第18話 『疲労回復と医療学』
黒い穴が消えるのを棒立ちで見ていたギルアはレインを見て言う。
「私が安全を保証するのは私が連れてきたあなたとセルミナさんだけ。今の出来事は進展があったと見て」
レインはそのまま去ろうとするギルアの腕を掴み止めた。
「今の言い方は違くないですか。俺はここにいる全員の安全を保ちたかったです。訂正して下さい。カノルの犠牲が進展というのはおかしいです」
目つきの悪いギルアは頭だけ振り返り体は見向きもしてくれなかった。
「じゃあ何故あなたは止めなかった?」
ギルアはそれを言うとすぐにパーティ会場の方を向き、歩いていった。今でも追いつけそうな距離であったが正論を言われたレインは話しかける気力すらなかった。
自分の臆病でカノルを守れなかったのは事実だった。それに加えてアメシストになんの危害も与えていない。
なんで自分のダメなところをギルアさんのせいにしているのだ。それにギルアさんが来なければ俺の命だってもうこの世にはない。
レインの視界に全身傷だらけのメリーが入った。うつ伏せになった彼女は泣いている。なんて慰めればいいのか。それとも何もしていないのに慰める資格はあるのだろうか。
レインはメリーの近くに寄り一声かける。
「ごめん……。ここにいても明日まで何も変わらない。一緒に一度戻るぞ」
メリーはうつ伏せのまま頷いたように見えたが彼女は動けない。足が、手が、いや全体が。見えないが胴も相当痛いだろう。だが、メリーが一番痛いのは体ではなくカノルがいなくなってしまったことに対する精神的な痛みだろう。
「おぶるよ…。体に触れるけどセクハラとか言うなよ」
メリーはされるがままレインの背中に全身を許した。背中から血の匂いがする。それとずっと静かに泣いていることもわかる。
「俺の背中になら血だって、涙だってなんでもつけてくれ。いや、それくらいはさせてくれ」
「…変、態」
「え、あ、いや。今のはそういう意味では言ったわけでは……」
メリーをおぶっているとわかる。意外と軽いのだなと。小柄なメリーは腕も足も細い。胸も…。いや、なんでもなかった。歩くに連れてメリーの長い黒い髪がレインの腕や首元に当たってくすぐったい。自然と思うこの感覚。この子を守ってあげたい、と。
「絶対に死なせない…!」
レインはメリーをつれて足早に自分の部屋へと戻った。目の悪いレインは戻る途中暗い廊下で何度も壁にぶつかりそうになったが、なんとか自室にたどり着いた。部屋の電気は急いでいたため赤暗い部屋になってしまった。
自室に着いたらすぐにメリーをベッドに横たわらせた。レインは息を切らしながらメリーに問う。
「〈コンバット〉の治療になんか特別なものでもあるのか?」
メリーは首を横に振る。レインは持参してきたバックの中から医療道具を取り出す。これでもレインは手が器用であり、将来医者を目指していた過去もあった。この過去もすべてあれによって打ち消されたのだが。レインはメリーの靴を脱がし、体の各部を確認する。
「レイン、私の、骨、折れてるの、です?」
「いや、見た感じは折れてはいなさそうだ。だが、この任務が終わったあとには病院に連れて行ってやるよ」
「〈インザヘル〉に、病院、なんて、ないわよ」
「え、あ、そうだったな。何言ってんだろ俺」
ひと段落つくまで〈ピースシティ〉に帰ることさえできない。それに〈インザヘル〉には病院なんて怪我を治すところなんてもってのほかだ。そんなことはわかっていたはずなのに何故だか頭が回らない。大事な人を一瞬で失ったからか、ショックが大きいのか、理解が追いつかない。
レインは急に来る激しい頭痛に頭を抑える。
まただ。このトラウマを早く忘れ去りたいのに。脳の端に残り続けて消える余地を見せない。
「レイン、大丈夫、ですの?」
「……いや、なんでもない」
レインはメリーを心配させないように作り笑顔でそう答える。レインは医療道具の中から消毒液とガーゼと包帯を取り出す。とりあえず見えている血や、明らかに怪我の大きいところを応急処置するべきだ。
ガーゼに消毒液をつけて血の出ているところを拭いていく。
「痛っ…」
「我慢してくれ。絶対に酷いようにはしないから」
血の出ていたところに包帯を巻く。二回巻いた後に折り曲げると取れにくいと独学した。
「よし、これでひとまずは大丈夫だろう…!」
レインは巻き終わった後のベッドに横たわるメリーを見る。黒く長い髪に白い包帯がよく目立つ。
メリーは起き上がり、レインをよく見つめてから言う。
「あ、ありがと」
「気にするな。俺のできることをしたまでだ」
メリーは何処となく照れているような表情を見せたが、すぐに目を逸らした。戦闘前ここの部屋で喧嘩した後だから俺と一緒にいるのが嫌なのか。
「部屋まで送ろうか?その体で朝、廊下で倒れられても困る」
「いや、ここにいたいですわ。……ダメですの?」
「ダメってわけじゃないが———」
ここの部屋一人の宿泊を想定されているからベッド一つしかないんだよな。まぁ、俺が机で寝ればいいか。
「いいよ。疲れているならもう寝な」
「まだ、寝ない、ですわ」
メリーは黒く長い髪を触りながらもう一度レインの方を見る。
あ、これ強請られるやつだ。どんな願いが来てもいいように息を飲む。
「お風呂って入っていいですの?」