15,お嬢様の咄嗟の嘘と覚悟。
つまるところ。
結婚したくない相手に言い寄られていて、じつは私には婚約者がいるの!と勢いで嘘をついてしまったのが事の始まりらしい。
「嘘をついた場所がまずかったのよ。上流階級の社交界の場であんなこというなんて、我ながら馬鹿なことをしたと思ったわ…」
そういい暗く俯くレイチェル。
「あの状況では仕方がないですよお嬢様。マオー様にご説明しますと言い寄られた場所が今おっしゃられた社交界の場で、周りから注目されてしまってですね…引くに引けなくなってそれで急遽マオー様に婚約者のふりのご依頼を、という流れですね」
レルゲンが紅茶を用意してくれた。レイチェルをいたわっているのだろう。
「それでなんで僕になるのか…ってのが僕の強さを見極めるってことに繋がるわけですか」
話が早くて助かりますとレルゲンが続ける。
「実はその言い寄ってきた相手がファーウェルの貴族でして階級は伯爵なのです。そしてファーウェルの貴族間では独特の風習がありまして…同じ女性に恋した場合『決闘』をして勝利したものがその女性と婚約できるというものです」
なんじゃそりゃと内心思うマオーだったが少し考えて一つ思いついて質問してみる。
「貴族って階級で格差結構ありますよね?例えば子爵と侯爵では随分差がありますけどそれでも決闘ってやつが成立するんですか?」
はいと応えるレルゲンにはえーと少し驚くマオー。
「なんていうかこういう上流階級の人らって権力使って、無理矢理奪うっていう偏見あったんですけど
そう考えるとなんか潔い制度ですね。とはいえ女性の意見は尊重されないって意味ではあれですけど」
マオーがそういうとレイチェルがそんな高尚なもんじゃないわよと答えた。
「貴族は階級が上になればなるほどよりよい英才教育が受けられるのよ、まあ当然だけどね。つまり文武両道でしかもお金も多く持っているから決闘時の装備だって、仮に子爵と侯爵だったらまさしく天と地ってぐらいの差があるわ。決闘と言えば聞こえはいいけど、戦う前から勝敗は決まっているって話だわ」
頬杖をして不満そうに漏らすレイチェル。
なるほど、結局資金力が多い奴が勝つギャンブルみたいなものか。まあ言い寄られる女性も子爵より侯爵のが嫁ぎたいよな、普通に考えたら。だったらある意味あるべき姿といえる制度なのかもしれないと後頭部を手で組み天井眺めながら考えた。大体装備に差があるから不公平という考え方はそもさんおかしいのだ。その決闘とやらが真剣勝負なら勝つために何でもするべきだ。本当に惚れた女が欲しいのなら。
そうマオーが考えていたら、ああそういやと
「なんでその貴族がいやなんですか?伯爵なら結構な爵位だと思うし」
答えづらそうにううと唸るレイチェル。
「ああ…単純に見た目って奴です?いや別に悪い事じゃありませんよ。容姿って重要なファクターだし」
まあ見た目が無理ってはっきり社交界の場では言いづらいだろう。相手も伯爵位だからプライドもあるだろうし。
そういったらなぜかレルゲンが答えた。
「その伯爵はマルグリット・ユルプル伯といいまして、見た目は爽やかな好青年といった感じでむしろ
良い…というより美形といってもいいぐらいです。しかも統治能力がたかく領地がとても豊かに繁栄
していますので侯爵と同じくらいの財力があります。しかも体格もよく丁度マオー様と同じぐらいでしょうか…スリムではあるものの引き締まった肉体という奴ですね」
話を聞く限り断る理由がない。むしろ言い寄られる側の人物だ。
「そういやそのマルグリット?て人は結婚してないんですか?聞く限りしててもおかしくないとおもうんですけど」
「ユルプル家は先代が若くして亡くなり、今はマルグリット伯が20という若さで当主なのですよ。そのせいで今まで多忙が極まり結婚できない状態が続いていたわけなのですが、最近は落ち着いてきたそうで社交界によく顔を出すようになったというわけです」
統治がうまくいったから次は嫁さん候補探しってか。しかしそのマルグリットっていう奴も物好きっていうか話が本当ならいくらでも他の美女に言い寄れてるっぽいのに目の前のお嬢様がいいのか。
たしかに見た目はいいほうだとは思うが華奢な体で出るとこも出てないし、女性というより少女より。
まあそういう趣味っていったらそれまでだが。
「理由だけどお父様の仕事を手伝ってみたいのよ…嫁いだらそれができないから…我儘なのはわかってるわ」
レイチェルが俯きながら言う。
なるほど。個人的な意見を言えばさっさと嫁いだほうがいいかとおもうけど。若いからと言ってそうやってると往々にして婚期を逃すものだし、かりにあったとしてこれ以上の縁談など今後来るかと言えば可能性は低いだろう。しかも名家の令嬢だから自分の好きな相手と気安く結婚できるとも限らないし。
…まあそんなことを思うマオーであったが、自分には関係がないわけで。
「じゃあ最後に。どうしてその決闘とやらをうけたんですか?べつに婚約者が病弱だとか戦闘経験がないって適当に躱せば良かったのに」
それを聞き頭を抱えるレイチェル。
「本当にそうなのよ…咄嗟についた嘘だから相手が『その婚約者のどこが好きなのか?』って聞かれて
『あなたより強くてかっこいいから』って答えたら『なら私はその婚約者に決闘を申し込む!』ってわけで…もう想像ついてるでしょうけど、マルグリッドはたくさんの女性に言い寄られる人気者だから会場が
あり得ないぐらい盛り上がっちゃって…あとはお察しよ」
ここでレルゲンが深く頭を下げる。
「この依頼を受けるか否かは勿論マオー様に権利がございます。当然ながらこの時点でお断りされても金貨100枚はお支払いさせていただきます。ですが重ねてお願いします。どうかお受けして頂きたい…この金貨はお嬢様が幼少からこつこつ貯金してきたものなのです」
横でレイチェルが余計なこと言わないでと!叫んだがこの時ばかりは無視して頭を下げ続けた。そんなレルゲンの心中を察してかレイチェルも無言で頭を下げた。
現時点では全ての疑問が解決していなかったマオーだったが、それはお互いクリティカルになりそうだったので聞かないことにした。
…ただ。そのマルグリットって奴は貴族なのに相当な戦闘能力があるのか。大枚はたいて座天級冒険者を雇い、モンスターをけしかけて実力を確かめてまで。
座天の中で自分を選んだのはまあ…容姿だろうな。ザインのようなごつい男が上流階級に扮すると違和感バリバリだろうし。
…。
無言で天井を見上げるマオー。
正直な話、こつこつためたとかそんなことはマオーには関係がない。大体何不自由なく今まで暮らしてきたうえにこんな育ちが良くて頭がよさそうな相手との縁談を断るなんて贅沢な話だ。この世には生まれた瞬間から泥水を啜るような生活が確定している奴も多いのに。本当に依頼を断ってやろうかともマオーは考えた。
…でもまあ。いやなものはいやなのだ。マオーだって好きじゃない相手と結婚なぞ考えられない。
決定打は。
孤児院の子たちを思い出したから。あの子らがもし望まない結婚をせまられたら…。
「受けますよ。じゃあ、依頼終了までは婚約者ってことだから敬語じゃなくていいし、お嬢様じゃなくて名前でよびますよ?」
マオーがやれやれと言った感じにそう答えると、レイチェルは涙目のぱあとした笑顔でほんと!?ありがとう!!と両手でマオーの手を掴みなんどもお礼をした。
だが。
むしろマオーの関心は横にいる執事だけにあった。
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「じゃあこれで失礼するよ」
正直依頼中はもう気を使わなくていい免罪符ができてマオーは気が楽になってよかった。すくなくとも今日はうまい酒が飲めそうだと部屋を退出しようとしたら
「まって。あともう一つ。追加報酬のはなしが残ってるわ」
とレイチェルが引き留める。
言われてみれば金貨100枚とは言え依頼で嘘をつかれたわけだし、本来の依頼はファーウェルまでの護衛なので追加報酬は当然と言える。マオーは立ち止まりソファーに戻る。それをみてレイチェルはレルゲンに目配せをする。レルゲンは一瞬躊躇したように見えたが一礼して部屋をでていった。
なぜレルゲンを部屋に出す必要があるのだろうかと、ぼーっとしていたマオーだったが
「……!!?」
驚愕する。レイチェルがいきなり服を脱ぎだしたのだ。
「何してんだ!!?」
思わずレイチェルの手を掴み止めようとするマオー。少しぎょっとしたレイチェルだったが存外冷静でいた。
「なにって…追加報酬よ。…男の人って女ならその…別にだれでもいいんでしょ?私の身体が追加報酬よ」
なんでそうなる。別にそんなことしなくても金を少し追加してくれればそれでいいしできないならそれは
それで別に構わないとマオーは説得したが
「もう私が自由にできるお金ほとんど残ってないのよ…お父様に頼りたくないし、それにあなたの仲間を侮辱するようなことを言ったお詫びも兼ねているの。それにたとえ嘘でも一応婚約者ならこういう事くらい普通でしょ?」
「あれは嘘だっていったが」
「なんとなく嘘じゃないって思ったし、たとえそうでもあなたの仲間を侮辱したことに変わりはないわ」
マオーはこの女本当にさっきのお嬢様なのかと思った。察しもいいし頭も悪くない。加えていい肝もしている。
だが逆にイライラしてくる。別にただの我儘お嬢さまでいいのに。
ファーウェルまで護衛してサクっとその貴族をたおして金貨100枚、それでいいのだ。
オーランド家の令嬢を抱くとか、マオーの一番嫌いな面倒ごとの火種すぎる。
まあ既に面倒ごとになっているのだが。
今思えばレイチェルが露出度の高い部屋着を着ていたのはこれが理由か。突っ込んだらからかわれそうでスルーしたが。
「べつに追加報酬はいいから服を着な。女ならだれでもいいっていう考えは…まあそこそこ間違っちゃいないが僕はそこまで飢えてないから」
それを聞き若干レイチェルは少し不満そうな顔をする。同時に安堵した感じも見えた。
「…なによ、私ってそんなに魅力ないの?」
そういう問題じゃないと言いかけたがもう面倒くさくなったマオーは、レイチェルの顔が自分の顔と一緒になるまでかがみレイチェルの顔を片手で引き寄せた。
「!!!?」
マオーとレイチェルの唇が重なった。その後問答無用で舌まで入れるマオー。
しばらく時が過ぎ。
「!!?ぷっはあ!!!?なななにしてくれてんのよ!!!??」
耳まで真っ赤にするレイチェル。
「身体売ろうとしてた奴がキスぐらいで動揺すんなよ」
ぐうの音も出ない正論にぐぬぬと唸るレイチェル。
「今のが追加報酬ってことで。あと僕は受けた以上ちゃんと仕事はするので、依頼中『こういうこと』を突然するかもしれないのでいちいち驚かないように」
マオーがそういうと
「…はい」
と借りてきた猫のように縮こまるレイチェルだった。
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部屋から出たマオーは人気のいないところまで移動した。
いくつもはめている指輪を一つ外し、魔法『通信』を発動する。
《あら~マオ~なに~あたしのことが恋しくなった~?》
甘ったるいこえが聞こえてくる。内心本当にそうだったが本題を進める。
「ヴァニラ。使い魔で調べてほしいことがある。ダーフォンのオーランド家とそこの執事、レルゲンについてだ。…用意できるか?」
《できるけど高いわよ?密偵スキル持ちって上位召喚になるからめっちゃ力使うし。あなたが頼むくらいだから上位系の魔法で潜伏しなきゃダメってことでしょ?》
話が早くて助かる。レルゲン…奴は『あっち側』か『こっち側』の可能性がある。出来ればレイチェルからなにか引き出したいところだが尻尾を掴まれる可能性がある。
《なに~?そいつ強そうなの~?》
通信越しでもヴァニラがにたあと笑んでるのが伝わる。実に楽しそうだ。
「わからん。ただ者じゃないってだけはわかる。…くれぐれも慎重に頼ぜ?」
予想外の出費だが情報は金と等価値…場合によってはそれ以上だ。
《愚問ねえん。ヴァニラちゃんは完璧美少女なのよん?》
少女じゃねえだろとつっこみを入れそうになったが我慢して通信を切った。
「さて。鬼が出るか蛇が出るか」




