#68 仮説
私は珍しく、中央計算局へと足を運ぶ。当然、今回の事態をラハナスト先生は予測していたのか、と問うためだ。
が、先生の回答は、あっさりしている。
「さすがに何が起きるかまでは予測できんよ。が、何かが起きるとは思っておったがな」
さすがの先生でも、その先の現象を予測することは不可能だったようだ。まあ、これは仕方がない。私は少しがっかりしつつも、認めるしかない。
「ところで先生、実は一つ、お話がありまして」
私はラハナスト先生に会話を振る。急に別の話題に入った私を訝しげに見つつ、こう答える。
「なんだね? 今度のことと関連することだろうか?」
「一見すると、何の関連性もなさそうに思える話です。ですが、戦争継続を促しているという一点でのみ、関係が深いと感じます」
「なるほど、聞こうか」
そこで私は、例の幻影の話をする。断崖絶壁の海辺の只中に、島のようなものが現れる。そこで皆、なぜか死んだ者と再会し、前回などは言葉を発してきた。
「……それが、揃いも揃って皆、戦いを続けろと言うのです。私が知る限り、私を含めて4人がそう言われたとか。
ただ、私の父ならばそのようなことを口にする人ではなかったので、ずっと違和感を感じているのです」
「つまり君は、何者かが死者の姿を借りて戦いを継続するよう促してきたと、そう言いたいのかね?」
「飛躍は承知しております。ですが、それが私の直感がそう訴えているのです」
「うーん……」
ラハナスト先生は考え込んでしまった。さすがに突拍子のなさすぎる話だ。何かヒントがあるかもと話しては見たが、かえって先生を困らせただけだったようだ。
「ところでカルヒネン君、その話に出てくる断崖絶壁の海とやらに、見覚えはあるのかね?」
と、不意に先生は私にそんなことを尋ねてきた。
「いえ、これといって見覚えは……」
私は答えようとすると、ふと心当たりのある風景を思い出す。
「そういえば、よく似た風景ならば見たことがあります。ですが、さほど珍しい風景といえるところではありませんが」
「どこだね、その場所というのは?」
「ええとですね、エラインタルハ海の東側でして、そこには断崖絶壁の海と、火山があったのです」
ここで私はようやく、あの時どうして見覚えがある地形だと感じたのか、今さらながらその理由を理解する。
「火山? ああ、それは多分、ブルヴィオ火山のことだな」
「あれ、先生はご存知で?」
「ご存知も何も、断崖絶壁のすぐそばにある不自然な火山として有名であろう。どこかで写真くらいなら見たことがあるぞ」
えっそんなに有名な場所だったんだ。その上でラハナスト先生はこんな話をする。
「そういえば、君と似たようなことをおっしゃるお方がいてな」
「似たような、ですか?」
「うむ、やはり断崖絶壁の海岸に、島が見えた。その島には大勢の人がいて、自身の先祖に出会った。そして言われた、『イーサルミ王国を独立させ、オレンブルクの皇帝と戦え』とな」
どこかで聞いた話だ。私は先生に尋ねる。
「もしかして、それは国王陛下のことではありませんか?」
「そう、その通りだ。だがその話、多くのものは知らぬはず。私も1年ほど前に陛下からうかがったほどだ」
「あの、とある士官がそのようなことを陛下から訓示されたと。いや、その前に、どうしてラハナスト先生がその話を?」
「ああ、相談されたんだよ」
「相談?」
「先代が現れて、陛下に王国の独立をするよう言われた。が、今となってはどうにも納得がいかぬ。元々、先代の国王陛下は争いを好まないお方であったはず。何故あのときだけ、陛下にそのようなことをもうされたのか。すでに独立戦争は続いており、今さらではあるがその理由がわからぬか、とそう申された」
あえてマルヤーナ艦長の名を出さなかった。が、後半の話はマルヤーナ艦長も知らないことだ。そのようなことを、陛下が先生に相談されていたとは。
「私の仮説、すなわちどこかの誰かがこの戦争を助長しているのではないか? その話もまさに私の仮説に直結する現象ではある、しかし……」
「何か、おかしな点でも?」
「多くの人に、同じ幻影を見せるなど、我々の持つ技術では不可能だぞ。少なくとも、我々の常識を超えた技でなければあり得ない。が、一つわかったことがある」
「はい、なんでしょう」
「そのブルヴィオ火山だ。この幻影を見たもの全てがその絶壁の海とそこに浮かぶ島の風景を目にしている以上、そこに何かがあると結論づけるほかない」
ラハナスト先生はそうおっしゃった。
「仮に先生の言われる通り、そこに何かがあったとして、どうすれば良いのでしょう?」
「うーん、そればかりは何とも……ただ、そこへ行ってみる価値はありそうだな」
と先生はおっしゃるけど、行くって、どうやって?
ともかく、その日は計算機の幾つかの実演を見せてもらった。例の構造解析の計算手順も改良されて、高層ビルの計算を行い、それを元に実際にビルの建設を行うところまで来ているのだという。
「しかし計算機がいくら発達し、人を凌駕するほどの存在になっても、機械が人に敵わないものは倫理観であろうな。今まさに戦争というやつが、その人の利点を失わせようとしておる。我々は計算機というやつを悪魔に変えてはならないのだよ」
ラハナスト先生は最後にそう締め括った。私は挨拶をして、中央計算局を後にする。
「そうか、ラハナスト先生にあの話をしたのか」
その日の晩、砲長、いや、アウリスに中央計算局での話をする。もちろん私はあの構造計算手順の改良の話もしたのだが、そんなことはまるで興味のない男だから、仕方がない。
「そのブルヴィオ火山に何かがありそうだという仮説も、うさん臭さはあるが、俺自身もその断崖絶壁の海とやらを見ているし、島の部分だけが姿を変えているのも気がかりだ」
「砲長はそこに……」
「おい」
「あ、はい、アウリスはそこに、何かがあると思いますか?」
「わからん。が、あの幻想を見たという者のすべてがその場所を見ているとするなら、何かあるだろうな」
「かといって、行くわけにはいかないですし、どうしたものでしょうね」
「そうだな、わざわざそんなところに行く理由が幻想というだけでは、説得力はないな。当然、軍も許してはくれないだろうし」
ということで、結局は世の中に流されるのみという結論に、砲長と私は達する。
が、昨日のあの話が、意外な展開に発展する。
その2日後に突然、ヴェテヒネンの乗員27人に召集がかかる。我々を集めたのは、なんとカンニスト中将だった。
「ヴェテヒネンには、特殊任務を与えることとした」
なんだろうか、特殊任務とは。未だかつてそんなものを受けたことがないし、第一、空中戦艦に特殊も何もあるのだろうか?
「貴艦には、ブルヴィオ火山へ赴き、そこでの調査を依頼したい」
が、その中身を聞いて私は驚く。まさか、あの火山に向かえと、空軍司令官から申し渡されるなどとは思いもよらなかった。
しかしだ、そんな私以上に、他の乗員は驚きを隠せない。
「司令官閣下、何故ブルヴィオ火山へ向かい、調査する必要があるのでしょうか?」
まあ、事情を知らないものなら当然、そういう質問をするだろう。が、カンニスト中将はこう返す。
「この艦の乗員は2度、幻影とやらに遭遇している者ばかりだと聞いた。いずれも断崖絶壁の海から見える島に、死に別れた家族や知人を見たという話を、何人かから証言で得ている」
突然、あの幻影の話を出されたものの、確かにそれはここにいる皆が実体験しているものであることは間違いない。
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「司令官閣下、確かにそのような体験をしましたが、それと今回の調査とは、何の関係があるのでしょうか?」
「どうやら貴官らが見たその断崖絶壁の海とやらは、ブルヴィオ火山周辺の海ではないかということだ。そして、死者がいたというその島というのは、その火山自身ではないかと考えられるということだ」
とんでもなく突拍子もない話をされたところで、乗員一同はぽかんとするしかない。おそらくはカンニスト中将はラハナスト先生からその話を聞いたのだろうが、それをあっさりと信じて調査を命じるなど、いささか性急すぎないか?
ところがだ、これを命令したものの名が出ると、誰もが納得せざるを得なくなる。
「……と、このあたりの話は、ラハナスト先生が国王陛下にご報告なされ、その結果、陛下の命で調査を行うこととなった。これで、何事もなければそれでよし。何かあれば、それを報告せよとのことだ。いずれにせよ、表向きはエラインタルハ海の警戒任務ということにしておく。ということで、各員、直ちに出発準備にかかれ。以上だ」
ラハナスト先生があの話を、国王陛下に申し上げたらしい。なんという大それたことを、と思ったが、陛下自身も疑問視されていたこの件の糸口が見えてきたとなれば、当然といえば当然だろう。
でも、なぜヴェテヒネンなのか?
「陛下のご意向に背くことは致しません、が、どうしてヴェテヒネンなのでしょうか?」
「それは決まっている。あの幻想とやらを体験している者でしか、この任務は務まらないと考えたからだ」
うーん、そうかなぁ。別に幻影を見ていようがいまいが、調査くらいはどの艦でもできると思うのだが。
ともかく、勅命を受けてしまった以上、従わざるを得ない。我々はすぐに発進する。
『ヴェテヒネン、発進!』
勅命と知ってか、意気揚々なのは艦長だ。いつもこれくらい元気ならばいいのだけれど。そんな勢いある艦長を筆頭に、勅命を担ったヴェテヒネンが例の火山とやらに調査のため出発する。
とはいえ、今回の任務はどう考えても計算士は不要だな。
「どうした、浮かない顔で」
と声をかけてくるのは砲長だ。
「いえ、私の出番はなさそうだなぁと思ってですね」
「なんだ、それで拗ねてたのか」
「べ、別に拗ねているわけではありません! 手持無沙汰だと思ってるだけです!」
なぜか砲長に対してついムキになる。これまではどんな形であれ、計算士として活躍できる場があった。が、今回ばかりはそれは望めそうにない。
なぜかといえば、戦闘が行われる公算が低いからである。
戦争が終わってほしいと願っているのに、いざ戦闘が起こらないとなると出番を失う。計算士という立場は、私にとっては実に矛盾した存在だ。
麦の刈り取りが終わった畑の上を、南へと進む。一度、ターラスヴァーラへ寄り、そこからエラインタルハ海の東端にあるブルヴィオ火山へと向かう。
それにしても、暇だなぁ。オレンブルクの戦艦でも出てこないだろうか。そんな物騒なことを思考しつつも、この艦は南進を続ける。
この時はこの先に、何があるのかも知らずに。




