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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第4部 戦争終結編
55/72

#55 強敵

『敵艦隊を攻撃する。後方にいるラーヴァ級を撃つ。総員、戦闘準備!』


 副長の号令で、砲撃室は戦闘準備に入る。リーコネン上等兵は弾倉を抱えて右側の機関銃に待機し、私はメモと鉛筆を出し、計算尺を添える。そして望遠鏡で敵艦隊を見る。

 今度の敵は、密集隊形だ。我が艦がよくやる複数艦撃沈をあまり経験していないため、警戒していないと見える。

 フロマージュ艦隊とともに戦列を組み、徐々に接近する。まもなく射程内。私は計算尺を滑らせて、弾道計算の算出に入る。


 ちょうどいい具合に、スラヴォリオ王国の艦には識別用の国旗がつけられており、それがはためいている。

 おそらくあれは、オレンブルクから供与された艦なのだろう。だから、オレンブルク船籍ではなく、スラヴォリオ王国のものとわからせるためにあえて国旗が取り付けられていると見える。

 が、その旗のおかげで、あの艦周辺の風速がだいたい読める。

 速力は70まで落ちているが、旗はやや手前側を向いている。ということは、南側の風が吹いていることがわかる。

 こちらから見ると、やや向かい風だな。高度差なし、向かい風分を見越して後方2隻に散弾を当てられるようにするには……私はカリカリとメモに計算値を書き込んでいる。


「右43度、仰角47度、火薬袋7、時限信管34秒!」


 弾着時間がだいたい40秒の砲撃で、早めに炸裂するよう短めの信管時間を指示した。砲長にも、その意図はわかっていることだろう。特に何も言わず、その値を容認する。


「射撃用意よし!」

「砲撃始め、撃てーっ!」


 スラヴォリオ軍との戦闘は初めてではない。が、スラヴォリオ空軍の艦艇とは初めてその矛を交えることになる。そのスラヴォリオ艦に、初めてイーサルミ軍からの砲弾が撃ち込まれた。

 弾着のわずか前、パッと敵艦隊の真上で白い光が放たれる。砲弾が炸裂し、散弾がまき散らされた。私は狙った後方の2隻の艦を望遠鏡で覗き見る。


『だんちゃーく、今!』


 弾着の合図が、観測員からなされる。が、特に変化はない。しかしだ、散弾を広範囲に散布したときは、弾着がやや遅れるというのが経験上、分かっている。

 だが、いつまでたっても、弾着の気配がない。


「……外したか?」


 どうやら初弾を外したようだ。おかしいな、手ごたえはあったのだが……と思いつつ、もう一度敵艦を見る。

 敵の気嚢を見て、私はハッとする。まず分かったことは、弾は狙い通り命中していたということだ。

 というのも、後方の艦の気嚢の先端部が、大きくしぼんでいる。あれは弾が当たった証拠だ。しかしこの光景は、私に重大な事実を思い出させる。

 そうだった、スラヴォリオ王国は、ヘリウムを持っている。

 オレンブルク艦艇を相手にすることが多かったから、いつものように水素充填を前提に攻撃していた。だが、その戦法はスラヴォリオ王国軍には通じない。


「しまったな、ヘリウムか」


 砲長も気づいたようだ。フロマージュ軍が苦戦している理由が、ようやく理解できた。今度の空中艦は、オレンブルクの時のように脆弱なものではない。

 とんだ強敵だ。それが20隻もいるのか?

 しかし、スラヴォリオ王国もアソンニオ島を失い、ヘリウムが採れる南方大陸からの供給路を絶たれたはずだと聞いた。とはいえ、まだ備蓄分があるからなのか、それとも完全に交易路が途絶えたというわけではないのか、ともかくこの国はヘリウムを保有していることは今の一撃ではっきりした。

 考えてみれば、本来飛行船にはヘリウムが使われているのが当たり前なのだが、ここ半年余りの戦いで、そのことをすっかり忘れていた。

 戦い方を、変えなくては。


「砲長、こうなると、一隻づつ狙うしかありません」

「まあ、教科書通りの戦いをせよと、そういうことだな」


 ぼやいても仕方がない。戦いは始まっているのだ。今はともかく、最善を尽くしかない。

 気囊というのは、複数に区切られている。被弾し穴が空いても、ガスがすべて抜けないようにするためだ。

 ガスが抜けて大きく浮力を失っても、すぐに船内の重量物を投棄すれば浮力は保たれ、撃沈は免れる。ダメージコントロール次第で沈むのは避けられるものの、その場合は戦闘不能になる。

 要は、敵を戦闘不能に追い込めばいい。特に重心に近く、かつ大きめのガス袋が配置される気囊の中央部を射抜けば、一撃で戦闘不能に追い込める。上手くいけば、それで撃沈することだってある。実際、私の初めての撃沈はそれだった。

 しかし、今まで以上に精度が要求される。相手は300メルテもの大きな標的だが、中心部だけを狙うとすれば、およそ2、30メルテ程度まで的を絞り込まなければならない。

 およそ、10分の1。今までは、計算終了から砲撃までの時間のずれ分を、この300メルテという許容誤差に頼っていた。が、一撃で決めようとするならば、この誤差因子をも考慮した計算がいる。

 だが、そんなことは不可能だ。キヴェコスキ兵曹長らが回すハンドルの速さ、砲長の号令から発射までの時間まで予測しろと言っているのと同じだ。訓練によってある程度ばらつきはなくなりつつあるものの、風や回避運動、速力のブレもある。こちらでは観測、制御できないからこその「誤差」だ。それが予測できたなら、苦労はしない。

 今までが、いかに敵の弱点に頼って戦ってきたかを思い知らされる。


「右41度、仰角44度、火薬袋7、時限信管39秒!」


 それからというもの、一隻づつ狙うという地道な戦いになってしまった。いや、本来はこれが普通ではあるのだが、我々にとってはヘリウム充填艦を相手にする方が「非常識」であるため、歯がゆい戦いが続く。

 一隻が戦線を離脱したのは、4発目のことだった。

 この4発を放つために、回避運動を2度行った。敵の方が数で劣るとはいえ、それでも我が艦のみは激しい攻撃にさらされる。

 なぜ、激しい攻撃にさらされるのか?

 理由は単純だ。これだけ目立つ模様付きの気嚢をもっていれば、敵から狙われるのは当然だろう。

 しかも、先のオレンブルク侵攻作戦で散々暴れ回った。スラヴォリオ王国にも我が艦のことは伝わっているに違いない。となれば、狙い撃ちしようと考えるのはごく自然なことだ。

 そういう意味では、我が艦がおとり役として敵の攻撃を引き付けるという、当初のフロマージュ軍の狙いは果たしているわけだ。

 だったら、その分相手を沈めるか戦線離脱に追い込んで、敵を圧倒できないものだろうか?

 こちらが一隻沈めるうちに、フロマージュ軍は2隻を戦線離脱させた。逆に言えば、我が艦一隻が成したことを、戦艦16隻もいてせいぜい倍の戦果である。

 撃ち合いは続くが、一向に敵は減る気配がない。我が艦もさらに追加で8発撃って、ようやく2隻を戦闘不能に追い込む。

 敵は20隻から15隻まで減った。いずれも戦艦、および戦闘爆撃艦だ。その間にも、フロマージュの戦艦が一隻、戦線離脱を余儀なくされる。数の上ではわずかに有利になったが、弾の数のわりに敵が減らない。このまま撃ち合えば、双方で弾を打ち尽くした後に、時間切れの撤退である。

 そんな撃ち合いが続く中、我が艦に向けて放たれた砲弾の一発が、至近で爆発する。


『散弾が来るぞ、被弾に備え!』


 私はあわててゴンドラの床にしゃがみ、散弾に備える。ビシビシとゴンドラにその弾が当たる音が響く。なんてことだ、ついに被弾した。が、幸いにもこのゴンドラはフロマージュ軍によって防弾処理が施されており、すべてはじき返した。


『ダメージコントロール! 各部、被害状況を知らせ!』


 副長が叫ぶ。私をはじめ、砲撃室内では皆が身の回りを確認し始める。

 私は無意識に、調理場を見る。が、びくともしていない。そもそも、以前のあの出来事があって以来、調理場は前部ゴンドラと一体型に改修された。だから、あれが落ちるときは、艦橋も落ちる時だ。


『観測室、被害なし!』

『機関室、問題なし!』

『前部、後部気嚢に着弾、認められず!』


 幸いにも、気嚢には当たらなかったようだ。いや、もしかしたら気嚢の表面に張られた、防弾性能を向上させるためのゴム膜というのが効いたのかもしれない。砲撃室も、窓やゴンドラ本体に被弾はしたものの、防弾処理のおかげで内部まで貫通せず、被害はないことが確認された。


「砲撃室、被害なし!」


 それを受けて、砲長が艦橋に返答する。それを聞いた副長が、艦内に指示を出す。


『戦闘に支障なしと判断する、各員、戦闘を継続せよ!』


 ここ最近のオレンブルクとの戦いでは、被弾するという経験がほぼ皆無だった。久しぶりに被弾し、戦闘を一時中止するという事態を招いた。

 くそっ、なんか悔しいな。敵のゴンドラに、こちらの散弾を叩きこんでやりたい気分だ。同じ恐怖を味合わせ、我が艦の恐ろしさを思い知らせ……

 と、私はそこでふと思いつく。そうか、その手があったか。


「おい、何かまた悪いことでも思いついたのか?」


 どうもこの男、敵までの距離や動きはろくに読めないくせに、私の思考は読めるらしい。


「いえ、たいしたことではありません」

「たいしたことがない、という顔じゃなかったぞ。何を思いついたんだ?」


 しつこい男だな。いいから、私の言う通りに的を絞ればいいんだ。とは思ったものの、私は思いついたことを砲長に報告する。


「ついさっき受けた我々と同じ思いを、やつらにもさせてやろうと思っただけです」


◇◇◇


 砲撃戦は続く。スラヴォリオ王国軍の艦隊は、フロマージュ軍の艦列後方に見える異様な艦に注目していた。

 その艦は、薄いベージュの気嚢の中央部に青色の帯模様を描いている。15隻の戦艦隊の最後尾にいるその艦は、紛れもなくオレンブルクで多くの艦を葬った悪魔の艦だ。

 オレンブルクでは、かつて自国の海で暴れた海賊の異名から「青首(ブリューネック)」と呼称しているそうだが、まさにその艦と今、交戦している。

 が、彼らが想像した通り、ヘリウム艦相手ではオレンブルクで度々起きた撃沈の悲劇は起こらない。3隻ほど戦線離脱に追い込まれたようだが、確かにそれは脅威ではあるものの、致命傷ではない。

 スラヴォリオ王国軍の目的は、敵を弾切れに追い込み、引き返させること。要は負けない戦いに徹すればいい。下手に攻勢に出ることなく、防御に徹して敵の弾を損耗させる。そんな戦い方をする相手に大打撃を与えることは、ほぼ不可能と言っていい。

 防御戦に徹し、回避運動を繰り返すスラヴォリオ王国軍だが、とある艦艇の近くで、砲弾の爆発が見える。

 いや、至近とは言い難い距離だ。やや上空で、それも手前側で炸裂した。


「フォ カピトゥ ヴェネェ!?」(被弾した!?)


 が、その直後だ。その艦内で、ビシビシと何かを銃弾が貫く音が響いた。


「メディコッ! メディーコッ!」(衛生兵! 衛生兵-っ!)


 ゴンドラ内で、バタバタッと何人かが倒れる。血まみれの彼らを見て、乗員が叫ぶ。

 スラヴォリオ軍艦艇には、残念ながら防弾装備はほとんど施されていない。窓のガラスは割れ、ゴンドラ本体も藤草で編んだバスケットにゴム材を塗布した程度の、銃撃に対しては無力なまでの構造だ。7ミルメルテの小口径散弾とはいえ、当たれば簡単に貫通する。

 この艦は、後部の砲撃室をやられ、砲撃手2人が重傷、機関士一人が戦死した。気嚢にはほとんど損害はなかったが、砲撃の続行は不可能となったため、戦線離脱を余儀なくされる……


◇◇◇


『敵艦艇一隻、戦列を離れます!』


 観測員が、敵艦隊の中で戦線離脱する艦の存在を報告してきた。見たところ、戦闘継続が不能なほどの打撃を受けているようには見えない艦だ。

 つまり、船体そのものではなく、別の理由で戦闘継続が困難になった、ということだ。


「右32度、仰角37度、火薬袋7、時限信管31秒!」


 私はあえて、敵のやや手前を狙う。そのうえで少し早めに炸裂するよう、信管時間をやや短めに設定する。

 これにより、12度の角度で開く散弾を、気嚢よりやや下に位置するゴンドラに当たるよう仕向ける。多少左右に回避しても、ゴンドラのどこかには当たる算段だ。

 ゴンドラならば、大きさは50メルテ以上はある。それが前後に2つあり、100メルテの物体に当てるようなものだ。気嚢の中央部を狙うよりも、はるかに当てやすい。

 先の艦も、3発程度で退却していった。ほんのわずかだが、敵に効果的な打撃を与えられるようだ。また、気嚢を狙っても、その艦は修復すれば戦線復帰が果たせる。が、それがゴンドラ、その中にいる乗員ならばどうか?


「敵艦隊、退却します!」


 この調子で、4隻を退却に追い込んだ。敵はまだ10隻以上を有していたが、撤退を決断する。人的被害が無視できないと判断したようだ。

 その結果、ようやく我が方の爆撃艦が、テッサフロリナに突入。敵軍が潜むと思われる区域に空爆を開始した。

 その後、フロマージュ軍数万がこの陸上都市に攻め入る。夕刻までにスラヴォリオ王国軍を撤退に追い込み、ついにヴォルガニア公国までの進撃路を確保した。


「お前、やっぱり恐ろしいやつだな」


 日が暮れて、ヴェテヒネンは一旦、アンフィパトラまで戻る。そこで補給を受けることとなる。その帰路の途上、砲長は私にこう言い放つ。


「何をおっしゃいますか、我々がやらねば、逆にやられていたんですよ」

「それはそうだが、つくづく敵にお前のようなやつがいなくてよかったと思う」


 と言いながら、私の胸元をじーっとみる砲長。この男め、私の胸を見て何を考えている、と思ったが、この時の目線はどちらかというと勲章の方だった。

 若干、私も非道な戦術をしたと感じないことはない。が、オレンブルクの時のように、その艦を丸ごと炎に変えてしまったことを考えれば、ずっと人道的な戦いぶりだったと自負する。スラヴォリオ王国軍も、これに懲りて空中戦闘を避けてくれればいいのだが。

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