#43 弾幕
それにしても、敵の艦隊構成が異常だ。
爆撃艦であるペロルシカ級が5隻というのはわかるが、それ以外がどうしてすべて偵察艦なのか?
もはや、接近戦で勝負しようという意図がみえみえだな。低空であの新型兵器を捉えようとする爆撃艦を援護すべく、15隻の偵察艦が高速でこちらに接近しつつある。
「機関銃、射撃用意! 接近戦になるぞ、砲弾も時限信管を0.2秒、火薬一袋だ!」
まずはあの偵察艦隊を狙い撃とうと、砲長が指示を飛ばす。
「そらそら、きやがれハエどもめ。今度も叩き落としてやらあ」
物騒なことを口走りながら、右機関銃に弾倉を突っ込み銃撃に備えるリーコネン上等兵の口には、カードが咥えられている。そのカードの絵柄は、どうみても「悪魔」だ。こいつ、自らを悪魔のごとく振る舞おうという意気込みを、そのカードに託したのか。
それにしても、数が多いな。全部で15隻。こちらは戦艦が8隻だが、おそらく偵察艦との戦闘経験がほとんどない艦ばかりだろう。果たして、あれをやり過ごせるか?
「来るぞ、距離5000を切った! 砲撃用意!」
砲長のこの合図で、砲身が右方向に向けられる。私はハッとして、計算尺を滑らせる。そしてメモにその値を書き、加算する。
「砲長! 火薬、信管そのまま、右82度、仰角15度!」
「おい、接近戦だぞ、上に向けてどうする!」
「距離800に迫ると同時に、発砲して下さい!」
私のこの進言に、砲長をはじめ、もはや反論する者はない。砲長も大体、私の意図を察したのだろう。すぐに指示を出す。
「仰角15度、右82度だ! そのまま待機!」
「アイサー!」
砲撃手らはすぐにハンドルを所定の位置に回す。他の艦からみれば異様なほど上に向けられた砲身を見て、フロマージュ軍の乗員らはどう思っていることか?
まあいい、結果で示せばいいだけだ。彼らの疑念や疑問など、いちいち相手にしている余裕はない。
「まもなく距離800……3…2…1…今!」
砲長の合図と共に、主砲が勢いよく火を噴く。さっきまで、陸上の戦艦とやらに散々砲撃を見せつけられたばかりだ。こちらだって、戦場の主役としての自負はある。本気を出せばどうなるか。空中戦艦乗りとして見せつけてやりたいところだ。
信管が目前で炸裂する。やや斜め上方に撃ち出されたその散弾は、目には見えないが放物線を描いて空中に散乱しているはずだ。
ちょうどこちらの単縦陣に合わせるように、横一線に展開して接近しつつあった敵の偵察艦だが、やがてそのうちの何隻かが火を噴く。
『散弾、命中の模様! 5隻命中!』
観測員からの報告が入る。いきなり、5隻が沈んだ。と思ったら、遅れて2隻が火を噴いた。
不用意に、こちらが張った弾幕に飛び込んだからだ。あちらはいつも機銃掃射のため距離500付近で減速、旋回を始め、艦を横向きに変える。ちょうどそのタイミングで、こちらがばら撒いた散弾が到達するように計算した。
見事にその網に敵の半数が引っかかった、というわけだ。
「おい、ユリシーナ!」
ところがだ、それを見てリーコネンのやつが叫び出す。
「なんだ」
「ちったあ、こっちの獲物も残しとけ! 張り合いがないだろうが!」
まさか敵を撃沈して、文句を言われるとは思わなかった。が、そんな文句は無視だ。どのみち、敵も全滅ではない。無論、残った敵がこちらに向かって襲いかかってくる。
目前に、小型船の小さめの気嚢が見えてくるがあちらは直前で上昇し始める。
「逃すかよ、死ねぇオラァ!」
今日のリーコネン上等兵は、どこか違うな。いやに殺気立っている。なにかあったのか?
そんな気合いが通じたのか、バリバリと放ったこの機関銃士の弾が敵の気嚢を貫く。あちらが撃ち始める目前で、それを撃ち抜いた。ボッと、敵の気嚢に火がつく。
撃沈だ。しかしなぜかリーコネン上等兵は銃撃を止めない。その燃え盛る気嚢に向けて、銃を撃ち続ける。どうしたんだ、まさか、錯乱したか?
「おい、敵は沈んだ、銃撃止め……」
見かねた砲長が銃撃を止めさせようとした、まさにその時だ。燃えている気嚢の向こう側から、また爆発が起きる。
どういうことだ、まさかこの偵察艦の気嚢が残っていた? この不可解な現象の理由を知るまでに、数秒を要した。
その理由を察したのは、目前で2つのゴンドラが落下していくのを見た時だ。
そう、あの偵察艦は2隻で連なり、こちらに攻撃を仕掛けてきた。1隻目で覆い隠された2隻目が、まさにこちらを捉え攻撃を加えようと接近してきた。
それを、機関銃士は見抜いていたのだ。
「っしゃあ! 2隻撃沈だぜ!」
相変わらず、落ちていくゴンドラにいる敵兵の顔を見ることに、私はどうしても抵抗がある。思わず目を背ける光景を前に、リーコネン上等兵は歓喜している。
とりあえず、錯乱したわけではなかった。それにしてもこいつ、どこに目がついてるんだ?
「おい、どうして2隻が同時にやってくると?」
「そりゃあ、直前で2隻が重なってるのが見えたからよ」
「そんな行動、あったか?」
「お前らが最初の砲撃で沈む偵察艦に目を奪われてる間、俺はちゃんと目で追っかけてたんだよ。お前らが見てなかっただけだろうが」
機関銃士の冷静な観察眼を前に、ぐうの音も出ない。あの時、こいつはそんなことまで見ていたのか。まさに脱帽だ。
周りを見ると、一隻の戦艦が高度を下げ始めていた。おそらく、気嚢に被弾したようだ。残っていた8隻の偵察艦の内、我々が2隻、他の艦が3隻を沈め、残るは5隻となっていた。
その5隻は大きく旋回しつつ、一撃離脱のみで離れていく。
と、そこで爆撃艦隊のことを思い出した。
「砲長! 爆撃艦隊は!?」
慌てて我々は、周囲を見渡す。まさに爆撃艦隊は距離7300、高度1000メルテにて、爆撃の準備に入りつつあった。
一方の陸上戦艦だが、すでに第4列目までを突破し、最後の塹壕に攻撃を加えようとしているところだった。
このままでは味方が、あの爆撃艦隊の爆撃によって阻止されてしまう。
私は慌てて計算尺を滑らせる。とにかく、先頭の艦をまずは叩く。あれを沈められれば、その後方の艦に多少なりとも動揺を与えることができる。
大急ぎで、メモに計算値を書き込む。先ほどの偵察艦への砲撃から、風がやや追い風側に吹いているのを感じた。その補正値を加えて、かつ高度差が1000メルテ。
「右48度、仰角45度、火薬袋6、時限信管35秒!」
私が出した算出結果に、すぐさま砲撃手らが反応する。キヴェコスキ兵曹長が弾頭を放り込むと、火薬袋が詰められて尾栓が閉じられる。
「急げ、すぐに爆撃が始まるぞ!」
キヴェコスキ兵曹長のギラギラした筋肉質の腕から、汗が滴り落ちる。勢いよく使いすぎて今にも切れそうな筋肉だが、今はその腕を信じるしかない。
「射撃用意よし!」
「よし、撃てーっ!」
ドーンという砲声と共に、弾頭が放たれた。遅れて、フロマージュ軍の空中戦艦からも砲撃が加えられる。一斉に爆撃艦隊に向けて攻撃が始まるが、こちらが偵察艦隊に気を取られている間に、かなり際どいところまで接近されてしまった。
あれをどうにかして、足止めせねば。
「砲長、計算士、意見具申!」
私は叫ぶ。無論、これまでの経験上、砲長が断るはずがない。
「具申許可する、なんだ?」
「爆撃艦隊の先頭に突入しましょう!」
「は? なんだって?」
「このまま一隻づつ狙っていては、爆撃は完全に防げません! 敵艦隊の前に立ちはだかり、弾幕を張るのです!」
「……ついさっき、偵察艦にやったようなことをやると?」
私は砲長のこの言葉にうなずく。それを見た砲長が、艦橋に意見具申する。またいつものように副長から、その提案者のことを聞かれて、そして承諾される。
『これより爆撃艦隊に突撃する。砲撃を加えつつ、最大戦速!』
ちょうど副長が指示を出す頃に、先ほど放った砲弾の弾着時間を迎えた。
『だんちゃーく、今!』
観測員の合図が響くが、何も起こらない。外したか……と思った矢先に、パッと白い光が見えた。目論見通り、先頭の艦を狙い撃ちだ。燃え盛る先頭艦を前に、爆撃艦隊の陣形が乱れる。
『敵が乱れた。この隙に突入し、敵を一気に葬るぞ!』
やたらと元気な副長のこの号令に、艦がありえないほど傾く。支柱にしがみついてはいるが、傾け過ぎだ。このままでは振り落とされる。
と、激しい下降運動にさらされる中、観測員から思わぬ報告が入る。
『敵爆撃艦隊、焼夷弾を投下!』
おかしいな、まだ味方の陸上戦艦隊の手前のはずだ。なぜ、投下を?
その直後、その理由が判明する。
『敵爆撃艦隊、反転、撤退します!』
なんと、敵の艦隊が反転した。この一連の行動はつまり、爆撃を諦めて撤退に入った、ということだ。しかし、まだ4隻の生き残りがいるというのに、どうして諦めたのか?
我々が高度1500で降下をやめて、敵の艦隊を追う。が、焼夷弾を捨てて身軽になった敵は全速でその場を去り、そして山地の裏側に消えていった。
「やけにあっさりと、逃げ出したものだな」
砲長も呆れるほど、今回の爆撃艦隊はあっさりと逃げ出した。これまで何度か彼らと戦闘してきたが、新兵器を前にしてこれほどあっけなく諦めるとは、不可解としか言いようがない。
「俺らに恐れをなしたんじゃねえのか?」
「そんなことないだろう」
「そうかぁ? だってこの艦、もう何度も敵を葬ってきてるんだぜ。敵だって恐れをなして、逃げ出したくなるだろう」
「それはそうだが、向こうから見たらこの艦が、ヴェテヒネンかどうかなんてわからないだろう」
「そんなことないぞ。だってこの艦、青帯が描かれてるからな」
「あ……」
そういえばそうだった。敵の気を引くために、わざわざあんな目立つ色の帯を描かされたんだったな。こんな模様の気嚢を持つ艦は、確かにヴェテヒネンしかない。
ということは、狙い撃ちさせるための目印が、敵にとって恐怖の対象となったと、そういうことなのか?
それで逃げてくれたのなら、ありがたいことではある。しかし一方で、偵察艦2隻から狙われた。リーコネン上等兵が敵の動きを見抜いていなかったら、こちらも被弾していたところだ。
裏を返せばあれは、まさにこの艦を狙い撃ちしてきたことになる。あちらもそれだけ、必死だったということになる。
そう考えれば、やっぱりあの青い帯は邪魔でしかないな。恐怖の対象でもあり、一方で目の敵にされつつある、ということだ。この先の戦いが、思いやられる。
そういえば、やたらと副長やリーコネン上等兵が元気だった理由らしいものがわかってきた。
前日に食べた、あのチョコレートとやらのせいではないか、ということだ。
それが証拠に、今度の戦闘でも激しい上昇下降運動があったにもかかわらず、マリッタのやつ、船酔いもなくやけに元気だ。
「いやあ、やっぱりチョコレート最高! あれさえあれば、船酔いなんて乗り越えられるわ!」
一方で、私と砲長にはあまり効果がなかったようだ。どうやら個人差があるように思われる。
ちなみにこのチョコレートというやつは、我が王国の王族や貴族の間では強壮剤として使われているものでもあるという。嫡男をもうけなくてはならない貴族、王族にとって、その手のやる気の源というのは不可欠だ。
その話をマリッタあたりから聞いたのだろう。砲長が駐屯地で、私にやたらとチョコレートを勧めてくる。もちろん、自身も頬張っている。その上でさらにワインも勧めてきた。砲長の意図はわかるのだが……すでにお盛んな砲長には、チョコレートなど不要ではないか?




