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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第3部 侵攻作戦編
45/72

#45 突破

「一時、砲撃室に戻ります!」


 私と砲長は、慌てて後部ゴンドラへと戻る。爆撃任務よりも先に、あの偵察艦を相手にすることになる。となれば、主砲の出番の方が先だ。

 まだ上昇を始めたばかりで、高度もようやく700を越えたところ。敵は1500メルテの高さより、こちらに急降下して襲い掛かろうとしている。気嚢を撃たれれば、背負っている新型の弾頭を支えられなくなる。

 その間にも私は計算尺を滑らせて、メモに書き込んでいる。機銃の有効射程とされる200メルテよりも先に仕掛け、何隻か沈めてやる。


「弾幕を張ります。左32度、仰角33度、時限信管0.4秒! 距離1000メルテで発射してください!」


 この私の算出結果を受け、砲長は望遠鏡片手に偵察艦の集団までの距離を推測する。


「敵艦隊まで、およそ2000!」


 まだ少し遠い、が、こちらもまだ砲撃準備が終わっていない。大急ぎで尾栓を閉じ、ハンドルを回し始めたところだ。


「砲撃開始まで、3…2…1…今!」


 砲長の合図で、主砲身が火を噴いた。発射してすぐ目前にてそれは炸裂し、見えない散弾が上方から接近する偵察艦隊に覆いかぶさる。

 彼らは、いつも通り700付近で減速し、機銃のついた側面を向け始める。が、そのまさに横を向いた矢先に、こちらの罠にかかる。

 数隻が、一斉に火を噴いた。前回と同じ数の偵察艦だが、今回の方がやけに被害が大きく見える。ふと横を見れば、フロマージュ軍の戦艦も同様に、主砲を撃っていた。

 前回の戦いの後に、フロマージュ空軍の士官がやってきて、私にあの偵察艦隊をどうやって狙撃したのかと聞かれた。そこで私はとっさに編み出したこの弾幕戦法の話をしたのだが、どうやら7隻の戦艦が一斉にそれをやったらしい。


『9隻、撃沈!』


 多数の艦で同じことをすれば、当然ながら効果が大きい。残るは6隻、一挙に半数以上を失った偵察艦隊は一斉に方向転換し、山地の後方へと逃げ込んだ。

 一度逃してしまうと、機動力があり的の小さい偵察艦は狙い撃ちはできない。予想以上に早く転進したため、機銃も届かない。


「くそっ、撃沈できなかったか!」


 左機関銃の銃座で悔しそうに愚痴るリーコネン上等兵だが、これも戦いの結果だ、仕方がない。それに、我々の主任務は偵察艦の撃滅ではない。

 あの岩肌に並ぶ、上部を鉄板でおおわれた要塞砲、あれが今回の攻撃目標だ。


『これより、新型兵器による爆撃態勢に入る。砲長、計算士、艦橋へ移動せよ』


 忙しいことだ。空戦と爆撃を兼務するとこうなる。ともかく、空中艦隊戦の脅威も去り、本来の任務に戻るべく、私は砲長とともに艦橋へと向かう。

 が、そこでふと思った。

 今回の新型兵器は、艦橋に設置された照準器を見て狙いを定め、的に収まれば発射ボタンを押す。それだけだ。

 たったそれだけのことに、なぜ計算士が必要なのか?

 艦橋に入ると、前方の大きな窓の真ん中に、その照準器というのがある。そこには椅子があり、ベルトで身体を固定できるようになっている。基本的には、一人でこの照準器を狙ってボタンを押す、という方式だ。どう見ても2人も要らない。

 しかしだ、副長から出された司令は、私が照準器を覗き、砲長がボタンを押せ、というものだ。


「副長、どうして私が照準器を担当するのでありますか?」

「狙いと、実際の弾着のずれを知るには、その方がいい」

「ですから、そのずれを把握するだけなら、私でなくてもよいのでは?」

「そのずれ量を補正するのが計算士の仕事だろう。そのために呼んだんだ」

「ああ、そういうことで……ではなぜ、発射ボタンを砲長が?」

「カルヒネン曹長、貴官のその小さな身体で発射ボタンを押そうとすれば、発射の瞬間、照準器から目を離すことになる。だから、砲長を呼んだ」


 と言われたので、私はボタンに手を伸ばしてみた。副長の言う通り、身を乗り出さないと届かない。照準器からは離れてしまうな。そういう思惑があっての2人体制かと理解した。って、ボタンを押すだけだったら、別に副長でもよかったのでは?

 そんな疑問が脳裏をよぎるものの、今ここでそんなことを言ったところで有益なことは何もない。副長の指示通り、私と砲長が配置に着く。

 照準器には円が描かれており、その中心に目標を収めればよい。横で観測員が目標までの距離を測り、射程距離である1000メルテになったら合図、目標が中央に収まれば私が合図して、その両方がそろったところで砲長が発射ボタンを押す。そういう手順だ。

 各々の役割を確認できたところで、いよいよ最初の攻撃目標に向かう。

 あらかじめ、各艦ごとに目標範囲が定められている。敵の山地に築かれた20か所の要塞砲を5つに分割し、それぞれに2、3艦づつ割り振っている。

 我々の担当はといえば、峠道のふもと近くにある要塞砲4基、つまりもっとも低い位置にあり狙い難い要塞砲だ。こういうのを聞くにつれて、我々はつくづく攻撃しづらい面倒なところばかりを担当させられてるなと、ふと考えてしまう。


「降下開始、担当区画内の一番左側要塞砲を狙う。クロヴァーラ兵曹長!」

「はっ、目標まで、距離3100!」


 いよいよ、地上攻撃に向かう。いつもとは違い、低空から高速で侵入しつつの水平爆撃。発射ボタンを押したら、即座に離脱する。


「最大戦速、取舵7度!」

「とーりかーじ!」


 いつもは伝声管越しにしか聞こえない号令が、すぐ真横で発せられている。私は照準器を覗きつつ、さらに指示をだす。


「進路補正、右に0.5度!」


 それを聞いた航海士が、やや面舵をとる。ちょうど的の中心に、目標の砲台が入る。

 このまままっすぐ進めばいいのだが、敵だって無抵抗ではない。距離1500を切ったあたりから、急にあちらが対空砲火を放ってきた。


「対空砲火、来ます!」

「面舵3度!」

「おもーかーじ!」


 それは高射砲で、少し手前で炸裂した。それを避けるように、艦は右によける。せっかく狙いを定めたというのに、ずれてしまった。あと300で射程内というところですぐに左に戻しつつ、再び目標を照準枠内に収めようとしている。


「距離1000メルテ!」


 ついに射程内に入った。が、まだ的から外れている。高速で降下しガタガタと揺れる船内で、私は発射のタイミングを我慢強く待つしかない。

 そして、ついに枠内に標的が収まった。


「発射!」


 私の合図と同時に、砲長がボタンを押す。ガコンという鈍い音が後ろからしたかと思うと、シューッという何かが噴出するような音が響いた。


「離脱する、面舵一杯!」

「面舵いっぱーい!」


 自噴式弾頭の発射を見届けると、大急ぎで離脱を開始する。あの新兵器はといえば、炎を上げながら目標に向かって真っすぐ向かっていく。大きく旋回しつつ上昇する船体の中から、私は望遠鏡を取り出してその行方を見守る。

 勢いよく飛翔する真っ黒な物体、それは吸い込まれるように要塞砲へと向かう。そして、目標付近に着弾した。

 望遠鏡で見る限り、狙いがやや左に少しずれている。要塞砲の脇の岩壁に刺さり、ひと呼吸ほど遅れてそれは起爆する。

 大きな爆煙を上げて、その新兵器は爆発する。煙が晴れると、着弾地点の岩が粉々に砕け、頑丈な岩肌を削るほどの破壊力だと分かる。が、残念ながら要塞砲は健在だ。

 あれだけ大きな的だというのに、なぜこれほど外れた?

 照準器の誤差か、それともあの不安定な推進機構によるばらつきか? そこで私がふと思い当たったのは、直前の回避運動だ。

 一旦、右に回避して左に戻した。左に戻しながらの態勢で、標的を的の中心に入れて発射した。

 つまり、あれはやや左側の速度成分を持ったまま発射されてしまったのだ。それでは当たるはずがない。


「副長、発射寸前で、回避運動を止められますか!?」


 私は旋回し、再び狙いを定めるべく向きを変えるヴェテヒネンの中で、副長にこう進言した。


「一応はやってみるが、おそらくは無理だろう。さっきの対空砲火を見ただろう。あれをよけずに突っ込むのは、どう考えても自殺行為だ」


 これは暗に却下されたということだな。思いのほか、照準器の狙いは正確だった。なれば、まっすぐに向かえば確実に当てられるというのに……

 と、そこで私はふと思いつく。そうか、まっすぐ向かえないなら、まっすぐ狙わなければいいじゃないか、と。

 私は望遠鏡を取り出し、弾着地点をもう一度見直す。ずれはおよそ20メルテといったところか。3度のずれを戻すあの横方向の速度成分は大体……私はその推測値を元に、補正値を計算する。

 ざっくりだが、距離1000メルテにて1度のずれが残っている場合、その揺り戻しでだいたい12メルテほどずれていると考えられる。となれば、距離1000メルテの地点での回避速度と、そのずれ分を考慮した的で撃ち込んでやれば……


「回避運動は任せます。こちらで、そのずれ分を補正し、弾着位置を予測しつつ発射合図を送ります」


 私がそう告げると、副長が少し微笑むのが見えた。なるほど、最初からこうなることを予想して、計算士である私を照準器の担当にしたんだな。


「再度、左要塞砲を狙う。最大戦速!」


 再び機関音が甲高いうなり音を上げ始める。船体が傾くが、ベルト付きの椅子のおかげで私は照準器に集中できる。ガタガタと揺れながら、目標へと接近する。


「目標まで1700…1600…1500……」


 観測員が目標までの距離を読み上げる。それが1500を切ったとき、再び対空砲火が浴びせられる。

 パッと高射砲の弾が炸裂する。


「取舵3度!」

「とーりかーじ!」


 また狙いがずれた。今度は左方向に回避だ。照準器内からは標的が右に大きくずれる。と同時に、機銃による曳光弾も見えてきた。あまり接近すると、今度はあれの餌食になるな。などと考えていると、すぐに右に船体が揺り戻される。


「1000…900……」


 ついに射程内に入った。が、まだちょっとずれている。が、やや標的が照準器の外円右側にかかろうとしていた。私は横にいる砲長の腕をぎゅっとつかんだ。

 そして、ついに右外円に標的が差し掛かる。


「今!」


 私の合図と同時に、砲長がボタンを押す。ガコンという鈍い音、シューッという噴出音が先ほどと同様に聞こえると、勢いよく炎を噴きながら飛んでいく新型兵器が真下を通過する。


「全速退避! 取舵一杯!」

「取舵いっぱーい!」


 それを見届けると、すぐに大きく旋回しつつ上昇に転ずるヴェテヒネン。それにしても、今日はよく揺れる。マリッタのやつ、大丈夫だろうか?

 だが今は調理師の船酔いの心配をしている場合ではない。離脱を続ける艦内から、私は目標の方角を見る。私の望遠鏡が要塞砲の砲身を捉えたと同時に、黒い物体がまさにその砲身を包む鉄板を突き破った。

 遅れて、それは炸裂する。砲身とそれを囲む装甲鉄板が、内側から膨らんで爆散する。大きな黒煙が上がり、砲台はその場所から姿を消した。


「標的の左要塞砲、破壊!」


 観測員が、要塞砲の破壊を報告する。狙い通りだ。これなら回避運動しながらも目標を狙えるぞ。そんな喜びもつかの間、まだ戦いは始まったとばかりに、次の目標に向けて旋回を続ける。

 周囲を見ると、ほかの爆撃艦も同様に新型兵器による攻撃を加えている。が、まだそれほど命中している様子はない。我々の破壊した要塞砲を含め、破壊できているのは2、3基といったところか。

 我々も必死だが、敵にとってみればあれは脅威だろう。いつもと違う爆撃艦の動き、そして水平にまっすぐ侵入してくる得体のしれない黒い物体。一撃で装甲板付きの要塞砲を葬り去ることのできるそれは、オレンブルク兵から見れば脅威以外の何物でもない。

 この調子で、我々は2番砲、3番砲と次々に撃破した。当初激しかった高射砲も、砲台を破壊するごとにその威力がそがれているように見える。もしかすると、あれも要塞砲台から放たれていたのか?

 が、こちらの担当である4番目の砲台に狙いを定めた時、思わぬものが出現する。


「艦影1、アブローラ級出現!」


 我々の担当領域の最後の砲台に狙いを定めた我々の行く手に、一隻の偵察艦が現れた。ちょうどこちらが爆撃態勢に入り、砲撃も銃撃もできないこのタイミングでやつは立ちはだかる。


「まずい、回避運動!」


 副長が、偵察艦を避けるべく回避運動を指示しようとする。が、私は副長に向かって叫ぶ。


「副長、進路、そのままで」

「おい、カルヒネン曹長、それではあの偵察艦に撃たれるぞ」

「大丈夫です、あれを沈めます」


 私の意図を理解しなかったのか、怪訝な顔を浮かべる副長だが、砲長が目配せして、私の言を受け入れるよう促す。それを見た副長が、こう指示する。


「進路そのまま!」


 偵察艦が前面にいるということは、要塞からは高射砲も銃撃もできなくなる。かえって好都合というものだ。あとは、目の前の偵察艦さえどうにかできればいい。

 偵察艦は左右に機銃がついている。このため、こちらを攻撃するためには減速し、側面をさらしつつ150メルテまで接近しなくてはならない。


「偵察艦まで、あと300!」


 この艦はちょうど、まっすぐ地上の標的を捉えているはずだ。そのうえで、その前にあの偵察艦が立ちはだかり、まさにこちらに側面をさらし、銃撃を加えようとしている。

 地上にある要塞砲をかばうように、我々の前に出たのが運の尽きだ。ついでにお前も、沈めてやる。

 私は、砲長の腕をぎゅっとつかむ。そして、叫んだ。


「今!」


 砲長は一瞬、ためらったが、すぐにボタンを押す。離脱音と噴出音ののちに、自噴式弾頭が猛烈な勢いで飛び出していった。

 そして直前にいる偵察艦へと、その黒い物体は飛翔する。

 慌てたのは偵察艦の方だ。いきなり、あのどでかい砲弾状の物体を突き付けられてきた。が、至近距離過ぎてよけられない。

 弾頭は、ちょうどその偵察艦の気嚢を貫いた。

 バッと白い光を放ったかと思うと、その小型艦は猛烈な炎を上げて燃え上がる。気嚢を貫いたあの弾頭の後方噴射の炎が気嚢の中に詰まった水素に火をつけ、一気に燃え上がったと見える。


「全速退避っ!」


 すぐさま副長は、退避運動を指示する。燃えて落ちる偵察艦のゴンドラを横目に、ヴェテヒネンは上昇に転じる。

 あの偵察艦、よりにもよってちょうど爆撃線上にはいるとは、運が悪いとしかいいようがない。こちらとしては、あれを使って攻撃する絶好の機会となっただけだ。

 そして、偵察艦を貫いた後も飛翔を続ける新型兵器だが、それは予定通りまっすぐと、標的に向かって吸い込まれていった。

 鉄板を貫き、遅れて起爆したそれは、砲台を粉々に吹き飛ばす。我々は、自身の担当する領域の要塞砲台をすべて破壊した。

 そういえばもう一隻、我々と同じ領域を担当していた爆撃艦がいたはずだが、そちらは高射砲にやられて浮力が減少し、新型兵器をすべて捨てて戦線を離脱したと後で聞いた。

 が、我々はまだ5発残っている。このため、別の領域の要塞砲攻撃に加わることとなった。撃っているうちにだんだんと要領を得てきたため、距離1500から放ってみる。射程外からの攻撃となるが、案外推進剤には余裕があったようで、これでも十分命中した。

 そんな具合に新兵器の扱いに慣れたころ、我々がぶら下げていた新型兵器も尽きた。上空から眺めて、要塞砲の破壊具合を確認する。

 20基の内、17基が破壊できた。内、9つは我々の手によるもの、加えて、偵察艦も全部で10隻撃沈。空中艦による作戦は、我々の完勝ともいうべき結果に終わる。

 攻撃の要を失ったアラル山地要塞は、攻め込んできた7万ものフロマージュ軍主力によって一日で陥落する。要塞砲の大半を失った時点で、すでにオレンブルク軍は要塞都市への撤退を開始していたから、ほぼ戦闘らしい戦闘もなく陥落することとなる。こうして、懸念していたアラル山地要塞攻略作戦はあっけなく終結する。


 それから2日後。私は砲長らとともに、アラル山地の峠道のてっぺんに立つ。

 眼下には、広い草地と、河が一本。その河にかけられた3本の橋の向こうに、焦げ茶色の城壁に囲まれた都市が見える。

 あれが、難攻不落と言われる要塞都市、ネフスキヤヴォストークか。

 破竹の勢いで快進撃を続けた結果、ついに我々は最後の攻略拠点の目前までやってきた。

 そしてその向こう側、100サンメルテ先には、皇都イヴァノヴォグラードがある。

 独立戦争に始まり、オレンブルク軍に苦しめられてきた3年間だったが、そこからわずか半年後には、こんどは我々がその敵の皇都に迫っていた。

 この調子なら、要塞都市と言わずこのまま、皇都も落とせるのではないか? そんな錯覚すら覚えていた。

 しかしこの時はまだ、この後に起きる惨劇を私は知らない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 一撃で装甲板付きの要塞砲を葬り去ることのできる謎の兵器に加え、青首がいるのだから要塞側は生きた心地しないだろうなぁ(´;ω;`) [気になる点] 対空、対地だけでなく対要塞砲でも青首はエー…
[一言] もはやルーデルみたいな扱いになってるでしょこの艦 一隻だけ戦果が違いすぎるw
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