26,事実は収束し、終わりが始まる。
あくる日。快晴で西日がまぶしい。
孤児院の農場でマオーが一人農作業をしていた。みずみずしく育った野菜を次々と収穫していく。
背中の大籠に野菜が積み重なっていく。
「まお~!お茶しないん~?」
遠くから甘ったるい声が聞こえてきた。マオーがそこに注目すると色白の美女が日傘とランチバスケット
をもって手を振っていた。
病的な白い肌、マゼンタ色の鮮やかなロングヘアーは今回は三つ編みにしていた。黒色のヘッドドレスに
グラマラスな体に反してゴテゴテのデコレーションドレス。ゴスロリスタイル。
彼女は吸血鬼女王ヴァニラ。
(…今日はロリータな気分なのか?)
ヴァニラは何かと服装や髪形を変えるのが好きだった。それもかなり幅広い。今回のようなゴスロリスタイルもあれば大人らしいスタイルもあった。美人なせいか何も着ても似合っていた。
これに関してはマオーにとって目の保養でしかなかったので感謝しかなかった。
「どうぞ~どうぞ~」
ピクニックシートを広げ、軽食と飲み物を並べる。テキパキと動くその様はふざけているようでなんでも
器用にこなすなーとマオーを感心させた。
「だーりん♡あーんしてあげようか~?」
機嫌よさそうに誘惑してくるヴァニラにはあとため息をつく。
「…遠慮しておく。でもありがとよ、ちょうど小腹が空いてたんだ」
そうサンドイッチを齧るマオー。
「ん~、いけず~」
言葉とは裏腹に上機嫌で今度は紅茶を淹れ始めるヴァニラ。ちなみにマオーはヴァニラがなんで機嫌が
いいかはあまり興味がなかった。単純にピクニックをロールプレイしていて楽しんでいるのか、良妻を
演じている自分に酔っているのか、気まぐれなこいつの思考を理解することは難しい。
「…ところでさ。あの自動人形おかしくない?本来であればとっくに魔力切れになっているはずなのに」
これだ。ふざけているようで途端にスイッチが入り真面目な口調になる。
言いながら、淹れた紅茶をマオーに渡す。いい香りがする。
「だからこそ拾ってきたのさ。面白いだろ?魔工生命体なのに自由意思があり食事を
動力源に変換できている」
本来の自動人形は魔力を動力源にしているので食事を必要としない。それどころか購入した主人が破棄
した時点で機能が失われるはずなのだ。
「奈落を見たら昔ミズチが言ってたことを思い出してさ『別に金目的で自動人形をつくっているわけではない。【輪廻回生】が起きるかどうかの実験をしていた。本来、自動人形は決められたことしかできないんだがごくまれに【輪廻回生】をし、自由意思に目覚めることがあるらしい。それが見たくてわざわざ自ら自動人形を創ってみたんだが…徒労だったようだな』ってミズチがいってた。結局自分ではそれを確認できなかったので用済みとなった自動人形に様々なオプションをつけて売り飛ばしたらしくてさ。もしかしたらと思って奈落にはいってみたら…というわけだ」
そういい、紅茶をすするマオー。
「なるほどねえ…、相変わらず悪趣味な『おっぱいお化け』だわ。知識欲を満たすだけのためにそこまでやるふつー?」
あからさまに嫌な表情を見せるヴァニラ。自分もでけえだろとマオーは思ったが、否定できなかったので
そこには何も言わない。いうなればヴァニラは巨乳でミズチは超乳と言った感じだ。
「だから魔界のマッドサイエンティストって言われてるんだろうよ。まあ実際狂気の沙汰だとは思うがな。あのレベルの自動人形を生成するのってえらい労力が必要なんだぜ?それを大量に作って、結果が得られなかったから売れるように改造して売り飛ばす。しかも理由がお前の言う通り『単純に輪廻回生を見て見たいから』いろんな意味ですげえ女だよ」
ヴァニラがでも間抜けな結果よねーと返す。
「結局輪廻回生した自動人形はあなたがひろったんでしょう?いい気味だわ…あでもマオーは
ミズチの事好きだもんね。いずれあの自動人形プレゼントするのん?」
マオーはそれとこれとは話が別だと返す。
「あの女にイズベルを渡したらどういう末路をたどるか…。ヴァニラ。イズベルは輪廻回生云々関係なく面白い存在だぞ?瀬戸際で生き残れる才能を持っている。本来であれば炎の屍喰い(フレイムルーラー)に焼かれていたのがたまたま俺に拾われて、たまたま子供の容姿をしていて、面白い性格をしている。ミズチに渡すのには惜しすぎる」
愉快そうにそう話すマオーに首を傾げるヴァニラ。
「それって運がいいだけじゃないのん?」
ピクニックごっこに飽きたのか、片づけを始めたヴァニラ。マオーも立ち上がる。
「自動人形の廃棄の山で必死に生きようと這いつくばっていたんだ。だからこそ俺が気づけた。諦めがすべてを終わらせる。足掻くものに幸運が訪れるいい例だな」
そういい大籠を背負うマオー。
「ヴァニラ」
「なあに?」
「ごちそうさま」
マオーが美味しかったよと続けるとじゃあん、頑張ってねえん、チュッ!と投げキッスをして去っていった。
ーーーーーーーーー
それからしばらくたち。
孤児院に異変が生じていた。…正しくは異変ではないのだが。
「…ええ?」
十数人いる子供たちが外でヴァニラによる修行が行われていた。
実に異様な光景だった。子供たちの全員が全員、光速とも表現されるというレベルで組手をしていた。
目にもとまらぬ乱打の応酬。
その中にはヴァニラも混じっていた。
「っく!!…なんで当たらないの!?」
ヴァニラの相手はネムだったが、魔人属の子供ではあるのだが吸血鬼女王に迫る勢いで光速の乱打を叩きこんでいる。
「ほほほ!大した成長速度だけどまだまだがきんちょねえん♡」
対してヴァニラはネムの光速の乱打を紙一重でありながら余裕で躱し続ける。
ちなみに今日のヴァニラはツインテで露出度の高い格闘服をきていた…いや今はそれは重要ではない。
他の子供たちも同じようなレベルの乱打の応酬をしている。
例えるなら。
もうすでに冒険者時のマオーの実力をとっくに超えている感じだ。
「…おおもう」
何とも言えない気持ちでそれを眺めるマオー。
「あ゛あ゛あ゛あああーーー!!!!」
とくにネムは鬼気迫る勢いでヴァニラに立ち向かっている。…普段は大人しくて可愛らしいのに。
ネムの渾身の一撃も空を切り背中を掴まれる。
「んー、いい気迫ねえん。…本当に私を殺す気で打ってきてるみたいん」
ぶら下がってジタバタするいるネムを妖艶な笑みで見つめるヴァニラ。目が赤く光る。
「…離してよ」
それでも挑発的な目をやめないネムにヴァニラの口元がさらに醜く歪む。
「…その鋭い目つき…シュラハちゃんを思い出すわあん。じゃあお望み通」
ヴァニラが言い切る前にマオーが割って入る。ぱんぱんと手を叩く。
「はいはい、そこまでそこまで。みんなも今日はここまでにしよう」
ヴァニラからネムを離したマオーにネムが不満そうにする。
「…もっと修行してもっと強くなりたいのマオー」
静かにそう漏らすネムすると他の子供たちからも同様の不満が聞こえた。
「まあまあ、そんな根を積めなくてもヴァニラは消えやしないよ。それにもう夕飯の時間だ」
マオーがそうなだめると渋々孤児院へと戻っていく子供たち。そんな中ネムだけは立ち止まり
ヴァニラを睨むような眼をする。
そして何も言わず孤児院へと戻っていった。…次は負けないと言わんばかりに。
「もー、せっかくいい所だったのに邪魔しないでよ」
今度はヴァニラが不満を漏らす。
「…ほどほどにしとけよ?さっき完全にやばい目になってたぞ」
はあとため息をつくマオー。
「あら?それはあのがきんちょに言いなさいな。あいつ完全に私を殺るつもりでかかってきてたわよ」
物騒なことを言う割に愉快そうな笑みを見せるヴァニラ。
「…たしかにまあそれは…困ったもんだな。結局お前の言う通り、魔族ってのは闘争が本質なんかね。
特にネムなんかなんであそこまでヴァニラに突っかかるんだ?」
ヴァニラの言う通り、ネムの拳には殺気が纏っていた。一応ヴァニラは孤児院の護衛兼マオーがいないときの代わり(雑務はヴァニラの使い魔がこなしている)だと話しているので恨まれるようなことはしていないはずだが。
「知らないけど別にいいんじゃないん?心配しなくてもちゃんと手加減するからさー。正直あいつ以外の子供もみーんなぐんぐん成長するからあたしとしても教える側として楽しいしさ。まあ優秀過ぎてちょっと可愛げがないけどねん」
吸血鬼女王にここまで評価される子供たち…。
「…なあ。あいつら全員もしかして王種じゃないよな?」
マオーがおそるそおる聞くとうーんそうねえんと答えるヴァニラ。
「…最低でも上位種には進化するわねえん。王まではどうかしらん?前も聞いたけど本当に『そういうの』だけ選別して拾ってきてるとしか思えないんだけど?」
ヴァニラの問いにマオーはそんなつもりは無い。ただ拾っていただけなのに。
「自覚がないってわけねえん。なんていうか…『血は争えない』わねえ」
「…」
ーーーーーーー
孤児院。ヴァニラの部屋。
地下に特設されており、大量の燭台と蠟燭の明かりで薄暗い感じになっている。
広い部屋に黒く簡素な見た目であるが、造りはしっかりとした大きい棺が真ん中に置かれていた。
部屋の隅にはクローゼットがあり、大量の衣装ともいえる服がかけてあった。
棺を挟んでマオーとヴァニラが簡素な椅子に腰かけていた。
「レルゲンとオーランド家の調査結果なのだけど」
ヴァニラがそう切り出す。なぜ職員室ではなくヴァニラの自室で話すのは、子供たちが入ってくる
事がないからだ。こんなことをいうのもなんだが、ヴァニラは子供たちからあまり好かれていない。
それはヴァニラ自身も自覚しているし、特に何か思うところもなかった。
ヴァニラはあくまでマオーの事が気に入っていて孤児院にいるだけなので、子供たちに好かれようが
嫌われようが関係がなかった。あくまで孤児院の護衛とマオーがいない時のかわりという仕事をするだけ
と割り切っていたのだ。
そんなわけで子供たちに聞かれたくない話をするときはヴァニラの部屋ですることが多かった。
「オーランド家に関しては特に目ぼしい情報はでなかったわね。一応家族構成とか宗家、分家の
家系図やらグループ企業まで調べ上げたからここにまとめといたわ」
言いながら記憶の水晶をポンとマオーに投げるヴァニラ。
マオーがそれを確認すると水晶のなかでヴァニラの使い魔が喋っている。雌蟷螂と呼ばれる吸血鬼族の上位種でヴァニラには及ばないが可愛らしい系の美人顔。
「…全部聞くのは時間がかかりそうだな。ちなみにオーランド家はファーウェル大聖堂の神官
と繋がりがあったりしたか?」
マオーの質問になんでそれ知ってるのん?と不思議そうな顔をした。
マオーはオーランド家のレイチェルのことやマルグリッドの件について話した。するとなるほどねえん。
と頷いた。
「あなたが言ってたレルゲンていうおじさん?ファーウェル大聖堂に入っていくところをあたしの
使い魔がみたのよ。まあ尾行してたんだけどさ」
ヴァニラの言にマオーはやはりか。と表情が険しくなる。
「でさ。その続きが重要なんだけど、それ以上つけるのが無理だったみたいね。そのファーウェル大聖堂
って超上位の祝福、絶対的聖域で守られてたから、さすがにあたしの使い魔ちゃんでも見つからずに突破はできないわねん」
顔を醜く歪めるヴァニラ。恐らくはレルゲンやファーウェル大聖堂の神官が『こちら側の実力者』だと感じ愉快になっているのだろう。
「…繋がったか。問題はどこで俺という存在に気付いたのか」
レイチェルとマルグリッドの一件もレルゲンの差し金なら全て説明がいく。理由は自身の正体を気づかれずにマオーの本性を確かめるため。それならあんなまどろっこしい演出をしたのもうなずける。
大体、レイチェルの依頼料もおかしかったのだ。金貨120枚が予算限界なら、80枚程度にして追加報酬がでても出せるように残しておくべきだった。80枚でも報酬額としては十分だ。
それをわざわざ使い切るように指示したのもレルゲンで、身体を売るように言ったのもおそらくレルゲンだ。
レイチェルの覚悟を見せることでレイチェルに注目させ、自身への意識を逸らさせる。
「レルゲンっていうおじさんが本当に『こちら側』ならマオーの潜伏を本能的に気づいてもおかしくないけどねえん。レベル制限の指輪をいくつ嵌めたところで『根っこ』の部分で気づいちゃうものよん?」
これには耳が痛いマオーだった。心当たりがあるから。
以前に黒づくめの魔導士に道を聞かれたとき、イライラしていたマオーは思わず『裏の顔』を魔導士に
見せてしまったのだ。驚いていた魔導士の表情をみて慌てて猫をかぶったが、あれは相当怪しまれたに
違いない。あくまで人間界の中ではあるが、相当な実力者ぽかったし。
下手したらレルゲンと同じようにマオーの事を嗅ぎまわるかもと思い、その日はギルドに行くことを
急にやめたのだ。幸いそれ以降音沙汰がなかったからよかったが。
「あなたも修行が足りてないわねえ。そんなことでは次の領域にいけないわよ?大方、がきんちょ
達から離れて寂しいからイライラしてたとかそんな理由でしょ」
ケタケタと笑うヴァニラに図星をつかれてマオーは、はあと深くため息をついた。
「あー、それとレルゲンの経歴とか過去も調べてもらったのだけど、驚くほどまともで特筆すべきことが
ないわね。かといって強大な力を隠し持っている感じもないし」
言葉とは裏腹に愉快そうに喋るヴァニラ。
「つまり俺らと同じようにレベルを意図的に下げているかもしれないってことか」
そうねんとヴァニラが答える。
「マオーの言っていた監視者ってファーウェル大聖堂の連中じゃないのん?レルゲンも
そこに出入りしているわけだし。…だとすればとても面倒なことになったわねえん?どうするのん?」
いいながらヴァニラの目が紅く光る。対してマオーの目は蒼く光った。
「どうもしないさ。仮にやつらが監視者だったとして、俺の正体をしったとして、だ。一応『ここの』
ルールにのっとって生活しているんだから文句を言われる筋合いはない。もしあいつら自身が直接仕掛
けてくるならこちらも遠慮はしない」
マオーは続ける。
「ヴァニラ。超上位を扱える連中ならここの結界も突破される可能性もある。その時は遠慮なく
殺れ」
「ああ~、むしろこっちから攻めていきたいわあ」




