#61 分断
『ヴェテヒネン、発進する!』
ついにスラヴォリオ軍が国境を越えたとの連絡を受ける。そこでまずフロマージュ、イーサルミ、ヴォルガニアの連合軍は南東へと向かう。
そこで待ち受けるスラヴォリオ軍を迎え撃つためだ。
だが、発進した33隻の連合軍の背後から、オレンブルク艦隊が迫るとの報告が入る。
『オレンブルク艦隊17隻が接近中との連絡が入った。そこで、フロマージュ艦隊を中心に18隻がスラヴォリオ艦隊に向かう。我が艦とヴォルガニア艦を含む残りの15隻で、オレンブルク艦隊と対峙することとなった』
副長から、伝声管で我が艦の目標変更を知らされる。つまり、思ったよりも早くオレンブルク艦隊が接近してきた。しかも、昨日の情報よりも5隻増えている。
ほぼ同時にヴォルガニア市に到達するよう、あらかじめ示し合わせていたのだろう。これで各個撃破が不可能となった。となると、分散してこれに対抗するしかない。
我が空中艦隊は、分断されてしまった。が、不利な条件で戦うのは何も初めてではない。幸いなことに、今日は北向きの風が強い。つまり、オレンブルク艦隊に対して我々は追い風だ。
『オレンブルク艦隊を視認、距離13000! サラトフ級7、ラーヴァ級2、ペロルシカ級6!』
対する敵艦隊は15隻だが、実際に武器を持っているのはそのうちの9隻。となれば、それほどこちらが不利というわけでもない。
もちろん、サラトフ級という2門の主砲を持つ艦がいる以上、攻撃力では劣る。
が、そんなものは初弾である程度、葬ってしまえばいい。
『距離8200!』
我が艦の高度は4500、一方の敵は高度4000のまま進んでいる。高度差500、そして追い風。こうなったら、あれをやるしかない。
「砲長、射程外砲撃! 左33.4度、仰角45、火薬袋7、信管時間34秒!」
少し早いタイミングでの砲撃指示にも、我が艦の砲撃手はすぐにそれを察して砲撃準備に入る。尾栓が開かれ、ダイヤルを回した砲弾が放り込まれた。その後ろから7つの袋が放り込まれると、すぐに尾栓が閉じられる。
「射程外砲撃用意!」
砲長はすぐに、伝声管越しに砲撃準備に入っていることを叫ぶ。その間にも、砲撃準備が整う。この間、わずか7秒。
「射撃用意よし!」
「砲撃始め、撃てーっ!」
この艦隊で最初の砲火が、このヴェテヒネンから放たれる。射程圏外からの砲撃を当たり前のようにやってのける艦は、間違いなくヴェテヒネンだけだ。
「第2射に備え、砲身戻せ!」
すぐに砲身が戻される。尾栓が開かれ、黒い火薬カスがかき出され、宙に散らばっていく。脇には火薬袋が7つ積まれ、キヴェコスキ兵曹長は弾頭を抱える。
『だんちゃーく、今!』
観測員の弾着の合図の少し前に、オレンブルク艦隊からパッと白い光が見えた。3隻が同時に火を噴く。狙い通りだ、いきなり敵を3隻、減らすことができた。
『ラーヴァ級1、サラトフ級2、撃沈!』
残念なのは、砲を2門持つサラトフ級3隻ではなかったことだ。極力、攻撃力を削いでおきたかったが……まあいい、この後の砲撃戦で、徹底的に叩く。
「左32.7度、仰角44、火薬袋7、信管時間35秒!」
第2射の発射指示を出す。すぐさま砲弾が放り込まれると、火薬袋が入る。尾栓が閉じられて、ほぼ同時に砲身が動き出す。
この辺りはまだ、ヴェテヒネンの方が手際が良い。ヴォルガニア艦も訓練でかなり手際が良くなったものの、動きにまだ無駄が多い。歴戦を潜り抜けた自艦の動きを目の当たりにすると、どうしてもヴォルガニア艦は遅く感じられたな。
「射撃用意よし!」
「撃てーっ!」
続いて、第2射が放たれる。が、第2射は敵の戦列にいる2番目の艦のみを狙った。
この艦はペロルシカ級、すなわち爆撃艦だ。この艦隊は地上軍の支援が目的だから、爆撃艦さえいなくなれば、目的を失う。
このため、あえて爆撃艦を狙うこととした。戦艦からの攻撃は激しく、それに対処したいのは山々だったが、敵はここだけではない。
これはあらかじめ、砲長がそう決めていた。初弾のみは戦艦を狙ったが、2射目からは爆撃艦を集中的に狙うと命じられていた。
『だんちゃーく、今!』
第2射目が着弾し、狙い通り、爆撃艦が火を噴く。最初に気嚢から爆発が起こり、その直後、今度は引火したゴンドラから猛烈な炎が上がる。明らかに、焼夷弾に着火した。
この惨劇を見ても、まだ敵は退却しない。それどころか、攻勢を増してくる。サラトフ級が持つ2門の砲は交互撃ち方にて間断なき砲撃を加えてくるため、こちらも回避運動を余儀なくされる。
『回避運動、取舵70度!』
『とーりかーじ!』
そのたびに弾道計算に修正が入る。鉛筆で書いた値の上から、また斜線を引いて新たな値を書き直す。さっきからこれを3度、やっている。
思いの外、苦戦するな。味方艦は何をやっているんだ。その間に、観測員から報告が入る。
『味方艦一隻、戦列を離れます!』
どうやら被弾した艦がいるらしい。つまり、14隻となった。一方で敵は11隻、内、戦艦が7隻だ。しかし砲門の数は12門。数のわりに攻撃力は高いままだ。
「左40.1度、仰角43、火薬袋7、信管時間34秒!」
ようやく、爆撃艦を捉えた。第5射目に入る。ハンドルが回されて、敵に砲身が向いた。
「射撃用意よし!」
「撃てーっ!」
ズズーンという砲撃音が鳴り、砲弾が爆撃艦目掛けて飛翔していく。が、その直後にパッと近くで光るものを感じる。すぐさま艦橋から叫び声が聞こえてくる。
『回避! 面舵一杯! 着弾に備えっ!』
副長のこの指示の直後、バラバラと壁の外から音が響く。敵の散弾の一部が着弾したことを示す。
『ダメージコントロール! 各部、被害状況を報告!』
副長の声が響く。砲長が立ちあがり、辺りを見渡す。が、こちらは防弾ガラスや硬いゴンドラのおかげで、何ともない。ただ、外のロープが一本、切れているのが見える程度だ。
「砲撃室、被害軽微! 砲撃に支障なし!」
『観測室、問題ありません!』
『機関室、被害なし!』
各部から被害状況を知らされるが、あのロープ一本だけで済んだようだ。幸い、気嚢からのヘリウム漏れもなさそうだ。
が、この一撃を受けて、私は感じるところを砲長に進言する。
「計算士、意見具申!」
「具申、許可する。なんだ?」
「このままでは爆撃艦は狙えません。一度、艦隊を離れて、射程外から戦艦への複数攻撃を加えることを進言いたします!」
我が艦は、とにかく狙われている。ただでさえ集中砲火を受けやすい模様を身に着けているから、余計に攻撃がしづらい。
ならば、追い風を利用して射程圏外攻撃を仕掛け、少しでも攻撃する敵戦艦を減らしてからの方が、爆撃艦への攻撃がしやすくなる。そう考えた私は、一度艦列を離れるよう進言した。
「わかった。さっきから攻撃のタイミングが取り辛くてイライラしていたところだ。そう副長に進言してみよう」
最近、砲長はものわかりがいい。すぐさま艦橋に具申する。
『……了解した。ではこれより我が艦は、射程圏外攻撃を仕掛ける。面舵90度!』
『おもーかーじ!』
ググッとロープのきしむ音とともに、艦が大きく揺れて右側へと曲がる。砲撃が続く艦列から、この青い帯を持つヴェテヒネンが急に離脱を始めた。敵から見れば、戦線離脱したのだと思ったことだろう。
もしかしたら、それが敵の油断を誘ったのかもしれない。
『距離8100!』
離れ行く我が艦に合わせるように、敵が密集をし始めた。我が艦を警戒して分散していた敵艦隊は、我が艦が離れたのを見計らって、攻撃に有利な密集隊形を取り始める。
我が艦隊の艦列を一点突破し、爆撃艦を突入、地上攻撃を敢行する。これが空中艦における強行爆撃の基本的な戦術だ。
その教科書通りの行動を、敵が取り始めた。
だが、それが仇となる。
こちらには、その教科書通りには行動しない艦がいることを、彼らはすっかり忘れている。
「射程外砲撃! 左44度、仰角45、火薬袋7、信管時間35秒!」
追い風と高度差を使って、我が艦は再び敵を遠くから狙う。砲弾と火薬袋が放り込まれて尾栓が閉じられると、キヴェコスキ兵曹長が勢いよくハンドルを回し始める。
「射撃用意よし!」
「よし、撃てーっ!」
主砲が火を噴いた。それは敵の艦列の先頭に集まった戦艦群へとむけられている。敵は戦艦を集中させて、味方艦列の一端を切り崩そうとしている。その後方から、爆撃艦が並んで時を待つ。
が、その時を作らせてなるものかと、我が艦から放たれた砲弾が飛翔を続ける。やがてそれは、着弾の時を迎える。
『だんちゃーく、今!』
合図から少し遅れて、パッと白い光が敵の先頭集団から放たれた。光ったのは2隻。いずれもサラトフ級だ。
『サラトフ級2隻に命中! 撃沈を確認!』
無残にも燃え続けるオレンブルクの戦艦は、地上の麦畑に向かって落っこちていく。すでに刈入れの終わった麦畑の上に、燃え盛る敵戦艦が落下し、そのわずかに残る穂を燃やしていく。
「左48度、仰角45、火薬袋7、信管時間36秒!」
ところがだ、私はさらに続けて射程圏外砲撃の指示を出す。それを聞いた砲長はやや怪訝な顔をするが、方角を聞いて、おそらく理解したのだろう。砲撃準備を指示する。
「砲撃準備!」
すでに弾頭と火薬が詰め込まれ、尾栓が閉じられていた。それを回して、所定の角度に合わせる。7秒で、発射準備が整う。
「射撃用意よし!」
「撃てーっ!」
ズズーンという音が鳴り響き、先ほどとはやや後方に向けて砲弾が飛翔していく。私はその弾頭が狙う標的の方向を、望遠鏡で見た。やがて、弾着時間を迎える。
『だんちゃーく、今!』
パッと白い光が、後方の集団から放たれるのが見えた。が、それはさらに赤い炎をも放つ。後方にいたのは、爆撃艦の集団だ。ペロルシカ級4隻と、ラーヴァ級2隻。それらの内の2隻が一斉に火を噴きだした。
『ペロルシカ級2隻、撃沈!』
これで敵の爆撃可能艦は4隻となった。一方で、先行していた戦艦群だが、我が方の攻撃で混乱した後、続けて艦隊からの攻撃を受けて、さらに続けて2隻が撃沈された。
この時点で、敵の戦艦は4隻、爆撃艦は2隻の計6隻となった。ここまで減らされては、敵もなすすべもない。敵はすぐに撤退行動に移る。
さて、オレンブルク艦隊は撤退した。が、戦いはまだ終わっていない。
『転舵、反転! スラヴォリオ艦隊への攻撃に移る!』
忙しいことだ。味方18隻が相手にしているはずのスラヴォリオ艦隊は、まだ多くが健在だ。あちらはヘリウム艦であるから、なかなか沈まない。こちらが向かう間に、敵は15隻中13隻が残っていた。つまり、2隻を戦線離脱に追い込んだのみ、ということになる。
当然、我が艦は教科書通りの砲撃などしない。今度は向かい風だから、射程圏外からの攻撃は不可能。だが、ヘリウム艦を撤退に追い込む手段はすでに開拓済みだ。
そこから2時間もの間、砲撃戦が続く。我が艦の参入により、4隻のスラヴォリオ艦が退却、そこでスラヴォリオ艦隊もようやく撤退に転じる。
空中支援を失ったスラヴォリオ軍は、我が方の爆撃艦隊によって攻撃を受け、退却する。一方のオレンブルク軍5万も、フロマージュ軍の主力7万からの攻撃を受けて、撤退していった。
このオレンブルク、スラヴォリオの2つの軍による挟撃作戦を、どうにか退けた。
こうして、ヴォルガニア市の危機は去り、再び静寂が訪れたのだった。
……と、勝利を喜べない情報が、着陸したばかりの私の元に飛び込んできた。
「ちょっと待ってください! それでは戦艦ディアーナは、どうなったのですか!?」
信じられない話を聞いた。戦艦ディアーナは被弾し、戦線離脱したが、その後、ドックには帰っていないというのだ。私は思わず、トルバチュ男爵に食ってかかる。
が、男爵様からは、冷酷な事実を告げられた。
「ドック到着前に、気嚢から急激なガス漏れが発生し、ヴォルガニア市郊外にて墜落してしまった。乗員は全員、亡くなったと考えられる」
目の前が、真っ暗になる。それはつまり、シェロベンヴァー上等兵の死を意味していたからだ。
涙が、急にあふれてきた。あのおとなしそうで、それでいて少し図々しい、この公国の未来を背負っていたはずの若い女計算士が、初陣で死んでしまった。
「うわああああぁぁん!」
ヴェテヒネンが繋留されているドックのすぐ脇で、私の悲痛な鳴き声だけが響き渡る。私がここまで取り乱したのは、家族の死を知らされた日、マリッタの調理場が落ちた時、その時以来だ。
だが、今度ばかりは奇跡は起こらなかった。翌日に、戦艦ディアーナ乗員全員の死が確認された。




