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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第4部 戦争終結編
65/72

#65 激突

 すでに、ヴォルガリンクスの攻防戦は始まっている。

 が、我が艦はヴォルガニア市にて補給を受けた後に、攻略軍と合流することになっている。

 今朝までの報告では、12万の軍勢がすでに市街地に突入し、市街戦が始まっているという。オレンブルクもここが攻撃されるとは想定もしていなかったことから、塹壕を設けている時間もなかったようだ。だからいきなり、都市の攻防戦である。

 ところがこのヴォルガリンクスという街は、人口が6万人もいるそこそこ大きな都市だ。当然、巻き込まれる市民はアクロダルの街の比ではない。

 しかし、今回ばかりは脅しでどうにかできる戦場ではない。ここを失えば、東側同盟にとっては重要な資源路の一つを失うことになる。だから、東側同盟の3か国、オレンブルク、スラヴォリオ、ヴォルコヴィアスが兵を集めてここを死守する。

 多分、とんでもない地獄の風景が広がっていることだろうな。そんなことを思いながらも、我がヴェテヒネンは発進準備を終えて、まさにその地獄の戦場へと向かおうとしていた。


『抜錨、ヴェテヒネン、発進!』


 艦長の号令で、ヴェテヒネンは浮き上がり始める。ただし、少しその上昇速度は鈍く、ゆっくりと澄んだ冬の空気の中を上昇する。

 遅いのは当然だ。この後部ゴンドラの下には、3発の自噴式弾頭が取り付けられている。最大10発を搭載可能だが、ここは敢えて3発とした。地上攻撃が目的ではないからだ。


『ヴォルガリンクス上空到達まで、あと2時間! 各員、食事を済ませておけ!』


 副長の緊迫した声が、伝声管で響いてくる。ここ砲撃室でも、食事を済ませようと前部ゴンドラへと向かう者もいる。そんな中、あの機関銃士が何やらカードを並べている。


「何してるんだ?」

「決まってるだろう。今度の戦いの、占いだよ」


 なんだ、このえせ占い師、また何かを占ってるのか。


「でよ、出てきたのはこの『魔術師』だ」

「なんだ、どういう意味があるんだ?」

「そうだな、巧みにその場を乗り切るってことみてえだな。幸先いいカードだけどよ」

「不満でもあるのか?」

「なんていうか、大勝利ってほどの力強さがねえんだよなぁ」


 なんだ、そんなことか。それは当然だろう。この戦い、勝っても負けても、被害は大きい。たとえ勝利したところで、後味が悪いのはもう約束されたようなものだ。

 現に、市街戦が始まってると聞いた。いくら敵方とはいえ、民間人の命が奪われていく現状に、心痛まないはずがない。


「だけどよ、問題はその後なんだよな」


 ところが、この占いの話にはまだ、終わりではない。


「今のカードが、この戦いの勝敗の結果を表してたんじゃないのか」

「いや、その先もちょっと見てみたんだよ。で、出てきたのがこれだ」


 そういいながら、リーコネン上等兵はカードを見せる。それは「塔」の絵柄が書かれている。


「これがどうかしたのか?」

「塔ってのはよ、人間のおごり、高ぶりの象徴なんだよ。つまり、この先にはまだ人の欲望や憎悪で何かが起きるということを示してるんだよな」

「どういうことだ。それじゃまるで、戦争が終わらない可能性があるみたいじゃないか」

「そうなんだよ。だから困ってんじゃねえか」


 そんなはずがない。いくら何でも、この戦いで勝利すればこの戦争は終わる。終わらざるを得ない。これ以上続けようとしても、もうフロマージュもオレンブルクも、それを継続できるだけの力も理由もなくなる。だからこそ今、我々は戦っているんじゃないか。

 しかし、たかが占いだ。カードにはいろんな意味があり、それこそ解釈次第では何とでもいえる。そんなものにこの先の戦いの行方など、尋ねる方がどうかしている。

 私はそばに積まれたカードを手に取る。リーコネン上等兵が使うのは、22枚のカードだ。そこにはいろいろな絵柄が書かれている。もうかれこれ数百年前からこのカードは存在し、その絵柄が示す未来予測に人々は一喜一憂し、場合によってはその結果が歴史そのものを動かした例もあるという。

 でも我々は違う。カードが人を惑わす中、多くの科学者らが確立した科学、工学、計算学によってより正確で合理的な未来を予想する手段を確立してきた。こんなカードごときに、未来を決められてたまるかと、そう思いながら私はそのカードの山からカードを何枚か取り出し、その「塔」のカードの上に投げつけた。


「おい、何するんだよ!」


 リーコネン上等兵が怒鳴るが、私は睨み返す。そしてふと投げつけたカードの方を見た。

 「塔」のカードの上に、2枚のカードが重なっていた。

 それは、王冠を載せた人物、「皇帝」と思われるカードと、その上からは死神の絵柄、すなわち「死」のカードが重なっている。

 ますます不吉な結果が出てしまった。もういい、いちいち相手になんてしてられるか。私はいら立ちを抱えたまま黙って立ち上がり、食堂へと向かった。


 それから、2時間後のこと。

 眼前に見える光景に、私は唖然とする。

 幾十もの煙の筋が立ち上り、時折、爆発が起こっている。ここヴォルガリンクスは城壁こそないが、都市の規模はあの要塞都市ネフスキヤヴォストークに匹敵する都市だ。そんな都市のあちこちから、火の手が上がっている。

 都市の上空に達する。すでに敵と味方が入り乱れて戦いを続けており、もはや何がどうなっているのか、空からでは把握できない。

 銃撃戦、手りゅう弾、迫撃砲、ありとあらゆる武器が、わずか数十から数百メルテを挟んで撃ち合っている。その間には、民間人らしき姿も見える。

 親子が、銃撃の合間を潜り抜けて建物の間を走り抜けていく。だが、それを敵兵と見間違えたフロマージュ軍兵士が……私は、望遠鏡をそらす。この地上波もはや敵味方、軍民の区別なくただ、目に映るものを敵とみなして撃ち合うだけの疑念地獄が渦巻いているだけだ。

 望遠鏡を外しても、見えるものがある。例の塹壕戦で活躍した陸上戦艦だ。あれが破壊された建物の間をゆっくり進むと、いきなり砲撃を始める。正面にあった建物が、跡形もなく吹き飛ぶ。それが兵士を狙ったものか、それとも民間人に向けて撃ったものかは、ここからではわからない。


 地上では、混乱と混沌が支配する戦いが繰り広げられているが、空の上は今のところ、我が西側同盟軍の艦隊しか見当たらない。このまま、東側同盟が一隻の空中艦も出さずにこの戦いが終わるとは考えられない。必ず、やつらは仕掛けてくる。

 フロマージュ軍の爆撃艦隊が、まさにヴォルガリンクスの上空に迫りつつあった。


『フロマージュ艦隊旗艦より入電! 爆撃艦隊、突入を開始!』


 軍施設が集中していると考えられる地域に、爆撃艦隊10隻が接近する。地上からは高射砲が放たれている。が、そんなものに構わず、高度1000メルテから大量の焼夷弾が投下される。上空からの支援がなく、地上はなすすべもない。地上からは赤い火柱が何本も立ち昇り、そこにあった建物、そして命あるものはすべて焼かれていった。

 この爆撃艦隊10隻が引き揚げていくと、さらに後方から10隻、爆撃艦隊が現れる。別の施設に狙いをつけ、今まさにヴォルガリンクスの上空へと入り込もうとしていた。

 この時点で、敵はしびれを切らしたようだ。

 ついに敵の空中艦隊が、姿を現す。


「電探に感応! 艦影多数、およそ……30!」


 電探の最大索敵距離である3万メルテの円状に、30個の光点が現れた。

 いよいよ、我々の獲物がやってきた。私は心の中で、そう感じる。


「距離3万メルテ、艦種は……現時点では、識別不能! 雲の中に入りました!」


 敵艦隊は現れたが、すぐに雲の中へと飛び込む。うかつにこちらに近づけば、青帯の艦に狙い撃ちされる。そう考えてのことだろう。

 もっとも、この最新装備のおかげで、雲の中にいても彼らの動きは手に取るようにわかる。多少、雑光点(ノイズ)は多いものの、30隻の艦隊が2列の単縦陣で突入してくる姿をくっきりと捉えている。おそらく、先行するのが戦艦隊で、その後方を進むのは爆撃艦隊なのだろう。

 その動きを受けて、かねてより画策していた作戦を発動する。


「フロマージュ艦隊旗艦に打電、これより『雷雲作戦』を開始する、と!」


◇◇◇


 雲の中を、慎重に進むオレンブルク、スラヴォリオの連合艦隊。数は全部で30隻あり、内、20隻が戦艦で、残り10隻が爆撃艦隊である。

 極力、敵の目を避けつつヴォルガリンクス上空に接近し、西側同盟軍主力に爆撃艦隊を突入させて、打撃を与える。

 幸いにも、高度2000メルテ上空には分厚い雲がかかっており、その雲の中に入り込めば敵は我々を捉えられない。一方の我々は、おおよその進路と速度で、現時点を把握しつつ前進できる。

 まさに、土地勘と地の利を活かした戦術。この時期のヴォルガリンクスの空には、煙突の煙のような長くたなびく雲が発生しやすい。この日も、それが発生し、目標であるあの地方の都市上空付近まで伸びていた。

 時折、高度を下げて地上を見ながら、現在位置を確認する。戦艦隊が先行し、単縦陣でヴォルガリンクスに達しようとしていた。

 が、先頭艦が雲の中に戻り、陣形を整えた、その時だ。

 いきなり先頭の艦の気嚢を貫く黒い柱のようなものが飛び込んでくる。

 一瞬にして、先頭艦は爆発炎上する。それは続けざまに2隻目、3隻目を貫き、炎上する。


『全力即時退避! 面舵一杯!』


 過去に同様の手を食らったことがあり、すぐさま回避運動に移る。その間に、5隻がやられた。が、多くがまだ健在だ。

 しかし、どうして雲の中にいる我々の位置が分かったのか?

 そんな疑問より、目の前の事態に対処するのが先だ。見えないところから攻撃できる敵がいる。これに対処すべく、陣形を散開させる。

 が、もう1発、その謎の物体が放たれた。今度は艦列後方の艦で、2隻が気嚢をやられた。後方の5隻はスラヴォリオ艦であったため、気嚢は爆発しない。が、太い物体でえぐられてしまえば、結果はさほど変わらない。

 その2隻は浮力を失い、地上に落下する。内一隻は重量物を投棄してどうにか不時着するが、もう一隻は森の木々に激突して粉々に壊れる。

 15隻いた戦艦隊の内、およそ半数の7隻が沈んだ。雲の中ならば安全、と油断したのが、より被害を拡大させた。


「散開しつつ、雲から出る!」


 オレンブルク艦隊旗艦が、雲の中から発光信号を送る。雲隠れが通用しない相手に、こちらの目がふさがれたままではかえって不利だ。

 と、信号を光らせるその旗艦に、迫りくるものがある。

 霞の向こう側から、白い気嚢が見える。やがてそれは旗艦を左に避けつつすぐ真横に並ぶ。

 それを見たオレンブルク旗艦の乗員に、恐怖と戦慄が走る。

 その気嚢には、青色の模様が描かれていたからだ。

 「青首(ブリューネック)」と呼ばれ恐れられるその艦の側面からは、無数の光の粒が飛んでくる。遅れて、バリバリという機銃音が響いてきた。

 距離は100メルテもない。その至近距離から機銃弾を食らえば、オレンブルク艦はひとたまりもない。たちまちのうちにその気嚢は炎に包まれ、やがて浮力を失ったゴンドラは雲の下へと落下していく。その後方に続くオレンブルク艦はその炎を捉え、すぐさま左右に散開する。

 一方、前方で何が起きているのか知る由もないスラヴォリオ艦は、雲の中を進んでいた。道案内役のオレンブルク艦を見失い、やむなく雲の外へと出ようと決断したその時だ。

 前方に白い気嚢を見る。オレンブルク艦のものだと錯覚したスラヴォリオ艦は、現れた空中艦に追従しようとするも、あまりの速さに接近してきたため、左側によけた。

 この乱暴な操艦に、苦情を送ろうと探照灯を構えたところで、その艦がオレンブルク艦でないことを瞬時に悟る。その艦の気嚢には、青色の模様が描かれている。

 直後、機銃弾が撃ち込まれる。気嚢に向けてバリバリと撃たれるが、スラヴォリオ艦は発火することはない。が、さすがに何発も食らえば、幾層に仕切られた気嚢であってもヘリウムの流出が多くなり、やがて浮力を失う。

 そのまま、スラヴォリオ艦も地上に向かって落下していく。弾薬、大砲、食糧などを投棄するも、間に合うことなくその艦は地上に激突した。

 同様に、その後方を進む爆撃艦隊も、謎の物体と機銃によって、5隻がやられた。


◇◇◇


 まさか我々が、雲の中にいる敵の位置を知りつつ攻撃を仕掛けてこようなどとは思いもよらなかっただろう。その油断が、8隻の戦艦と5隻の爆撃艦撃沈につながった。

 まず雲の中で一列に並ぶ艦列に自噴式弾頭を使って攻撃する様は、雲の中を横切る雷のように見える。だから、雷雲作戦と呼称した。

 この作戦で、30隻いた敵の空中艦は17隻まで撃ち減らされた。戦艦は7隻、爆撃艦が10隻。その17隻を、西側同盟軍艦隊30隻が待ち構えている。


『味方艦隊、砲撃開始!』


 その敵艦隊に向かって、28隻が一斉に砲撃を加え始めた。大半はフロマージュ艦隊だが、アルデシア艦隊7隻に加え、ヴォルガニア公国軍の戦艦ヴェヌスも加わる。

 カルリーク上等兵は、私の教えた通り、敵の動きを予測できているだろうか? 志半ばにしてこの世を去ったシェロベンヴァー上等兵に成り代わり、敵に脅威を与える高精度な計算士になってほしいものだ。そう願いつつ、我がヴェテヒネンもそろそろ雲の中から出ようとしている。

 雲から出ると、目前には敵の爆撃艦隊が見える。その数、10隻。距離は2000メルテ。ただし、この10隻の中にはラーヴァ級という攻撃可能な艦が2隻だけ混じっている。

 あちらも、こちらの存在に気付いた頃だ。先手を打ってやろうと、私はすぐに計算尺を滑らせて、メモを取る。望遠鏡で距離を測ると、そばにあった電探もちらっと見る。


「右12.2度、仰角7.2度、火薬7袋、時限信管6秒!」


 これだけ近いと、いっそ速射で水平に近い砲撃の方が当てやすい。そう思った私は、この計算値を伝声管で砲撃室に伝える。すぐに発射態勢が整い、砲弾が放たれる。


『撃てーっ!』


 砲長の合図とともに、ほぼ水平近くの砲身が火を噴いた。艦が大きく横揺れを起こす。ぎしぎしと揺れる艦内から、私は爆撃艦を見る。

 弾着の合図をする間もなく、爆撃艦が火を噴いた。当たったのは、最後尾にいたラーヴァ級。2隻いる戦闘爆撃艦の内の1隻が、攻撃する間もなく撃沈した。

 残る一隻が、こちらに向けて砲撃を加えてくる。我が艦はそれを避けるべく、再び雲の中に入る。外は真っ白で、何も見えない。が、こちらには電探がある。


「右15.1度、仰角7.9度、火薬7袋、時限信管7秒!」


伝声管で計算値を伝えると、この雲の中から砲撃が行われる。残り一隻のラーヴァ級に狙いを定め、砲が放たれた。

 が、この攻撃は当たらない。逸れてしまった。雲の中の氷塊が電波を乱し、目標とのずれを生んでしまったようだ。


「やはり、遠い敵にはやや電探頼みの攻撃は難しいようだな」


 そう副長が言うので、再び雲の外に出ることとする。

 出るや否や、ラーヴァ級がこちらに狙いを定めてきた。こちらも負けじと、攻撃を加える。

 それからしばらく砲撃が続くが、フロマージュ艦隊によって3隻が撃沈される。もはや、戦闘不能と判断した敵は、残った爆撃艦から焼夷弾を投棄すると、全速でその場を離脱し始めた。

 こうして、空中戦は終わった。が、地上の戦いはまだ、終わらない。

 地上では、相変わらず混戦が続いていた。

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