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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第4部 戦争終結編
58/72

#58 講義

『オレンブルク艦隊、出現! 距離9000!』


 5隻の艦隊が、ヴォルガニア市上空に迫る。我が艦は迫りくる敵艦隊に向けて前進を続ける。


『まもなく敵との距離、7900!』

『よし、取舵90度!』

『とーりかーじ!』


 迫りくる敵艦隊に接近すると、我が艦はそのまま回頭する。気嚢に描かれた、あの青色の帯が露わになると、敵艦隊の動きに変化が現れる。


『敵艦隊、急速回頭! 撤退していきます!』


 ここ5日ほど、これを毎日繰り返している。接近はするのだが、我が艦だと分かると逃げに入る。

 いい加減、学習してくれないものだろうか? 毎日出会うのだから、明日来ても同じだと、普通なら思うはずだが。

 とはいえ、オレンブルクとしても出撃しないわけにはいかないのだろう。属国は他に、2か国ある。オレンブルクから離反すればどうなるかを示し続けなければ、残る2か国も独立しかねない。そうなると、オレンブルク連合皇国の存亡にかかわる問題となる。

 しかしだ、元はと言えば重税に圧政を加えてきたからこうなったのであり、そうでなければ我々だって離反することなどなかった。自らが作り出した原因を、我が国とこの公国に押し付けようとしている。


「はぁ~」


 計算士としては、実にやりがいのない日々が続く。メモを開いて待機するも、いつも肩透かしだ。この5日間、戦闘で計算尺を滑らせない日々が続く。

 いっそ、スラヴォリオ軍でも来てくれないかと期待するのだが、そちらはそちらで、あれから全く来る気配がない。自国のことではないためだろうか、オレンブルクをそこまで援護しようとは思わないようだ。

 もっとも、彼らもフロマージュ軍によって領土の一部を奪い取られている。オレンブルクばかりに構ってなどいられないのだろう。


「どうした、戦わずして終わったのだから、喜ぶべきではないのか?」


 砲長が、ため息をつく私にこう言う。


「それは、その通りなのですが……」

「逆接の言葉を述べるということは、つまり戦いをしたかったといいたいのか?」

「い、いえ、そんなことはありません」


 この男は、いちいち私の心情を読み取ろうとする。それほどまでに、私はわかりやすいのだろうか。


「入港、用意! 距離630!」

「補正角、取舵0.3!」

「とーりかーじ!」


 唯一、私の計算尺の出番はこの時だけだ。入港時の進路補正だが、こんな計算、私でなくてもできる程度のものだ。しかし、この艦には計算尺を使いこなせるのが私だけだから、こんな簡単な計算でも駆り出される。

 ズシンという音とともに、繋留塔の先端に艦首が接続される。やがてその先端がゆっくりと我が艦を地上へとおろしていく。地上に降りると、ゴンドラの周囲に繋留錘(バラスト)が結び付けられていく。


「艦固定よし!」

「了解、総員、下艦を許可する」


 航海長の号令を受けて、副長が下艦許可を出す。この5日間、ずっと繰り返された日々だ。時々、昨日の出来事を明晰夢(デジャヴ)として見ているのではないかと錯覚するほどだ。

 すでに日は暮れかかり、ドックから薄暗い街中へと歩く。


「いやあ、今日も何事もなくてよかったぜ」


 とほざくのは、リーコネン上等兵だ。


「私と比べたら、機関銃士の活躍の方が少ないようだが。それで良いのか?」

「よく考えたらよ、機関銃士が活躍する方がやべえだろう。誰も死なねえなら、それが最善じゃねえかと思えてきてよ」


 ついこの間までは、血眼になって戦果を求めていたあのリーコネン上等兵が、ここにきて急に聖人のようなことを口走るようになってきた。こいつが平和に満足するなんて、柄でもない。そういえば、この公国にきて野菜ばかり食べているな。そのせいか?


「ああ、トナカイ肉が恋しい」


 私はつい、こう口走る。ここの肉も悪くはないが、多くがラム肉であり、トナカイ肉に慣れた身としてはややあっさりしすぎていて食べ応えがない。


「贅沢なやつだな、この国がまだ先の戦闘から立ち直れていないことくらい、承知しているだろう」

「ええ、まあ……」

「ラム肉ですらも、食べられて当然というわけではないんだ。ありがたいと思うんだな」


 と、相変わらずの正論を私に述べる砲長だが、こちらはといえば聖人というわけでもなく、夜な夜な自らの欲求だけは満たしている。

 おかげで私は毎朝、この男の隣で目覚める。


「砲長、そろそろ敵が現れる時間ですよ」


 ここは、あてがわれた宿舎の一室。私は計算尺で大事な部分を隠しつつ、砲長を起こす。


「そうか」


 と言いつつ、むくりと起き出す砲長だが、急に私の計算尺を取り上げ、脇に置く。


「ほ、砲長、何を……」

「いや、お前を見てたら、急に高ぶってきた」

「あ゛~っ!」


 緊張感のない軍人だ。朝っぱらから、急にお盛んになり、私をベッドに押し倒し、上からのしかかってきた。今、敵が来たらどうするんだ、と。

 が、珍しく今日は、敵が現れない。このため我々は、ヴォルガニア軍司令部で待ちぼうけを食らう。


「ようやく、敵も学習したんですかね?」


 宿舎の中にある食堂で昼食を摂る頃になっても、敵は現れる気配がない。それでそう呟いた私に、砲長がこう返答する。


「かえって、こういう時の方が不気味だな。大攻勢の前触れかもしれん」


 不吉なことを言うな、不吉なことを。せっかく平和なひと時を過ごせているのだから、不安を煽り立てるようなことを言うべきではない。


「そうなんだよなぁ、俺の占いでも、近々試練がくるって出たぞ」


 と言いつつ、カードを見せる。そこに描かれているのは、車輪のようなものを抱えた女神の絵。それが逆さになっている。なんでも、「運命の輪」というカードだそうだ。

 あまり不安ばかりを並べ立てないでほしいなぁ。ラム肉の味が不味くなる。


「そういえばさ、そろそろセレスティーナ製の食べ物が入ってくるって聞いたよ」


 そんな中でも、食材ラブなマリッタは常に関心の向いている方角はまっすぐだ。世界が炎に包まれようとも、こいつはぶれないだろうな。


「えっ、そうなのか?」

「だって、セレスティーナ連合国の国旗をつけたトラックが、何台も来てたよ。これでやっとチョコレート不足に悩まなくていいわぁ」


 マリッタの悩み事など、我々からすれば小さなものだ。それがかえって、微笑ましく感じられる。周りが殺伐とし過ぎているんだ。


「チョコレートに頼らなきゃ船酔いが止められねえとか、鍛え方が足りねえんだよ」


 そんなマリッタを、筋肉理論で返すのはキヴェコスキ兵曹長だ。


「なによ、チョコレート食べた方が夜は燃えるとか言ってたの、あなたでしょうが!」

「う……」


 見た目も筋肉もおっかないキヴェコスキ兵曹長に、マリッタは堂々と反論する。こうしてみると強くなったものだな、マリッタも。


「あの……」


 そんな殺伐とのどかな昼食をしているとき、不意に私は声をかけられる。声の方を振り返ると、ヴォルガニア軍服を着た兵士が2人、立っていた。


「はい、なんでしょうか?」

「カルヒネン曹長とお見受けいたします。実はお願いがございまして」


 2人の兵士の内の一人が、私にそう切り出す。


「はぁ、どんなことでしょうか?」

「我々にその、弾道計算の指導をお願いしたいのです」


 えっ、私が指導役? この意外な申し出に一瞬戸惑ったが、私は答える。


「私などでよければ、引き受けますよ」

「そうですか! ぜひ、お願いいたします! では早速ですが、お食事の後に教練所までご案内いたします!」


 横に座る砲長が、怪訝そうな目で私を見る。なんだ、そんなに私が人に教えるということに違和感を感じているのか? それは確かに私自身も感じているのだが、考えてみればこれは初めてではない。

 すでに先日までのオレンブルク侵攻作戦の最中に「勉強会」と称し、私はフロマージュ軍の計算士相手に戦いでのノウハウをいくつか伝えていた。あの時は言葉の壁がありながらも、私はその兵士たちに伝えられることを伝えた。ましてや今度は、同じ言葉を話す者同士だ。あの時と比べたらまだ、敷居は低い。

 と、思っていたのだが。


「総員、カルヒネン教官に敬礼!」


 教練所にやってきた私は、いきなり「教官」と呼ばれてしまう。目の前には、20人ばかりの兵士たち。私よりも背が高く屈強な者たちが、私に向かって敬礼をしている。私もすぐに返礼で返す。


「え、ええと、ヴェテヒネンで計算士をしております、カルヒネン曹長と申します」


 ここに集められたのは、新設されたヴォルガニア空軍の空中戦艦乗員で、砲撃科に所属する者たちだ。計算士もいるが、多数を占めるのは砲撃手だ。

 そんな人物相手に、私は何を話すべきなのかと考えたが、フロマージュ軍の計算士との勉強会を思い出し、まずはこう話し始める。


「私の恩師であるラハナルト先生は、こうおっしゃられました。計算の速さ、精度は確かに重要だが、しかしそれは道具の一つに過ぎない。出された結果を使い判断の成否、勝敗を決めるのは、最後には人の持つ感性である、と」


 私の話を、目を輝かせて聞く兵士たち。皆の目線は胸元の勲章……ではなく、私の顔だ。兵士らにとって、勲章のような形ばかりの栄誉よりも、実戦をくぐり抜けて得られた成果の方が重い。だから、私の計算士としての成果と、それを生み出す仕組みを知りたがっている。あの時のフロマージュ兵と同じだ。


「ヴェテヒネンがあれほどの戦果を挙げられたのは、まさしくラハナスト先生がおっしゃられた妥協のない計算の追求、そしてそれを担保する、鍛え抜かれた砲撃手の連携、最適で統制の取れた砲撃を促す砲長の存在があって、初めて敵に命中弾を当てられるのです。それらについて、私の経験と事例を持ってお話ししたいと思います」


 と、ここまで話したところで、ふと部屋の端を見ると、そこに砲長が立っているのが見えた。しまったな、今の話、一番聞かれたくないやつに聞かれてしまった。

 その私の最初の言葉の後に、挙手をする兵士が一人いる。


「はい、なんでしょうか……」


 私は挙手をした兵士を見て、発言を促す。するとその兵士は立ち上がり、こう言った。


「私はハラバーネク伍長、砲撃手をしております。敵に砲弾を正確に当てるために、砲撃手はどのような訓練をするべきとお考えですか?」


 この伍長は計算士である私に、砲撃手としてのするべきことを私に尋ねてきた。すぐ後ろに適任者がいるのだが、私に変わってこたえようなどとは思ってもいないようだ。私はこの伍長に答える。


「あくまでも計算士としての立場、という前提でお答えしますが……正確な射撃には、誤差要因を可能な限り減らすことが肝要です。ヴェテヒネンの砲撃手は、単に装填から射撃までの所要時間の短さに加えて、その所要時間のぶれが少ないこと、そして装填された砲弾に均一に荷重がかかるよう、火薬袋の詰め方までも均質になるよう心がけておりました。それこそが、ヴェテヒネンの砲撃精度の高さの秘訣でもあるのです」


 それを聞いた、おそらくは砲撃手と思われる兵士らの目が輝き始めた。当然だろう。自身の頑張りこそが戦いを左右すると、歴戦を戦い抜いた私からそう口にされたのだから。


「加えて、計算士としては彼らの鍛錬に答えるべく、できうる限りのばらつき要因を計算によって減らし、そして最後に敵の姿を望遠鏡で確認して補正値を加える。最後まで敵の動きをつぶさに観測し続けることが、さらに高い精度の計算結果を砲撃手に提供できるのです。さすればあなた方も敵を、炎の塊へと変えることができるでしょう」


 私も随分と、言うようになった。これまでの戦いでつけてきた自信の表れでもあるかもしれないが、それ以上に彼らがこの先、自分の国を守り続けられる意思を持ち続けるために、あえて太鼓判を押すような言葉を用いた。


「では、私が経験した数々の戦闘と、その時に行った砲撃の事例をお話いたしましょう。まずは、我がイーサルミ王国のクーヴォラを目指すオレンブルク艦3隻が現れた時のことですが……」


 で、ここからは実際の戦闘での出来事を通して、私がどのような思考に至り、攻撃を行ったか。実例ほど実感がわく話もないから、そういう教え方をした方がよいと考えた。実際、フロマージュ軍での勉強会でもそうしてきた。

 それから1時間ほど、私の「講義」は続く。2つほど戦いの事例を伝えたところで時間となり、皆が起立、敬礼して講義を追える。


「様になってたじゃないか」


 教練所の教室を出ると、砲長のマンテュマー大尉が待ち伏せていた。


「初めて、というわけではありませんから」

「教室で、あれだけの人数相手に先生ぶるのは初めてだろう」


 応援しているのか、それとも茶化しに来たのか、どっちなのだろう? 今のところ、後者しか感じないが。

 さて、翌日、翌々日も敵の艦隊は現れず、私の講義は続けられた。そして3日目となり、いよいよ私はヴォルガニア公国の空中戦艦の一隻に乗艦し、模擬訓練を行うこととなった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 先生「ここがわからないの…?」これだと試練じゃなくてご褒美ですねw 主計算士が他国の軍艦に搭乗したら、抑止力と化している青首の援護を受けられないのですが そこが次回のお楽しみですね。何があ…
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