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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第4部 戦争終結編
72/72

#72 終結

 あの暴君の死から、半年ほどが経過した。

 暴君の死後、セレスティーナ連合国の兵士30万人がまさにオレンブルクとスラヴォリオに押し寄せようとしている最中、オレンブルク連合皇国側は突如、停戦の申し入れを西側同盟各国に対し通達してきた。ものの2週間でその交渉は終結し、こうして東側同盟の中の大国であったオレンブルク連合皇国が、この戦争から抜けることとなる。

 となると、スラヴォリオ王国も戦争終結せざるを決断せざるを得ない。わずか1週間ほどで同様に和平条約を締結した。

 この時、イーサルミ王国およびヴォルガニア公国の独立と、フロマージュ軍が占拠した地域の併合をその2か国に認めさせた。ヴォルコヴィアス共和国の方はといえば、このドサクサの中、オレンブルクよりも早く降伏していつの間にか西側同盟に加わっていた。事実上、西側同盟の勝利である。

 そしてスラヴォリオ王国との戦争終結条約の締結を経て、ようやく世界を巻き込んだこの戦いは終りを見せる。


 あの火山口の中にあった、青白い光の筋を吐き出し、高速で迫る砲弾すらも正確に射貫き、我々に幻影をみせたあの白い箱状の物体は、どう考えても人工物だろう。似非占い師に言わせれば、あれは「塔」、すなわち神をも超越しようとした人の驕りが生み出したものだということだ。

 となると、あれを作ったのは何者なのか? 結局のところ分からないままだ。戦争を拡大させた理由、それが誰の手によって作られたのかさえ、不明だ。が、どう見ても我々が作り上げることが不可能な代物、となるとあれは異星人または古代の失われた文明が作った遺跡なのではないかと、一部の学者らが騒いではいる。が、それを確かめるすべをすべてなくしてしまった。しかしそれを成した我々は、特にとがめられることはなかった。

 それどころか一部の人々からは、この戦争を拡大させ続けた真因を消したと称賛されている。なるほど、これがリーコネン上等兵の占いが言っていた「正義」のカードの意味なのだろう。


 一点だけ、不思議なことがある。

 あの白い箱状の機械は、奇妙な青い光で自身を狙い撃つ砲弾を正確に撃ち落していた。

 その青い光を使ってヴェテヒネンを攻撃したならば、我々などひとたまりもなかったはずだ。

 だが、どうしてこちらを攻撃しなかったのか?


「よくはわからんが、多分、ヴェテヒネンの乗員に死なれては、自身の成そうとする目的が果たせないと、そう思い込んでおったのかもしれん。あるいは、接近する物体を落とす手順しか持っておらんかったのかもしれぬ。所詮は、機械だからな」


 というラハナスト先生の推察で、その場は納得することにした。


 さて、問題はその後だ。オレンブルク連合皇国の属国である残りの2か国も独立を宣言する。もはやそれを抑圧できるだけの暴君も兵力も失ったオレンブルクは、それを承認せざるを得なかった。こうしてオレンブルクは、「オレンブルク皇国」ともはや連合の国ではなくなってしまう。

 話は終わらない。戦後すぐに、南方大陸におけるスラヴォリオ王国の植民地は次々と独立を宣言。一時は独立戦争となるが、ものの2か月ほどでそれらは終結。長らく植民地として虐げられてきた彼らは、独立を勝ち取ることになる。

 これはフロマージュ共和国にとっても他人事ではない。同じ機運はフロマージュ共和国の植民地にもおよび、何か国かが独立した。あっという間に、保有領土の半分を失ってしまった。フロマージュ共和国も今度の戦争で国力の半分以上を失っていたため、これを阻止できなかった。最強の国家と謳われ、戦勝側だったはずのフロマージュ共和国ですら、この戦争で没落する。

 代わりに台頭してきたのが、セレスティーナ連合国だ。結局、彼らは民間船を何隻かやられたものの、自身の領土には傷ひとつつくことなく終戦を迎えることとなった。しかも戦争の間、大量の物資を購入してもらったため、かなり儲けたようだ。おそらくこの戦争で一番利益を得たのは、セレスティーナ連合国ではないだろうか。


 そんな世の中の流れを見て、私はふと頭をよぎる。

 やや騒がしくも、しかし平穏さを取り戻しつつあるこの世界を、シェロベンヴァー上等兵と見たかったなぁ、と。


「おい、どうした、カルヒネン准尉」


 聞き慣れない階級で私を呼びかけるのは、砲長であるマンテュマー大尉だ。


「なんでしょうか、砲長」

「なんだ、せっかく尉官となったというのに、あまりうれしくなさそうだな」


 それはそうだろう。これまでの戦いの功績がもとで2階級特進して私は准尉となったが、なんだか死人扱いされているようでいやだ。普通、二階級特進とは、戦死でもしなければ得られないものだからだ。


「別に仕事が大きく変わったわけではありませんから。それよりも砲長はまた、夕食に私にワインでも飲ませようと企んでいるのではありませんか?」

「企む? いや、その必要もないだろう。お前、差し出せば勝手に飲み始めるからな」


 ここ最近、思うのだが、砲長の私の扱いが雑になってきているような気がする。そんなに私は軽い女か。


「おいお前ら、何楽しそうな話してるんだ?」


 と、首を突っ込んできたのは、リーコネン上等兵だ。


「別に楽しい話なんかしていない」

「そうかぁ? ワインがどうとか言ってたじゃねえか」

「なんでもない。それよりもお前、副長とはどうなんだ?」

「おう、元気にやってるぜ。というかあいつ最近、元気になりすぎちまってよ。ベッドの上では大変なんだぜ」


 おっと、危険な話に振り始めたぞ。副長のイメージが乱れるだけでなく、それを語るリーコネン上等兵の印象も丸つぶれ……でもないか、こいつはもともと、こういう恥も外聞も気にしないやつだ。


「なになに、なんか面白いこと、話してない!?」


 と、そこに普段なら砲撃室に顔を出さないマリッタまでが現れる。


「いや、マリッタ、聞かない方がいいと思うぞ」

「そんなこと言われると、余計に聞きたくなるじゃない」

「そんなことよりも、なんでお前がここにいる?」

「今は警戒態勢下でしょ。だから、手ごろな戦闘食を配りに回ってるのよ」


 といって、ポンとマリッタが渡してきたのは、なにやら少し硬めの乾パン2枚の間に、トナカイ肉と酢漬けキャベツが挟まった謎の食品だ。


「なんだこれは?」

「フロマージュ共和国で最近流行りの食べ物で、サンドイッチっていうんだってさ。作り方聞いて、乾パンとありものの肉と野菜で作ってみたんだ」


 というので、ちょっと怪しげなその食物を、恐る恐るかじってみた。

 ……まあ、味は普通だな。しかしこいつ、片手で食べられるのは悪くない。これなら左手でこれを持って食べながら、右手で弾道計算ができるぞ。


「なあ、お前また、何かろくでもないことを考えていただろう」


 そんな私に、なぜか砲長が突っ込んでくる。私はただ黙って睨み返す。相変わらず、妙に私の心を読みたがる。それが意外といいとこ突いているのが、逆に腹立たしい。


 オレンブルクの暴君が、死んだ。それは紛れもなくあの怪しげな箱を破壊したことで起きた。その皇帝の死亡時刻とあの箱の破壊した時刻とが、奇妙なまでに一致していた。

 思えば、ヴォルガリンクス上空戦の直前に私が思わず投げつけてできた「皇帝」のカードに「死」のカードが重なったあれは、まさにあの事態を予言していたのか。いやあ、ただの偶然だろう。

 ともかく、オレンブルクも暴君をなくし、やっと平和になった。やれやれだな。

 と言いたいところだが、未だにヴェテヒネンの活動は続いている。

 スァリツィンクスという街、あそこはフロマージュ共和国が占拠した都市ではあるが、結果的にそれはイーサルミ王国として組み込まれてしまった。

 このため、その支配域の境界線をめぐり、両国でにらみ合いが続いている。

 戦争が終わってもう半年近く経ったというのに、オレンブルク側は我が国に対する威圧行動をやめようとしない。少しでも失った国土を回復しようと躍起だ。

 しかし、我々に砲撃を加えようものなら、それは和平条約違反となり、再び西側同盟との戦争となりかねない。だからこそ、何隻かの空中艦を繰り出しての威圧を加えてくるのだが。


『電探に反応! 艦影4、距離28000、こちらに急速接近中!』

『オレンブルクの艦隊だろう。艦橋より砲撃室! 砲撃準備!』


 艦内に緊張が走る。万一に備え、バタバタと砲撃手らが砲撃準備に入る。

 敵艦隊はさらに接近を続け、すでに13000まで迫った。


『艦影視認、ラーヴァ級4、距離13000! さらに接近しつつあり!』


 それを聞いてもなお、私はサンドイッチとやらを食べながら、右手で望遠鏡を持ち、それを眺めるだけである。


「おい、いつまでも食ってないで、戦闘準備だ」

「いえ、どのみちあちらは撃たないでしょう。いや、撃てない、といった方が正しいでしょうから」


 そう私は砲長に断言する。その間にも、オレンブルク艦隊から通信が送られてくる。


『オレンブルク艦隊より入電! 当該空域はオレンブルク領空である! これ以上、領空侵犯を続けるならば攻撃も辞さない、これが最後の警告である、以上です!』


 私は地図と、周囲の地形を照合する。冗談じゃない。ここはフロマージュ共和国とオレンブルク皇国との間でも、イーサルミ王国の領地だと認めた場所ではないか。だからこそ、それを知った上でわざと単艦のこちらを脅して追い返し、その場を実効支配しようとしている。もしこちらが砲撃を加えてきたなら、反撃して追っ払う。それでこちら側が沈んでしまったとしても、領空侵犯してきたイーサルミ側が悪いと言わせるつもりのようだ。


『距離、まもなく8000!』

『戦闘準備、面舵一杯』

『おもーかーじ!』


 だが、今は戦争中ではない。相手に確実に勝てるという自信がない限り、こちらに戦いを挑もうとは思わないものだ。そう、もう戦いは終わった。その上で無益な意地の張り合いで戦闘を続けようと思うならば、その命知らずな行動を後悔させてやる。

 そう思いながら、艦が回頭を終えるのを、私はただ黙って見ている。念のためにメモと、計算尺を構えながら。

 そしてヴェテヒネンは戦闘のため、艦の左側面を敵に見せる。

 当然、我が艦の気嚢に描かれたあの青い色の帯がオレンブルク側の目にも入ることだろう。

 回頭が終わり、オレンブルク艦に左側面をさらした、その時だ。観測員からの報告が響く。


『オレンブルク艦隊、急速回頭! 撤退していきます!』


 やれやれ、いつも通りの結果に終わったようだ。もしも世間知らずな敵だったら攻撃を加えてきただろうが、その時は、その知識のなさが命取りとなるだけのことだ。

 彼らには知恵があった。だから、生き延びた。この気嚢に描かれた青帯の模様を見て、それを持つ艦に攻撃を仕掛ければどうなるかを知らないオレンブルク空軍兵は、今のところいないようだ。

 だからおそらく未だに、この艦は「青首(ブリューネック)」などと呼ばれ続けているのだろう。

 ともかく、戦争は終結した。しかしまだ、爪痕は残っている。この青帯をおそれるのも、その一つだろう。

 死んだ者が生き返ってくるわけではない。だから、残された者は死んだ人の分まで行き、そして幸せを謳歌しなくてはならない。それは、今逃げ出した彼らも含めて、だ。


『オレンブルク艦隊は撤退した! これより王都クーヴォラへ帰投する!』


 で、この国境争いを極力穏便に済ますため、我が艦はしょっちゅう駆り出される羽目になった。まあこれで、これ以上戦死者が増えないのなら、その方がいい。そう思いながら、頻繁な出撃命令にも応じている。


「さて、帰ってから何をしようか」


 それを果たした後の、この男の欲望に付き合うのも、だんだんと慣れてきたな。

 しかし、私の頭の中は今、そんな欲望とは無縁なことを考えていた。

 なんと、10桁計算機がもう一台、完成する。それは中央計算局の脇に立てられた新しい建物の中に置かれる。が、驚くべきなのは、初代の10桁計算機よりも5倍以上の計算速度を持つという。また、一時記憶も手順記憶装置も大型化され、より複雑な計算ができると聞いた。これはまさに、ラハナスト先生とセレスティーナ連合国との協業によって生まれた脅威ともいえる産物だ。

 そんなすばらしい計算機は、私に何を見せてくれるのだろうか?


「おい、よだれが出ているぞ。どうせ、計算機のこと考えていたのだろう」


 いかんいかん、私としたことがついうっかり、欲望を丸出しにしてしまった。だが悪いが、砲長との夜を共にすることよりも、その新しい計算機がもたらす未来の方が私を興奮させてくれる。

 少しでも早く、王都に着かないものだろうか。もはや私の脳内は、計算機のことでいっぱいだ。

 あれ、もしかして私、やっぱりどこか非常識なのだろうか?

(完)

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― 新着の感想 ―
[良い点] 連載お疲れ様でした。 戦域拡大しすぎて途中こちらがついて行けなくなりはしましたけど楽しめました。 海軍よりはゆるく、飛行機の空軍ほど刹那的でない。そして陸軍より閉塞的でないなど、 飛行船の…
[一言] 胸が熱くなる良い話で最高 面白すぎて一気読みしてしまいました。
[良い点] 謎の機械を作ったのは、別の話で登場した猫耳達を作った連中ですかね? 自分を見つけ、解析出来るところまでに技術発展を促進されるつもりだったのだろうか… [一言] 飛行船の空中戦闘が、こんな…
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