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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第4部 戦争終結編
62/72

#62 新装備

「というわけで、一週間後にオレンブルク領内に進攻を開始する。攻撃目標は、ヴォルガリンクス。ここを攻略し、オレンブルクとスラヴォリオとを断絶する」


 あの戦いから3日後。定例会で副長から、新たなる作戦の概要を聞かされる。

 東側同盟の命脈を絶つべく、オレンブルクとスラヴォリオ王国とを結ぶ交易都市を攻略することが決まった。これは、この両国の物資の流れを遮断することが目的だが、もちろん、これだけで完全に遮断できるというわけではない。

 が、これが成功すれば東側同盟への打撃は大きく、再び和平交渉の道が開けるかもしれないとのことだ。

 フロマージュ共和国も、かなりの戦費を費やしており、その国力に陰りが見え始めている。このまま戦争を続けたならば、回復不能になりかねない。一方のスラヴォリオ王国やオレンブルク連合皇国も、国境沿いにある主要な都市はことごとく攻撃され、また人員の消耗も激しい。戦争継続もままならないほどだ。

 それぞれの国情を鑑みるに、普通ならばこの時点で戦争終結に向けての交渉のテーブルが設けられるところだが、例のオレンブルクの暴君がそれを許さないようだ。ゆえに、交渉すらも行われない。世界は未だ、戦争終結へ向けての足掛かりをつかめてはいない。

 だからこその、決戦の舞台が必要だ。暴君ですらも納得のいく、戦争を終わらせるための口実が。それは当然、さらなる犠牲を出すだろうが、それでもこの馬鹿げた戦いの連鎖に終止符を打たなくてはならない。そのための戦いが、一週間後に行われると決定された。

 だが、今の私はどこかそれが、他人事のように感じてしまう。


「おい、しっかりしろ。いよいよこの戦争を終わらせるかもしれない戦いが、始まるんだぞ」


 砲長が私にそう言うが、なんだかぼーっとして、人の話を聞く気にもなれない。それほどまでに、彼女の死は衝撃だった。


「気持ちはわかる。が、今は切り替えていかないと、お前自身がやられてしまうぞ」


 砲長の言葉に、私はただ頷いて答える。頭ではわかっているのだが、身体が納得してくれない。

 この3日間、私は計算尺を握っていない。こんなことは、初めてだ。

 そして今日も、お墓に行く。


 お墓と言っても、彼女の墓ではない。

 公国の共同墓地にある墓標の前に、私は立つ。そこに、今回の戦いで命を失った戦死者の名も刻まれており、この共同墓地内に埋められた。その中には「シェロベンヴァー曹長」の名がある。

 戦死して、2階級特進となった。が、死んだ彼女がそれを知ることはない。知ったところで、何の慰めにもならない。そんなことで、この世でやり残したことを果たせるわけではないのだから。


「うう……私がもっと上手く、もっと早く敵の戦艦を沈めていたら……」


 彼女の死に、私は責任を感じている。私がもっと上手く振る舞っていれば、もっと上手く計算できていれば、あの講義の中で被弾した時の心得を伝えていれば……今さら言っても取り返しのつかない後悔の念ばかりが、頭を過ぎる。

 戦没者を悼む人々は、他にもいる。その多くは嘆き悲しみ、しかしじっと耐えて涙を浮かべながらも一礼して、その場を去っていく。

 だが、中には大声を張り上げる者もいる。独立宣言などするべきではなかった、今からでもオレンブルクに戻るべきではないか、と。

 だが、そんな男の言葉に耳を貸すものなどいない。そんなことを、この場にいる誰もが望んでいない。

 独立を撤回したところで、彼らが生き返るわけでもない。それにここで独立宣言を否定すれば、この場で亡くなった人たちは何のために戦ったのか、その意味を全否定されることになる。ゆえにこの男の行為は、ここを訪れる遺族らにとっては醜悪な裏切り行為としか見られない。だから、誰も耳を貸そうともしない。よくも殴られずに済んだものだと思うほどだ。

 が、今の私は、そんな他の参列者のことなど目にも留めず、ただ自分の悲しみを放出するためにここにいる。だが、いつまで経っても私の悲しみは尽きることがない。刻まれた名を見ては、それが涙で曇るのを繰り返している。


「カルヒネン曹長殿ではありませんか」


 と、そんな私は声をかけられる。振り返ると、それは計算士のカルリーク上等兵だった。彼はその墓標の前で、左手の指の上から右手の指で覆いながら手を組み目を閉じるという、この国独特の祈りを捧げた後に、私にこう言った。


「シェロベンヴァー上等兵のことを、祈ってくださったのですか?」


 そう問いかけるこの計算士に、私は黙ってうなずく。


「そうでしたか。きっと、亡くなったエディタもお喜びでしょう。尊敬するあなたに、ここまで思われていたのだと」


 そう話すカルリーク上等兵に、私はついこう言ってしまう。


「シェロベンヴァー上等兵はあの戦いの直前、あなたから告白されたと言っていた。この戦いが終わったら、それを受けるつもりだとも言っていた。そんな彼女を亡くして、あなたは悔しいとか悲しいとか、思わないのか?」


 つい私は、この平然と振る舞う男の態度に苛立ちを感じて、声を荒げてしまう。が、この計算士は冷静にこう答える。


「私が今、感じているのは怒りです。彼女を奪ってしまった、戦艦ディアーナを沈めた敵への復讐心、それが私の中にあるすべてです。ですがそれは、ここでぶちまける相手がいない。ですから私は、冷静に振る舞っているだけなのです」


 カルリーク上等兵とは、もう何度も関わっている。どちらかというと、自身の感情を出さず、冷静で無表情な兵士といった印象だ。が、そんな彼でも、これほどまでに熱い感情を抱いているのかと知り、そしてそれを察してやれなかった私は、自身のさっきの言動を恥じた。

 が、そんな私に、カルリーク上等兵は続ける。


「ですが、ふと思ったのですが、もし敵兵を復讐心に任せて殺したとして、それで何を為せるのか? その時は敵の側に、私と同じ怒りを抱く者が現れて、今度は私が殺される番になる。その連鎖が続くだけじゃないのかと。ならば、本当に倒すべきは、敵ではないのでは、と」


 そんなことを言い出したこの計算士に、私は尋ねる。


「ならば、誰を倒すべきと?」

「それはもちろん、この『戦争』ですよ」


 これまた大きなことを言い出した。倒すべきは戦争って……そんな大きなもの、一介の計算士がどうにかできるものではない。


「しかし、戦争を終わらせることは並大抵のことではなくてだな……」

「ですが、今度行われる大規模作戦、あれに勝利すれば、戦争が終わるかもしれないと言われてるんですよね? であれば、その戦いで全力を尽くす。私が今、できることは、それに備えることです」


 そういうとカルリーク上等兵は敬礼して、その墓標の前から去っていった。

 今のひと言で、私はハッとした。

 そうだ、私は自分しか見ていなかった。だが、同じ悲しみは敵味方に関わらず、起きている。ついさっきまで元気だった者が、弾で撃たれ、あるいは炎で焼かれ不本意な死を迎える。かくいう私自身も、そういう者を量産し続けてきたものの一人だ。

 悲しむべきは、この戦争が終わらないことであり、憎むべきは戦争そのものだ。これを終わらせぬ限り、世界のあちこちで憎しみと悲しみの連鎖は止まらない。

 ならば、次で終わらせるんだ。

 カルリーク上等兵の言葉を受けて、ようやく私に立ち上がる目的が見えた。


「ようやく、吹っ切れたようだな」


 部屋に来た私を見たマンテュマー大尉が、私にそう言った。


「砲長、確認ですが、次こそ最後の戦いになるんですよね?」

「それは保証できない。が、今や戦争の当事者が皆、疲弊している。この結果で決着をつけたいと思うのは、当然だろう」


 はっきりとした回答とは言い難いが、一介の砲長に戦争のすべてを見通せというのは土台無理な話だ。だから、この回答をもって満足すべきだと私は考える。


「ところで、その決戦に備えて今、ヴェテヒネンに新たな装備が取り付けられている」


 そんな砲長が私に、こんなことを言い出す。


「なんでしょうか、まさか敵艦隊を遠距離から一撃で沈めてくれる超強力な砲でも取り付けてくれるのですか?」

「そんな物騒な兵器があるのなら、フロマージュ軍自ら使うだろう。そういう物ではないが、ある意味で画期的な武器には違いない」


 というので、私はそれまで落ち込んでいた気持ちを切り替える意味でも、その「武器」とやらを見に行った。

 それは、ヴェテヒネンの前方ゴンドラ、艦橋と作戦室兼食堂の仕切りのある辺りのてっぺんに、取り付けられていた。


「……なんですかあれは、本当にあれが武器?」


 見たところ、ただの針金にしか見えない。長い針金に、短い針金が何本も交差している。その後ろには、湾曲した網状の受け皿のようなものがついている。

 機銃より細い。それどころか、機銃のように穴が開いていない。あれを武器というのなら、どこから攻撃するというのか。


「武器といっても、攻撃するものではない。あれはフロマージュとセレスティーナが共同で開発したもので、電波探知機というそうだ」


 その名を聞いて、私は急に思い出したことがある。そうだ、あれはまさしくスラヴォリオ王国で作られ、それを偶然、手に入れた我が軍の海上戦艦がフロマージュ軍にもたらしたものだ。それが研究され、改良されて、ヴェテヒネンに搭載できるまでに小型化されたということか。


「フロマージュ艦でも、搭載している艦は少ないと聞く。が、ヴェテヒネンは特別な艦であるから、優先してこれを取り付けてもらうことになった。これを使えば、かなり正確に敵の位置や距離を知ることができる」


 マルヤーナ艦長からこの電波探知機の存在を聞かされた時は、極秘扱いだった。が、ついにこれが日の目を見ることとなる。

 これが、もう一週間ほど早く、搭載されていたなら……いや、そんなことを詮索したところで、失われた命は帰ってこない。切り替えよう。


「砲長、この機械の試行とやらはやらないのでしょうか?」

「ああ、今、まさにやろうとしているところだ」


 というので、私は艦内に乗り込む。ちょうど、技師らが調整を終えたところのようで、副長と観測員の一人がその使い方を尋ねているところだ。


「つまり、この円の一つ一つが1000メルテを表しており、映った点がその対象を表すのだな」

「電波を反射するものならば、すべてこの画面内に映ってしまいます。それを目視で判別する必要はあるものの、およそ3万メルテ先にある何かを瞬時に捉えることができるため、見落としは激減します」


 自信満々に答える技師だが、その言葉の真意を理解できているのは、おそらく私だけだろう。アソンニオ島攻略戦の時にこれが使われ爆撃艦隊が打撃を受けたこと、それを看破し破壊したことを知るのは、この場では私だけだからだ。


「論より証拠、実際に使ってみましょう」


 と技師は言いながら、目の前にある大きな鉄箱のスイッチを入れる。ギリギリと音を立てて、天井の方で何かが回る音がする。やがて、ぼんやりと箱の中央の丸い窓の中に何かが映し出される。

 緑色の円形が複数並ぶそこには、くるくると線が回っている。その線が通り過ぎた後に、壁のようなものが映し出された。


「ああ、ここのラインはちょうど、あれですね」


 技師はそういいながら、そばにある建屋を指差す。弾薬庫などに使われるその幅広い建物が、くっきりとその丸い窓に映し出されていた。

 ほかにも、少し離れた場所にある小屋、着陸している他の艦の気嚢などが影となって表れていた。が、いずれも近すぎて、その丸い窓のど真ん中辺りにしか現れない。


「実際に、空で使ってみないことには何とも言えないな」


 副長がそう呟く。観測員も同意見のようで、軽くうなずいた。私は意見を求められていないものの、まったく同感だと思った。


「戦闘前に一度、テストしておきたい。今日の夕方までに発進して、周囲の警戒に当たってみよう」


 という副長の一言で、ヴェテヒネンは夕刻に出発することが決まった。


「つまりなんだ、今夜はお前と寝られないということか」


 自分の欲望が第一のこの男にとって、最新機器のテストよりも私と寝られないことが残念でならないらしい。


「そんなもの、戦争が終わればいくらでもできます。まずは、目の前の戦いに勝利し、戦争を終わらせることを優先するのです」

「お前にしては正論だが……まあいい、その通りだ。では、艦に行くか」


 渋々なのか、ともかく砲長も納得して、二人でヴェテヒネンが繋留されているドックへと向かった。

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