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3、魔界孤児たち(ハーピイ属、エルーシャの場合)

「ドッチボールでもやろうか」

ドッチボールとは2チームに分かれボールを当てあうゲーム。キャッチできればセーフだし

落とせばアウトになるシンプルなゲーム。ゆえに大人も子供も楽しめるゲーム性だ。

子供たちと楽しもうと気軽に言ってみたマオーだったが、異様な光景を目にする。

「いっくぞー!とりゃあ!」

掛け声こそ可愛らしい感じだったがそこから放たれたボールは全く可愛らしくなかった。

ビュオオオ!!!!ズどん!!ずざざざざ!!!!

「やるわね!!」

…なんかあり得ない速度でのボールが行き来している。まるで大砲が応酬しているかのよう。

投げるほうもすごいがそれを平気でキャッチするほうもすごい。マオーは審判という立ち位置

だったが呆然としていた。

「…あのー、ヴァニラさん?」

「んー?」

同じく隣にいるヴァニラに問う。満足そうにドッジボールを眺めていた。

「コレハイッタイドウイウコトナノデショウカ?」

「あら、聞いてないの?あなたいない間あの子ら修業してんのよ」

「はああ!?修行!?」

マオーの反応にケタケタと笑うヴァニラ。

「ネムっていったけ?赤毛のあのこが珍しくあたしに声かけてきたとおもったら『ヴァニラ…わたしを強くして』だって。んで稽古つけてあげてたらそれをみた他の子らも次々と修行つけてくれってさ。がきんちょの遊び相手なんてまっぴらだけど修行とか稽古なら話はべつだわー。武術は素晴らしいからねー。ちなみにみんなすっごい成長速度よ?物覚えもいいしーていうか全員天才っていってもいいぐらい。これだけいれば落ちこぼれって一人くらいいるものなのにねー。もしかしてわざと『そういうのだけ』選別して

拾ってきてるのん?」

轟音が響く農場。家畜たちの怯える鳴き声が響く。マオーは空を仰ぐ。

そんなつもりはない。自分はただ魔界孤児を適当に拾ってきてるだけだ。マオーは思い出す。孤児院設立当初。

同じくドッジボールしていた。そのときはボールはふわふわとほのぼのとしていた。

現在はこの轟音である。

「…なんでまた修行なんて言い始めたんだ」

「そんなのきまってるじゃない」

「聞こうか」

「体を鍛えるって素晴らしいからよ!」

だまれ脳筋。と思うマオーだった。

「よおおし!!いっくよー!!!」

鳥人ハーピイのエルーシャが空高く舞い上がりボールを地面に叩きつける。

農場に大きなクレーターができた。

「こりゃあドッジボールはしばらく禁止だな…」

やれやれと顔を手で覆いながら、できたクレーターをどう埋めるか悩むまおーだった。


「マジレスするとあんたの役に立ちたいんじゃないのん」

職員室。ソファーでくつろぐヴァニラ。机で事務作業をしていたマオーは昼間のドッジボール

件だろうと考え答える。

「だとしたらうれしいもんだけども。正直そういうのってもっと先でもいい気がするな。

今が一番可愛い盛りなのに修行なんてもったいない。子供は遊ぶもんだ」

人でいう5~7歳の見た目のあのこら。たしかにマオーは金策のためにやりたくもない

冒険者業をしている。ただそれは好きでやっている孤児院を経営するためだ。子供たち

が心配することではない。

「それこそあなたの傲慢じゃない?魔族である以上早く強くなるに越したことはないわ。

それに強さこそがあの子らの本質よ。多分みんな種族レベルは上位以上はあるわね。

下手したら女王種や王種がいてもおかしくはない」

まさかとマオーは鼻で笑う。

「上位やクイーンやキングがそんなポコポコ現れるかよ。たしかに目を見張るものが

あったのは認めるさ。ただ早熟ってこともあるぜ?」

それに対し、首をかしげるヴァニラ。

「なんで目を逸らすのかしら?まあ、いずれわかることよん。明日からまた冒険者だっけ?」

「ああ。座天級とはいえ、孤児院経営とお前の給料払ってたら余裕がほとんどないからなー。

世知辛いもんだよ」

書類をぱらぱらとめくりながらため息をつく。

「いつも思うんだけどさー。なんでランク上げないの?あんたなら熾天…だっけ?一番上まで

余裕でしょ。わざわざじゃらじゃらレベルダウンの指輪つけてまでさ。いや、そもそもカジノとかで荒稼ぎできるでしょあんたの力があれば」

ポリポリとせんべえを頬張るヴァニラ。どこから取り出したのだろう。

あ、俺のだそれは。と口をパクパクさせるマオーはもう時すでに遅しと、またため息をつく。

「その質問に答えるには。この人間界がなぜ、魔界やドラゴンキングダムの脅威から守られているか

どこまで知っているか聞き返す必要があるな」

孤児院のあるこの世界は人間界とはいったものの、単に人間が一番の勢力があるだけでマオーが勝手に

そういっているだけである。実際にはエルフやドワーフといった亜人種も存在し、ゴブリンといった魔物

も存在する。ただその共通として魔界や竜国ドラゴンキングダムに比べてレベルが極端に低い。つまり弱い。

「結界があるからでしょ。レベル制限結界。これがある限り、高レベルの魔族や竜族は結界を通れない。

コーヒー飲む?」

喉が渇いたのか話が長くなると思ったのか、ヴァニラは立ち上がり、職員室の端にある給湯室にてコーヒーを淹れ始めた。給湯室でも声は届くはずなのでマオーは構わず答える。

「本当にそれだけか?現に俺やお前はここにいるじゃあないか。そもそもその結界は誰が維持しているのか?脆弱な人間が?ちょっと無理があるんじゃあないか?」

書類をとんとまとめマオーはソファーに移動しヴァニラの座っていたソファーの対面に座る。

「ほい。それじゃあなに?人間界内に高レベルのお守りがいるってこと?」

マオーと自分のまえにコーヒーカップを置くヴァニラ。マオーと対面に座る。

「最初俺もお前と同じ考えで荒稼ぎしようと考えたんだよ。それこそカジノでさ。しかし、入った瞬間

嫌な感じがした。何かに見られてるってな」

コーヒーを僅かに飲み、続ける。

「そのカジノは大規模だったから、例外的に高レベルの魔導士が監視していたかもしれない。だがなんと驚き。どんな小規模なカジノにもその嫌な感じがあった。そんなことがあり得るか?」

「マオー相手でも尻尾を出さずに監視できる奴が人間界に沢山いるってこと?考えづらいわね」

ヴァニラは珍しく神妙な面持ちで聞いている。

「そこで俺はしばらく情報収集のために大人しく目立たずそこで暮らした。この時点で第三勢力のにおいがしてたからな。具体的に言えば俺みたいなやつが現れたらどうなるのか…で運よく現れてくれた」

なるほどねとヴァニラは頷く。

「で、どうなったのその後は」

「消されたよ。田舎の冒険者ギルドでいきなり智天級の力を持つ冒険者が現れたって騒ぎがおきて。

うまく偽装してたけど案の定そいつ人間じゃなくてさ。驚くほどそっこーで消された。その騒ぎが起きた次の依頼でそいつのパーティっていうかそいつ一人だったんだが、無事帰らぬ人となりました」

「消された現場は見たの?」

「もちろん。慎重に行動したよ。潜伏用のマジックカード全部使って尾行した。そしたらそいつ、四人ぐらいの天使?っぽい…武装した天使…天使兵とでもいっておくか。そいつらにけされた」

それを聞き、ヴァニラの顔が醜く歪む。

「強い?そいつら」

「残念ながらお前の期待には応えられないくらいだ。だがこうも考えられる」

「そいつらがつかいっぱしりだとしたら。裏にちょー強い奴がいるやもってことねえん」

ヴァニラの背に僅かに波動を感じた。本来のヴァンパイアは戦いよりも吸血を求むものだが、彼女の場合それ以上にバトルを

好んでいた。問題は満足させる相手がなかなか現れないということだ。

そんな彼女にとって未知なる強敵はこの上なく喜ばしいことだ。

「マオーはそいつらをなんて呼んでるのん?共通認識がないと不便よねえん」

マオーは悪い兆候だと思った。こいつの語尾や口調が変わるときが二つある。単純にふざけているとき。もう一つは

感情の高ぶりを抑える時だ。今は間違いなく後者だ。マオーは魅了されないよう気を引き締める。今は味方?だが

目の前にいるこれはヴァンパイアの女王種。最上級のヴァンパイアだ。それを失念してはいけない。

「センチネルと俺は呼んでいる」

「センチネル…つまり監視者センチネルってことねえん。ところでさ…」

ヴァニラは妖艶な笑みを浮かべながら身を乗り出し、マオーの頬に手を優しくあてる。


「なあんで今までだまってたのおん?あなたのぉ下で働くと決めたときにぃ…隠し事はなしっていったでしょお?」


…。ああ畜生。相変わらず奇麗だなあ…ヴァニラ。この美貌、吸い込まれそうだ。なーんかこの世の全てがどうでもよくなってくる。

このまま…溺れて…。


…いや、ちがう。やめろ。誘惑するな…!ここで溺れるわけにはいかない!


俺はまだお前に勝っていないじゃあないか!


…。

マオーはヴァニラの手を払いのける。

「あら?」

途端、きょとんとした表情を見せるヴァニラ。

「別に隠してたわけじゃない。現段階じゃあ話す価値もないと思っただけさ。ここまでのほぼすべて憶測の域を出ない。

もしかしたらセンチネルに消された奴も、まったく別の理由かもしれない」

それにとマオーは続けた。

「会うなり一から千まで話すことが隠し事無しってことか?違うだろうよ」

マオーの言葉に今度は普通の笑顔でヴァニラは返す。

「せいかーい。そんな面倒な奴ならここまで付き合ってないわ」

言いながら人差し指をマオーに指す。

要はじゃれていただけかとマオーはため息をつく。

「やっぱりそっちの笑顔のほうが好きだぜ俺は」

内心ほっとしながら軽口をたたくまおー。

「ぶっぶー!いつだってあなたはヴァニラちゃんにメロメロなのよん?」

そうケタケタと笑うヴァニラを見て、そりゃそうだったと天井を仰ぐマオーだった。



風呂。それは命の洗濯である。

人間界でそんな格言を聞いたことがあったマオーは実にその通りだと思っていた。

竜族でありながら人間の血も流れているマオーだからなのか、単に風呂好きなだけか、まあそんな

理屈はどうでもいいわけで。

「はー…」

孤児院の大浴場。孤児院自体は簡素なつくりであったが、風呂だけは広く立派につくられていた。

銭湯を彷彿させるような広々とした湯舟につかり息を吐くマオー。

子供たちとは四六時中一緒にいても苦ではないマオーであったが、風呂だけは一人がよかった。

ゆえに大体みんなが寝静まった夜中に入ることが多かった。今日もその例に漏れず、深夜である。

(一応性別がない子や、男でもあり女でもある子もいるから個室の浴室もあるわけなんだが…

やっぱ広い湯舟は素晴らしい、そして気持ちいい)

これを独り占めしているこの状況。幸せとはこうも単純なのだろうか。

などと、意味のない思考をぼんやりとしていたら、

ガチャ。と入り口が開く音がした。

マオーは嫌な予感がした。だいぶ前に、マオーが入浴中ヴァニラが入ってくるという出来事があった。

無論大浴場は男女別れて二つありそれを間違うということはまずないだろう。その時は本気の喧嘩

に発展した。大の女が男湯に入るとはどういう了見だ!というのがマオーの言い分で、それはその通り

であったが、ヴァニラはこんな美女が背中洗ってあげようっていうのにその態度はなによ!という言い分だった。

考えてみればたしかに男としてはうひょーな展開かもしれないが、この場合マオーに命の危険性が

あったし逆切れもいいところであった。

なんどでもいうがヴァニラはヴァンパイアである。背中を流すついでに噛まれかねない。

そんな過去もあり身構えたが、予想に反して可愛らしい声とともに、あられもない姿で少女が走ってきて


ざっぱーん!と湯舟にダイブした。


多量に跳ねたお湯がマオーの顔面をびしょ濡れにした。

「マオー!こんばんわー!」

こんばんわじゃない。

「…。エル。ここは男湯だぞ?」

「うん」

うんじゃない。

「そしてエルは女の子だ。…女の子だよな?」

そういうとエルは頬をふくらませ

「ぶー。レディにそんなこと聞くの失礼だよー」

としかめっ面をする。

ちなみにレディは安易に男湯に入らない。それともハーピイ種は混浴が普通なのか。いや

そんな話は聞いたことがない。そう思いながらまあでもといろいろと察し

「まったく…今回だけだぞ。あとこのことはみんなに内緒だ」

いいながらエルの頭に軽くチョップをした。

「えへへー♪マオーとエルだけの秘密ー?」

「そう。レディなんだから秘密は守るんだぞー?」

「うん!まもるまもるー!」

嬉しそうに背中に生えたピンク色の翼をパタパタとさせるエル。正直叱るべき案件だし、翼を

動かすのもお湯が跳ねるのでやめてほしかったが、ここまで楽しそうにしているとそんなも気も

消えて行ってしまう。こんななあなあかんじなマオーであったが、それには理由があった。

孤児院の子供たちは大抵の場合、叱らなくてもよくないということとちゃんとわかってて

やっている節がある。いや、わかっててやるのはダメなんだが、一番たちが悪いのは自覚のない

悪意だ…とマオーは考えていたので、それを理解しているだろう子供たちに敢えて叱る必要が

ないとかんがえていた。

つまり子供たちはナチュラルに賢いのだ。と思っていた。

(こりゃあ、ヴァニラの言っていたことは本当かもしれないなあ…)

湿気に濡れる天井を見ながら、ぼーっと考えるマオー。

「ねーマオー。いっこきいていいー?」

いつの間にかマオーのすぐ隣にちょこんと体育座りをしていたエルがマオーの顔を覗き込む。

可愛らしい少女ながら将来美人になるであろう顔つきで、紫よりの白いセミロングの髪。

大きな瞳はマオーの顔が映るようなくらい透き通っていた。

思い出す。このシチュエーション。

以前、ネムに答えずらい質問されたっけ…。デジャヴ?と思いながらも断る理由も思い浮かばないので

顔を縦に振る。

「ヴァニラってマオーのお嫁さんなのー?」

案の定だった。

…まあ答えずらいというか答えはきまっていて。結論どういう関係かは言語化するのが難しいだけで。

「違うよ」

シンプルだった。エルはそれを聞いて首を傾げる。

「でもヴァニラに聞いたら『もちろん愛してるわあん』っていってたよー?」

「愛とか好きにもいろいろあるということだなあ…。それにヴァニラは『もちろん愛してるわあん』って

答えたのだろ?つまり俺の嫁ではないのさ」

それなら!とエルがマオーに詰め寄る。

「エルがマオーのお嫁さんになってあげる!」

ああーそういうながれね。とマオーは思った。…さてどうかわしたものか。目をキラキラさせながら

自分に身を寄せてくる少女を傷つけずかわすにはどうしたら?子供の約束なのだから普通に受けてもよさそうなんだがここで下手に約束した場合、後々くそ面倒なことになりそうな予感がした。

「…。エルは将来ここを巣立つだろ?そういう約束は外の世界を見てからしたほうがいい」

「ぶー。エルここ離れないもん!マオーとずっと一緒にいるもん!」

目を細めるエル、不満そうな顔も可愛らしいと思ったがとりあえず進める。

「別にずっといてもいいさ。ただ約束はしないぞ?お互いのためにならんからな…」

「どういうことー?」

マオーはあえて難しそうな顔をする。マオーの表情を見たエルが今度はマオーの意図を理解しようと

しながら真剣な顔に変わる。

「俺としても将来美人になるであろうエルと結婚する約束ができればそりゃいいさ。ただそれだとこれ以上男を磨く必要が無くなるじゃないか。エルもそれは同様で、狭い世界だけ見ていたら外見は美人になれても内面を磨くことができなくなるんじゃないか?広い世界を見てきて…立派なレディに成長したら俺なんか眼中になくなるかも…その時は俺が土下座してエルに求婚してるかもな…ははは」

マオーの言葉を聞き、エルは俯いた。

さてうまく誤魔化せたかなとエルを見ていると

「…マオーが、…わたしに…どげざー…?…えへ、えへへへ……」

なんか不気味にぼそぼそ呟いて口を歪ませている。

「あのーエルさん?」

マオーが心配して声をかけると


ざばーん!!とエルが勢いよく立ち上がった。

またマオーの顔面がびしょ濡れになった。

エルは勢いよくびしっとマオーを指さす。


「きめた!わたし立派なレディになってマオーに土下座できゅーこんさせてやるわ!」


「…」


どうでもいいけどレディならもっと体を隠せよと思うマオーだった。



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