第25話 『記憶の彼方の彼方のそのまた彼方』
レインは土下座しているドリーマーに向かって言う。
「抹消した記憶は戻らないのか?なんか大事なこと考えていた気がするんだが……」
「頑張れば戻せるよ。でも、戻すの大変だよ。色々とあなたの夢の中を漁らないといけないからね」
どうせ今は夜だ。やろうとしていたことが夜にすべきことだったら困るが、記憶を戻してもらえるならやらないに越したことはない。
レインは教会を見渡してから告げる。
「どうしても記憶を戻したいから大変でもやるよ。あと、もう土下座はやめてくれ」
「土下座をやめろって、なんで?周りに誰もいないよ?」
「俺がイヤなんだよ。罪悪感がすごくて話してらんない」
「わかったよ」
ドリーマーは机の上から降りた。そしてまた指を鳴らす。次は白く、ボロボロなベッドが出てきた。このベッドはレインが〈インザヘル〉のホテルで寝る時に使っていたものだった。ドリーマーはベッドに座り自分の膝を指差す。
「ここで寝転がって。膝枕してあげる」
「……は?」
「だから、膝枕してあげるよ」
「き、聞こえてるよ!俺は夢の中でも寝る趣味なんて———ぉわっ!」
レインの座っていた椅子と目の前にあった机がドリーマーによって消された。尻餅をつき、ドリーマーの方を見る。自信満々な表情で手をくいくいと出してくる。レインはドリーマーの座っているベッドに近づいた。
「さっきまで客だったよな」
「文句言ってちゃ記憶戻してあげないよ。膝枕も客へのおもてなし。やられてイヤな人いないでしょ?」
「恥ずかしいんだよ…。もっといい方法はないのか?」
「ない!」
あぁ、初めての膝枕が夢の中。これは喜んでいいのだろうか。なんだか虚しくなってきた。
レインはドリーマーの膝に頭を乗せた。柔らかい太ももに頭が沈んでいく。夢なのにひんやりとした感覚がある。
「ど?寝心地は」
「悪い気はしない。けど、やっぱり結構恥ずい…」
「正直になっちゃいなよツンデレぇ。私、あなたの気持ち全部わかっちゃってるからさ」
「ドリーマー(仮)さんはどんだけ俺を辱めれば気が済むんだ?」
「こんなんじゃ私の気は済まないよ。それに膝枕の感想なんて自分じゃわかんないもん」
「早く記憶を戻す作業に移ってくれないか?元はと言えば君が消した記憶なんだからな」
「はいはい。今やりますよーだ」
ドリーマーは膨れっ面になり、レインの顔を覗き込む。
「なんだよ…」
「別にぃ?何でもないけどさ。少しは膝枕で喜んでほしいなって思って」
「何でもあるじゃねぇか。俺は好きな人の膝枕じゃないと喜ばないぞ?まぁ、その…俺のいつも使ってる枕くらい寝心地はいいぞ」
「あはは!そんなら先言ってよ!そのいつもの枕と交換して私の膝枕で寝てくれてもいいんだよ」
「それはお断りだ。そもそもこれが夢の中であるから膝枕してくれてんだろ?もし、現実で君と出会ったとして拒絶される自信がある」
「……あ」
「ん?どうした?」
「い、いやぁ何でもない!ただ私とあなたが出会える日は来ないなって思っただけだよ」
「何だそれ。まぁ、もし出会えたら拒絶しないでくれると俺は傷つかなくて済む」
「多分拒絶されるのは私のほうかな…。……なんちゃって」
レインにはドリーマーの「なんちゃって」の笑顔はすぐに愛想笑いだと気がついた。空気が重くならないようにしてくれた。他にも「私のことは深掘りするな」というか意味でもあってしまう。何とも愛想笑いとは種類が多い。相手の夢が見える、最も逆の立場ならすぐに意味がわかるだろう。
「じゃ、じゃあ始めるね?」
「あ、お願い…します」
レインは少し気まずそうに言うとまた愛想笑いされた。そしてドリーマーはレインの頭に手を触れる。すると、何か忘れていたことを思い出したかのような、あの気持ちの良い感覚を感じる。
「何だこれ…いつかのコイントスの結果。一年前の朝食。ホテルの部屋の鍵閉めたっけ。って、いつの記憶だよ!」
「少し静かにして。今頑張って探してるから」
「あ、悪い…」
レインはふざけてるのかと思いツッコんだが、ドリーマーは割と真面目にやっていた。「戻すのは大変だよ」の意味がわかった気がする。ドリーマーは今までのレインの忘れた二十三年間の記憶の中からさっきの消された記憶を探し出そうとしているのだ。
その二十三年間の忘れた記憶は兆を軽く超える。わかりやすく例えるとすれば「大量の塩の入った袋の中に砂糖を一粒入れたから取り出してみて」と同じ要領だ。
ほぼ俺の記憶は返ってこないと確定した。もし返ってくるとしたら明日絶対死ぬな。
「見つけた!絶対これだよね!」
あ、俺明日死んだ。