第14話 『悲劇の開幕には血が見えない』
入れ違った会話が弾んだが、レインの戦闘服マニアの心が我に返り、やるべきことを思い出す。戦闘服の破損部分の確認だったんだと。
「見た感じ破損部分は無さそうでした!」
「えへぇ。そうか——。はっ!あ、ありがと!」
セルミナも我に返り言葉を言い直す。セルミナは手で口を隠してギルアより大きなあくびをした。
「私も眠くなってきちゃった。ごめんね、今日徹夜だったから先に寝させてもらうね」
「え、あ、はい!一日目お疲れ様でした!」
セルミナが徹夜で頑張ってくれていたことに驚きながらもレインは敬意を払ってお辞儀をする。
「…俺も頑張らなきゃな」
レインは自分の傷一つついていない手を見る。夜の長い〈インザヘル〉では、少ししか光が入らないため周りが見ずらい。だが、自分の手は血も泥も銃を握り続けた跡さえも付いていないことがよく見える。
せめて何か役に立たないと…。
そう思うレインの視界の端に戦闘に負けて倒れた敵の姿が映る。〈ピースシティ〉では放置しても警察官とかが連行してくれていたけど、〈インザヘル〉にはそんなものはない。もしもこのまま倒れた敵を放置してしまっていたら多くの意味で危険だ。
道路の端とかせめて人の目につきにくい場所にもたれかけといた方がいいよな。
レインは複雑な感情で倒れている敵に近づく。
敵のヒビの入った仮面の中身を知っているのはレインだけ。別に敵の味方をするわけではないが、その生死不明の穴の空いた頭部は今を生きる人に見られたくないだろう。
レインはしゃがみ、倒れた敵に触れようとする。
「レイン!危ねぇっ!!」
「え?」
カノルの声と爆発音と共にレインの体は浮かび上がる。一瞬でカノルがレインを抱き上げて飛んだのだ。
なんだ。何が起きたんだ。
着地と共に二人は転がり、カノルはその勢いで電柱に背中を強く打った。カノルのもとにメリーが走って近寄る。
「っ!」
「カノル!しっかりするのですわ!」
カノルの右足がなかった。今の爆発によって千切れたのだ。レインがしゃがんだままその場にいたら間違えなく粉々になっていた。
爆発音のした方に向かってレインは銃を構え、すぐに戦闘体制に入る。
「誰だ!出てこい!」
爆発の煙の中から一つの人影が近づいてくる。
「外れちゃったかぁ。そこの会場に僕を入れて欲しいだけなのに、僕の駒を殺すなんてぇ。もうそれって招待状をくれたようなもんでしょ」
煙が風によって飛び、正体が露わになる。
赤紫色の髪に紫のローブで身を包んでいる。目の色は紫と黒のオッドアイ。おまけと言ってはなんだが、背中から巨大な触手のようなようなものを生やしている。
紫のローブの者はカノルを見て言う。
「僕の触手の速度より速く動くなんてやるねぇ。まぁでもその足が無ければもうその動きもできない。君の知っている恐怖で傷をつけたんだ。感謝して欲しいくらいだね」
なんなんだこいつは…!地面から急に出てきてから意味のわからないことを連呼して!
「だ、だ、誰なんだお前はっ!」
「あれ?ビビっちゃってる?でも、ここは名乗るべきなのかな」
紫のローブの者は手を広げて言う。
「僕はフィアーグループの三代恐怖の一人、肉体的恐怖こと、『アメシスト・フィシクル』。あ、そうだ。君の名前も教えてよ」
「こ、断る。俺は仲間にしか名乗らない…。俺はカノルを傷つけたお前が嫌いだ!」
「残念だな。僕はこれから殺すものの名前くらいは知らないと嫌なんだよねぇ。ほら、得体の知れないものって人間も食いたくないでしょ?それと一緒だよ」
レインは銃を握り続けている手を見る。手が無意識に揺れている。
こんなものにビビっているのか俺は。くそ!頼りたくはないがまだギルアさんとセルミナさんがいる。今の爆発音で気付いてきてくれないのだろうか。
その時アメシストの後ろがふらっと、揺らいだように見えた。横目で左右も確認するが同じように揺らいでいる。
まさか!
「お前、野次馬が来ないように結界をはりやがったな…!」
「おぉ!大正解ぃ!実は僕の結界は特殊でねぇ、目の錯覚と防御術を使っているんだ。野次馬からの僕らは全く見えない。つまりここにはなにもないように見えるわけさ。それに万が一気づかれた場合この結界を破壊しなければ中に干渉することができない。破壊には隕石が落ちてこない限り無理だね。あ、中からも同じだよ」
アメシストは高笑いする。レインはすぐさま手を耳元に当てるが、砂嵐のような音が鳴るばかり。なんとなくは察していたが通信も切断されている。
「つまり君たち三人はすでに僕に狩られたんだ!易々と僕を会場に入れてくれるだけで良かったのになぁ」
その時後ろから声がする。
「ここは私が戦うのですわ!貴方は第一官位の皆様を呼んでくるのですわ!」
「だから、閉じ込められているから呼びに行くことはできないって———」
「なに簡単に敵の言うことを信じているのですの!私のことは全然信じないくせによく言い訳できたものですわ!結界が破壊されるまで攻撃を続けるのですわ!」
よく見るとメリーの目元には大きな涙の雫があった。カノルの重傷を前にしてメリーも怖いはずだ。声を荒げてまで戦うと言うメリーは今では別人のように見える。
「どうせ貴方が戦ったって勝てっこないですわ!貴方にできることは結界を破壊して第一官位の二人を連れてくることですわ!」
「…く、くそ!ここは頼んだぞ!」
「任せておきなさい!カノルの仇は私が取るのですわ!勿論、貴方の分も」
レインは悔しい顔を隠し、結界の端に向かって走り出す。
※※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ごめんなさいですわ。貴方との約束はここで破ってしまうかも知れないですわ」
メリーはカノルの方を向き一言だけ言ってアメシストの方を睨む。
「あ、やっと取り込み終了したのか。さっきの臆病者と変わって選手交代ね。優しく待っていた分ここで思う存分返してくれ!」
「私は狙った相手は絶対に殺すと決めているのですわ。お気の毒、絶対に生きては返さないですわ!」
メリーは他に先程使っていた鞭を召喚した。
カノル待ってて、必ずこいつを地獄に落としてやるのですわ!!
アメシストはメリーの手に持つ鞭を見て鼻で笑う。
「そんな細い紐でなにができるって言うの?断然こっちのが有利だ!」
アメシストはメリーに向けて背中の巨大な触手を伸ばす。カノルが当たった時と同じスピードに見える。
「それはどうかわからないですわよ!」
メリーも負けじとアメシストの素早い触手を避ける。避けた先にも触手が前から伸び出てくる。
「一体何本の触手があるのですの!」
前方からではなく、地面からも横の建物からも各地から触手が飛び出てくる。が、メリーは全てを華麗に避ける。巨大な触手の素早い動きに追い付きながら小柄な体がアメシストに向かって走り出す。
「貴方これで終わりじゃないですわよね?私に当てるにはもっと工夫しなければ当たらないですわ!」
「へぇ、やるじゃないか。僕の攻撃をここまで避けられたのは人生で二度目くらいだね。勿論これで終わったらつまらないからね、とっておきが何個もあるさ」
「それはどうもですわ。それを聞いて飽きなくて済みますわ!」
メリーはアメシストの目の前に到達する。メリーは鞭を音速で振り回す。空気の切れる音が三重、四重と何倍にもなって耳を通り、アメシストの顔を狙った攻撃が炸裂する。
「ソニックブームッ!」
「はい通りません!」
「なっ…!」
触手がアメシストの顔を守った。触手は左右から飛び出てきており、まるでシャッターのように段々になってアメシストを守っている。わずかに触手に切れ目が入ったが本当にほんのわずかだけ。
「ふふ、僕のターンだ…!」
アメシストの紫の方の目が光り輝いた。
「…オープン・ザ・パンドラ!」
「危なっ…!」
アメシストの紫の目から何かが出てきたが、メリーはそれを避ける。メリーはアメシストの目から出てきたもの見て唖然した。
「何なんですの、これは…」
「大当たりぃ!よかったねぇ!黒龍だよぉ!」
「そんなの…神話でしか聞いたことないですわ!」
「おぉ、奇遇だねぇ。僕も神話でしか聞いたことないよ」
「じゃあ何でここに黒龍がいる———」
「僕の能力はいくつもあってね…ま、ハンデとしてこれを教えてあげよう」
アメシストは黒龍の横に立ち、メリーの身長の五倍以上はある黒龍の足に触れて話す。
「僕の能力は〈災いの再現〉。僕の右目に宿した能力さ」
アメシストは紫色の右目を指差す。
「神話に存在する化け物たちを僕の目からランダムで出すことができるんだ…!僕の知識を埋め込まれた化け物たちは神話にはなかった僕だけの攻撃手段だってしてくれるんだぁ!」
「そんなのって…何でもありじゃないの!」
「そう、何でもあり、いやぁ、さっき君たちが気絶させた駒とは大違いだなぁ」
そう言いながらアメシストは地面に倒れている敵の頭を蹴り飛ばした。
「無能で、弱くて、無知で、何にもできやしないじゃないか!」
情緒不安定なアメシストは地面に倒れている敵を一言言う度に踏みつける。ついに敵の仮面が割れる。頭に穴の空いた人の姿がメリーの前に露わになる。
「何よ…その人の頭部に穴が空いて…」
「ん?あ、今気づいたの?」
敵の仮面の中には攻撃していないメリーはアメシストの蹴ったせいでボコボコになった顔を初めて見た。その顔はもうすでに息をしていないように見えた。
仮面をつけていた敵の髪を引っ張りながら持ち上げて、アメシストが自慢げに口を開く。
「この穴は僕が開けたんだぁ。一般人を操るのは大変だったよぉ」
また衝撃な事実を耳にしてメリーの声が震える。次第に体からも力が抜けていく感覚がする。
「…一般人を。なん、で…?」
「そんなの当たり前でしょう?元々能力者の奴を拉致るってすっごく大変なんだよ?抵抗とかされて傷を負ったことなんてあるんだから。でも、それに比べて〈ピースシティー〉から拉致ってくるのってものすごく簡単で簡単で——-—」
「…は?今〈ピースシティー〉って…嘘。そもそも〈インザヘル〉から貴方たち出られないんじゃ…」
アメシストは呆れたような顔で、持ち上げていた仮面をつけていた敵を投げ捨てた。
「それも知らなかったのか?〈ピースシティー〉って言っている割には情報の通りが悪いんだな。平和も何も情報が通ってないなら悪も動き放題じゃないかぁ」
メリーの中で何かが切れた音がした。同時にカノルとの約束を破ることを心に決めた。約束は『どんなに悪い奴でも殺しはするな。今からでも心を入れ替えることだってできる奴がいる』だ。
メリーは正気を失くしたまま気絶しているカノルのもとへ歩き始めた。
アメシストの声がメリーの後ろから聞こえるが、そんな虫の声はもう聞こえない。
「おい!僕に背を向けんじゃねー!」
カノルの腰のポケットからヘイトベインを取り出す。
「……」
メリーの目からこぼれる雫がカノルの額に落ちる。カノルの目は覚まされない。
そのままメリーは立ち上がり服の袖で涙を拭き取る。メリーの手はヘイトベインのアンテナを思いっきり引っ張っていた。
機械音声が流れる。
『リミッター解除許可を申請。条件を言ってください』
「戦闘員が気絶しましたわ。私がカノルの仇を打つために相手をぶっ殺しますわ」
『暗証番号をどうぞ』
「…イチ、ゼロ、ハチ、ニ」
『承認しました。———リミッターを解除しました』
メリーは鞭を振るった。鞭の先の部分からオーラを纏う。メリーの体内が燃えるように熱くなり、同時に行動できるタイムリミットを自覚する。
メリーはカノルに遺言を残した。
「…本当にごめんなさい。私は…カノルのことが大好きでしたわ!」
メリーはそう言い残すと刹那に駆けて、アメシストの目の前に姿を現す。
「な…!」
「もう貴方は手遅れよ!」
瞬時にメリーの鞭がアメシストの顔を狙う。鞭が空気を切る音が次第に大きくなっていく。アメシストは触手を使ってメリーの鞭を弾こうとするが、今の鞭は剣よりも強く斬撃を放てる。さっきまで切れ目もあまり入らなかったアメシストの触手を今では真っ二つに切っている。
「おい、マジかよ」
「大マジよ!今まで制御されていたのですわ!久しぶりに大暴れができてとても気持ちがいいですわっ!!!」
快楽に飢えたメリーの顔は何処となく疲れが見える。
「ウガァァァァァッッ!!」
次の瞬間、黒龍の突進攻撃がメリーに炸裂する。思いっきりぶつかったメリーは吹き飛ばされた。
「二対一ってこと忘れてもらっちゃ困るね。お前のそこに倒れている奴とは違って心強い味方が俺にはいるんだよ」
「それがどうしたのですわ!」
メリーは能力を使い、黒龍の視界を眩ませる。黒龍の視界が奪われた瞬間を狙い翼に向けて鞭が斬撃を加える。
「グガァァァァ!」
「な……お前も〈アビリティニスト〉だったのか!」
再現によって呼び出された黒龍は灰となって消滅した。突進されて吹き飛ばされたはずのメリーがもうアメシストの目の前にいる。頭部から出る血にはメリーは気づいていない。
「私のパートナーに悪態つけんなぁぁ!」
「頭冷やせよ。こっちは触手もあるんだぜぇ」
下から出てきた触手に今度は上にメリーが吹き飛ぶ。本来であればカノルのように足が吹き飛ぶはずだが、今のメリーには効かない。メリーは少し笑いながら言う。
「…吹き飛ばされたおかげで狙いやすくなったのですわ!」
上から伸ばすメリーの鞭はアメシストの体を巻きつける。オーラを纏った鞭はまるで意思があるように強く締め付ける。アメシストはそのまま上に引っ張られた。
「私のモットーは有言実行ですわっ!!」
「僕はまだ負けたと思っちゃいないよ」
「うるさいですわ!」
メリーは空中で身動きが取れないアメシストを殴り飛ばす。アメシストはそのまま結界の壁にぶつかった。
メリーは力を使いすぎて空中から落ちた。