31,シュラハ再び。
「まー、自分で蒔いた種だししゃーないわね」
ヴァニラの部屋でマオーとヴァニラとヴァニラの使い魔の雌蟷螂。ヴァニラはネグリジェ姿で雌蟷螂を七体ほど四つん這いに並ばせてそれをベッド代わりにして寝転がりながら言う。
いくら使い魔とは言えその扱いはどうなんだと思うマオーだったが、当の雌蟷螂たちは恍惚の笑みを浮かべていたので突っ込むのはやめておいた。
「まさかあのときの黒づくめの魔導士がここまでたどり着くとは思わんだろうよ…運が悪い」
簡素な椅子に腰かけているマオーはいつも通りの和装だった。深くため息をついた。
あの時不審に思われたとは思ったが、どうせ孤児院の結界を突破できる実力はないと思って放置してたらこれだ。
自分の甘さを痛感した。
「ある意味運がいいんじゃないの?あの三人がここに来た時、もしあなたが一緒にいたらあなたの正体まで露見してたわよ?どうせ遠巻きにあたしらを覗いてた奴がいただろうし」
いいながら一体の雌蟷螂の尻をパチンと叩くヴァニラ。その瞬間、ありがとうございます!!と絶頂する雌蟷螂。
多分意味なく叩いたのだろう。真面目な話をしているときになんだかなーと思うマオーだったが、この件に関して一切頭が上がらないマオーはスルーする。
「…一応、孤児院と俺の関係性は確定しているわけじゃないか。なら冒険者としての潜伏はまだ続けられるとしてたしかに三人に『神の眼』を与えた連中はさすがに、ここは把握しているだろうな…どうしたもんか」
悩むマオーにヴァニラはあら?と不思議そうな表情をみせる。
「まだ人間界で『ごっこ』続けるの?魔界に帰るいいきっかけだと思ったのだけど」
無表情でそういうヴァニラに、マオーは自然と睨むような目つきをしてしまう。対するヴァニラは
はあ、と呆れたように息を吐く。
「そのすぐ切れる癖、いい加減直した方がいいわよ?しかも後先考えずに…まあそういう所も嫌いじゃないけど。じゃあ、今の生活を仮に続けるとして。どうするの?我が主」
まるで子供をあやすかのようにいうヴァニラ。その様子を見たマオーは、ぱんぱんと自分の顔を叩き
悪いとヴァニラに謝った。
ヴァニラは暗に敵戦力が把握できていない以上、ここで孤児院を続けるより魔界に戻ったほうがまだ安全
まであるといっているのだ。
…しかしだ。
「だが、悪い次いでにここで俺の『ごっこ』遊びにまだ付き合っていてくれ」
マオーの頼みにすこしの間目を見開き、その後妖艶な笑みをみせ目が紅く光るヴァニラ。
「ん~、そこは全く悪びれず『付き合え』って命令してほしかったわねえん。まだまだ『あの方』
には及ばないけど…まあその図々しさは及第点だわあ」
ヴァニラは立ち上がり指をパチンと鳴らすと四つん這いの雌蟷螂たちがボン!と消えた。
そしてマオーに近づき。
唇を重ねた。
それはすぐに離れマオーの耳元でささやく。
「いいわよ…付き合って…あ、げ、る」
その直後、気分が一新したようにさてと!と踵を返しマオーの対面の椅子にドスンと雑に座り足を組む。
「とりあえず新しい場所は探すとして。その間、がきんちょたちはどうするの?あたしの存在が露見
した以上、敵も攻めてくるならそれなりの戦力で来るはずだから。今度は守りきれる保証がないわね」
そこだよなとマオーが悩む。新天地にいき結界を張れば、『神の眼』を奪えたから孤児院の特定は難しくなる。
だが新天地がすぐに見つかるとは限らない。かといって魔界は魔界でとても安全とはいいがたい。
様々な思考を巡らしているとヴァニラが嫌らしい笑みをマオーに向けた。
「あたしの『親友』に~あなたのがきんちょたちを預けるに値する『スライム』がいるのだけど
頼んであげよっか?」
スライムときいてマオーは怪訝そうな表情を見せるが、とりあえずヴァニラの次の言葉を待つマオー。
「元魔界四天王が一人『シュラハ』ちゃん」
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魔界。魔王城。
元魔界四天王シュラハ。
金色の髪をサイドテールにしているそのテールは腰まで届く。
深紅のロングスカートのドレススーツ、スマートなボディライン。
魔王がいない今、実質の魔界最高権力者は元魔界四天王『シュラハ』である。
ただそれは形式上だけで。
がらんどうになった魔王城に、シュラハがひとりいるだけ。
千人程度のシュラハ直轄の魔王護衛軍はすべて現場に出しているので、魔王城の業務は実質
シュラハ一人でこなしている。
スライムという特性上、分身をいくらでも作れるので人手という意味ではあまり困らなかったし
どこの馬の骨ともわからない日雇いを使うよりは防犯上という観点でもよかった。
とは言え。
やはり魔王様がいたころの賑やかな魔王城が懐かしい。…寂しい。
「…感傷している場合じゃないわ」
シュラハの最大の仕事として魔王の寝室の清掃がある。大好きだった魔王様の寝室の清掃をすることが
今のシュラハにとって一番重要な仕事だし、何よりも至福の時間だった。
「魔王様、入室してもよろしいでしょうか」
シュラハは扉をノックし、そう挨拶するが当然返事はない。
扉を開けると、黒を基調とした落ち着てはいるが豪勢な家具がそろった部屋が広がっていた。
「失礼します。本日も良いお日柄となりまして何よりです」
一礼して笑顔でそういうシュラハ。勿論寝室にはシュラハしかいない。
部屋は塵一つなくピカピカで、シーツも新品といっていいほどベッドメイクされている。
清掃の必要がないと思われるが、シュラハの日課だしいつ魔王様が返ってくるともわからないから
完璧にしておきたい。
スライム族のシュラハは分身もさることながら、身体の一部を切り離し形状変化であらゆる道具を
具現化できる。今日も身体の一部を清掃道具に変えて清掃を始めようとした。
しかしそれは邪魔される。
「?」
シュラハ宛に魔法、通信が来たのだ。しかもただの通信ではない。
《はろお~!シュラハちゃん!元気してる~?》
懐かしい甘ったるい声が脳内に聞こえてきた。シュラハはこめかみに指をあてる。
「…なにかあったの?」
シュラハの意外な反応にヴァニラが不思議そうな反応をした。
《あれえ?もっとつっけんどんな返事を期待してたのだけど。調子くるうわね》
よっぽど意外だったのか、口調と声色が普通になるヴァニラ。
「そりゃあ超上位『次元断通信』まで使って通信してきたなら
ただの冷やかしってわけじゃあないでしょうよ」
シュラハがそう返すと通信越しにヴァニラがケタケタと笑う。
《流石察しがいいわね。実際その通りよ。今人間界にいるから、次元断通信でも使わないと
魔界にいるシュラハちゃんに届かなかったしね》
シュラハは自然と表情が険しくなる。正直ヴァニラがなぜ人間界にいるかは興味がなかったが
ヴァニラが何の用事で通信してきたのかはいろんな意味で気にはなる。
こいつはいつもふざけているが、大事な時はふざけない。なにかろくでもない問題を持ってきた
のだろうと思う反面、もしかしたら魔王様についてなにか情報をえたのかという期待もしてしまう。
いや、期待しては駄目だ。期待したら落胆も大きい。シュラハはブンブンと顔を横に振る。
《端的に言うと、あたしの『お友達』のお願いをシュラハちゃんに聞いてあげてほしいの》
それを聞いてやはり期待しなくてよかったとシュラハはため息をついた。
「あんたならともかく、なんであんたの友人の頼みを私が聞かなくちゃいけないわけ?
次こんなくだらないことで通信してきたら殺すわよ」
通信越しにいや~ん!シュラハちゃん怖い~んとくねくねした声が聞こえた。
《でもあたしの頼みだったら聞いてくれるあたり、やっぱりシュラハちゃん、優しくて大好き!
………じゃあからかうのはここら辺にして》
ヴァニラの口調が途中で変わった。まだ何かあるのかと思ったが、まあこれくらいの冗談なら
まだ飲み込める。
《心して聞いてね?》
そう前置きするヴァニラにさっさと言えと返すシュラハ。
《その『お友達』が魔王様の【ご子息】でもお願いを聞けないのん?》
「!!!!!!????」




