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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第1部 独立戦争編
8/72

#8 脱落

『艦影視認! 敵艦隊捕捉、ペロルシカ級2、サラトフ級1!』


 観測員が、転進予想地点とされる場所にいる敵の艦隊を捉えた。が、その報告には、肝心な1隻が見当たらない。


『艦橋より観測所、ラーヴァ級はいないのか!?』

『艦影は3、その他の艦影は、みとめられず!』


 副長が確認するが、見当たらないという返答だ。なんということだ。我が艦の標的である新型戦闘艦がいないとは、想定外の事態だ。どこに消えた?


「まさか、新型艦は足が速く、先を行っているのではあるまいな?」


 砲長が呟く。ほとんど日が沈みかけており、暗くなればさらに索敵が困難になる。

 が、私はふと思うところがあり、砲長に尋ねる。


「砲長、今度の新型艦は、戦闘爆撃艦であると推測されていたのですよね?」

「ああ、そうだ」

「と、いうことはです、爆弾を満載している艦が、それほど速く動くことは可能でしょうか?」

「いや、多分無理だな」


 誘導尋問的だが、砲長が懸念していた、新型艦が素早いという仮定を私は否定する。


「が、そうなればその新型艦はどこにいると貴官は考える?」

「そうですね……」


 ハルヤバルタ第19観測所から20分前に届いた報告では、敵は4隻で単縦陣を組んで東北東に進んでいるとのことだった。だから、この観測所の索敵圏から離れた途端に進路を変えたとなれば、どうだろうか?


「速力が違うのではなく、単純に進路を変えたのかもしれません」


 私はそう告げると、砲長は私の手を突然つかむと、通路の方へと向かう。


「ちょっと砲長、何を」

「そこから先は、皆に聞いてもらった方がいい。艦橋へ行くぞ」

「ええ〜っ」


 そのまま私は砲長に力強く引っぱられ、頼りない通路を伝って艦橋へと連れて行かれた。

 ちょうど、艦橋の食堂兼戦闘指揮所では、地図が広げられて、まさに見当たらない新型艦の場所を艦長以下、副長や航海長が集まって話し合っているところだった。そこに砲長と私が現れる。


「マンテュマー大尉、何かあったのか」

「いえ、カルヒネン曹長が、新型艦のみが転進したのではないかと考えているようで、その話を聞いていただきたく」

「なるほど、そういうことか。カルヒネン曹長、この場での意見具申を許可する」


 艦長のこの一言で、私はテーブルに広げられた地図の前に立たされる。少し、辺りを見回した後、私は思うところのことを話し始める。


「あくまでも、現状から考えられる可能性ですが、新型艦のみ、この辺りで進路を変えているのではないかと考えます」


 といって指差した先は、敵の予測進路線の上の、敵艦隊がまだ4隻だった姿を最後に確認したハルヤバルタ第19観測所の索敵圏のほんの少し外側辺りだ。


「それは我々も考えた。が、問題はどちらに向かったか、ということだ」

「それならば、多分東に進路を取ったのではないかと小官は考えます」

「なぜだ?」

「はっ、もし逆の西に進路を取った場合、少し進むと、サルミヤルヴィ山脈が偏西風を曲げた風に逆らいながら王都に向かうことになります」

「だが、それを言ったら、東に進んでも偏西風に逆らう方向になる。どのみち、同じではないか?」

「いえ、この場合、ここで進路を変えればいいんです」


 と言って私は、ハルヤバルタ第19観測所の索敵圏の縁をなぞりつつ、クーヴォラ第23観測所の索敵圏の隣、第22観測所の索敵圏手前を指す。


「ここで北東に進路を変えれば、いずれ第22観測所に発見されるものの、かなり王都に肉薄できます。他の3隻を陽動として使い、新型艦のみが王都に突入するという作戦ならば、この進路がもっとも可能性が高いと推察いたします」

「なるほど、陽動か。敵も考えたな」

「ですが艦長、同じ進路を速度を落として遅れて進撃してくる、という可能性もあります」

「いや、その場合は結局、待ち伏せた我が王国の艦隊に阻まれることになる。ここは進路を変えて奇襲をかける方が、より確実に王都を爆撃できるだろう。通信士、軍司令本部に打電。我が艦はこれより進路変更し、消えた新型艦を追う、と」


 早速、私の意見を受けた艦長が、司令本部に進路変更許可を求めるべく通信士に打電内容を伝えている。その後、了承との返信を受け、我が艦は東に船首を向ける。

 私自身、今度の意見具申にもそれなりの自信がある。もしも敵が意図に反して、あの3隻のすぐ後ろから現れるか、あるいは西の進路を取ったとしても、追いかければどうにか追いつくことが可能だ。そこまで概算しての意見具申だ。

 が、なぜだろうか、妙に胸騒ぎがする。このもやもや感は、一体なんだ?


「面舵90度、両舷前進半速!」

「はっ、面舵90度、両舷前進半速、ヨーソロー!」


 そんな私の懸念など、どこ吹く風で(ふね)は大きく進路を東にとる。

 が、意外にも早く新型艦が発見される。


『クーヴォラ第22観測所より入電! 未確認の艦影視認、数は一隻、観測所基準で方位260度、王都方面へ速力210で侵攻中!』


 あっさりと、敵の新型艦が哨戒網にかかる。私の予想した通り、敵は東に進路を変えていた。王都まであと50サンメルテのところで、我々は標的を捉えたことになる。


『全速前進、敵の進撃を断つ!』


 伝声管越しに、艦長の興奮した声が響いてくる。私も手に持った望遠鏡で、敵のいる方角を見る。

 なるほど、どうして観測所がこれほど早く見つけられたのかが分かった。

 白い船体が、西陽を反射している。あれだけ分かりやすく光っていれば、見つかるのも早い。夜陰に紛れて接近するつもりだったのだろうが、かえってそれが仇になった形だ。


「見えるな。距離は9000と言ったところか」

「そうですね」

「今回も追い風ではないからな、射程外からの砲撃は無意味だ。7800まで接近し、これを撃つ」

「はっ!」

「総員、砲撃準備だ。初弾、装填準備。一撃目は射程ギリギリでの砲撃だ、7袋はあらかじめ用意しておけ」


 この砲撃室が慌ただしくなってきた。と同時に、直結する機関室がうなりを上げ始める。

 全開の機関音が、この砲撃室まで響き始めた。私は耳栓をして、その音に耐える。徐々に速力は上がり、まもなく毎時200サンメルテに達する。


『敵艦までの距離、8000メルテ!』


 耳栓越しに、観測員の声がかすかに聞こえてくる。まもなく射程圏内だ。私は耳栓を外して望遠鏡を覗き込み、その距離と位置を測る。


「敵もこちらに気付き、全速運転で王都に向かいつつあります。相対速度は10といったところでしょうか」

「そうだな、が、あの敵は思いの外、動きが鈍い。基本的にあれは、爆撃艦なのだろうな」


 砲長の言葉通り、敵はこちらに警戒して回避運動に入っているが、大きく舵を切ってもなかなか船体が向きを変えない。3つのゴンドラが互い違いに動いていることから、特に真ん中のゴンドラに相当な重量物があると見える。


『まもなく、7800メルテ!』


 観測員の声が響く。私は即座に計算に入る。偏西風、敵艦との相対速度、自艦の向き、この季節に吹く上空の強風……あらゆる影響を数値に変えて足し合わせ、


「砲長、仰角45、艦主軸右方向10.2度、装填火薬7袋、時限信管設定35秒!」


 私の算出結果を聞いたキヴェコスキ兵曹長が、弾についたダイヤルをじりじりと回して時限信管を設定する。それが砲身に詰められ、その後ろから7袋の火薬が放り込まれると尾栓が閉じられる。

 ところで今回は少し、信管の設定時間を早めに指定した。これだと散弾がやや広がり気味になるが、その代わり、敵の船体に当たる確率を上げてくれる。

 敢えて私は、弾の集中よりも一発でも命中する方を選んだ。理由は、前回の戦いだ。

 オレンブルクでは噂通り、ヘリウムが枯渇している。ということは、あれにも水素が代わりに詰められているはずだ。となれば、ちょっとでも被弾すればあっという間に燃え広がる。

 ならば、わざわざ散弾を集中させるより、むしろ弾着範囲を広げて一発でも当てる方が敵を仕留められる。あとは散弾の持つ熱が水素を焚きつけて、勝手に燃えてくれることだろう。


「回せーっ!」


 キヴェコスキ兵曹長の叫び声で、弾が装填された砲身が敵艦の方向へと向けられる。こちらが指示した仰角、水平角に向けられると、キヴェコスキ兵曹長が叫ぶ。


「射撃用意よし!」

「砲撃始め、撃てーっ!」


 砲長の号令で、細長い砲身が火を吐き、機関音に負けないほどの轟音を轟かせる。すっかり日も暮れて、敵艦を照らしているのは三日月の光のみだ。

 こちらの砲撃直後、敵艦は向きを変える。重い艦ではあるが、それでもこちらの狙いを逸らすほどには動ける。やはり、もっと引きつけてから撃たないと、避ける余裕を作ってしまうな。

 これが重鈍な爆撃艦であれば、ただ狙いを定めて撃ち続ければいいのだが、今度の敵はいつもと違う。


『敵艦、発砲!』


 そうだ、こいつには砲が取り付けられている。航海士は即座に反応する。


『取舵いっぱーい!』


 船体が、ギシギシときしむ。ゴンドラを揺らしながら、大きく左へと動く。

 その間も私は、望遠鏡で敵艦を追う。


『だんちゃーく、今!』


 観測員の声が響くが、何も起こらない。やはり外れたな。だが、無駄弾というわけではなかったようだ。


「敵の速力が、落ちているな」

「はい、回避運動のせいでしょうか?」

「それもあるだろうが、おそらくはあの巨体と、その荷の重さのせいだろう」


 砲長と私が見てもわかるほど、速度が落ちている。ただでさえ大きな船体が、偏西風を向かい風で受ける形になってしまった。

 それ以上にあの船、やはり重すぎるようだ。無理に大きく動くと、運動量の損失が大きい。回避運動によって、それが顕著に出た。


「第2射用意だ。少し引きつけてから撃つ。砲身戻せ」

「砲身、もどーせー!」


 二人の砲撃手が、手元のハンドルを勢いよく回す。やがて尾栓が砲撃室内に戻って来た。栓が開かれ、中の火薬カスが取り払われる。


『敵艦、第2射!』


 あちらが続けざまに撃ってきた。こちらも回避運動をとる。あちらと比べたら、こちらは俊敏だ。今度は大きく右へと揺れる。


(マリッタのやつ、大丈夫かな)


 ふと、マリッタのことが頭を過ぎる。酔いやすい体質だから、今ごろ調理場の中でふらついてる頃ではないか。チラッと、私は調理場の方を見る。

 この後の第2射もあえなく外れる。が、敵はさらに速力を落とす。徐々に敵との距離が詰まる。


「そろそろ、距離7000だ」


 砲長が私にそう告げる。が、私は砲長にこう進言する。


「6800まで引き寄せたら、敵の砲撃直後に回避運動を止めてもらえますか?」


 それを聞いた砲長は、私の意図を察する。


「狙えるか?」

「あの重鈍な動き、信管を早めに着火させて弾を散開させれば、当てることは可能です」

「そうか、分かった。艦長にも進言しよう」


 そう言って砲長は、伝声管越しに艦長に意見具申をしてくれる。私は望遠鏡で、敵の位置を見る。

 今はちょうど、偏西風に逆らう方向に向かっている。こちらが砲撃すれば、進路を王都方向の右に取るはずだ。あの愚鈍な動きを考慮して、補正をかける。


『敵艦、発砲!』

『おもーかーじ!』


 今度は右方向に回避した。ということは、次は左だ。そろそろ距離6800だ。私は紙を広げ、計算に入る。

 敵の回避量、こちらの回避運動、相対距離、風向きと風速、高度差……私は望遠鏡で敵艦を追いながら、私は計算尺を滑らせる。

 弾道に様々な誤差要因を加えるが、最後の補正項が残る。こればかりは、撃つ直前でなければ決められない。私はただ、その時を待つ。


『距離6800!』


 来た、指定距離に達した。と同時に、敵も発砲する。


『敵艦、発砲!』

『とーりかーじ!』


 船体が揺れる。望遠鏡で敵艦を見つつ、私は最後の補正項を書き足して計算を終える。


「仰角33、艦主軸左方向30.3度、装填火薬6袋、時限信管設定25秒!」

「信管設定急げ、火薬6袋!」


 私の計算が出ると、即座に砲長、砲撃手が反応する。ダイヤルが回された砲弾が砲身に詰められると、火薬袋が放り込まれて尾栓が閉じられる。


「仰角33、左30.3!」


 キヴェコスキ兵曹長の汗でギラギラした筋肉で、砲身を動かすハンドルが回される。その間に、敵が発砲する。


『敵艦、発砲!』


 だが、今動けば弾着がずれる。ここは我慢しつつ、所定位置まで砲身が動くのを待つしかない。


「射撃用意よし!」

「撃てーっ!」


 が、あちらの攻撃とほぼ時を同じくして、こちらの砲身も火を噴いた。反動で、ゴンドラが揺れる。


『面舵いっぱーい!』


 砲撃を待ち構えていたかのように、航海士が回避運動のため、舵を大きく切り始めた。船体が揺れて、私はゴンドラの中を貫く支柱につかまる。

 弾着まで、およそ30秒、その前の25秒で散弾を撒き散らすために、砲弾が炸裂することになっている。

 揺れるヴェテヒネンの中で、私は敵艦を望遠鏡で捉える。一瞬、何かがパッと光った。

 あれは、炸裂時の光だ。その直後、弾着を知らせる観測員の声が聞こえてくる。


『だんちゃーく、今』


 その声と同時に、先ほどの炸裂光など問題にならないほどの光が、目の前に現れる。真っ白な光が、あっという間に新型艦を覆う。

 あれは、水素が燃えた炎だな。やはり敵は新型艦にも水素を使ってるのか。あの光を見るのは二度目だが、あまり心地よいものではない。


「やったぞ!」


 が、砲撃室内は歓喜に包まれている。たった3発で、新型艦を沈めたのだ。これほどの勝利に酔わないものが普通、いない。

 だが、その直後、こちらにも悲劇が襲う。

 歓喜の声をかき消すほどの破裂音が、間近で響く。それを聞いた砲長が叫ぶ。


「伏せろ!」


 それは、あの沈んだ敵艦の置き土産だ。予想以上に近くで炸裂した。その炸裂して生じる散弾が撒き散らされる。

 頭を抱えて、床に伏せる。ビシビシと音を立てて、何発かがこの砲撃室を貫く。

 が、幸いにも当たらない。私は顔を上げ、辺りを見る。


「いてててっ!」


 砲撃手の一人が、腕を抱えて騒ぎ出す。どうやら、弾がかすったらしく、腕の辺りが血まみれだ。


「おい、見せてみろ!」

「ちょっ、触るな、痛え!」


 キヴェコスキ兵曹長が、怪我を負った砲撃手の腕を見る。が、流血の見た目ほどの怪我ではなさそうで、兵曹長の手を振り払う。


「みんな無事か!?」


 砲長も立ち上がり、軍帽を被り直しつつ辺りを見回している。皆、恐る恐る立ち上がるのが見えるが、幸いにも受傷しているのはあの一人だけのようだ。


 私は胸を撫で下ろす。が、悲劇はここから始まった。


 突然、ギシギシと大きな軋み音が響く。時折り、ビュンビュンとロープが風を切るような音が聞こえてくる。

 何事かと、音の方を見る。そして私は、自身の目を疑った。

 隣のゴンドラの左側面にある調理場部分を支えるロープが、千切れ始めている。やがてそのロープがバチバチと音を立てて切れ、箱状の調理場部分が徐々に剥がれ始めた。

 当然、あの中にはマリッタがいる。


「ちょ、調理場が!」


 私は叫ぶ。手を伸ばすが、ゴンドラを一つ分隔てており届きようがない。僅かに調理場を支えていたロープも最後の断末魔をあげて千切れ、支えを失った調理場はそのまま脱落する。


「あーっ! マリッタぁぁ!」

「おい、馬鹿! 落ちるぞ!」

「いやあああぁっ!!」


 まだ戻されていない砲身の尾栓を収める穴から、私は落ちていく調理場に手を伸ばそうとしていた。そんな私を砲長が、必死で引き止める。私の悲痛な叫びが、この砲撃室内に響く。全開の機関音すらもかき消すほどの大声、これほどの声を出したことは、後にも先にもこの時だけだろう。それほどまでに私は狂乱していた。

 そんな私の目の前で、無情にも調理場は高度4000メルテにいる戦艦ヴェテヒネンから漆黒の闇に包まれた地上へと消えていく。

 調理師マリッタと共に。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 自分が提案した作戦で親友が死ぬのはキツイな…(´-﹏-`;)
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