第2話 『成り行き』
一週間前——
〈ピースシティー〉の治安定務という仕事で働いてたリーナスとレインは社長に初めて呼び出しをくらった。
仕事という仕事は真面目にしていた。内容は調査をする警察の援護をしたり、能力を使わないゴミの始末という名の悪党を討伐なんてこともしていた。
社長に呼び出しをくらうのはやらかした時や仕事の解雇など悪い知らせを受けることだと風の噂で聞いていた。
「俺らってなんかミスったっけ?」
「いや、仕事は真面目にやっていたはずだけど…」
「強いて言えばリーナスのこの前の寝坊だろ」
「うぐっ…」
痛いところをつかれて胸を抑えるリーナス。仕事真面目な2人が社長に呼ばれたことがすでに噂になっているらしく社長の部屋に向かう途中でも、社内ではもう2人の話ばかりだった。
「あいつら社長呼ばれたってよ?ありえなくねぇか?」
「確かにあんなに真面目に仕事してたのになんだか可哀想」
「いやらしいことでもしたんじゃないか?この会社そういうのは厳禁だし」
「そりゃないだろ。あの2人学生時代一緒に寝泊まりとかしてたらしいが、そこまでしといて何もなかったっていうのはそんな愛し合う仲じゃないんだろ」
「バカか?そんな仲だからこそだろ。一緒にいたらいつの間にか好きになっちゃったみたいなことだってあるんだぞ」
リーナスが追い打ちを受けたかのように顔を赤らめる。
周りがうるさいから少し黙らせるか。
「その話はもうやめろ!デマ情報流したら承知しないからな!」
「レインさんが怒った!ビンゴか!?」
「ちょうど手元に針と糸があってだな。次に口を開けたやつから一生喋れないように縫い付けるからな!」
恥ずかしいのか、怒っているのか、顔を真っ赤にしたリーナスの脅しがうまく効いたようで、噂をする連中は無言で一礼をして急足でその場を去って行った。
予想以上にリーナスの脅しが現実的すぎて少し怖くなった。
「さ、サンキューなリーナス」
「あ、うん。僕も嫌だった、から…」
「そうか、なんかゴメンな…」
リーナスが俯いてしまい気まずい時間が続くと思っていたが気がつけば社長室の前まで来ていた。
ドアを2回ノックして開けて用件を言うことが礼儀。
「失礼します。ヘルデ社長に呼ばれて参りました。第二官位のレインボー・サインナーズと…」
まだ俯いて用件を言っていないリーナスに肘で突いて伝える。リーナスは今魂が戻ってきたかのように焦って用件を社長に言う。
「あ!えぇと、同じくヘルデ社長に呼ばれて参りました。第二官位のリーナス・ネイデンです」
初めて入った社長室は他の部屋とは比べ物にならないほどに豪華でホコリひとつない輝いた部屋だった。シャンデリア、大きなカーペット、一眼見ただけでストーリーが思い浮かんでくるような絵画。全てが豪華だった。ここにいくら使っているのだか。
大きな机を前にヘルデ社長は椅子に座ったまま横に立っているメイド服姿の女性に言う。
「ギルア。すまないが、少し席を外してくれないか?」
「はい、わかりました」
ギルアと呼ばれるメイドはすぐに社長室を出て行った。ギルアはすぐにドアに耳をつけて中の様子を聞き取ろうとしていた連中を追っ払った。
ヘルデ社長はギルアが出たと同時に口を開く。
「君たちを呼んだのは悪い知らせをするつもりで呼んだわけじゃないんだ。そんな顔をしないでくれ」
レインとリーナスはどんなことを言われてもいいように身構えていた身体を緩め、そんなヘルデ社長の言葉を聞き少しホッとしたような気がした。
「内容は、君たちに重要な任務を託す。それはこの会社を百八十度良い方向に変えるものだ」
「具体的に何をすればいいのですか?」
レインが先に口を開く。
「君たちはインザヘルを知っているか?」
キョトン顔をするレインと驚愕するリーナス。
「ちょ、ちょっと待ってください!インザヘルってすでに悪党に侵略され尽くされたあのインザヘルですか!?」
「え?リーナス知ってるの?」
「それは知ってるとも。地図から名前ごと消されて無かったことにされた元〈ナイトシティー〉だ!普段ネットを使わないレインはわからないと思うけどとっても危険な都市だからね!」
「お、おう」
リーナスが早口になって語る。
「リーナス君は詳しいね。説明ありがとう。君たちにはそのインザヘルに何日か滞在もらう。目的はインザヘルの復興だ」
ヘルデ社長は髭を触りながら言う。
でもなぜ第二官位の俺たちが行かなければならないのか。
この会社は官位に分かれており、第一官位、第二官位、第三官位、第四官位と分かれている。つまり、レインとリーナスは第二官位なのに重要任務を任された。第一官位と第二官位の壁は大きい。
「なぜ第二官位の僕たちが行くのですか?」
リーナスが先にヘルデ社長に問う。
「すまないが優秀な人員が少し足りなくてね。ちなみに第一官位の部隊はもうすでにギルア以外がインザヘルに滞在している」
「たしかに社内で最近第一官位の人を見ていないな…」
「でもどうして僕たちが行くのですか第二官位の中にも優秀な方なら多くいます!」
リーナスはインザヘルの怖さを知っているからか、どうしても行きたくない様子。
「君たちだって私から見れば第一官位に上がれる一歩手前の人材だ。なんてったってレイン君には銃の撃ち慣れた腕がある。彼の腕はうちの訓練場にある的当てで最高点数をたたき出したものだ。リーナス君だってそうだぞ?情報管理は全てできている。敵の位置を素早く伝えて仲間に報告する。それだけでどれだけの人が助かったことか」
ヘルデ社長は腕を組みながら大きく頷く。
事実ではあるが少し心配だ。普段は警察の護衛など、自分たちだけで上り詰めたことはない。
「あとそれに初めての重要任務だ。この〈ヘイトベイン〉を使って助っ人を呼んでくれたまえ。きっと役に立つぞ」
まるでもう行くと決まったかのように話が進む。リーナスは唇を噛み行かない理由を探しているかのように見えた。
どんな場所か知らないがヘルデ社長が信用してくれているのだから裏切るわけには行かないな。
「リーナス一緒に行ってみないか?」
「で、でも…」
「行ってみないとわからないだろ?あっちには第一官位の先輩もいるんだ。きっと楽しくやっていけるさ」
しばらく考え込んでいたリーナスだが再び顔を上げてレインに手を差し出す。
「僕がピンチになったとき、もう一度助けてくれると約束してくれるかな?」
「もちろんだとも!」
ヘルデ社長は満面の笑みで言う。
「本当に君たちには感謝するよ。ほかにも何かしてやりたいが、任務が成功して戻ってきた時に打ち上げでもしようじゃないか」
「それもいいですね」
後ろから声がしたので振り返ると部屋を出たはずのギルアが立っていた。
「あぁ、ギルアひとつ言いたかったことがあってな。レインとリーナスと一緒にインザヘルに連れて行ってくれないか?」
ギルアが絶望した顔でヘルデ社長に詰め寄る。
「私は何があろうとずっとあなたの横にいます。部屋が汚れていれば掃除をします。朝食の準備も私が、服の選択だって、他の会社との会議の時も私がずっといたじゃないですか?見捨てないでください。見捨てないでください。見捨てないでくだ———」
さっきのリーナスよりも早口で話すギルアをヘルデ社長がギルアの口を手で塞いだ。
「君にしかできないことだよ、ギルア君」
ギルアはその一言で撃たれたかのように胸を抑えて、開いた目はハートになっていた。
「うへ、うへへ、私にしかできないこと。私にしかできないこと…」
「車の運転できる人が…いや、やっぱりなんでもない」
目の前でそのような出来事を見させられたがなんだか悪い気はしなかった。むしろ新しい学びを感じるまでもあった。
その日の晩、早速インザヘルに向かうことになった。
インザヘルに行く話は他言無用と言われたので会社の定時に向かうことにした。
社長室を出てからギルアが車を出してくれた。普通の車ではなく、自衛用の設備まで備わった特殊な車だった。
ギルアは第一官位なだけあって少しだけ優遇されているような気がした。
「さあ、乗ってください」
ギルアは小さな声でそう言い、タイヤが人間の下半身ぐらい大きな車に乗れるようにリーナスとレインに手を貸し乗せてくれた。
「ありがとうございます」
一応官位が自分よりも上ということで敬語を使っている。
出発してからは無言であったが、信号で車を止めたとき、ギルアが悪党の名簿の書かれたファイルをくれた。
「インザヘルでもお金を稼ぐために依頼表をもらいますが、こちらの黒名簿も似たようなものなので少しでも下見をすることを勧めます」
「あ、ありがとうございます」
リーナスと2人で黒名簿と呼ばれるファイルを見ているとなんだか全員変な異名を持っていた。見ていて恥ずかしいような、真っ先に思い浮かんだのはどんなことを考えてこのような名前をつけたのかが気になってしまった。
「邪眼に頼られし漆黒のダークブラックシャドウ!サタン・テルカニア!…あの、ギルアさん。運転中のところ悪いのですが…」
「なんでしょうか?」
「悪党って、ほとんど厨二病なんですか?」
「違います」
「じゃあ、なぜこのように…」
「その黒名簿を作った人が厨二病だからです。ちなみに製作者は第一官位の変人です」
「だからって二つ名に黒と同じ意味のものを4つも入れなくて良いのではないのでしょうか?」
「私はその変人に注意をしましたが、言っていることが理解不能でしたので諦めて発行しました」
厨二病特有の言葉って言うものか。
「なあ、リーナス。厨二病になってはいけな…リーナス?」
リーナスは黒名簿を見て目を輝かせていた。端から端までしっかりと見ていた。
リーナスがこんなに興味津々なところは初めて見た。
「わぁぁ!!漆黒竜の力を授かりし、真紅の息吹の支配者!!ハイン・デッド!!右手に宿りし、紫の炎に葬り去る!!イーサン・クロス!!かっこいいぃ!!」
「え」
「完全にやってしまいましたね。レインさん、お宅の相棒さんを元に戻すには早めに対処していただかないと手遅れになってしまいますよ?」
「リーナス!正気に戻ってくれ!」
俺はリーナスの持っていた黒名簿を取り上げた。
「あぁ!何をするんだ!」
「これはまだ幼稚が見るものではないんだ!」
「よ、幼稚じゃないし!!」
リーナスはしょぼくれてしまったが、なんとか厨二病への道を塞ぐことができた。
こんな出来事があった数時間後、無事にインザヘルに到着することができた。インザヘルにはどうやら悪党ではない一般人もいるらしいが、インザヘルに住むことがあまりにも危険なため一般人は悪党の人数よりも少ないらしい。
「到着しましたよ」
ギルアは人が一人しか入れないくらい狭い路地裏を指差しながら言った。倒れたゴミ箱が散乱していて、チカチカと今にも消えそうに光る電球に照らされるのは「ホル」と書かれた大きな建物だった。
「明らかに建築ミスをしているような」
「レイン、『ホル』って何?」
「『ホテル』です。実は間に『テ』があったのですが誰かに取られてしまって…細かいことは気にしないでいただけるとありがたいです」
「え、いや気になりますよ」
丁寧に説明してくれたギルアに悪いけれどこのホテルはボロボロすぎる。見た感じ窓ガラスも何箇所か割れていた。
「狭くない?」
「気のせいです」
「結構匂わない?」
「気のせいです」
「ギルアさん、なんかこのホテルのこと庇って…」
「気のせいですッ!!!」
「ひぃ!」
リーナスが悲鳴を上げるとギルアの口は誰にも止められないくらいに達していた。
「社長がインザヘルの中でも数少ないホテルを情報がない中探し出し、私たちの宿泊する場所を作ってくださったのです!野宿でいいんですか?夜に悪党に襲われてもいいのですか!?そんなことを言っていては地面に這いつくばって社長の笑顔を思い浮かべながらインザヘルを恨んであなた方は死にますよ!」
相当早口で話していたため少しゼェハァ言わせながら少し引き気味のリーナスの肩を掴んで話を続ける。の目に光という概念がなかった。
「私だって人間です。古く、今にも壊れそうな場所に命を預けられません。ですが、社長が保証します。止まらないわけにはいきませんよね?」
リーナスは脅されているかのように小刻みに頷く。
「わかってくれればよろしいのです。さぁ、早く入りますよ?第二官位のお二方」
情緒不安定なギルアに恐怖を覚えた。
ギルアさんのようになるくらいなら、そこら辺のネズミを眺めて野宿生活していた方がマシ、か。