第27話 『救世主』
レインは目が覚めると机の上に突っ伏していた。電気は申し訳ない程度に点灯している。地下にある部屋のため外の景色もわからない。そのため、今が朝か夜かなんて知らない。それに〈インザヘル〉の朝は短い。すでに外が暗くなっていてもおかしくはない。
ドリーマーが別れ際に言っていた『起きる時間』というのは朝ということだろうか。戻ってきた記憶の計画を実行するには夜が一番よい。
「今は安静にしてた方がいいのかな」
「それはダメです。今の状況はまずいですよレインさん。いえ、タッチさん」
「……え?ぬぅあっ!シャーロ!?」
レインが後ろを振り返るといつもの黒のラインが入った白い制服にミニスカートを着用しているシャーロの姿があった。後ろには黒い〈ヘイトベイン〉を持ったメリーがベッドに座っていた。
「な、なんでここに!?」
「それは———」
「私が呼んだのですわ!」
メリーがベッドの上に立ち上がって自信満々に言っていた。
「メリーもう自分から立ち上がれるようになるまで治ったのか!?なんか治るの早くないか!?てか、どうやってシャーロを呼んだの!?り、理解が追いつかん……!」
「落ち着いてください。私が一つ一つ説明しますから」
シャーロはレインを落ち着かせ、ベッドに座る。立ち上がっていたメリーもその横に座った。レインは電気をつけてから椅子に座った。
「メリーからすべての事情を聞きました。その……カノルさんのことはとても残念です。ですが、ここで終わってしまってはいけないことはわかっていますよね?」
「あぁ、それは重々承知している」
「それならよかったです。では、色々とこちらの説明しますね」
こうしてシャーロとメリーが隣で座るとまるでライバルのように見える。白いショートヘアの女の子と黒いロングヘアの女の子。性格も話し方もすべてが真逆に見える。
「実は私の〈ヘイトベイン〉がなくても他の〈コンバット〉の所有する〈ヘイトベイン〉で呼ぶことは可能なのですよ」
「そ、そうだったのか。メリー、先に言ってくれよぉ……」
「いやぁ、その…私はその時そこまで頭が回らなかったというか———ごめんなさいですわ」
「別に怒ってるわけじゃないが、じゃあ何で〈コンバット〉ごとに〈ヘイトベイン〉を分けているんだ?」
「それは『強制』できるか『任意』できるかの違いですね」
「というと?」
「簡単に言うと自分の〈ヘイトベイン〉で呼ばれた場合は逆らうことはできない。けれど他の〈コンバット〉が所有している〈ヘイトベイン〉で呼ばれた場合は行くも行かないも自分で決めれる、ということです」
「へぇ、そんなことできるんだ」
「いや、納得してる場合じゃないです。私メリーから聞きました。〈ヘイトベイン〉を無くしたんですってね」
「あ、すみません……」
シャーロの言葉の槍がレインに突き刺さる。好きな人に言われる言葉が一番響くのだ。
「私の〈ヘイトベイン〉を誰かに悪用されてしまったら、私はレインさん、いえ、タッチさんの敵になるのと同じですからね。私は信用してレインさん、いえ、タッチさんに預けたのですが、それは私の不備でした。これは私が悪いのかもしれませんね。タッチさん」
「うわぁぁぁ!ごめんなさい!シャーロは別に悪くないから!すぐに見つけてくるから!だからその『タッチ』って呼ぶのやめてくださいお願いします…!」
レインは泣きながら〈ヘイトベイン〉を無くしたことを詫びた。それを見たメリーは爆笑している。
「あははっ!呼び方でそんなに効くのですの?だったら私も次から『タッチ』って呼んでみるのですわ!」
「やめてくれー!」
「ふふっ、いえ、冗談です。からかったらどうなるか気になったのでついやってしまいました」
シャーロもレインの予想外の行動に驚愕したのか、微笑んでいた。レインは涙を拭き取りながらもう一つの謎について質問する。
「……シャーロがここにいる理由はわかった。でも、メリーの回復がこんなに早い理由は何なの?」
「それは私の〈アビリティ〉の〈光芒の慈悲〉の力です。これは治癒の手助けをすることもできます」
「ふぅん。というと?」
シャーロの横にいるメリーが口を開いた。メリーは手に巻かれた包帯を少しずつほどきながら怪我をしている場所を見せた。緑色の弱い点々とした光が怪我をしている近くを彷徨っている。
「レインが昨日の夜に応急処置をしてくれなければ今は治っていなかったですの。でも、レインとシャーロのおかげで回復速度が尋常じゃないほどに早いのですわ」
「そっか」
「レインはこういうところはしっかりしているのですわ!」
メリーがベッドから立ち上がりレインの目の前に歩いてくる。
「こういうところは、ってなんだよ。確かに戦闘はメリーの方が上だけど他はしっかりしてると思うけどな!」
「例えばなんですの?」
「例えば…?えぇと。頭の良さとか俺の方がかなり上だと思う。ほら、俺って眼鏡とかよく似合いそうだろ?」
「そういう考え方してる時点で馬鹿ですの」
「おい!馬鹿って何だよ馬鹿って!俺は偏見じゃメリーみたいに言われること多いけど、治安定務の模試は百点満点だったからな!」
「へぇ、そうなんですの。でも、それって何年前ですの?」
「さ、三年前……」
「ふっ、それじゃ今の私に劣りまくっているのですわ」
「頭の良さってそこまで急に落ちたりしないだろ!」
「もう、二人とも落ち着いてください。私は早く〈ヘイトベイン〉を取り戻したいんですよ」
シャーロの一言によって二人の熱は静まった。