11,シュラハのトラウマ
焼肉パーティーも大分時間がたち、賑わいも少し落ち着いていた。
結局その後、ジャックはカルラが持ってきたマッシュミートをほとんど一人で平らげ、酒をかっくらい
気持ちよさそうにその場で寝ていた。
七輪の炭も消えかかっていたが、肉もほとんどなくなっていたので問題なかった。
もはや余韻を楽しむかのように酒を緩やかに飲むシュラハとカルラだった。
「…先輩。先輩と御三方ってどういう出会いだったんすか?」
ここでいう御三方とはシュラハの妄想で出てきた名前。
ヴァニラ。ルクレツィア。ベアトリーゼ。
魔界四天王。魔王側近。右腕。
シュラハはヴァニラ以外の四天王の話をあまりしなかった。ただそれはヴァニラが嫌いで(本人曰く)
話題に上がることが多かっただけで仲が良かったという感じではない。それ以外の二人の話は
ほとんどしたことがなかった。カルラは勝手にあんまり仲良くなかったんだろうなと思って
自分から聞くことはなかった。
ただ、先のシュラハの妄想の感じではとても仲が良さそうに見えた。いや、一人だから仲が
良さそうもくそもないのだが。とにもかくにも気になったので聞いてみた。
地雷だったとて酒の席だし大丈夫だろう…かなりたぶん。
「おさんかた…?ああ、御三方、ね。別に隠すようなことでもないんだけど…そういえば
あんまり話したことなかったわね…。とくに面白くないと思うけど?」
カルラは差し付けなければと返す。
それを聞き一気にグラスに残った酒を飲み干して、ふうと一息ついて話し始めた。
「今でこそ四天王とか言われているけど、実は魔王様とヴァニラ、ベアトリーゼ、ルクレツィアは
魔界国及び魔界軍結成時前からの仲間…というか友達って感じ?だったのよ。私はそのあと加わった
って感じでね」
カルラはほおーと興味深そうに聞いていた。少し安心する。自分語りは往々にして嫌われる場合が
多い。特に自慢話など最たるものだ。
この場合は望まれて話しているので例外なのだろうが、それでもつまらなそうに聞かれるよりは気分がいい。
「まあ、加わったっていうより拾われたって言ったほうが正しいんだけど。あの当時ただのスライムでしかない私を何故か魔王様が拾ってくださったのよ。野垂れ死にかけてたこ汚いスライムをよ?」
なにもそんなに自分を卑下しなくてもと思いながらカルラは答える。
「でも魔王様ってみんなに優しかったっていうか、わちきとかの名前も覚えてくれていたし
だからじゃないんすか?」
むしろ魔王様のエピソードっでそんなのばっかだった気が。たとえただのスライムでも不思議でない気もする。
そういうと確かにそうなんだけどシュラハは頷くが
「私の場合ずっと魔王様の御そばにおいてくださってたのよね…。他の場合、最終的に誰かに世話を任せるのがほとんどだったから。まあそれはともかく、あの当時言葉も発せることもできない私に、魔王様は色々教えてくれたわ。…あとあんま言いたくないけど、ヴァニラ、ベアトリーゼ、ルクレツィアにも同様に教育…してもらったわ」
『教育…してもらったわ』らへんであからさまに表情が歪んだシュラハをカルラは見逃さなかった。シュラハから淀んだオーラが発せられる。
「ああ、思い出したくもないわねえ…。でも鮮明すぎて今でもよく夢に見るのよ」
シュラハは思い出す。教育という名の地獄の修行、苦行。
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(…まおうさま。辛くて辛くて逃げ出したくなるけどあなたの御顔を見るだけでシュラはまだ頑張れます)
ヴァニラたちのしごきが辛すぎて少しだけ抜け出して魔王に甘えようとしたあの夜。
「シュラたーん♪あたしと鬼ごっこをするには、まだまだ修行不足よーん♪」
逃走中のスライムの背後にヴァンパイアが忍び寄る。
今でもあの笑顔は忘れない。妖艶で究極のサディスティックな笑み。
恐怖で動けなくなるスライム。そこにハーピイとデーモンが合流する。
思わず助けを乞おうとするスライムであったがヴァンパイアの魔法のせいなのか一歩も動けないし
言葉も発せない。
「あら~♪ベルにるっちんじゃないの~。シュラたんなんかあたしたちの教育が物足りないらしくて
倍に増やしてほしいみたいよ?」
全力で否定したいのに体が動かない。声も発せられない。
「そうなの?今でも十分オーバーワークだと思ってたのだけれど…」
「本人がそう希望するなら別に構わないが、わりと結構死ぬとおもうが大丈夫か?」
不思議そうに首を傾げるハーピイと物騒なことを聞いてくるデーモン。
わりと結構死ぬ。普通に考えて大丈夫なわけがない。どうにかして不思議そうにしているハーピイ
に言葉にできない(強制)思いを伝えようとするが、動きも封じられているせいでどうにもならない。
それどころか体が勝手に肯定するような動きをさせられる。
「そう?どうせヴァニラがきついこと強いてるんだろうと思って抑えめにしていたのだけれど
取り越し苦労だったようね」
「同感だな。自分もまだまだ甘いという事か…」
スライムは絶望する。ヴァニラとは別にスライムを教育していたハーピイとデーモンであったが、確かに
ヴァニラより教育内容はまだましだった。
ただそれは。
あくまで比べてというだけで。
例えるならヴァニラの教育内容を全殺しという表現をするのであれば、二人は半殺しという表現がただしい。
つまり厳しいことに変わりはないのだ。
それがより厳しくなるということ。
「ほ~ら~♪シューラたん!教育の続きをしましょう♪」
スライムをぬいぐるみを持つように抱きかかえるヴァンパイア。
もうすっかり逃走する気力を失ったスライムは魔王様を思い出し妄想することで
現実逃避を始めていた。
ああ、魔王様…。
そのころからだろう。スライムの妄想癖が始まったのは。
「なーんか幸せそうね、シュラ。そんなにしごかれるの好きなのかしら?」
「と、いうよりはより研鑽を積めることがうれしいのだろう。…うむ。見習うところがあるな。
ならばこちらも期待にそえんとな」
デーモンが感心感心と頷く様子をみたハーピイが
(…本当にそうなのかしらねえ)
少しだけ不安そうに、ご機嫌にシュラを連れ去るヴァニラの背中を見送るハーピイであった。
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「…」
現在に戻る。
思い出せば思い出すほどにシュラハの表情が暗く醜く歪んでいく。
「…先輩、なんかごめんなさいっす…」
軽い気持ちできいたカルラであったがどんどん表情と顔色がわるくなるシュラハをみて
思わず謝ってしまった。なぜだろう。最初は調子よかったはずなのに。
「…!ああ、気にしないで。別に悪い思い出ってわけじゃいのよ?ただトラウマってだけで」
トラウマって悪いことじゃないのか。という疑問がカルラに走る。
「正直、あれがあったおかげでヴァニラたちと同格までいけたのは事実だしね…。ていうか形式上
…というより普通に上司だったわけで。今でいう私とあなたみたいな感じ?今思うとちょっとおかしいわね…ふふ、いや普通なのだけど。ヴァニラさまとかベアトリーゼさまとかあの当時はそう呼んでたのよねえ」
暗い表情が緩和され、くつくつと笑うシュラハを見てほっと胸をなでおろす。
「じゃああれなんすか?昔はともかく敬称をつけなくなってからは先輩にとって友達みたいな
感じなんすかね?」
じぶんで質問しておいてなんだがそれはそれで違和感がある。今の流れ的にはそう受け取る
のは自然だがそれなら自分でそういう…はずだ。
「友達?…そういうものでもないわ。さっきいったけど魔王様とヴァニラらが友達って感じ。
正直あいつらが羨ましくて仕方なかったわ。私の愛すべき魔王様にずけずけと踏み込んでいくんだもの。
私にはとてもできなかったし、しようともおもわなかった。ちかくて...そして遠いのよ」
ここでカルラは得心する。違和感のその正体はシュラハ自身が同格だと認めていないからだ。
力ではなく心が届いていない。
ただそれは仕方がないともいえる。かたや旧知でかたや新参。そこに壁ができるのはしかたない。
ただこの場合。
「生意気かもしれないすけど、先輩自身が壁をつくってないすか?おそらく話を聞くに先輩を引き上げたのは魔王様ですよね?だとすれば魔王様はそんなこと気にするなって思ってますよ、多分ですけど」
カルラの言葉にああーと空を仰ぐシュラハ。どこか納得するような表情を見せる。
「やっぱりあなたもそう思う?魔王様はこんなふうに七輪で焼肉するのが好きで暇を見つけては
ヴァニラらと囲ってたわ。そのたび私も呼ばれてたのだけど、給仕係としてと思っていたので
せわしなく動いてたらいい加減にしろって怒られたわ」
それって魔王様にですか?というカルラの問いにふふふと笑いながらそうよと答える。
「首根っこつかまれて『いいから座ってお前も肉を食え。あとこいつらに敬称も不要だ。まあ私にも
不要なのだが…それは無理だろうからな。…なに?そんな無礼はできない?じゃあ、私の権限で
《今から》お前を私の直属護衛軍団長とする。つまりこいつらと同格だ。よいな?』だって
そのあと魔王様にもあいつらにも笑われて死ぬほど赤面したわ…ああ懐かしい」
言いながら、恍惚の笑みを見せる
ああ、それであの妄想に繋がるのかと納得したカルラであった。
「だったらもう答えは出てるじゃないっすか?それでも違うって言うならどう形容するか
興味はあるっすけど」
「そうねえ…。ああ。一番しっくりくる言葉が思い浮かんだわ」
ポンと手をたたく。
「好敵手、ね。多分認めたくないんだわ。あいつらを友達って思ったら一生追いつけなくなる
って思っちゃってるんでしょうね」
シュラハの言葉を聞き、改めて魔王の凄さを再認識するカルラ。
竜国軍5万を一瞬で血祭りにあげる実力を持ちながら一切慢心しない心を持つ部下を持つ。
加えてそれと同等以上の力を持つ3人もだ。
「ていうか、やっぱ魔王様ってすげーっすね。先輩の才能を見抜いてってことすよね?
それに先輩を同格まで鍛え上げたヴァニラねえらも大概っていうか…なんなんすか?あの人ら?」
それをきき再び愉快そうに笑うシュラハ。
「…本当にね。なんなんでしょうね?」




