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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第4部 戦争終結編
69/72

#69 電乱

『まもなく、ターラスヴァーラ港に到着します!』


 来た、とばかりに私は艦橋へと向かう。おそらく、今回の航行で唯一の出番ではないかと思われる任務のため、不安定な布製通路を伝って艦橋に達する。

 そこで私は、ドック入りのための進路微修正量を計算する。望遠鏡で捉えると、そのずれ量から算出される舵を指示する。


「面舵0.3!」


 すぐさま面舵が切られてそのまま、まっすぐ繋留塔へと進む。しばらくしてズシーンという音とともに、塔に結合(ドッキング)する。


「おーい、一緒に飯食べに行こうぜぇ」


 いつもなら砲長と行動を共にするが、どういうわけか今日はリーコネン上等兵が私とマリッタを誘い、港町の中に繰り出す。


「リーコネン上等兵、副長はいいのか?」

「いいって、たまには女同士てのも悪くないし」

「そうよそうよ!」


 マリッタまで乗り気だ、何かあったのだろうか?

 で、そのままこの街では珍しくなくなってきたケバブ屋に入る。最近、ケバブ屋に行くことが増えたな。気のせいか?


「そういやあユリシーナよ、お前なんか近頃、付き合い悪くないか?」


 リーコネン上等兵のやつが、突然そんなことを言い出す。


「いやあ、それは砲長が……」

「そういうんじゃねえよ。なんか相談すべきことがあったんじゃねえかってことだよ」

「相談?」

「今回の航行の件だって、マルヤーナ艦長や砲長、そしてラハナスト先生には相談してたんだろう?」

「まあ、それはそうだけど」

「そういう話は、まず俺らからじゃねえかと思ったんだがな」

「いや、したところで何か得られるものがあるとは思わなかったからだ」

「そうかぁ? いや、そうかもしんねえけどよ。俺らだって何かの役には立ったかもしんねえぜ」

「そうよそうよ!」


 なんだ、この二人、真っ先に私が相談しなかったことに不満を持っていたのか。


「それじゃ聞くが、今度のブルヴィオ火山の調査で、何か見つかると思うか?」

「なんだ、そういう話なら任せろ」


 と、突然リーコネン上等兵のやつ、あのカードを取り出した。


「どれどれ、『近い将来』は……塔、と出たな」

「塔? そういえば、以前の占いでも出てきたな」

「そういやあそうだな。で、塔というのは人が神に近づこうとしたという、驕りの象徴、という感じの意味だな」

「それが今回の調査と、何の関係があると?」

「うーん……まあいいや、次行こう次」


 あ、ごまかしたな。解釈できなかったのだろう。やはりこいつの占いは当てにならない。


「で、対処法としては……『正義』と出たな」

「……それはつまり、どういう意味なんだ?」

「そのまんまだな。要するに、何かに対して正しい判断の元、行動しろと言っている」


 つまり、今の話を総合すると、驕り高ぶりのような存在に、正義をぶつけろと言ってると、そういうことか。

 だが、今回の任務は「調査」だ。なぜ調査で正義だの驕りだのが関係しているのか? 今一つ、納得した答えを得られていない。


「つまりだなぁ……おそらくはこの調査で、真の敵が現れるってことかもしんねえ」

「どうして、そんなことが言えるんだ?」

「塔というのは、人が作りし驕り切ったものの象徴、それはすなわち、人の持つ業のようなものだ。そこに正義を突き付けるということは、つまりはそいつを倒しちまうということになる」

「てことは、なにか得体の知れないものと戦うことになると言いたいのか?」

「ま、そういうとこかな」


 と、軽く流すリーコネン上等兵だが、調査が戦いにつながるという話にどうにも飛躍が大きすぎて、ついていけない。

 それを言い出したら、今回の調査にしても普通では考えられない理由で行われる調査だ。ここにも、解釈に飛躍が多き過ぎるとは思う。最近、そんな話ばっかりだな。

 が、同時に、何かの核心に迫っている気もする。うまくは言えないが、リーコネン上等兵の話もあながち荒唐無稽とばかりも言えないようだ。

 とまあ、こんな似非占いとともに食事を終えると、すぐにヴェテヒネンは補給を終えて発進する。目指すは、ブルヴィオ火山だ。


『抜錨、ヴェテヒネン発進!』


 今度は副長の号令で、艦はドックを離れる。繋留錘(バラスト)が切り離されて、船体が浮かび上がる。

 それにしても、ヴェテヒネンも私が初めて乗艦した頃と比べると、ずいぶんと変わった。防弾性や機関の出力の向上、電探の搭載、それに機関銃と機関銃士がついた。何よりも、気嚢に青い模様がついたことが大きい。

 最初のヴェテヒネンから見ると、もはや別物だ。一方で、多くの戦果も挙げてきた。信じがたいほどの数の艦艇を沈め、多くの命を奪ってきた。が、それは同時に、この青い帯模様に過大なまでの恐怖心を与え、敵も容易に近寄ろうとしなくなった。これで確実に敵から嫌われていることがわかるが、その分無益な殺生をしなくて済むようになったのはありがたい限りではある。

 そんなヴェテヒネンが発進し、進路を東に取り始めたころだ。


『電探に反応! 距離29000、数およそ3!』


 急に電探が何かを捉えた。私は慌てて艦橋に向かう。そこで私は電探の捉えた光点を見る。


「この艦列、どう思うか?」


 副長が私に問いた。ほぼ索敵圏ギリギリに現れたそれは、おそらくは空中艦、そしてオレンブルク艦だ。それは副長にもわかっていることだろう。

 というのも、単縦陣ながらややジグザグで、しかも互いに300メルテ以上の距離をとっている。こんな陣形をするのは、水素爆発による誘爆を避ける懸念があるオレンブルク艦隊くらいのものだ。


「陣形の特徴から、ほぼオレンブルク艦と思われます。が、動きが奇妙ですね」

「やはり、計算士もそう思うか」


 ただ、その3隻はなぜかその場を動かない。奇妙なことだが、オレンブルクにしては珍しく、待ち伏せをしているということか。

 この奇妙な艦隊は、ちょうど東へと進む我々の航路を閉塞する意図でそこにいる。で、ある以上、突破するしかない。


「敵艦隊との距離を25000以上に保ちつつ、迂回し突破する」


 副長の出した命令は、あの艦隊を相手にせず目的地へと向かう、というものだった。それはそうだ。今回の目的は、戦いではない。後ろにいる艦長も、黙ってうなずきそれを承認する。

 通常、目視による索敵範囲は快晴下でも24000程度と言われている。このため、25000以上を保てばよほど目の利く観測員でもない限り、あるいはこちらと同じ電探でも搭載していない限り、こちらを見つけることはできない。


「面舵50度、速力、進路そのまま!」

「おもーかーじ!」


 副長の指示通り、船が動かされる。およそ距離25000まで接近したが、敵と思われる光点は動かない。

 エラインタルハ海は、比較的穏やかな海だ。ちょうど聖陵大陸をえぐるように存在するこの海は、南北、そして東側を大陸によって囲われている。外洋に出られるのは西側のみだ。

 そんな海だから、ここは普段は静かな海で、ほとんど波が起こらない。偏西風にあおられて、やや北東側に波が起こされている程度だ。

 その偏西風を垂直に突っ切るように、今、我が艦は進んでいる。せっかく追い風に乗りつつ突っ切ろうとしていたのに、敵が現れてはそれを避けざるを得ない。

 が、私としては3隻程度、蹴散らした方が早いのではないかと思うが、今回の目的を考えれば当然の配慮だろう。迂回を続けるヴェテヒネンはその光点を避けるように前進を続ける。

 が、突如、異変が起きる。

 電探の光点が、突如消えた。


「敵艦隊が、消滅しました」


 電探を担当する観測員が叫ぶ。が、それからやや遅れて観測員が叫んだ。


「電探に光点! 距離7800、艦影3! 本艦正面、攻撃態勢にあります!」


 その報告に一瞬、耳を疑った。ついさっきまで、25000メルテ左にいたはずの敵艦隊が、なんと目前に現れたというのだ。

 電探に頼り過ぎた、原因はわからないが、とにかく敵の探知を誤った。しかし、ヴェテヒネンのてっぺんにある観測所からはさらに信じがたい報告が入る。


『本艦前方に、敵影認められず!』


 すでに敵艦隊は射程距離内、当然、攻撃してくるものだろうと思っていたが、まったく攻撃が見られない。観測所は当然、目視だから、それが見えないということは、そこに敵はいないということになる。


「どうします?」


 珍しく、副長が艦長に意見を求める。艦長は口を開く。


「目視を優先、警戒しつつ前進し、もし敵が現れたならば戦闘に入る」


 その艦長の言葉を受けて、私は急ぎ、砲撃室に戻る。直後、副長の号令が伝声管越しに聞こえてくる。


『このまま前進する! いきなり敵艦隊が現れるかもしれん、総員、攻撃準備!』


 案外、電探というやつは当てにならないな。何か妙なものでも捉えたのか? 海鳥や局所の豪雨すらも映ることがあると、以前技師は言っていた。が、それにしてはちょっと変だ。

 明らかにその光点は、オレンブルク艦特有の陣形を描いていた。海の鳥や豪雨が、あれほどきれいな陣形など示すものだろうか?

 ともかく、我が艦は前進を続ける。


『敵艦隊と思われる光点上を、通過します!』


 電探担当の観測員が叫ぶ。私は望遠鏡で周囲を見るが、そこには何もない。鳥もいなければ、雨も降っていない。だいたいここは高度4000メルテだ、見渡す限り雲はここより低い場所にしかなく、しかも雨を降らせるような類いのものではない。

 電探のくせに、幻想でも見ているのではあるまいか? そう私が思い始めた時、思いがけない報告が入る。


『こちら観測所! 艦影見ゆ、本艦正面、距離8000、サラトフ級3隻!』


 なんと、電探に映っていない位置に敵の艦隊がいきなり目前に現れた。私は慌ててそちらの方角を見るも、前部ゴンドラが邪魔で見えない。

 が、あちらはすでに攻撃態勢にあるのだろう。こちらも攻撃態勢に入るべく、艦を大きく左に動かす。


『取舵一杯! 直ちに砲撃用意!』

『とーりかーじ!』


 艦が急旋回する。敵はおそらく、攻撃態勢に入っている頃だろう。遅れて、電探担当からも声が響く。


『電探にも艦影3! 本艦右方向、距離7900!』


 急に正しい距離と方角にいる敵を捉えたらしい。うちの電探はどうなってるんだ? 故障したとしか思えないな。が、観測員もなぜ今頃になって敵を捉えたのか。ちょっと電探に頼り過ぎて、目視を怠ったのか?

 ともかく、敵が現れた以上、攻撃態勢に入らざるを得ない。私は望遠鏡で敵を捉え、先頭の艦に狙いを定めて計算尺を滑らせ始める。

 偏西風の追い風方向、距離は7800、すでに射程圏内だ。さらさらと計算結果をメモに書き写し、答えを得る。


「右33.2度、仰角39.1度、火薬袋7、信管33秒……」


 と、私が結果を知らせている間に、艦橋から声が響く。


『敵砲弾、来ます!』

『回避運動、取り舵30度!』

『とーりかーじ!』


 ここに及んで、敵の砲弾が届いてしまった。回避運動をとり、標的がずれてしまった。近くでパッと白い光とともに、散弾が放出されるのが見える。幸い、外れたようだ。

 その後、再計算するも、また別の砲弾が届き、回避運動に入る。


『面舵20度!』

『おもーかーじ!』


 また標的からずれる。というか、敵からくる砲弾が多すぎる。

 3隻とはいえ、敵はあのサラトフ級だ。つまり、1隻で2門の砲を持つ。それが交互撃ち方をしてくれば、こちらは回避一方になる。

 おかげで、なかなか撃てない。もっと早く敵を発見できていれば、先手を打てて敵を撃沈できたかもしれないというのに。

 後手後手に回り過ぎて、不利な態勢からの砲撃だ。ともかく私は、その間隙を縫って再計算した値を叫ぶ。


「右35度、仰角38.3度、火薬袋7、信管33秒!」


 すでに先の計算での信管時間を設定した砲弾と火薬袋が砲身に収まっている。そのまま彼らはハンドルを回して右砲戦に備える。


「射撃用意よし!」

「砲撃始め、撃てーっ!」


 砲長が叫び、主砲が火を噴いたその瞬間、また艦が左に動いた。しまった、外れた。が、すでに放たれた砲弾は、戻しようがない。


『だんちゃーく、今!』


 当然、弾着の合図の後に、何も起こらない。その直前の砲弾炸裂も、ややずれたところで起こった。これでは命中など不可能だ。

 こんな具合の砲撃を5発もやってしまった。驚異の命中率を誇るヴェテヒネンの名折れだ、なんとかせねば。


「砲長、計算士、意見具申!」


 ここで私はふとある考えを思いつく。それを具申してみる。


「具申、許可する」

「はっ、我が艦の速力を、毎時200サンメルテまで増速していただきたい」


 通常、艦隊戦においては互いの相対速度を合わせ砲撃するのが通例だ。だいたい70から100サンメルテほどでの砲撃戦が通常であり、今回も80サンメルテでの撃ち合いをしている。

 これを、通常の砲戦速力の倍を出してほしいと進言した。当然、砲長も理解しかねる。


「まさか、かなりの速度差の中でも当てると、そう言いたいのか?」

「その通りです。加えて、敵も我々を当てにくくなります」


 当然だが、動く敵を当てるのは至難の業だ。だからこそ、相対速度を合わせるのだが、こちらは一隻だから、他の艦と同調する必要もない。だから自在に速度も上げられるし、向きも変えられる。

 すぐさま艦橋に私の進言は伝えられ、了承を得る。すぐに機関が全開になり、猛烈な加速がかかる。


『まもなく、速力200!』


 いきなり相対速度が大きく外れた敵も、我々に追従しようと加速を始める。が、3隻が並んで加速というのは、簡単そうで難しい。陣形を乱されれば砲の効果が薄れてしまうし、陣形を保ったままの加速は、例えるなら二人三脚をさせられているようなものだ。

 敵は撃っては来るが、先ほどと比べて回避運動が明らかに減る。まだ相対速度があるうちに、こちらが一隻でも沈めてしまえば状況が変わる。

 敵の相対速度と位置、そして風向きを考慮し、計算する。最後に望遠鏡で敵を見た後、こう告げる。


「右54.3度、仰角40.3度、火薬袋7、信管35秒!」


 相対速度があるということは、こちらもそれだけ命中率が下がる。が、下手に回避運動をされるよりは砲撃しやすい。


「射撃用意よし!」

「撃てーっ!」


 ズズーンという砲撃音と同時に、主砲の先が火を噴く。斜め上空に放り出された弾は、確実に敵へと向かっていく。

 向こうも撃ってくるが、速度差のある相手を撃つのは至難の業だ。念のため、こちらが砲撃後にやや面舵をとるが、まったく当たる気配がない。やや後方で、敵の砲弾が炸裂して、虚空に散弾が蒔き散らかされていく。


『だんちゃーく、今!』


 一方で、こちらは合図の後、一隻の敵艦を火だるまに変えた。落下していく敵の戦艦と、その巻き添えを食わないよう回避運動する敵艦とを、私は望遠鏡で観察する。


「右58.7度、仰角41.7度、火薬袋7、信管36秒!」


 残りは2隻、敵は先頭艦を回避するため、再び減速してしまう。相対速度は100以上あり、命中率も当てにくいため、直前で炸裂するようにして、少しでも命中率が下がらないようにする。


「射撃用意よし!」

「撃てーっ!」


 いつもの砲撃合図と、直後の砲撃音。それが終わるとハンドルが回されて引き戻される主砲。尾栓が開かれ、火薬カスが取り除かれて次の砲弾と火薬袋が用意されたところで弾着時間を迎える。


『だんちゃーく、今!』


 2隻目もあえなく、我が艦の砲弾の餌食となる。

 燃え盛る炎を見ながら、最後の敵の動きを追う。が、案の定というか、敵は後退し始める。


『敵艦、離れていきます』


 すでに勝負あったと感じたのだろう。敵も先手を取ったところまではよかったが、それ以降がいけない。最後は腕の差でどうにか我々が勝利をつかんだ。


『進路変更、目的地のブルヴィオ火山へと向かう。砲撃室、砲撃用具納め!』

「砲撃室、用具納めよし!」


 副長のこの言葉により、戦闘終結が宣言される。今回ばかりは深追いはしない、戦闘が目的ではないからだ。副長はそう判断し、本来の航行目的に戻ることにした。

 どうにかやり過ごせたものの、それにしてはおかしな点がある。

 どうして、電探はあの時、おかしな光点位置を表示していたのか?

 私は艦橋に向かい、電探の画面を見る。が、今は正確な位置を表示している。後退し離れていく1隻の敵艦の位置を、かなり正確にとらえている。

 そこ私はふと、思いつく。

 まさかとは思うが、あの電探の異常は「意図的」だったのではあるまいか?

 それを引き起こす何かが、あのブルヴィオ火山にあるということか?

 でなければ、これまで正常だった電探が、まるで我々を敵の艦隊に突っ込ませるような狂い方をして、その後正常に戻るなど、不自然すぎておかしい。

 なんとなくだが、ブルヴィオ火山に何かがあると、私は確信し始めていた。

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