#47 急転
「左70度、仰角45度、火薬7袋、時限信管39秒!」
いつも通り、私は先頭の艦に狙いを定め、その方位角度を砲長、砲撃手らに伝える。キヴェコスキ兵曹長が即座に反応し、弾頭のダイヤルを回して砲身に突っ込む。その後ろから7袋が、手際よく詰め込まれ、尾栓が閉じられる。
「左70、仰角45!」
「射撃用意よし!」
「砲撃始め、撃てーっ!」
この砲撃手らの手際の良さに加え、弾頭と火薬袋の詰め込み具合の均等さが、ヴェテヒネンの命中精度の高さに一役買っている。また、号令しかしていないだけのように見える砲長も、実は陰で砲撃準備を支えている。
ハンドル回しに専念する2人の砲撃手に、目標の角度が近づくと肩を叩いて知らせる。だから、砲撃手はダイヤルを見ることなく、ハンドルだけに集中できる。この手順だけで、ハンドルによる調整時間が2割は縮んでいる。メーターを見ながらのハンドル操作をすると、どうしても操作が遅れてしまう。これは先の南方作戦へ向かう途中に、砲長が訓練の過程で編み出した手順だ。
その肩叩きを合図に、残る一人の砲撃手が発射レバーを構える。キヴェコスキ兵曹長が最後にメーター値を確認し砲撃準備完了を知らせると同時に、安全装置であるペダルを踏んで構える。その結果、砲長の合図とほぼ同時に砲撃が行われる。
この連携が、私の計算結果通り正確に敵艦目掛けて飛翔させることに貢献している。私の計算の腕だけで、こうも正確な砲撃などできるはずがない。その辺りの手順を何度も組み直し、砲撃までの時間を大幅に短縮させた砲長には頭が上がらない。とはいえ、時々、その無神経さに辟易させられるのは事実ではあるのだが。
こうして算出された計算通りに、砲弾が飛翔する。やがてそれは、先頭艦に達する。
『だんちゃーく、今!』
観測員の合図とほぼ同時に、先頭を進んでいたラーヴァ級から火の手が上がった。これで敵の戦艦は11隻。幸先がいい。
それにしても、どうしていつもオレンブルクの先頭を行く艦は左から回避運動をするのだろうか? そう、教科書に書かれているとしか思えない。
だから私は、砲撃と同時に左側への回避を見越した計算値を提示している。かなりの高確率で、それは当たる。
このことは、先日の勉強会の間で、フロマージュ軍の計算士らにも伝えた。我々に少し遅れて砲撃を始めたフロマージュ軍の戦艦も、射程ギリギリからの砲撃で2隻を沈めた。前回までの戦いと比較すると、明らかに命中精度が向上している。私のノウハウ伝授も役立ったのだろうが、それ以上に彼らもここまでの戦闘を通して、練度が上がってきた結果だろう。
「第二射、用意!」
などと感慨に浸っている場合ではない。まだ敵は我々以上にいる。次の目標を狙うべく、計算に入る。
が、敵の主力が、我々に接近しつつあった。
『偵察艦隊、距離4000!』
そうだった、敵の半数ほどは、この機動力重視の小型の戦闘艦だった。私は計算を中止し、砲長に尋ねる。
「フロマージュ軍からの信号は!?」
しばらく外を眺めていた砲長が、私に返答する。
「今、来た。信号2つ」
ようやく合図が来たか。その合図と同時に我が艦はやや後退して、フロマージュ艦隊後方に回り込む。そして、砲長が叫ぶ。
「火薬1袋、信管0.3秒! 左90度、仰角11度に備え!」
それを聞いた砲撃手らは、一斉に動く。これは対偵察艦隊向けの攻撃手順だ。同時に、リーコネン上等兵も左機銃を構える。
前回は、フロマージュ艦隊からも対偵察艦隊への弾幕を張ったことで、一度に多くの偵察艦を沈めることができた。だから今回からはそれを手順化し、フロマージュ軍旗艦からの合図で一斉砲撃で防御弾幕を張ることとなった。つまり、計8隻の戦艦から偵察艦隊に向けて主砲の散弾を浴びせ掛けるというものだ。
偵察艦の動きは、毎度ほぼ同じ。機動力は高いが、こちらに狙いを定めた時、無防備な瞬間が生まれる。
その瞬間を狙って、8隻から一斉に砲撃を加える。
その一斉砲撃の合図である、3回点滅の発光信号がフロマージュ軍旗艦から放たれた。
「撃てーっ!」
放たれた砲弾は、発射直後にパッと光る。我が艦の左側面には、見えない散弾の幕が張られた。
まさに敵は我々目掛けて機銃を向け、それを放とうとしている瞬間だった。その幕が彼らに覆い被さるのは、まさにその時だった。
横一線に、白い炎の光が発せられる。それは紛れもなく、偵察艦の気嚢に詰まった水素が燃焼されて放つ炎の光だ。
かなりの数が、この一撃でやられた。何隻やった? 私は身を乗り出し、窓の外を見る。
が、その脇に立つリーコネン上等兵が、機銃の引き金を引く。バリバリと音を立てて火を噴く機銃の傍から溢れ出る薬莢が、私の肩や胸に当たる。
と同時に、目前が真っ白に光る。顔が熱い。その光が一瞬にして赤い炎に変わると、落下していくゴンドラが見える。
「危ねえ危ねえ、先制されるところだったぜ」
リーコネン上等兵がそう呟く。どうやら、際どいタイミングで迫る偵察艦を捉えて、それを狙撃したようだ。
炎が地上に落下し、辺りにはやや煙で薄っすらと覆われているものの、視界が開けた。反転し、離脱していく生き残りの偵察艦隊の姿を捉えた。
その数、4隻。つまり今の一撃で、3分の2の偵察艦を沈めたようだ。最初の弾幕と、その後の機銃掃射で蹴散らしたようだ。
一方、フロマージュ艦隊でも一隻、気嚢に被弾した艦がいる。高度が下がり始めたため、戦線を離脱していく。だが、当方の被害はその程度で済んだ。この接近戦は我が方の圧勝だ。
しかし、戦いはまだ終わっていない。今度はその後方に控える戦艦の列が、一斉に砲撃を加えてきた。
『敵艦隊より発砲!』
『面舵いっぱい、回避運動!』
『おもーかーじ!』
敵の戦艦隊がまだ健在だった。敵の弾をかわしつつ、一旦、射程外へと退避する。近接戦闘から長射程の砲撃戦に態勢を移行するためだ。
回避しつつ、高度を上げる。フロマージュ艦隊ともども、高度4000メルテまで上昇。一方の敵艦隊もこちらに呼応し、高度を4000まで上げてきた。
こうなると、あとは艦隊同士の「殴り合い」だ。単縦陣を組みつつ、徐々に互いの艦隊が接近し合う。そしてまもなく、互いの距離が射程の7800メルテになろうとしていた。
「砲撃戦、用意!」
砲長が叫ぶ。私は戦列戦闘の規則に従い、敵艦隊最後尾の艦に狙いを定めてその計算を行う。
カリカリと鉛筆で、計算尺の値を書き込んでいく。弾道計算、風補正、空気抵抗、敵艦の回避運動予測……その計算過程でふと、私は思う。
そういえば、ここ最近の戦いでは、以前と比べても命中精度が明らかに向上している。撃てば、かなりの確率で当たる。これは我が艦の練度向上の結果でもあるが、このところフロマージュ軍から供給される砲弾を使っていることも、その要因の一つではないかと考える。
我が艦の主砲は25サンメルテ口径、その砲弾にはかつて、250発の12ミルメルテ弾を散弾として詰め込む散弾式砲弾を用いていた。
が、敵が気嚢に水素を用いているため、高温化した破片が少しでも当たれば爆発、炎上する。
となれば、12ミルメルテ弾を散弾として使うのは過剰過ぎると、フロマージュ軍から供給されたのが今この艦に搭載されている弾頭である。
これ一発あたり、7ミルメルテ弾が970発、詰めこまれている。これはリーコネン上等兵が使っている機銃と同じ弾だ。小型なため詰め込める弾数が増やせるだけでなく、機銃用の弾をそのまま流用できるため、供給も容易になる。
この機銃弾を12度方向の範囲で拡散させるため、広範囲に敵を捉えることができる。以前のものより3倍以上の弾数が込められている分、当たりやすくなったことは否めない。
せっかく広範囲に多数の弾をばら撒ける砲弾だ、ただ一隻だけを狙っただけでは、一隻しか撃沈できない。しかしこれを早めに炸裂させて、複数の艦の頭上からもばら撒くようにすれば、あるいは……
「おい!」
と、私が思考を巡らせいていると、砲長から怒鳴られる。
「なんでしょうか? 今、弾道計算中です」
「お前、今、ろくでもないことを考えていただろう」
なぜか、私の思考は砲長に見透かされていた。どうして分かったのだろう、顔に出ているのか?
「最初の一撃だけです。敵は我が方より多数であり、一隻でも多く沈めることが……」
「分かった分かった。1発目だけだ。それ以降は通常の砲撃を行う。それでいいな」
呆れた顔で私の顔を見る。ようやく砲長も、反論するのが無駄だと悟り始めたか。私は思わず笑みを浮かべ、再び計算を行う。望遠鏡を覗き、その補正を行う。
そして、算出結果を告げる。
「左34、仰角45、火薬袋7、時限信管31秒!」
キヴェコスキ兵曹長が、持っていた砲弾のダイヤルを回して砲身に突っ込む。その後ろからは整然と、火薬袋7つが放り込まれる。そして尾栓が閉じられて、2人の砲撃手がハンドルを回し始める。
主砲の尾栓が離れ、開いた穴からはやや冷たい空気が吹き付ける。晩秋の空の、しかも高度4000メルテ。気温も氷点下で、吹き付けた冷たい風に北国育ちの私でさえゾクッとする。
が、ハンドルを回す砲撃手の腕にはその冷たい風が返って熱を帯びた筋肉を冷やしてくれるおかげで、機敏なハンドル操作に貢献する。やがて手順通りに発射準備を終え、兵曹長が叫ぶ。
「射撃準備よし!」
「戦列砲撃始め、撃てーっ!」
ドーンという砲撃音と同時に、主砲の先から火柱が立つ。その熱風が、砲撃室前面に開いた穴から一瞬、吹き込む。ムワッとした熱気、そして硝煙の臭いが砲撃室内を通り抜ける。
他の艦も、一斉に砲撃を開始した。敵艦隊もほぼ同時に、一斉砲撃を始める。砲弾の命中を祈念しつつ、とりあえず今は回避運動にはいる。
『回避! 取舵一杯!』
『とーりかーじいっぱーい!』
副長の合図と共に、艦がぐっと左に動く。私は支柱にしがみつく。
この回避運動も、実はただ左右に避けているだけではない。同時に少し、上昇させている。
これは、敵が散弾に12ミルメルテ弾を用いているためだ。空中で炸裂後に、このやや大きめの弾はこちらの弾と比べて初速が遅く、空気抵抗も大きいため落下が早い。
このため、これをより確実に避けるため、艦首をやや上げつつ回避運動をする。すると、敵の狙いから上方向にかわすことができる。
これはオレンブルクと散々やり合い、さらに例の調理場落下事件の結果を受けて、副長が考え出した回避手順だ。機関が強力になったため上昇速度が上がり、それゆえに上方向の回避量が増えた。
が、その副産物として、艦内の揺れが大きくなる。そのおかげでマリッタにとっては戦闘の度に地獄を味わう羽目になるが、最近はあのチョコレートのおかげで、やつもさほど酔わなくなってきた。
我々とて、長い戦闘経験や外部の協力によって、進化し続けてきた。ほんの数ヶ月前と比べても、我々の戦闘力は格段に向上している。
我が艦の気嚢に描かれた青帯は、今ではむしろその強さを示す証となりつつある。敵の目を引き、群がった敵をことごとく葬る。それだけの自信を、この幾多の戦いの中で増してきた。
そんな我々の弾が、弾着時間を迎える。
『だんちゃーく、今!』
弾着の合図と共に、後方の2隻の戦艦が一斉に火を噴いた。白い炎はすぐに赤く染まり、やがて地上に向けて落下していく。
『戦艦2隻、撃沈!』
今日も調子がいい。このままいけば、今回の戦いも圧勝だ。そう私は思い始めていた。
しかし、その後の砲撃がなかなか当たらなくなってきた。8発放った後、ようやく命中弾が出る。が、再び当たらなくなる。
おかしいな、なぜ当たらない? 私は望遠鏡を覗きつつ、砲弾を放った後の敵艦の動きをつぶさに観察する。
そこで私は気づく。しまった、こちらの戦術をパクられた、と。
そう、敵がいつの間にか、我が艦と同様に上方向に回避していたのだ。たまたま近くの雲の下端と平行となった艦に向けて砲撃した直後、その雲の下端から上方向にわずかに動いたことで、それに気づいた。
なんてことだ、敵も我々の動きを観察していた。この戦いで我が艦の回避技に気づいて、それを即座に取り入れたと見える。
我々だけではない、敵も我々との戦いで学習し、強くなりつつあるということか。
そこで私は、その上方運動分を加味した弾道計算を行った。直後の弾は命中するが、再び当たらなくなる。上下方向の移動を知るための目印がほとんどなく、上昇速度が読めないのが原因だ。
このため、予想以上に無駄弾を撃ってしまった。が、それでも2時間後には、敵艦隊を5隻まで減らした。
こちら側も、3隻が戦線離脱したため、全部で5隻。同数同士となったところで、敵の艦隊が引き上げていく。
おそらく、弾がなくなってきたのだろう。特にサラトフ級は2門の主砲を持っているため、弾の消費が早い。撃つものがなくなれば、引き上げざるを得ない。
が、牽制のためか、偵察艦隊5隻が要塞都市上空を旋回している。爆撃艦隊の突入を警戒してのことだろう。だが、こちらの爆撃艦隊はその多くが自噴式弾頭を放ち終えており、アラル山地要塞へと引き返していった。
敵艦隊が去ったのを見て、我々は艦内に残る砲弾を数える。残りはたったの3発、こちらも弾が尽きかけている。
「これは心許ないな、一旦、山地要塞の駐屯地まで引いて、補給を受けるしかない」
砲長がそう呟く。これは私も、そして砲撃手の3人も同意である。戦艦も、砲弾なければただの風船。引き際を見誤ると、次の戦いに備えられない。
さて、こちらが空中戦闘を繰り広げている間に、地上の戦闘はというと、こちらは破竹の勢いで進撃中だった。
すでに塹壕を第4列目まで越えており、最後の一列に殺到しつつある。例の陸上戦艦も、8台が横一線に並んで進撃を続けていた。その傍には大勢の歩兵が随伴し、塹壕内に潜む敵兵の掃討にあたっている。
最後の5列目塹壕の奥には、自走砲が並んで砲撃を加えつつある。が、遠すぎるせいか、ほとんど当たらない。一方で陸上戦艦の放つ砲弾が、容赦無く自走砲を一つ一つ、破壊していく。
塹壕突破はもはや確実、ならば我々が一時的に後退しても問題ないだろう。私は地上を望遠鏡で眺める。
少し、敵の様子がおかしいな。私は地上の光景に、何か違和感を感じる。
5列目の塹壕には、すでに敵の兵士がいない。陸上戦艦の圧倒的な力を前に、早々に撤退を決めたのか?
いや、放棄するには少し早過ぎる気がする。自走砲もかなり後方、最後尾の塹壕から300メルテ離れた場所に並んでいる。
本来ならば、自走砲の前に歩兵が並ぶはずだ。でなければ、固定されて身動きの取れない自走砲を守る手段がなくなる。が、兵士の姿はない。
どこかおかしい、快進撃とはいえ、敵がそこまで後退するものなのか? すぐ後ろは、彼らが守備すべき要塞都市があるというのに。
と、私がそう思った、その矢先だった。
悲劇は次の瞬間に訪れる。
ドーンという地鳴りのような音をたてて、地上から一斉に火柱が上がる。5列目塹壕から、順次4列目、3列目の塹壕に向かって、次々と地上がら爆炎が上がっている。
しまった、いつのまにか上空に爆撃艦がいたのか? そう考えた私は、空を見上げた。
が、何もいない。上空には我々と、フロマージュ軍の戦艦4隻がいるだけだ。
しかし、爆発は続く。2列目の塹壕付近までの地面がくまなく爆発したところで、ようやくそれがおさまった。
あれを見るに、これは地上そのものが爆発したとしか思えない。
不可解極まりない現象が起きたその瞬間から、これまでフロマージュ軍の圧勝が続いた戦いが、急転する。




