第34話 『救いの場は夢の中』
さっきまでいた扉の向こう側からとてつもないほどの爆発音と振動がし、背後のパーティ会場は火の海と化した。ギルアの普段使っている爆弾によるものと判断できるが、今はそれどころではない。
「カノル……?カノルだよな……!生きていたのか!」
頭に穴の空いたカノルは燃えているパーティ会場を前にして表情をひとつ変えずに突っ立っている。カノルの手はレインの胸元に触れた。
「カノル!?意識はあるのか!なんでも良いから反応してくれ!」
レインは頭に穴の空いたカノルを強く抱きしめた。腹部の方が熱く感じる。熱く感じる正体は紛れもなく〈自分の血〉だ。段々と痛みが込み上げてくる。痛みから出る涙。
レインの目元から流れるのは赤い色のした涙だった。
意識が遠のく。この街には未練しかない。リーナスに別れの挨拶をしていない。カノルの回答を聞いていない。シャーロとメリーを助けたい。先輩達に謝りたい。ドリーマーに感謝の言葉を言いたい———。
———⬛︎
『ここで私の名前が出てくるほど、大事〜に思っててくれたんだね』
レインが辺りを見回すとそこは見知らぬ病院だった。まさか助かったのか?そう言葉が漏れるが〈インザヘル〉に病院なんて存在しない。あやふやな現状を正してくれたのは目の前に見知った顔が映ったからだ。
ナース服を着たドリーマーだ。
「こんなにも早く会うだなんて。ナナイロは〈いのちだいじに〉を選択するべきだよ。たとえそれがモンスターのいる世界でなくても……。って、聞いてるのナナイロ?」
「……ドリーマーは俺の記憶を見れるんだよな。俺が今まで何があってここにいるのか知ってるよな」
「そりゃあもちろん、満遍なく隅々まで———」
「そんならよく呑気に話してられるよなっ!!」
レインは病院のベッドから上半身を起き上がらせ、ドリーマーのナース服の胸ぐらを掴んだ。怒鳴り声は病院の部屋に響き渡った。
「目の前の人の苦しむ姿を蜜のように舐めまわしてんじゃねぇよっ!!ちょっとは同情とかしてみろよっ!!俺は毎回ここにくる度楽しいさ!でも、ここは現実じゃない!ドリーマーのように現実から逃げて平和で遊んでるような奴にはわからないと思うけどよぉっ!!」
ドリーマーは何も言い返さなかった。レインの胸ぐらを掴む手に優しく触れ、口を開いた。
「私はナナイロに死んでほしくないからこう喋ってるんだよ。レインボー・サインナーズのことは全部わかった。昔のトラウマだって知ってるよ。私の対応としてこれが最適解だったの」
レインはドリーマーから手を離した。水色の患者衣が薄暗い病室の天井についている一つのシーリングライトの光によって照らされる。
「どういうことだよ……!俺の過去を知ってるなら尚更そのまま死を選択した方が俺にとっての救いに決まってんだろ」
「今の話聞いてた?私はナナイロに死んでほしくないの。ナナイロが苦しくたって、ナナイロのことを大事に思ってる置いてけぼりにされた人のことを考えてみてよ」
「じゃあ、ドリーマー。お前はどうなんだよ!ほとんど夢の中で生活しているお前だけには言われたきゃねぇよ!」
「私はそもそも行き場なんて限られてる。現実の私はずっとベッドに包まりっきりなの」
「じゃあ、もっとダメだろ!俺に言うなら外のことを知ってから言ってくれよ!」
ドリーマーは大きな深呼吸をしてから硬い口を開いた。諦めた表情でレインに話した。
「私はそういう体の病気なの。ほら、言ったでしょ?拒絶されるのは私の方って。前からナナイロも心の中で思ってたよね?この今の私の体は本物の私の体じゃないって気づいてたんでしょ」
「それは……ごめん。触れてはいけないことに触れたな」
ドリーマーはレインを抱きしめた。顔にドリーマーの胸が触れる感覚がある。
「ちょっ……あ、当たって———」
「ナナイロの混乱している脳を整理させて」
「いや、俺のやられている今の状況の方が混乱———」
「良いから黙って……!これが本当の私の体じゃなくても恥ずかしいのは恥ずかしいんだから……。あとタイムリミットも迫ってるから」
「タイムリミット……?」
「今ナナイロがここにいるということは現実のナナイロはどうなってると思う?」
レインは息のしずらい中で、変なことを口走らないように慎重に答える。今のこの状況は風呂場で起きた軽犯罪を軽く超えて死刑扱いになりそうだ。
「意識を失ってる……?……て、ことは!」
「そうだよ。ナナイロは今無防備で倒れているの。いつ殺されてもおかしくない状況なの」
「どうすれば良いんだ。何か打開策とかないのか?」
ドリーマーは落ち着いた?と言い、レインを胸から離し、顔を見た。こんなにも真剣な表情のドリーマーは見たことがない。
「一つだけ方法があるよ。でも、悪用厳禁。これはナナイロを信じて託すこと。これだけは理解しといてね」
「ああ、絶対に悪用しないさ」
「……じゃあ軽く説明するね?私のこの夢の世界で手に入れた力。過去に戻る力だよ。これは数時間前にしか戻ることはできない。今の状況で言うと……ちょうど昨日の夜辺り、パーティ会場の部屋で寝ているとこだね。この力は私と共有しているから私のことは考えずに行動してね」
「というと?」
「ナナイロとの思い出はしっかり私には覚えられてるということだよ。ナナイロがヘンなことすれば全部覚えられてるし、今の会話だって覚えているよ」
ドリーマーの記憶に残るというのは心強い。もしかして、この力を無限に使えばいつにだって戻れるのではないのか。それでカノルを助けることができるのではなかろうか。
この力の抜け道を考えたがすぐに開発者に阻止された。
「その力を頻繁に使うと体がもたないよ。物理的に時の流れに逆らえない。ずっと使ってると体の一部分が無くなったりするの」
「ひえっ!」
ドリーマーはため息をついた。薄ピンク色のナース服がよく似合うその姿は、どんな表情をしていても可愛く見れる自信がある。
「絶対に連続する使い過ぎには気をつけて。後悔するのは自分だからね。わかった?」
「あぁ、その注告、しっかりと覚えておく」
ドリーマーは微笑んだ。指を鳴らし、集中治療室のようなこの部屋を謎の空間へ飛ばした。空中にシャボン玉のような何かがたくさん飛んでいる。真っ黒な空間にポツンと扉だけが立っている。
ドリーマーは飛んでいるシャボン玉を突いて何かを手に取った。銅色のレトロな懐中時計だった。
ドリーマーはレインに懐中時計を差し出した。
「それじゃあ、これを首にかけて?これは私の夢の中で作った過去に戻ることができるもの。現実では見えないよ。じゃあどう使うって?良い質問だね〜」
「何も言ってないが……」
「胸に手を当てて『過去改変』って叫べば過去に戻ることができるよ。こんなにも簡単に過去に戻れちゃうなんて天才もびっくりだよ」
「え、それって毎回叫ばないとダメ?」
「ダメだよ。この懐中時計は声に反応して動くから。それに誰の記憶にも残らないから恥ずかしくはないよ」
「まぁ、それもそっか……」
レインは扉に触れた。何も音がせず、シャボン玉が宙に舞っている不思議な空間。綺麗に見える反面、何も無い真っ暗な場所であるから怖くも思える。ここがドリーマーの夢の中、本当に何を考えているのかがわからない。だが、これだけは言える。
「さっきは怒鳴ったりなんかしてごめん。ドリーマーは優しいな。ありがとう」
ドリーマーは謙遜するも、表情から嬉しさが滲み出ている。
「優しいだなんて、私のできることを最低限したまでだよ。ナナイロこそ、めげずに現実で頑張ってるところ、私からすればすごいと思うよ」
レインは扉を引いた。扉の奥は真っ白く、眩しい程に光り輝いている。希望を感じられるこの場所はレインにとって救いの場所と言える。
去り際にドリーマーは笑顔で呟いた。
「さ、いってらっしゃい……!〈昨日〉でまた会おう!」
扉は音もなく、静かに閉じた。夢の中のような静かさは現実には無い。