首筋を狙った。その動きにヴェルスは気づいていた。気味の悪い笑みを浮かべたヴェルスは振り向きざまに自分の武器を振り回した。竹刀と金属のぶつかり合った鈍い音が部屋中に響き渡り、耳がキンと痛む。

 シャーロの持っていた竹刀はヒビが入った。それでも運が良かった方だ。角度が悪ければ、竹刀もろとも最悪の場合はシャーロまでもが一刀両断されていただろう。


「全てお見通しですよ。あなたたちの次の行動がわかってしまうのです」


 シャーロとレインはヴェルスを挟むような形の立ち位置になった。残念ながらまだ〈ダイアモンドエース〉は拾えていない。鞭を上手く使えば取ることができるのだろうが、まだ鞭を使って一日も経っていないレインからすれば、思うように振り回すだけで困難だ。

 一度過去に戻ってルルと会話を交わした方が勝率が少し上がるのか。それともヴェルスに弱点はないのか?


「いや、生きるためにここで殺すべきだ。それに、ここで逃してしまっては他の戦闘員の被害者が出るかもしれないからな」


「では私も本気を出させていただきます。百パーセントの私をご覧あれ……」


 そう言い終えるとヴェルスは武器を自分の腹部に突き刺した。口から血が吹き出したかと思った矢先、ヴェルスの武器は形を変えた。ヴェルスはそのまま腹部の武器を取り出した。

 武器の先が斧のような形になっている。ただ持ちやすいように見えるその形は何か仕掛けがあるはずだ。


アックスモード起動……。あなたたちに地獄をお見せしましょうっ!!ここからが……本当のパーティですっ!」


 その言葉は聞き終える前に突進して斬りつける。重量があるのだろう。重い動きをしながらヴェルスは斧型の武器を振り回す。

 首すれすれの辺りまで突っ込んできた。狙いは首に当てて一発で仕留める気だろう。


「レインさん避けて!」


 レインはヴェルスの斬撃を避けたかと思っていたが、ヴェルスの武器からジェット機のようなタンクが出てきた。その武器はそのまま噴射して、煙を上げながらレインに斬りかかる。


「痛っ!なんだよそれ!」


 レインは右手の人差し指に触れた感覚があった。確かに全て避けたと思っていたが、ほんの少し当たっただけで右手の人差し指は無くなっていた。

 ヴェルスは息を荒くし、両手で斧を持ち上げている。


「これは私の意思によって自由自在に形を変換できる武器です。さあ、本気の勝負をしましょう。一対二で構いません。さあ!早く!戦いましょうっ!!!」


 シャーロに目を向けると頷いた。ヴェルスの戦い方はどちらも把握している。突っ込んで斬りかかるか、攻撃してきたところをカウンターで斬りつけるかの二択だ。

 ここはもう未来のわからない世界。この世界のことはこの世界で学んだことだけでしか解決することはできない。

 ヴェルスの重い武器による反動はジェットにより、補われた。では、こちらの不利も補って相手より有利にならなくては勝てるわけがない。


「隙が多いところを狙うべきか……」


 レインは鞭を持っている痛む右手を押さえて隙の多いところを瞬時に見極めた。ヴェルスは今のところ上に向けた攻撃しかしない。ならば、下の攻撃は防げるのだろうか。予想であれば重心が武器によって保たれず、倒れてしまうのではないかと思っている。

 レインはシャーロに向けて微笑んだ。


「ま、やってみないとわからないか」


 シャーロもまた頷いた。ここで初めて、心が通じたような、信じ合える関係ができたと思った。

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