第31話 『三途の川に流れる白い花』
現実の意識が飛んでも夢の中に入れるとは思わなかった。現実では危機的状況に置かれている今、助けを求めることができるのはドリーマーだけだ。
「俺は現実に戻ったらどう謝ればいいのでしょうか。打開策とやらを教えて頂けませんかね?」
「この状況、どう足掻いてもナナイロは現実に戻った瞬間に罵倒を浴びるね。私なら下着ならいくらでも見せてあげるのに……。これだからロリコンは」
「俺はロリコンじゃないし、わざと下着を見ようとしたわけじゃない。あれは事故だ」
「ほぉん?ロリコンじゃないと、そう言い張るのね。じゃ、私の下着でも興奮とかするの?」
ドリーマーはそう言いながら幽霊のような白い布を上げようとする。レインは両手で両目を覆い、ドリーマーの体から目を背けた。
「や、やめろ!だからわざと見ようとしてないんだって!女様の下着を見たいわけじゃないから!」
「ほら、ロリコンじゃん。私は見せてあげるって言ったのに。勿体無いよ?」
レインはドリーマーのわけわからん愚論から耳をも傾けずにいると、ドリーマーはいつの間にか三途の川の『向こう側』から『こちら側』に移動していた。夢の中だからこそできるトリッキーな動きを希に見せてくる。
『こちら側』に来たドリーマーはレインの耳元で囁いた。誰が聞いても悪魔の囁きだった。
「夢の中でしかないこのチャンス逃しちゃっていいの?」
「う、うるせぇ……!俺はそんな誘惑に乗らねぇぞ。せめて現実にしてくれ。もう夢でなら何度も見た———。嘘、何でもない」
レインは耳元での囁きに驚きつつも自我を保ち、誘惑に負けなかった。ここで勝ったのは褒めてほしいところ。
「ちぇ、つまんないのー。じゃあ、結局ロリコンじゃん。あと、最後隠し通そうとしたけど、私全部知ってるから」
「あ、そうでした……。ここではドリーマーには敵わないな」
ドリーマーはレインの隣に座り、三途の川を眺めていた。そのままドリーマーはノールックでレインの足元の芝生をトントンと叩き、座るよう指示した。
霧がかった三途の川は今にも見えなくなりそうだった。透き通っているはずの水中も何も見えない。これが夢の中だと死後の三途の川はどうなっているのか今一度考えてみてしまう。
ふと、ドリーマーが先に口を開いた。特に感情のこもっていない声が耳に入る。
「打開策だけど……ないよ。女の子の下着というか、デリケートなもの見たら怒られない方がおかしいよ」
「そっか。まぁ、そうだよな。それが当たり前なら受け入れるしかないか」
しばらく沈黙が続いた。この静かな空気の中、三途の川の流れる音が大きく聞こえる。
ドリーマーがレインの肩に倒れてきた。かまって欲しそうに言葉を発する。
「いつか、現実で会えたらこうやっていい?」
予想外の発言に驚いたが、少し安心した。ドリーマーも普通の女の子だったからだ。現実でもうまくやっていると、そう信じることができる。
「あぁ、そん時は一緒に三途の川じゃない川を眺めような」
「えへへ、少し楽しみが増えたかも……」
夢の中では時間の動きを感じない。それでも現実では倍以上の時間は進んでいる。
「そう言えばさ、私の声を現実のナナイロに聞かせることができるようになったの。ほら、テレパシー的な?」
「……え?そんなことって前出来てたっけか?」
「ううん。私が努力して新しく身につけた力なの。ナナイロのために頑張ったの。努力すれば何だって出来ちゃうんだからね」
「あ、ありがとう。困った時は頼るよ」
「ふふん。もっと褒めてくれてもいいんだから!」
レインはドリーマーの頭を大きな手で撫でた。ドリーマーは目を丸くして顔を赤らめた。レインは気まずくなり、手を戻した。
そっちが褒めてくれと言ったのに、そこまで照れられるとは。本当に何を考えているのかわからない。
「だって、それは……違うじゃん」
「違う?俺はこんな褒め方しか出来ないが、嫌ならもうやめる」
「それも違うじゃん」
ドリーマーはレイン手を取り、自分の頭に乗せた。
「友達にやるように、わしゃわしゃしてほしいな。私達はもう友達でしょ?」
「あ、あぁ。そうだな」
レインはその言葉を聞いて、昔のトラウマが頭によぎったが、頭の中からかき消した。レインはカノルにされたようにドリーマーの頭をわしゃわしゃと撫でる。
レインはこれもう立派なリア充じゃね?と思いつつもこの時間がとても楽しかった。余計なことは考えずにゆっくりと暮らせるこのひと時が現実でも引き継がれてほしい。
レインはドリーマーの頭から手を離し、立ち上がった。
「俺はもう戻るよ。ドリーマーに戻してもらった記憶でやりたいことがあるから」
ドリーマーは微笑みながら、レインに感謝した。
「ありがと。また頑張れるよ。今度はもっととっておきなものをナナイロに見せてあげる」
「期待してる、けど……えっと、出口は?」
レインは辺りを見回しながらドリーマーに尋ねる。ドリーマーは三途の川の『向こう側』を指差した。よく見ると、白い霧の先に扉が見える。
「三途の川を渡れと、そういうことかよ……」
ドリーマーは頷き、立ち上がる。
「そこまで深くないし、簡単に渡れるよ。あ、もしかして怖いから私についてきてほしいとか?」
「ち、違ぇよ。ただ死ぬと覚悟を決めて渡る三途の川と、まだ死にたくないのに自分から渡る三途の川は全然違うって言いたかっただけだ」
ドリーマーはまた頬を膨らませながらレインの背中を見つめる。レインは三途の川に足を運んだ。
夢の中なのに冷たいという感覚がある。自分は今裸足なのか、水中のゴツゴツとした石が気になる。
渡りきった。謎の達成感と共に振り返る。ドリーマーが白い服を翻しながら、笑顔で大きく手を振っていた。
「本当に死なないよな……?」
レインは疑いながらも扉を開いて中に入った。