#70 火山
『あと2時間で、ブルヴィオ火山に到着する!』
そんな連絡が艦橋より入る。まもなく、その疑惑の地に、我々は到達しようとしていた。いよいよ、目的地か。
と、その到着直前に、食堂へと向かう。マリッタが昼食の用意を終えて、まずは砲撃科から食事を摂ることになった。
「さあ、最後の昼食だよぉ!」
マリッタがそう言いながら、昼食を運んでくる。マリッタとしては、目的地到着前の最後の食事、という意味で言ったのだろうが、これではまるで最後の晩餐のように聞こえてくるじゃないか。縁起が悪い。
が、出されたものはそこそこ贅沢なものだ。カレーとチャパティ、トナカイ肉、それにセレスティーナ製の赤身肉の缶詰が出される。栄養学的にはどうか知らないが、人気のある戦闘食ばかりが出てくる。
「いよいよ、あの火山に到着か。なんかあるんだろうな?」
これまで火山や海岸といったものにまるで興味のなかったリーコネン上等兵が、ワクワクしながらこの昼食を堪能している。私は正直言って、何かあるようには思えない。いや、少なくとも外からはわからないのでは、と思っている。
というのも、あのブルヴィオ火山はそれこそ人里からは離れているものの、大勢に目撃されており、何かがあったという報告はこれまでに全くない。ということは、少なくとも外観からはわからないようになっているとしか思えない。
そんな場所を調査して、今さらどうするんだろうかと思い始めてきた。
が、それならなぜ、さっきのような電探を乱すようなことを仕掛けてきたのだろう?
「うめえなぁ、おい」
相変わらず、能天気なリーコネン上等兵だ。そんなリーコネン上等兵に、私は尋ねる。
「なあ、これから向かう先に、何があると思う?」
チャパティをカレーに漬けて、それに食いつこうとしているリーコネン上等兵に私は尋ねてみた。
「そんなこと、俺に聞かれてもわかんねえよ」
と、そう返答するリーコネン上等兵だが、そのチャパティを平らげた時、こう言いだす。
「そういやあ、前の占いじゃそいつは『塔』と出ていたな」
「ああ、そういえばそんなことを言ってたな。まさか、火山のそばに塔がそびえているとでも?」
「まさかな。だがそれは、神を冒とくした驕りし者の作り上げたもの、という意味でもあるからな。そういう感じのものがあるんじゃねえの?」
確かにそんなことを言ってたな。しかし、それをまともに解釈すると、人為的な何かがあるというのか?
「そんな難しいこと考えたって、せっかくの昼食が不味くなるだけだよ」
と、マリッタが私に叱咤する。そう言われても、我々はどこか不穏なるものに近づいている。それはもしかすると我々にあの幻影を見せ、さらには国王陛下に独立戦争を促した何かなのかもしれない。いや、それどころかこの世界を戦争に……。
少し、思考が飛躍しすぎたな。だが、さっきのあの不自然な現象がなければ、この調査で何か期待できるような結果は得られないだろうと思い続けたかもしれない。
が、そうではないと私はより確信した。世界の不自然さに気付いたわずかな者たちが連鎖し、そして我が艦をここにたどり着かせることとなった。
そして、それを阻止すべく、先ほどのような邪魔が入った。
これはつまり、我が艦があの火山付近で何らかの発見をするのではないか? それを恐れたその「何か」が、我々の行動を阻止すべく動いた。
で、結局のところ、マリッタの言う通り、せっかくの昼食を美味しく頂けなかった。
それから、2時間が経過した。
『ブルヴィオ火山、上空に達します!』
観測員の叫び声が聞こえる。が、残念ながら、その生みの只中から顔を出す火山の真上には近づけない。
というのも、今は噴煙が多く、その周辺に接近することが精一杯だからだ。
そして私は、その周囲にある崖を見る。
確かにあれは、私が2度見たことのある断崖絶壁そのものだった。岩肌に刻まれた筋、その上の草原など、まさにあの時見た光景そのものだった。そして大勢の人が立つ島、ある時は赤い巨木の切り株、そしてある時は貝柱を巨大化したような白い岩、それがあった場所には、あの噴煙をもうもうと上げる火山がある。
その火山を、望遠鏡でつぶさに見る。が、そこは木々一本も見られない不毛の無人島。あるのは、噴出した溶岩が作り出したと思われる噴石が転がっており、さらにはあの高い噴煙だけが見える。
「なんかよ、何もなさそうだなぁ」
「その前に、この光景、やっぱり見たことないか?」
「うーん、俺の場合、適当にしか見てねえからなぁ。確かによく似てるっちゃ似てるが」
だめだ、尋ねた相手を間違えた。私は砲長や、キヴェコスキ兵曹長にも尋ねる。
「そうさなぁ、それよりも俺はあの火山の方が気になるぜ」
「そうだな。調査しようにも、ちょっと噴煙が多すぎる。あれでは火口付近が全く見えない」
だから、周囲の光景に見覚えがあるかと尋ねているのに、見当違いの返答をしている。
「ちょっと、煙を吹き飛ばしてみるか」
と、その時、砲長が何やら物騒なことを言い始めた。
「あの、砲長、煙を吹き飛ばすとは、どうやって?」
「せっかく調査に来たというのに、火口付近だけ見えませんでしたでは調査しきったとはならんだろう。だから、火口付近で砲弾を炸裂させて、それであの煙を一時的に振り払うんだ」
ああ、なるほど、砲長はそこまで考えていたのか。案外、ぼんやりはしていないな、今日は意外と冴えている。
ということで、砲長が艦橋に意見具申する。
「砲撃室より艦橋、砲長、意見具申!」
『こちら艦橋、具申許可する、なんだ』
「火口部分調査のため、噴煙を振り払うべきと考えます。火口への砲撃許可を願います」
しばらく沈黙が続き、返答が返ってくる。
『その通りだ、噴煙の根元に一撃当てて、覆われた部分を見る』
砲撃許可が下りた。そこで砲長が私をちらっと見る。つまり、さっさと弾道計算しろとその目で訴えかけてくる。私はメモと鉛筆そして計算尺を取り出す。
相手は止まった物体、しかも幅が100メルテはある。距離も500メルテほど。止まった相手に、これだけ接近した場所からの攻撃。外しようがない。
「右54度、仰角66.5度、火薬2袋、時限信管15秒!」
そこで私は、やや上方から弾が火口に入るよう高めの角度で、着弾寸前に爆発するよう設定した。すぐにその設定を入れた弾頭を砲身に入れ、続いて火薬袋も詰め込まれて尾栓が閉じられる。そして、いつもよりも主砲の向きが上へとむけられる。
「射撃用意よし!」
「砲撃始め、撃てーっ!」
ズズーンという発射音とともに、砲弾はいつもより上に放り投げらえた。初速が秒速80メルテほどのため、弾が目で追えるほどだ。そんな遅い速度だが、距離が500メルテしかないためわずか15秒ほどで弾着を迎える。
『だーんちゃ……』
ところがだ、弾着寸前になって、突然砲弾が破裂する。
設定時間を誤ったわけではない、それは明らかに、何者かの攻撃だ。
噴煙の下から、落ちていくその砲弾を青色の光の筋が貫き、破壊してしまった。ただし、その爆発の衝撃で、煙が一瞬パッと晴れる。幸いにも役目は果たした。
その時、私は一瞬、何か白い角ばったものを目にする。
なんだ、あれは?
と思った、その次の瞬間。
火山のあった場所が、いつの間にかベージュ色の岩肌を持つ、大きな島に変わっていた。
その岩の大きさは、目視でだいたい500メルテほどに見える。以前にも見た光景、そして同じくらいくらいの島。ただその島が入れ替わっただけだ。
同時に、機関音が聞こえなくなった。そして、その岩の上には大勢の人々が見える。
私は、悟る。
これは、あの幻影にのみ込まれてしまった、と。
そしてまた私は、家族の姿を見る。父、母、弟、いや、よく見るともう一人の姿も見えてきた。
私は思わず、目を見開いた。
そう、それはまさに、シェロベンヴァー上等兵の姿だった。
そのシェロベンヴァー上等兵が、私に語り掛けてくる。
「カルヒネン曹長殿、死んだ私のため、そして公国のため、戦場に戻り戦ってください」
半分悲しげな、半分笑顔の彼女が、そう私に語り掛けてくる。だが、私は叫ぶ。
「誰だ、お前は!?」
シェロベンヴァー上等兵との付き合いは短い。が、もしあれが本人なら、真っ先に私に伝えるべき言葉があるはずだ。
「先に逝ってしまい申し訳ありません」あるいは「公国のため、早く戦争を終わらせてください」というのではなかろうか、と私は彼女の性格からしてそう言うものだと考えている。
それがいきなり「戦え」である。これは確実に、シェロベンヴァー上等兵ではない別の誰かだ。
するとそのシェロベンヴァー上等兵の姿をした何かは、こう答える。
「勘のいい娘は、嫌いだよ」
つまりその幻影は、本人ではないと認めた。なんてやつだ、よりによってシェロベンヴァー上等兵に成りすますとは……私は激しい怒りを覚える。
「誰だ、なぜシェロベンヴァー上等兵の姿に化け、私を戦いにたきつけようとするのか!」
するとシェロベンヴァー上等兵の姿をしたそれは、こう答える。
「戦争とは、あらゆるものを生み出す源。宇宙における創造、その果てに生み出される物体や世界観。それを促すのが、我が役目」
こいつ、おかしなことを言い出したぞ。なんだって、物体や世界観の創造のため、戦争を起こしているのか?
「そんなことをして、どうなるというのか! そのために人が死ななくてはならないのか!?」
私は叫んだ。が、シェロベンヴァー上等兵の姿をしたその謎の意識は、私の話を聞いていもただ薄ら笑うだけだ。
もうこれ以上、話をしても応じないつもりのようだ。どうする。このまま幻影に飲まれたままでよいのか?
いやだめだ、なんとしてでもこの幻影の中から外に飛び出さないと。でも、どうすれば?
ふと私は、周りを見る。皆は目を閉じ、眠っているように見える。
おそらくは、それぞれが目前に、亡くなったなじみの者の姿が見えるのだろう。ちょうど、私の前にシェロベンヴァー上等兵の姿があるように。だがそれは、私には見えていない。ということは、もしかすると幻影とは、夢のようなものとして認識?
つまり、我々は眠らされているようなものなのか。周囲にいる者を見ていると、そう感じる。
ということは、自分も眠らされて、この幻影を流し込まれているだけではないか?
そう考えた私は、計算尺を取り出す。滑り尺を思いきり伸ばし、それ真っ二つにへし折った。
そして、とがった計算尺の先を左手の甲に思い切り突き刺した。




