29,魔界四天王ヴァニラ VS 智天級冒険者パーティー
孤島の結界が解除された後。
女とエレノア、エドガー、プリエムの四人を遠巻きに覗く初老の男がいた。彼の名はレルゲン。
魔法で宙に浮いていた。
「…いやはや。鬼が出るか蛇が出るかとは思っていましたが、まさか正真正銘の化け物が出てくるとは」
はあと深くため息をつく男。執事服で白髪オールバック。髭。
「『魔界四天王ヴァニラ』がなぜここ楽園にいるのか…。まさか我々の『計画』にきづいて?…いや、それはさすがにないか。魔界四天王が相手では『神の眼』の回収は…ほぼ不可能ですね。
まあ、ファーウェルの神官以外は使用不可だし大まかの場所は追跡できると12神官にはそういって宥めますか」
ぶつぶつと独り言を続けるレルゲン。
「ひとまずマオーの調査については中断ですね。大人しくしているうちに魔界四天王に対抗できる戦力を
整える必要があります」
そう独白していると孤島に再度結界が張られた。孤島が視認できなくなり、レルゲンの目の前にはただの
海が広がっていた。
「…3人にはお気の毒ですが…生きては帰ってこれないでしょうね」
ーーーーーーーーー
「第一拘束具解放」
女がそういい手を広げると背中に大きな蝙蝠のような翼が生えた。
そして同時に。
いままで感じ取れなかった力が嘘かの如く、強力で、絶望的なまでの力を感じされるオーラが発せられた。
「!!!?」
気色悪い空間で驚いていたのが一気に吹っ飛び女に注目する3人。
智天級冒険者だからこそわかる。自分たちと女との絶望的なまでの力の差が。
例えばエレノアの魔道の師は冒険者としては最高位の熾天級冒険者なのだが、それすら霞むほどの恐ろしい力強さを感じる。
「逃げるわよ!!開け!時空への扉!次元転移!!」
逃げるわよの一言で全てを咄嗟に察したエドガーとプリエムはエレノアに瞬時に近づきエレノアの肩に手を置いた。
しかし、転移の魔法は叶わなかった。
肉のような壁に阻まれ、ボオンと3人の身体が跳ね返された。
「ど、ど、どうして?」
エレノアは困惑する。たしかに転移魔法を妨害する魔法は存在する。だがあの女はそんな魔法を使ってないしそんな結界も発生していない。
「エレノア!?どういうことだ!」
エドガーも思わず、声を荒げる。
「落ち着いてよ!エレノアもう一回試してみようよ!」
困惑するエレノアに元気づけるようにそう促すプリエム。しかし自身の不安もぬぐえず笑顔と不安の入り混じったなんともいえない表情をしていた。
「無駄よん。そんな低次元な転移魔法を通すほどあたしの使い魔『ベルゼブブ』ちゃんのお腹の中は甘くないわあん」
ケタケタと笑いながら近寄ってくる女。肉の壁までは移動できたから女と大分距離をとれたが、そんなことに意味はない。
(ベルゼブブって神話クラスの魔族じゃない!?そんなやつの腹の中…?どうなってんのよ!!)
たしかにもっと高位の転移魔法は存在する。しかしそれはエレノアでもまだ習得できていない。そもそも転移魔法自体、習得難易度が超高い。次元転移を扱えるだけで普通はすごいのだ。
思考を巡らすがいい案が浮かばない。そうしている間にも女が近づいてくる。
「俺が時間を稼ぐ!その間に何か考えてくれ!!聖剣!!」
エドガーの手に光の剣が発生した。エレノアとプリエムを守るように女に対峙する。
「ねえ。島の結界を解除した方法を使ってみたら?もしかするとここを突破できるかもね」
「!!」
3人がはっとした。たしかにあらゆる結界を突破できる『神の眼』を使えばこの気持ち悪い空間を突破できるかもしれない。
しかし。
それを提案したのが敵である女から提案されたのが不気味すぎる。ただ通常の精神状態だったらエレノアたちもすぐ思いついただろうが。
「逃げたいならあ、試してみれば?特別大サービスで待っててあげるん~チュッ!」
そう投げキッスをする女。完全にふざけている。舐められている。
「…プリエ、使ってみて」
エレノアがつぶやくようにいうとプリエムがあわてて否定する。
「だ…だめだよ!これは私たちたちしかいない状況でしか使ってはいけないって!!」
エレノアは勢いよくプリエムの胸倉をつかんだ。
「命と決まりどっちか大切だってえのよ!!あいつらには私に洗脳魔法かけられて使用してしまったっていえばいいわ!!」
鬼気迫るエレノアの表情に青ざめるプリエム。
「…俺もエレノアに加担したってことにしてくれ」
エレノアとは逆に優しくプリエに背中越しにそういうエドガー。
「…エドガー」
プリエムは覚悟を決めた表情をし、身構える。
「全ての悪意を浄化せよ…!神の眼!!」
プリエムがそう叫ぶが。
なにも起きなかった。
「全ての悪意を浄化せよ…!神の眼!!」
プリエムがそう叫ぶが。
なにも起きなかった。
ど、どうして、と動揺するプリエムだった。エレノアとエドガーは女の様子からこうなることも予測
していたのでプリエムほどの動揺はない。が絶望的な状況は変わらない。
「…大体予想通りねえん。その片眼鏡が『神の眼』ってやつ?それで孤島の結界を解除したのでしょうけど、多分魔力で生成された結界を解除できるってとこかしらん。物理でできた壁は突破できないってわけねえん。やっぱり魔法より物理よねえん」
満足そうに頷く女。3人に疑問が氷解したわあん、ありがとねえんと続けた。
「…ありがとうついでに一つ頼み事があるんだが…ちなみに名前はなんていう?」
エドガーが渋い表情で対峙する女にそう問う。途端に不機嫌そうになる女。
「ヴァニラっていうわ。…いまさら命乞いとかするわけ?」
女の口調が変わった。もしそうであれば興ざめだからだ。
「違う。ちなみに俺はエドガー、あっちがプリエム、あっちがエレノア」
そう自己紹介するエドガーの真意が理解できず、ヴァニラ以外もエドガーの言葉を待つ。
「まあ、見てわかる通り『逃げる』ことに関しては万策尽きたわけだが…実はあんたを倒せる
かもしれない手段を俺らは持っている」
剣を構えながら精一杯に不敵な笑みを作るエドガーに、一転機嫌が良くなったヴァニラは
笑顔で目が紅く光る。
「それで?あたしを倒せる手段があるとして。どんな頼み?」
「その手段を実行するには時間が少しかかるんでな。その間、待っててくれないか?あんたの
実力なら発動する前に殺されそうだしな」
エドガーの発言にケタケタと愉快そうに笑うヴァニラ。
「あなた潔くて素敵だわ。わかったわ、待ったげる」
そう腕を組み。その場で止まるヴァニラ。
ありがとよと踵を返すエドガー。敵に背を向ける愚行だが、敵を信じると決めた覚悟だった。
そして間違いない。
それぐらい余裕でいられるほどに、絶壁なのだ。
3人が集まる。
「…どういうこと?私も奥の手の魔法はまだあるけど、とても奴を殺しきれるとは思えないわ」
エレノアが心配そうにエドガーに伺うと、深呼吸をしてからなにか決心したような表情を見せた。
「エレノア、俺に限界の破壊をかけてくれ」
プリエムが目を見開く。
「それこそ!だめだよ!!そんな魔法を使ったらエドガーが…」
涙を浮かべるプリエムにエドガーが泣くなよと笑いかける。
「…本気なの?」
プリエムとは対照的にエレノアは冷静にそう問う。
「ああ。それでも勝てる可能性は低いが、現状それ以外にあいつを倒す策があるのか?」
プリエムとエドガーがエレノアを見ると、静かに顔を横に振った。
「だよな。限界の破壊は大量の魔力を使用するから余力のある今しかできないし、プリエムも
延々と回復の祝福を俺にかけ続けないといけない。これが駄目だったら潔く諦めようぜ」
最後に爽やかな笑顔をしたエドガーに、プリエムは泣きながら抱き着いた。
「わあああ!!エドガーあああ!!」
よしよしとプリエムの背中をぽんぽんと叩くエドガー。
「…エドガー。言っておくけど私は後悔してないからね」
この状況に陥ったのはエレノアのせいともいえるが、冒険者とは常にこういう危険が付きまとう。
それに関してプリエムもエドガーもなにもいう気はそもそもなかった。
「当たり前だ。いつだって俺らは一蓮托生だよ…そろそろ離れろプリエム」
うんと涙をぬぐうプリエム。
「…ねえ、気は済んだ?」
くだらない茶番を見せられているかのように退屈そうなヴァニラ。
ああ、とエドガーが再度ヴァニラに対峙する。
「エレノア!!」
エドガーが叫ぶとエレノアが魔術書を開き何十枚も破り空中にばらまいた。
「我が忠実なる操り人形よ。限界を超えて、対象を蹂躙しろ…限界の破壊!!」
エレノアとエドガーの周りに帯状の光の呪印が取り囲む。
「う!う!があああああああああああああ!!!」
エドガーの全身が赤色に充血する。血管があり得ないほど浮き出て出血さえ起きている。
魔力が全身からほとばしる。
さらに。
忍ばせてあったサークレットを自身の頭部に装備する。
神聖騎士装備一式が発動する。
全能力、超超強化。
「いくぞおおおお!!!!」
本来なら一本しか出せない聖剣が二本になり二刀流となったエドガーが
ヴァニラに超速でかかっていく。
対するヴァニラはジャキン!と両手の爪を超速で伸ばしかぎづめの代わりにする。
まるで孤児院で修行していたヴァニラとネムの光速の乱打戦を彷彿とさせる…いやそれ以上か。
(限界の破壊ねえ…よく仲間にそんなえぐい魔法かけることができるわね)
限界の破壊は命を加速させて一時的に身体能力を爆発的に向上させる魔法である。
持続できる時間や能力の向上率は当人の寿命と才能、かける魔導士の魔力量に比例する。
もはや常人の見えるような速さの応酬を超えており、爪と剣がぶつかり合う音だけが聞こえる。
「があ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
金属音の他に。
ブチぶちと嫌な音がしてきた。エドガーの筋繊維が切れているのだ。限界を異常なまでに超える代償。
「プリエム!!」
エレノアが叫ぶとプリエムが回復の祝福をエドガーにかける。
「汝を癒せ!『超再生術!!」
プリエムの祝福が切れた筋繊維を直していく。
「命を加速させつつ、癒して少しでも継続時間を長くする…ね。えぐいわあ」
「くっ!!?」
もはやエレノアとプリエムに二人の応酬は目で追えなかったが、ヴァニラの余裕な声が聞こえまたも
絶望するエレノア。
対するエドガーには既に命の終わりが見えてきた。
文字通り、命を燃やしているのだ。いずれ終わりはくる。
時間にして僅か一分。
エドガーの動きがあからさまに落ちてきた。
「あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」
剣撃の威力も落ち、もう終わりが近い。
(よく頑張ったわあん。このまま力尽きるまで楽しんでもいいけど…それは無慈悲ね)
ガイイーン!!
という金属音とともにエドガーの聖剣が空中に舞った。
パリイ。
がら空きになった腹部に、ヴァニラの鋭利な手刀が鎧ごと貫いた。
「エドガアアアアアアアア!!!」
プリエムの悲痛な叫びが響く。
ヴァニラが手刀を抜くと、大量の出血と共にエドガーがこと切れたように沈んだ。
「そんな騒がなくても、すぐ一緒のばしょへ送ってあげるわあん」
3人がすべてを賭した攻撃が、たかだか一分時間を稼いだだけ。
ヴァニラは消耗した感じもなく、爪以外に傷一つついていない。
(世の中には本当に想像を絶するバケモンがいるものね)
ここまでくると逆に笑いがこみ上げてきたエレノアだった。
「うるさいからプリエムちゃんだっけ?あなたからイかせてあげる」
ヴァニラがそういって近づいてきても、何も抵抗せずただただ泣き続けるプリエム。
あーうるさいうるさいとヴァニラがプリエムの首を刎ねようとした瞬間。
プリエムの涙が止まった。
「あら?」
ヴァニラの視界からプリエムがいなくなった。
否。
ヴァニラの視界がヴァニラの意思とは無関係に変わったのだ。
「人間様をなめんなよ!この化け物!!」
真実は。
エドガーの宙に舞った聖剣をプリエムが遠隔操作し、背後からヴァニラの首を切り飛ばしたのだ。
いつの間にか、プリエムの祝福が施された法印がエドガーの聖剣に貼られていた。
だから遠隔操作できたのだ。
ヴァニラの首は地面に転がり、ヴァニラの切り口から多量の出血が噴水のように辺りを紅く染めた。
「エドガー!!?…まだ息がある!?エレノア!!!ボケっとしてないで魔力を分けて!
早く癒さないとエドガーが死んじゃう!!」
「…あ!わ、わかった!!」
慌ててエドガーの元へいき治癒の祝福を始めるプリエム。エレノアもプリエムに残った魔力を
わける。
「…プリエム」
「話はあと!今は治癒に集中させて」
ーーーーーーーーー
「よかった!傷がふさがった!」
プリエムの祝福とありったけの回復薬でエドガーの傷は癒えた。
「お…俺は生きているのか?」
しかし、限界の破壊の代償は大きい。鮮やかだった金髪は白髪にかわり、逞しい身体が女性のように
細くなっていた。
エドガーの才能の全てを前借して発した、文字通り、魔の法。
むくりと起き上がった、エドガーは自分の変わり果てた姿にため息をついた。
「命が助かっただけでも儲けもんなのに、いざ助かると欲が出ちゃうな…ははは」
力なく笑うエドガーの手をぎゅっと握るエレノア。
「ここを脱出したら必ずあなたを元の姿に戻せる方法を見つけるわ」
真剣な表情でいう。
「あたしも手伝うよ!そんでまた一緒に仕事しよーぜ」
プリエムのいつもの力いっぱいの笑顔。
「正直隠居も悪くないけどな…悪いけど鎧脱がせてくれないか?重くて仕方ない」
エドガーの様子にやはり沈んでしまう二人。無理もないだろう。今までのエドガーなら
重鎧を装備していても、疲れ知らずで動けていたから。
だがエドガーも空気を変えようと話題を変える。
「プリエム、俺に抱き着いたのが聖剣を操るための法印をおれに違和感なく渡す作戦だったのは
凄かったな。正直感心したよ」
エドガーの発言にそうそうと頷くエレノア。
「エドガーの聖剣を遠隔操作できる法印があったなんて聞いてないわよ。…まあでも助かったわ。
エドガーが倒れたときあんだけウソ泣きしたのも油断させるため?」
そーだよとエッヘンとするプリエム。
「敵を騙すには味方からだしねー。正直、限界の破壊でもエドガーの勝てる可能性は0だと思っていたからそれに全部賭けて演技してた」
つまるところ。
抱き着いて違和感なく聖剣を遠隔操作できる法印を密かに渡し、エドガーが倒れて万策つきたところを大泣きして敵を油断させて、背後から首を落とす。
決死の技でさえ囮。
「決死の技だからこそ囮になるんよー」
そう無邪気に笑うプリエムに
「あなたのほうがリーダーに向いてるわよ」
感心したような笑顔になったエレノア。




