#53 宣言
ようやく私は、王都クーヴォラに帰ってきた。
帰還し、ヴェテヒネンがドックに入港すると、空軍士官や将官らがヴェテヒネンの周りに集まってきた。皆、あの青色の模様を眺めていた。このイーサルミ王国の国旗のような青いラインが、お気に召したらしい。
帰還後すぐに、艦長、副長とともに私も軍司令本部に呼ばれて、あの青色模様のことについて尋ねられた。要するに空軍司令部では、あれをイーサルミ空軍の空中艦を示す識別模様にしてはどうかと考えており、それについての意見を求められたのだ。
そこで私は、空中艦隊司令官であるカンニスト中将閣下に、こう進言した。
「我々があの模様をつけて散々暴れた結果、敵はあの模様を見るや、多数の戦闘艦で襲いかかることになってるみたいですが、よろしいので?」
この私の一言で、あれを識別模様にする案は消滅した。敵に狙い撃ちされると知れば、空軍としてはとても許容できない。元々あれはおとり役として目立たせるために描かれた模様だ。その覚悟がなければ、あんな模様を描くものではない。
さて、せっかく軍司令本部に来たのだから、ついでにと思い、私は中央計算局に立ち寄った。
「おお、カルヒネン曹長、久しぶりだな」
「はっ、ご無沙汰しております、大佐」
出迎えてくれたのは、ヴァルビア大佐だ。私は敬礼する。
「どうせいつものように、奥の電子手順計算機を見たいのだろう? ラハナスト先生もいらっしゃるから、すぐに行くといい」
「はっ、ではカルヒネン曹長、奥の計算室へと立ち入らせていただきます」
そう大佐に告げると、私は計算室へと向かう。
「おお、久しぶりだな、カルヒネン君。元気そうじゃないか」
「はっ、ご無沙汰しております、先生」
ラハナスト先生は私の顔を見るなり、笑顔で迎え入れてくれた。その後ろでは、ますます巨大化し複雑化した手順計算機の姿が見える。
「カルヒネン君が時折、公開鍵暗号で送ってくれる戦況のおかげで、この王国でも逐一、オレンブルクの状況を知ることができた」
「はっ、お役に立てて、光栄です」
3日に一度、私は例の公開鍵暗号の仕組みを使い、暗号電文を送っていた。これは、フロマージュ軍でも直接解読するのは不可能だから、彼らに遠慮することなく、包み隠さずその状況を知らせていたのだ。
「それにしても、噂で聞いたぞ。オレンブルクの連中からは、青首と呼ばれていると」
「は、はい、らしいですね……」
「破天荒な戦果ばかり挙げた艦だからな、有名な海賊王扱いとは、実に名誉なことじゃないか」
カラカラと笑い飛ばすラハナスト先生だが、あまり名誉なことだとは思っていない。残虐非道な、空の海賊。そう敵からは思われていると考えると、どうにも落ち着かない。
「ところで先生、この表示装置、少し大きくなってませんか?」
ふと私は目の前にある計算機の表示装置に目が行く。ガラス瓶をひっくり返したような表示装置だが、いつの間にか大きくなっている。以前はせいぜい手のひらくらいの大きさだったはずだが、今はそれが小さな樽の底ほどの大きさもある。
「うむ、つい先日、セレスティーナ連合国から送られてきた、最新技術の表示装置だよ」
「はぁ、それにしても大きいですね」
「そうじゃよ、この大きさでないと、表示できないからな」
と、意味ありげなことを告げる先生。
「あの、何を表示させるのでしょうか?」
「うむ、口で説明するより、見た方が早いだろう」
そう言いながら、なにやらごちゃごちゃと計算機をいじり始める。奥にある、磁気テープとか言うやつが、勢いよく回り出す。
しばらくすると、あの樽底ほどの表示装置に、何かが映し出された。
それは、どこかで見覚えのある形だ。アーチ型の物体に、真ん中には円柱が一本。まさかこれ、あの時の橋じゃないか?
「先生、これは……」
「君が破壊したという、要塞都市の手前の橋の一つを再現したものだ」
ああ、やっぱりそうだ。にしても、どうしてそんなものが表示されている? それはよく見ると、三角形の面がいくつも貼り合わせるようにして、その形を形成している。
「先生、どうして橋がここに表示されているのでしょうか? しかもなぜ、たくさんの三角形が?」
「この三角形の一つ一つは、『要素』と呼んでいるものだ。この三角形要素一つ一つに力学式を当てはめ、それを計算することで複雑な形の構造計算をさせることが可能だ」
「まさか先生、この計算機上にはすでに、構造計算をやらせるための手順が入ってるのですか!?」
先生はこれを「有限要素法」と呼んでいると私に語る。この三角形を組み合わせることで、複雑な構造を自在に作り出し、その構造の剛性、強度評価ができるのだという。
「どれ、まずはこのまま、橋の頂上部に荷重をかけた計算をさせてみるか」
そういいながら、先生は入力装置を叩く。すると、その計算機上の「橋」が少し歪み始めた。
「表示上、実際の変形量の30倍ほどに拡大しとるから大げさな変形に見えるが、この結果を見る限りでは、あの橋の橋脚ならば自走砲車程度の荷重がかかっても、びくともしないようだな」
と言いながら、何やら先生はペンのようなものをいじりながら、何かを始めている。画面を見ると、矢印のようなものがその真ん中の円柱を突いて、削り始めている。
「ざっと3分の2ほどの太さまで、中央部を削ってみた。どうじゃ、君が砲弾で削ったという橋脚は、これくらいの太さだと聞いたが?」
「はい、ほぼこんな具合でした」
「では先ほどと同様に、荷重をかけてみるか」
そういいながら、先生はまた入力装置を叩く。今度は先ほどとは違い、その画面上の橋は大きく変形する。やがてそれは、削られた円柱の中央部でぐにゃっと曲がり、倒れてしまった。
「うむ、これを見る限りではどうやら、せいぜい自走砲車の6割ほどの重さにしか耐えられん構造のようじゃな」
つまり先生は今、あの時の橋脚を計算機上で再現し、私の戦闘結果を実証しているようだ。私がうろ覚えの構造計算の知識でやってのけたあの攻撃が正しかったことを、この手順計算機が証明してくれた。
「実はまだまだ、実物の評価試験での再現性が低いのだが、君の橋脚破壊を再現させた計算ではそれっぽい答えが出たから、これをデモに使わせてもらっておるよ」
「はい、私も理論上でも、あの攻撃が有効だったと知れて、感動してます!」
「そうじゃな。ところでこの計算機だが、同じものがセレスティーナ連合国内でも建造されており、まさに稼働しようとしておる」
「えっ、先生はこの計算機の設計図を、海の向こうの国にお渡しになったのですか?」
「そうじゃ。まあ見ての通り、セレスティーナ製の部品が半分程度使われておるし、結果的にはあちらの技術で作ったようなものだ。ならば、それを渡したところで問題はない」
「しかし、それでは先生の功績が……」
「カルヒネン君、計算機は誰もが使えなくてはならない。そうでなくては、意味がない。これほど便利なものを、ごく一部の者だけが独占するようなものであってはならないのだ。皆が使えるようになれば、例えばもっと丈夫な橋を作るための構造計算があらゆるところで行えるようになる。そうなれば、救える命もあるかもしれん。それこそが、私の目指す真の計算工学の姿なのだよ」
この先生の話を聞いて、私は思わず胸が熱くなった。ラハナスト先生の度量の大きさを改めて確認するとともに、この先生の抱く理想の未来に、私は感動する。
が、ふと思い出したことがある。そういえば、この計算機に爆弾をくくりつけ、敵に撃ち込みたいとか言ってた人がいたな。キヴィネンマー要塞司令官をしているエクロース准将だったか。誰もが計算機を使える未来には、ちょうど私が用いたあの自噴式弾頭にも計算機が載せられて、自律的に標的めがけて突っ込んでいく武器も作られるのだろうか。
そんな便利な……いや、恐ろしい武器が作られる世の中とは一体、どんな戦争が行われるのだろうか? 少し怖くなった。
「そうそう、ところでカルヒネン君」
「はい、なんでしょうか」
「君は今の戦争に、何か違和感のようなものを感じんかね?」
「えっ、違和感ですか?」
手順計算機を初期化しながら、急に先生が私に、奇妙なことを言い出した。あまりに唐突過ぎて、この言葉の真意が読めない。
「ええと、そもそも戦争というものは非情なものであり、そこに違和感というか、嫌悪感しか感じませんが」
「いや、そうじゃない。元々は我が国とオレンブルクとの独立をかけた戦争だった。それがある日突然、大国を巻き込む大戦争にまで発展した」
「はぁ、その通りです」
「しかも今度の作戦だ。どうして急にフロマージュは、オレンブルクの奥地まで攻め込もうと考えたのだ?」
「それは、東側同盟の資源供給を遮断するためだと……」
「それにしたって、他にやりようがあるじゃろう。なのに、あえて犠牲の大きい手段を選んだ。おかしいと思わないか? どうして北の果ての戦争が、なし崩し的に世界に拡大するんじゃ? 歯止めのかからない今の世界の現状に、私はずっと違和感を感じておる。そうじゃな、なんというかその……計算機的なものを、感じるのだよ」
私はラハナスト先生の弟子として、先生の思想、理想をもっとも理解する者の一人だと自負している。
そんな私でも、今の先生の言葉が、理解できない。
「あの、先生、計算機的とは、どういうことでしょうか?」
「有限要素法では、この三角形一つ一つを組み合わせて、複雑な構造体を模擬しておる。それと同様に、この世界の国々はまさにこの要素のように組み合わさっておると考える。そこに、まるで意図的な外力が加わって乱されているように見えると、そう言いたいんじゃ。現実の世界が、まるで誰かにいじられておるというか、そんな錯覚すら覚える。それを私は、違和感と言っている」
先生の発想は、かなりぶっ飛んでいる。先生には、世界があの三角形要素の組み合わせのように見えるというのだ。相変わらず、不思議なことを考えるお方だ。
「ですが先生、この戦争もまもなく終わるかも知れません。フロマージュ共和国もオレンブルク連合皇国も、今度の戦いでお互いに大打撃を受けました。さすがにフロマージュ国内でも、終戦に向けた世論が高まりつつあるらしいです。これ以上、拡大することはないでしょう」
「だがカルヒネン君よ、私は予言する。おさまろうとするこの戦争を再び拡大する何かが、近日中に起きるはずだ。そうなれば、私の言う『違和感』というものがはっきりするだろう」
なぜか、先生は私に、先生らしからぬ言葉を告げた。
先生とは違うが、違和感というならば、私も感じている。例の幻影だ。死者を使って、戦いをけしかけるようなことを言わせていたから、あれこそまさにラハナスト先生のいう「外力」のようにも感じられる。
が、それはさすがに考えすぎだと思う。それにもうこれ以上、この戦争は拡大しないだろう。フロマージュ軍もあれだけの打撃を受けた。オレンブルクとてフロマージュ軍をどうにか退けたものの、無傷とは言い難い。多数の兵士に、空中艦と乗組員を失ったし、これ以上の戦闘継続はもう望まないのではないか? 和平交渉が行われれば、多少はもめるだろうが、今度は終息方向に向かうだろう。
そんなことを考えながら、私は中央計算局を後にする。
「へぇ、違和感ねぇ」
その日の晩、砲長にラハナスト先生の言う違和感の話をした。まあ、多分、話したところで「ふうん」で終わってしまうような話だろうなと思ってはいたが、意外にも食いついてきた。
「先生ともあろうお方が、どこか非科学的なことをおっしゃるんです。変だと思いませんか?」
「確かに、非科学的だな。これほど大きな世界を操れる組織なんてものは、どこにもないだろうからな。考えすぎだと、俺も思う」
「だいたい、これから行われようとしている和平交渉が台無しになるような出来事なんて、起こりえるんでしょうかね?」
「そうそう、それなんだが、フロマージュ共和国は占拠したスァリツィンクスを、交渉の材料として使おうと考えているらしい」
「えっ、あの街を、交渉材料に?」
「そうだ。あの都市を返還する条件として、オレンブルク連合皇国には東側同盟からの脱退、およびイーサルミ王国の独立を認めさせようと、そう考えているようだ」
「あの街一つのために、オレンブルクがそこまで妥協するとは思えませんが」
「もちろん、それ以外の見返りも用意するだろう。たとえば、セレスティーナ連合国との国交樹立の手助けをする、とかだな。あの国と関わりを持つことの利益の多さは、我々も実感しているところだ」
げ、ということはフロマージュはまさか、オレンブルクをセレスティーナ製のチョコレートで釣ろうと考えているのか? それはかなり悩ましい条件提示だな。
だが、交渉の結果、あのおばさん店員とは再び、別の国として別れてしまうのか。やや寂しいことではあるが、しかしそれで戦争が終わるのならば仕方がない。
その日の晩は、そんなことを思いながら砲長とともに寝た。
が、その翌日のことだ。
まさか、ラハナスト先生の「予言」が、これほど早く現実になるなどとは、思ってもみなかった。
それはまさに、フロマージュとオレンブルクとの間の和平交渉をぶっ壊せるほどのインパクトを持つ出来事だった。
かつてのイーサルミ王国と並び、オレンブルク連合皇国の属国の一つであった「ヴォルガニア公国」が突如、オレンブルクに対し、独立宣言と西側連合参加を表明したのである。
これが再び、この戦争拡大の火種となったのだ。




