#64 北進
『いよいよ、敵領内に入る。各員、警戒を厳にせよ』
副長の声が響いてくる。フロマージュ艦隊20隻とともに、イーサルミ王国軍の戦艦ヴェテヒネンと小型爆撃艦サウッコ、そしてヴォルガニア公国軍の戦艦ヴェヌスがヴォルガニア公国とオレンブルクの国境線を越えた。
それだけではない、今回の侵攻作戦には、これまでほとんど参加していなかったアルデシア共和国軍も加わった。まもなくアルデシア軍の空中艦7隻が、こちらに到着するとの連絡があった。
地上軍はすでに進撃を開始しており、まもなくヴォルガリンクスに達しようとしている。その数、12万。ネフスキヤヴォストーク攻略戦での失敗を踏まえて、兵力を集中した。もちろん、例の陸上戦艦も投入される。
これはもう、明確なる西側同盟の決戦意思表示である。東側同盟がこれに中途半端に応えようものなら、重要資源国であるオレンブルクからの資源供給が絶たれ、やがて戦力を維持できなくなり敗北するのは必至である。
ゆえに、スラヴォリオ王国軍も相当数の兵力を動かしてきた。これまで影の薄かったヴォルコヴィアス共和国も同様だ。いや、ヴォルコヴィアス共和国とアルデシア共和国は、我々の知らないところで戦っていた。主に南方大陸の権益をめぐり、両者は海戦を繰り広げていたという。
とまあ、そんな東西すべての国が、オレンブルクのいち地方都市に集結しつつある。
もちろん、イーサルミ王国軍も黙って見ているわけではない。ヴェテヒネンとサウッコが直接参加するのは当然だが、スァリツィンクスから東進してオレンブルク軍を牽制し、少しでもこの決戦場へ送り込む兵力を減らそうと画策している。その指揮に当たっているのは、要塞司令官としてすることがなくなってきた、あのエクロース准将である。この人、スァリツィンクス郊外にある小さな丘を要塞化し、オレンブルク軍にちょっかいを出してはその小型の要塞に誘い込み、打撃を与えているという。相変わらず、いやらしい指揮官だ。
そんな支援を受けつつ、西側主力は進軍を続ける。ヴォルガニア公国からヴォルガリンクスまでの行程上、アクロダルという街がある。人口はせいぜい1万にも満たない小さな街だ。そんな街がたまたまヴォルガリンクスの途上にあったものだから、大変なことになっている。
そこに、オレンブルク軍7千が駐留している。1万人にも満たない人口の街に、7千の兵。普通に考えてもアンバランス極まりないが、これはつまり今度の決戦の前哨戦に備えて差し向けられた兵士なのだろう。
で、おそらくだが、全滅覚悟で時間を稼げと言われたものと思われる。なぜ、そう考えるのかといえば、この7千の兵士らは実に攻めにくい戦術を取り始めたからだ。
つまり、このアクロダルの街の民家に、兵士らが潜んでしまった。
だからこの街を攻略するには、多くの民家を一軒一軒、攻撃せねばなるまい。
民間人を盾に取った、実にいやらしい作戦だ。もちろん、12万の兵が一気に攻めて街中の建物ごと焼き尽くせば手っ取り早いのだが、そんなことをすれば世論が許さない。
では、迂回するか? いや、12万もの軍を迂回できるほどの適当な経路が見当たらない。ならば、街中をそのまま抜けるか? それでは四方八方から攻撃を受けて、犠牲が出る。
ということで、民家一軒一軒を覗き込む市街戦も考えたが、時間がかかる。やはり総攻撃しか手は……との結論でまとまりそうだという話を、副長から聞かされる。
「ということは、アクロダルの住人は皆殺しに……」
「まだ、そうと決まったわけではない。民間人だけを逃がす手もある」
「いや、それは無理でしょう。各民家に兵が隠れているのなら、人質を容易に手放すとは思えない」
副長に砲長、そして私はヴェテヒネンの食堂で朝食を食べつつ、この前方にある街での行く末について話をしている。
にしても、今日の朝食はなんだ。こんな奇妙なもの、見たことがない。
「今日は一日、戦闘だと聞いていたので、セレスティーナ製の非常戦闘食を出してみましたぁ」
とマリッタのやつが出してきたのがこれだ。しかし、これは食い物なのか?
赤や青、黄、緑と様々な色をした、小石のような形の物体。これを口の中に放り込めばいいらしい。いいらしいのだが。
なんだろうな、どうしてセレスティーナという国の食べるものは、見た目がこれほどまでに食べ物らしくないものが多いんだ。
緑色ならば、まだ抵抗が少ない。そこで私は恐る恐る手を伸ばし、その緑色の物体をつまんだ。
……硬いな。これ、ビスケット以上の硬さではないか。こんなに硬い物を、どうやって食えというんだ。
「あ、そうそう、このキャンディーってのは、嚙むのではなくて舐めるんだそうですよ」
「えっ、舐める?」
奇妙な話だな。食べ物なのに、舐める。岩塩か何かか。
とりあえず私はそれを口の中に入れる。それが舌の上に乗った瞬間、ふんわりと甘い味に包まれる。
「ん……!」
なるほど、砂糖か。糖分を濃縮し、戦闘に必要な力の源をこのわずかな量に詰め込んだ、というわけか。まさしく、戦闘中にはもってこいの食べ物に違いない。
が、しかしだ、ちょっと甘すぎる。これはセレスティーナ製の食べ物全般に言えることだが、甘いものが多い気がする。先日ももらったマシュマロとかいうやつ、あれはぶよぶよとして奇妙な触感であったが、それ以上に甘すぎた。
紅茶と合わせてどうにか食べることができたが、最近、ちょっとセレスティーナ製の食べ物が苦手になってきている。このキャンディーとかいうやつも、最初はいいがそのうち飽きそうだ。
立て続けに食べられる甘い物系のセレスティーナ製戦闘食は、あのチョコレートだけだな。
「今日中に、アクロダルを突破する必要がある。そうなるとやはり、力業での突破しかありえないだろうな」
「ですが、それをやったら我々は、1万もの住人を虐殺したと後世まで伝えられてしまいますよ」
「いや、砲長の言わんとすることもわかる。が、我々がそれを決めるわけではない。それを決めるのは、地上にいるフロマージュ軍前線司令部だ」
と、この食堂内で議論が紛糾しているが、この狭い艦内ですらこれだ。フロマージュ軍司令部ともなれば、さらに激論が交わされているのではなかろうか?
なかなか12万の軍は動かない。気づけば、もう昼だ。とりあえず我々は、ビスケットと酢漬けキャベツ、そしてトナカイ肉の缶詰を食べる。
ビスケットはともかくだ、酢漬けキャベツとトナカイ肉はなじみの味で、むしろ今の私にはこちらの方が好ましい。昼もセレスティーナ製のあれだったら、ちょっと胸やけを起こすところだった。
そんな昼食の真っ最中のこと、すぐそばにある例の電波探知機、電探に何かが映ったことを観測員が知らせてくる。
「電探に反応! 艦影らしきもの、数5、艦主軸右70度、距離3万、高度2500、速力毎秒30メルテ!」
速力や数からして、おそらくは空中艦だ。時間稼ぎのため現れた、とみていいだろう。
「迎え撃つしかないな。フロマージュ艦隊旗艦に連絡、敵艦隊接近、と」
「はっ!」
副長が艦橋にいる通信士にそう告げる。が、私は副長に進言する。
「計算士、意見具申!」
ここで一瞬、横に座って酢漬けキャベツを食らっている砲長が怪訝そうな顔を浮かべる。
「具申を許可する。何かあるのか?」
「あの5隻ですが、まずは我が艦のみで対処してはいかがでしょうか?」
「は?」
とんでもないことを言い出したと、副長は私に尋ねる。
「何を考えている。5隻の空中艦だぞ。おそらくは、サラトフ級である可能性が高い。一隻で対抗できる相手ではないだろう」
「敵艦隊の高度が低いため、射程圏外からの砲撃が可能です。このまま高度を3000にとり、距離8200から砲撃します」
「いや、だけどな……」
「それに我が艦には電探が搭載されました。これを使って、試したいこともあるのです」
それを聞いた砲長が、にやりと笑みを浮かべた。副長はといえば呆れ顔に変わっている。そしてこう返答する。
「わかった。が、フロマージュ旗艦の指示を仰ぐ必要もある。我が艦だけ勝手にとはいかない。許可が下りれば、という条件付きだ」
「はっ!」
ということで、副長がフロマージュ艦隊旗艦に連絡し、説得してみることになった。私は、望遠鏡で敵の艦隊の方角を見る。
まだ遠すぎて、ぼやっとしか見えない。比較的空気の澄んだ冬ではあるが、靄がかかっており、艦影を識別し辛い。
が、確実に5隻の艦が迫っている。私は思わずぐっと望遠鏡を握りしめる。
偵察艦を遠距離、しかも夜間に仕留めたものの、あれだけでシェロベンヴァー上等兵への弔いになったとは思えない。
どうせやるなら、やはり戦艦だ。それも、1隻2隻では満足できない。
また、撃沈するにしても、通常の艦隊戦ではだめだ。さらなる恐怖を敵に植え付けてやらねば気が済まない。
そこで、先日の偵察艦撃沈でやったのと同じように、電探を頼りに砲撃を加える方法だ。射程圏外から狙い撃ちしてくる相手を前にすれば、やつらはどれほど恐怖することか。
それくらいの恐怖を与えてやらないと、本当の弔いにはならない。
私がこの案を言い出したのは、本音を言えば個人的な感情からだった。
が、この作戦が、フロマージュ司令部によって許可されることとなる。
それは、私とは違う思惑があってのことだったが……それゆえに一つ、条件も付けられた。ともかく、作戦は許可され、我々はあの5隻に挑むこととなる。
「敵艦隊接近! 距離8500!」
高度差は500、風はやや追い風。そこで私は、8100からの射程圏外砲撃を行うこととした。敵の進路を予測し、その攻撃点を定める。
敵もこちらを見つけたことだろう。なにせ、目立つ色の塗られた船体だ。しかし、あれを見ても今回は逃げようとしない。決死の覚悟で、少しでも時間を稼げとの命令を受けているのだろう。
私は計算尺を取り出す。その目盛りで、まずは電探の表示装置に映る敵艦の光点を測る。それから距離を測って弾道計算に入る。カリカリと鉛筆の音が響く。最後に、方位角を調べ、計算値を伝声管に読み上げる。
「右57.3度、仰角46、火薬7袋、時限信管42秒!」
今回、複数艦を狙うことなく、一隻づつ狙うこととした。このため、時限信管の時間は長めとする。やがて、いつものように7秒ほどで戦闘準備が整う。
『射撃用意よし!』
『砲撃始め、撃てーっ!』
伝声管越しに、砲撃の合図が聞こえてくる。と同時に、砲声が轟く。澄んだ冬の空気の中を、必中の思いを詰めた弾頭が飛翔する。
電探の画面を見る。やや艦列が動いた。が、いつも通り左側から回避している。これもだいたい予想通りだ。やがてそんな艦列の先頭に、弾頭が到達する。
『だんちゃーく、今!』
観測員の合図とほぼ同時に、その艦列の先頭からパッと白い光が放たれた。予定通り、命中だ。これで戦艦はあと4隻となる。
あちらは急速に距離を詰めようとする。が、我が艦はあえて敵艦隊から離れる。当然だ。こちらは射程圏外から撃てる条件にあるというのに、わざわざ近づいて敵の砲火にさらされる愚を犯すわけがない。
「右55.2度、仰角45.6、火薬7袋、時限信管41秒!」
続いて第2射の指示を伝声管で知らせる。後ろを見れば、砲身からじゃりじゃりと音を立てて宙に向こうとしている。
『撃てーっ!』
すぐに第2射が放たれる。私は電探を見るが、今度も予想通り、敵の艦列は右へと動く。多分、そういう教科書があるのだろうな。教科書通りの動きしかできないあたり、敵の空中艦乗りの人材不足を感じる。
そしてまた、白い光を放つ。2発続けての命中。これで3隻となった。
敵は、まだ撃てない。いや、撃たせない。接近しようにも、我々がその分、離れていく。やがて敵の艦隊は、アクロダルの街の上空に近づく。
3発目は外したが、4発目は当たった。アクロダルの街の近くで、炎を上げて落ちる戦艦。これで残り、2隻。その一隻に狙いを定めようとするが、ここで敵の艦隊に動きがある。
『敵艦隊、後退します!』
どうやら、撤退を決めたようだ。射程圏外から、こうも立て続けに撃たれては時間稼ぎにもならない。のこり2隻のサラトフ級戦艦は、ぐるりと向きを変え始めた。
が、通常ならここで戦闘は終わりとするところだが、私は計算尺を滑らせる。
「右62.1度、仰角45.1、火薬7袋、時限信管40秒!」
今回ばかりは容赦しない。できれば、全滅してやりたいくらいだ。ちょうど回頭中の艦目掛けて、その一発が放たれる。
『撃てーっ!』
向きを変えるにも、もっと高速のまま大回りで回らればこちらとしても狙いを定めにくくなるのだが、馬鹿正直にも急減速してその場で反転し始めたから、こちらからは止まった点にしか見えない。
空中で停止したも同然の艦を、私が外すはずもない。
『だんちゃーく、今!』
弾着の合図とともに、その反転中の艦がパッと白い炎に包まれた。戦闘開始から、わずか8分。敵は一隻だけとなり、大急ぎで退却する。
一隻は、残しておこう。この艦が「青首」と呼ばれる語源となった海賊は、敢えて生き残りを帰らせて、その恐怖を語らせたという。我が艦に抗おうなどとすればどうなるか、その恐怖をせいぜい語ってもらいたいものだ。そんな思いで、敵艦を見送る。
なお、この4隻の敵艦はすべてアクロダルのすぐそばに落ちた。内、2隻は街のすぐそばの畑の上に落ちている。街からも、あの炎はよく見えるはずだ。
あの炎を見て、彼らはどう感じたか。
そうそう、そういえば今回の戦いの条件として、一つやらなければならないことを思い出した。
「砲撃室に戻ります」
私は立ち上がり、艦長、副長に敬礼する。そして小走りで通路を抜けて、砲撃室へと入る。
「最後の砲撃か」
私を出迎えた砲長が、そう私に告げる。
「あまり、やりたくはありませんが」
「仕方あるまい。それが条件だからな。ともかく撃つぞ」
私は望遠鏡を片手に、その最後の標的を見る。その距離、こちらの高度、追い風の影響を書き留めて、弾道計算を終える。
その目標とは、アクロダルの中心にある時計塔だ。その塔のてっぺんを射抜けというのが、フロマージュ軍司令部から出された条件だった。
止まった相手だし、たいして狙うのに難しい相手ではない。とはいえ、一発で決めなくてはならない。それも、驚くほど正確に、だ。
「右44.1度、仰角8.5度、火薬7袋!」
距離は8200。地上にある物体を高度3000から狙うため、ほぼ水平に近い砲撃となる。今回は空中艦相手ではないため、信管時間は設定しない。
「射撃用意よし!」
「よし、撃てーっ!」
ズズーンという、さっきまでより大きな砲撃音が響く。やはり、砲撃室の方が砲声は当然ながら大きい。
ものの30秒ほどで、弾着時間を迎える。観測員の合図の声が、伝声管から響く。
『だんちゃーく、今!』
合図と同時に、その白い石造りの塔の時計部分が撃ち抜かれた。狙い通りだ。これで、フロマージュ軍の要求もかなえた。
フロマージュ軍が、この作戦に許可を出したのには理由がある。
一言で言えば、アクロダルに潜むオレンブルク兵に、恐怖を与えよ、というものだ。
援軍できた5隻の戦艦を次々に沈め、その燃え盛る残骸を街の近くに落とす。そして最後に、敵の狙撃手が潜むであろう高い塔を射抜き、逃げ場などないことを知らしめる。
これだけやれば、オレンブルク兵は恐れ慄き、逃亡するのではないか?
これがフロマージュ軍司令部が我々の攻撃に期待した効果である。
で、実際にその日の夕方には、ぞろぞろとオレンブルク兵が逃亡を始めた。
たった一隻の戦艦が、味方の戦艦や塔を自在に攻撃し、破壊していく。そんな現状を目の当たりにすれば、誰だって逃げたくなる。
ともかく、私は敵に恐怖心を植え付け、フロマージュ軍司令部はそれを利用して街を平和裏に占拠する。この両者の思惑がたまたま一致したため、アクロダルの街に住む1万人ほどの住人をほとんど傷つけることなく、戦いを終えた。
だが……
私の心はまだ、晴れない。
いくら敵を倒しても、まだ私はシェロベンヴァー上等兵の弔い戦が終わったという気持ちにはなれない。
あと何隻、いくつの施設を破壊すれば、私のこの気持ちは晴れるのだろうか?




