第30話 『説得の出来ない大事故』
「……優しさの暴力?私には一方的な、暴力で解決する無理強いにしか見えなかったんですけど」
シャーロの頬は赤くなっている。それは決して感情によって赤くなったものではなく、物理的な痛みによるものだった。
「シャーロにはまだわからないですわ。だってまだ経験してないんですの。人と人が信じ合って助けることをまだシャーロは知らないんですわ」
メリーは涙を拭き取り、シャーロに向けて次々に言い放つ。
「シャーロに好きな人なんていないですわ!」
「な、なんですか急に…!」
シャーロはメリーに肩を掴まれて動揺する。
「じゃあ、いるんですの?」
「いや、それは———いないですけど」
「今の間はなんですの?」
「うぅ、なんですかっ!私はメリーが何を言いたいのかさっぱりです!急に暴力を振るって、その次は好きな人を教えてって…。思考が追いつきません!」
「シャーロには好きな人がいないですわ!だって、好きな人がいるなら必然と信じたくなっちゃうのですわ!そんな感情を知らないなんて声に出さずとも答えはでているのですわ!」
シャーロの頭の中は疑問で埋め尽くされた。まるでエラーを吐き続ける壊れた機械のように、メリーの言っていることは理解不能だった。
「でもシャーロのことを好きな人はいますわ!」
「……え?ぇえ!?ど、どこにそんな根拠があって言っているんですかっ!?」
シャーロは今まで言われたことのなかった言葉を言われて顔を赤らめた。メリーが適当なことを言っていると思い、怒りの感情も見られる。
「少なくとも私はその人を知っているのですわ!そして、その人がシャーロのことを信じているんですの!少しは受け応えるべきなのではないのですの?」
シャーロはメリーの肩を掴む手を叩き落とし、一歩引き下がる。警戒をする猫のようにメリーのことも信じていないように見える。
「そ、そんなことを言われても無理なものは無理なんです!私はもう誰も信じれません!」
「今だけでもいいから信じてみるのですわ!絶対に優しさしかないですの。シャーロの敵以外は全員、心から信じているのですわ」
メリーは手を後ろで組み、謝った。気まずさを隠しきれずに目を逸らす。
「その、さっきは叩いてしまったのはごめんなさいですわ。私はシャーロの発言が許せなかったんですわ。だって私が信じている人を傷つけられるのは、聞くに耐えないんですもの」
「そういうものですか……」
メリーはベッドの上に置かれた白いドレスを両手で取り、シャーロに差し出した。シャーロは疑いの表情でメリーを見つめる。
シャーロは結局何もわかっていない。他人のことを気にかけていることは同時に自分を死に追いやる可能性があるということ。過去の記憶がなくなってもその認識はもう消えることはない。
信じていても裏切られた。その一言でメリーの全ての言い分を論破できてしまうが、それはしない。そんな他人の知らない自分だけの過去を教えても、『だからどうした』『今からでもやり直せ』と、そう言われて全て終いになる。
「一度だけでいいですわ。レインを信じてみるのですわ。無意味だと思っているのは最初だけですの。それからは自然と一緒に手を繋いでいるのですわ」
シャーロは諦めた。納得なんて一ミリもしていない。むしろ人間不信が増した。
シャーロは白いドレスを受け取り、愛想笑いをした。
「ん、そうですね」
「じゃあ、レインがいないうちに早く一緒に着替えてしまうのですわ」
メリーは風呂場を指差し、二人は風呂場に向かった。もちろんレインは風呂場で入浴真っ最中だ。だが、二人はレインの存在に気付かずに服を脱ぎ始めた。
シャーロの視界に台の上にぐちゃぐちゃに置かれた布の塊が入った。そこから一枚の布引っ張り出した。何か気になり、布を広げた。
「……な、なぁっ!」
男用の大きなパンツだった。シャーロは青ざめた顔で恐る恐る風呂場に目を向けた。
「シャーロ、どうかしたんですの?……って、ひゃあっ!!」
「ど、どうしたんだ———。あ……」
メリーの叫び声に反応したかのように風呂場の扉が開いた。レインは布一枚も身につけないまま反射的に風呂場の扉を開いてしまった。扉の先には凍りついた下着姿のシャーロとメリーがいた。今の状況を一言で表すなら『二人の下着姿の幼女の前にいる露出狂』だ。どう足掻いても犯罪と言えてしまう。
「え……っと。キャ、キャー。ミナイデー」
メリーは透かさず〈アビリティ〉を使用し、露出狂の視界を奪った。露出狂はその場で後ろに倒れ、もがき苦しんだ。
「この状況を誰が見ても私たちが被害者ですわ!シャーロ!セルミナさん達を連れてくるのですわ!絶対に世に放ってはいけない物をここで締め上げるのですの!」
「ら、ラジャーです!」
シャーロが部屋を出ていく音が聞こえた。部屋を出た直後にもう話し声が聞こえてきた。
「ちょ、ちょっと待て!俺が風呂に入ると言わなかったのは悪いが、それでも……まだセクハラなんてしてないぞ!」
「私たちの下着を見るだけでも立派な犯罪よ!しかもその言い方って……これからセクハラするつもりだったんですの……!?し、死ね!!レインの死因は風呂で溺死ですわ!」
メリーの罵倒は止まりを見せない。というより、事故が起きない限り口は止まらない。恥じた表情をしながらもう一度、服を着直した。
「はあ!?ちょ、おかしいだろ!!」
「だ、黙りなさいですわ!私たちはレインが風呂になんて入ってると思わないですわ!あと、タオルぐらい巻いたらどうですの!?」
「見えねぇんだよ!俺だって隠したいさ!だけどメリーが目ぇ隠すせいで今何も見えないんだよっ!」
「じゃあ、もう何もするなですわっ!」
メリーはレインの急所を蹴り上げた。その瞬間、レインの意識が消し飛んだ。次に目を覚ます頃には牢獄入りだろう。
⬛︎
メリーの泣き顔が思い浮かぶ。三途の川の向こうには人影が見える。足が川に入ったと共に、人影の正体が見えた。ドリーマーだった。
「朝にナナイロが寝てるなんて珍しいね」
「ドリーマーお前、俺の状況知っててしらばっくれてんだろ」
ドリーマーの服はまた変わっていた。周りが教会だった時はシスター服だったのだが、今はお化け屋敷に出てくる幽霊のような格好をしている。
「えへへ、バレちゃったか。ま、だから舞台を三途の川にしてみたんだけどね。ナナイロ、今この川渡りたいんじゃないの?」
「やめろよ縁起悪い。あと、俺は急所を蹴られたくらいじゃ死ぬほどやわじゃ無い。……てか、なんでドリーマーはもう既に三途の川の向こう側にいるんだ———はっ!もしかして現実ではもう……」
「何期待してんの。私は神だからナナイロみたいに死なないの」
「……俺はまだ死んでねぇよ」
ドリーマーは大きく笑った。現実よりこっちの方がずっと楽しいような、そんな気がして怖くなる。
だが、事実は事実。俺は一生なんでもできるドリーマーと一緒にここで暮らしたい。