第35話 『未来を見るフィクサー』
⬛︎
目を覚ますと目の前に背を向けて立っている戦闘服姿の人影があった。その黄緑色の髪を靡かせているのはセルミナだった。セルミナの体はいろんな箇所から血が垂れ流しており、今にも倒れそうにくらいに戦闘体勢が不安定である。
セルミナの前には頭に穴の空いたカノルがいる。ドリーマーと話している時に命をかけて庇ってくれたのだ。パーティ会場内で見かけた時はバケモノと化したルルにやられていたように見えたがどうやら幻覚だったのかもしれない。
レインの体はというと、気を失う前に刺された箇所一つだけ。その一つだけでも声を上げようとするだけで痛みが増す。
「あ、レインくん……。やっと目を覚ましてくれたんだね!私なら大丈夫だから……早く援護を要請できるところまで行ってきてよ!」
セルミナがこちらに気づいて声を上げた。その振り返った顔は明らかにいつもの元気さは無くなっていた。だが、心配させないようと無理をして優しい声を出していることがよくわかってしまう。
だが、今は命をかけて戦ってくれた分、恩返しは運命に抗ってこの現実を変えるのだ。
「セルミナ先輩……。ごめん。俺はこんな未来を変えてきますっ!!」
「うん!頑張って———。ん?」
レインは胸に手を当てて叫んだ。痛む腹部は過去に戻れば治っていると想定して今までで一番大きな声を張り上げた。
「過去改変っ!!!」
辺りからはレインが消えた。反動のようなものは全くなく、レインの姿が一瞬にして消え去った。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ちょっ、レインくんっ!?」
レインの消えたすぐ後まだ燃え続けているパーティ会場の扉が鈍い音を出しながら開いた。
中から出てきたのはヴェルスだった。誰が何と言おうと悪い笑みを浮かべているヴェルスはセルミナに今のセルミナより明るい声で話しかける。
セルミナは目の前のカノルと後ろから話しかけるヴェルスに対し、身構える。
「こちらは完全にすべてが終了しました。残るのはセナさん……いえ、もうセルミナさんで良いですね。それと……えっと、ハイタッチさんはどちらに行かれてしまったのでしょうか?」
「聞きたいのはこっちの方だよ。ヴェルス・アルカディオ。まさかあなたが黒幕だったなんてね。それでギルアちゃんはどうしたの?」
「終わりましたって、今言いましたよね?終わりを意味するのは終息。完全なる死亡を確認しましたよ。恨むならこの街を恨むと良いです」
ヴェルスはセルミナに向かって歩き出す。身構えるセルミナの目の前で立ち止まり、金属の武器をセルミナの首に突きつけた。
「この街の掟は『裏を知られては殺しきるまでは逃してならぬ』ですよ。私もセルミナさんの裏も知って盛大な殺し合いをしたかったのですが……残念です。今はその肉体と精神を材料として使わさせていただきますね。仕方ないです。ギルアさんの肉体はもう使えないのですから」
「それが事実なら何に使うかは勝手だけど……。私は絶対にあなたの言いなりになんてならな……」
ヴェルスはセルミナの喉を刺した。ヴェルスの金属は触れただけで切れるほどに鋭い。見た目からは想像できないほどに凶悪な武器だ。
「喋らないでください。痛みが増すだけ……どうせなら死ぬまで幸せでいたいですよね。苦しまずに死ぬのにとっておきな方法は、私の言いなりにすることですよ」
ヴェルスは身動きの取れないセルミナの口の奥に何かを入れた。セルミナは瞬時に体が麻痺し、その場で倒れた。
「材料に使うので殺しはしないんですけどね。喉を刺しただけで死ぬほどやわじゃ無いことは知ってます。未来の姿にご期待ください」
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「す、すごいなこれ」
ドリーマーの言っていた通り、昨日の夜。つまりは過去に戻った。昨日の夜はそのまま眠り、おかげでドリーマーと出会うことができた。だが、今回は昨日のようにドリーマーの声は聞こえてこない。
夜に眠らない分、行動することができる。この時間帯に起きている人は少ないと思うが、一人だけ問い詰めたい人物がいる。それは、未来ではバケモノに変異していたルルだ。彼女について違和感がある。それも、偏見で決めた違和感ではなく、日常的な会話で聞き入れた違和感だ。正体がバケモノだなんてことは知る由もなかった。違和感は〈アビリティニスト〉についてではなく、ヴェルスとの協力関係での違和感だ。
レインはゆっくりと音を立てずに扉を開けた。怪我を負っているメリーがベッドで寝ていることもある。だが、もう一つの理由である貴族が最も警戒すべきことだと考えた。貴族の皮を被った死体でも口止めをされていなければ物音に反応をしてくるだろうと推測し、自分の警戒心を高めた。
ルルの部屋は知っている。知らないけど勘でなんとなくわかる。アメシストの地面から飛び出してきた配置は一番奥の部屋。ヴェルスの思考回路的に協力者はまとまっていると考えられる。つまりはその部屋の向かいか、隣の部屋にルルがいると考えられる。
レインはアメシストが地面から飛び出してきたと考えられる部屋の向かいの扉をそっと開けた。
だが、予想外な人物がそこにはいた。その部屋はヴェルスのものだった。椅子に座って本を読んでいるヴェルスはレインを見ると疑問を浮かべた表情で問う。
「……こんな時間にどうされました?」
ヴェルスはなぜ一般のパーティ参加者と同じように部屋にいるのだろう。
本性を見てきた後だと殺気が立つが、今戦っても勝てる気がしない。死にに行くのと一緒だ。それにまだここがヴェルスの部屋と確定したわけでは無い。
———ここは適当に言い訳をしよう。
「あ……すみませんトイレと間違えました」
「トイレは部屋に設備したはずなのですが……」
やべ、適当すぎた。こういう時こそ慎重に、と誰かから聞いた。
ヴェルスは焦り散らかすレインを見ると優し表情で声をかけた。とてもカノルを殺した協力者と思えないほどの顔をしている。
「もし寝られないのでしたら、朝までお話をしませんか?」
だが、レインにとってはこれは好都合だ。うまく情報を聞き出せれば任務が進展する。なんとしてもここを生きて帰るのだ。
未来から来たレインは自信に満ちている。今はヴェルスの知らないことまで知っているのだから。
「では、長い時間お付き合いお願いします」
レインは部屋に踏み入り、ヴェルスの目の前の椅子に腰をかけた。