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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第3部 侵攻作戦編
41/72

#41 渡河作戦

 なぜだろう、先日の戦いで、何かやらかしたような気がしてならない。

 今に始まった事ではないのだが、特に今回はやらかしたような気がする。なぜ、そう感じてしまうのだろう?


「なんだぁ、人生にお悩みの顔だな」


 リーコネン上等兵が私を見てこう言い放つ。こんなやつでも気づくとは、よほど顔に出ているようだ。


「いや、ただ単に何か、やってはならないことをやった気がしてるだけで……」

「そういうのを『悩み』っていうんだよ。勲章持ちの英雄様が、そんな暗い顔してちゃダメだろう。しゃあねえ、俺がお前の向かうべき未来を占ってやるぜ」


 と、唐突にこいつはカードを並べ始める。別に占ってほしいなんて、言った覚えはないのだが。


「うーん、過去は『正義』か。つまりお前は、自分の信念ってやつを頼りに生きてきたってことだな。で、現在はというと『節制』。要するに、周りに振り回されてるってこった」


 べらべらと、知ったようなことを言い始めるこのエセ占い師だが、わりと言っていることは尤もらしい。確かに私は「計算」を信条としてきた。が、今はわりと周りの状況に振り回されている。


「近い将来が『吊るされた男』だな。しばらくは振り回されっぱなしだ。で、取るべき手段が『戦車』、もうちょっと積極的になれってこった。潜在意識は『悪魔』、どうやら心の奥底では、何かを疑ってるみてえだぜ」

「はぁ? 疑う? 何を」

「さあな。でも近々、明らかになるかもよ。んで、妨害は『死』だとよ」

「おい、まさか誰か死ぬとでも?」

「いや、そうとは限らねえ。なんていうか、過去に死んだ者だったり、あるいは不幸だったりがお前のやろうとしてることを邪魔している、という場合もある」

「なんだそれは」

「まあいい、んで、最終的にどうなるかだが、『力』と出た」

「自分の人生を、ゴリ押ししろと?」

「そんなところだな。おのれの信条に従い、積極的に切り拓けと言ってるみてえだな」


 なんともふわっとした内容だ。別に言われなくても、自分の人生くらい自力で切り拓いてみせる。とはいえ、私の持てる力などひ弱すぎる。計算尺をすばやく滑らせるのがせいぜいといった腕力しかない。

 ところで今、我々はヴォールゴ河の上空2000メルテにいる。いよいよ、フロマージュ軍7万人による渡河作戦が開始されようとしている。上空にて、これを支援するのが我々の任務だ。

 今のところ、敵の空中艦は見当たらない。この間のような雲の発生もない。穏やかな空が、この大河の上に広がっている。

 もちろん、対岸には敵の防衛陣地が築かれている。上空から見ればそれが丸見えだ。だから当然、敵陣への攻撃任務も我々は担っている。

 ということで、このヴェテヒネンにも久しぶりに爆装が施される。15メテ・グラーテもの焼夷弾を、砲撃室のある後部ゴンドラの真下にぶら下げて、まさに今、その敵地上空に差し掛かろうとしているところだ。

 このまま戦艦としての任務に専念させてもらえると思っていたが、今は爆撃任務のための艦が足りないからと言われ、引き受けることになった。結局、我が艦はいつもフロマージュ軍の都合で振り回されっぱなしだ。

 とはいえ、そのフロマージュから供与された強力な機関のおかげで、以前ほどはその重さを感じない。が、やはり重たいものをぶら下げて飛んでいるという感は否めない。もっとも、その状況を喜んでいるやつが一人だけいる。


「いやあ、船が全然揺れないから快適だわぁ。このまま、あの重りをぶら下げ続けてくれないかなぁ」


 言わずと知れた、我が艦で唯一の民間人で、船酔い体質が治らないマリッタだ。確かに揺れが少なくなり、マリッタにとっては快適極まりない。だがあれは、一撃でこの艦を炎に包めるほどの危険極まりない武装だ。そんなものを剥き出しにしてぶら下げたまま敵の前にその姿をさらしているのに、それを歓迎するとはどういう神経をしているんだ。

 しかし当然ながら、そんなマリッタの願いを聞き入れてくれるような状況にはない。地上から、発光信号が発せられる。

 短く3回、長く2回、これを何度も繰り返すその信号は、渡河作戦開始の合図だ。河岸を見ると、上陸用水艇が一斉に河を渡り始めるのが目に飛び込む。


『作戦開始だ! 高度1000メルテまで降下し、爆撃を開始する!』


 いやに元気な副長の声が響き渡る。リーコネン上等兵と恋仲になってからというもの、なんだかこれまで以上に活力を感じる。昨夜だって一緒に過ごしていたはずだから、体力を消耗しているはずでは……いや、他人の営みを詮索するのはあまり良いことではないな。

 作戦開始と同時に出された降下命令により、艦が大きく傾く。あらかじめ、支柱と身体を縛り付けておいた私は、望遠鏡でその先を見る。

 眼下には、白い土嚢を半円状に並べて作られた陣地の内側に兵士が2、3人づつ、機銃や迫撃砲を構えているのが見える。そんな陣地が数十、いや数百はあるだろうか。それが河岸に沿って並んでいる。

 だから、我々は河岸に対し平行に船体を向ける。その陣地の並びに沿って航行しつつ、船体にぶら下がっているこの重い物体を切り離しにかかる。


「爆撃始め、放てっ!」


 まずは一つ目。キヴェコスキ兵曹長がレバーを引くと、5メテ・グラーテ分の黒い円筒状の塊が河岸に並ぶ兵士たちが潜む陣地に向かって落下していく。


『だんちゃーく、今!』


 観測員の合図と同時に、地上では黄金色の炎が次々に上がる。白い半円状の陣地が、その眩い炎の中に覆われていく。あの内側では、地上の地獄が出現していることだろう。もっとも、それを見た者は一瞬にして肺が焼かれ、やがてその身体ごと炎と同化し消えていくのだろうが。


「第2射、用意! 放てっ!」


 が、砲長は容赦なくその地獄の素をばら撒くよう命じる。再び兵曹長によってレバーが引かれ、黒い塊が地上に吸い込まれていく。しばらくして、ポツポツと炎の塊が地上で花開く。

 こんな光景が、対岸に沿って繰り広げられる。作戦に参加しているのは、このヴェテヒネンを含む10隻で、我が艦以外はすべて爆撃艦だ。その爆撃艦列と並行して、戦艦隊が7隻、敵の攻撃を警戒しつつ護衛任務に就く。

 もちろん、地上も黙ってはいない。当然、反撃がくる。が、放たれる機銃は届かず、高射砲の弾も当たらない。毎時200サンメルテで移動する物体に、散弾を当てようというのはかなり困難で、せいぜい高度1000メルテ程度のものを狙うのがやっとというのが我々の常識だ。ところが、フロマージュ軍には2000メルテ以上まで当てられるという高射砲が開発されているというから、オレンブルク軍との力量の差を感じさせる。

 そんな地獄の光景を見せられた後、ついに上陸用水艇が対岸に到達する。まだ残る陣地と、爆撃後に後方から現れた自走砲からの砲撃が、上陸部隊に向けて容赦なく放たれる。


「あの自走砲を一つでも、破壊しておくか」


 砲長が地上に見える自走砲を指差しつつ、そう私に告げる。


「了解、すぐに算出します」


 私は望遠鏡でその自走砲の位置を定める。今日はほぼ無風であるから、理想的な放物線運動で到達するはずだ。さっきの爆撃でも、焼夷弾はほぼ揺らぐことなく真っ直ぐ落ちていった。それらを考慮し、私は自走砲の一つに狙いを定めて狙いを算出する。


「左11度、俯角61度、火薬一袋、時限信管3秒!」


 私が指示を出すと、すぐさま砲撃手の3人が動き出す。尾栓が閉じられ、ほぼ下向きに向けられた砲身が自走砲を捉える。


「地上攻撃始め、撃てーっ!」


 爆弾をすべて投下し終えた爆撃艦隊は既に転進し、この場を退いている。ここに残るのは、ヴェテヒネンを始めとする戦艦のみ。だが、敵の空中艦は見当たらない中、砲撃を始めたのは当艦だけだ。

 だいたい、戦艦の砲撃であの小さな自走砲を1000メルテ上空から当てようなどと考える艦が、我々の他にいない。皆、当てられるとは考えていないようだ。いや、そんなことはやってみなくてはわからないだろう。現に我々はこれまで、何度も当てているのだから。

 などと思う間に、観測員の弾着合図もなしに初弾が着弾する。が、やや右に外れた。私はそれを見て補正値を算出する。


「左10度、俯角60度!」


 火薬と信管時間は同じだから、方角のみを指示する。尾栓が開かれ、火薬カスが吐き出された後に用意していた砲弾と火薬袋を放り込むと、尾栓が閉じられて再び下方向にその砲身が向く。


「射撃用意よし!」

「撃てーっ!」


 砲長の合図と共に、再び火を噴く25サンメルテの砲。私は、その先にいる自走砲へと望遠鏡を向けた。

 今度は自走砲の真上に当たった。砲身を真っ二つにしつつ、バラバラに吹き飛ぶ様子が見える。命中だ。

 だが、最初の着弾で兵士らは逃げ出したようで、そこに兵士らの姿はない。すぐそばにある陣地に逃げ込む3人のオレンブルク兵の姿が見えた。兵士は撃ち漏らしたと嘆くべきなのか、いや、無益な殺生に及ばなかったと喜ぶべきところか。

 ともかく自走砲を一つ、破壊できた。これを繰り返せば、さらに味方の犠牲を減らすことができる。次の標的を求めて、私は望遠鏡を地上に向ける。

 だが、そんな悠長な状況ではなくなった。

 我々にとっての、本来の「敵」が姿を現したからだ。


『敵艦隊、出現! 距離18000メルテ、艦影多数、数15! サラトフ級5、ラーヴァ級2、ペロルシカ級8! 高度3000!』

『敵の大艦隊だ、砲撃中止、急速上昇!』


 ようやく、敵空中艦の登場だ。観測員の報告に呼応して、即座に副長が上昇を指令する。この低高度での空戦は不利だ、すぐさま敵艦隊と同じ高さまで上昇する必要がある。

 すでにフロマージュ軍の戦艦隊は高度3000まで上昇している。空中戦闘可能な艦艇は7隻、フロマージュ戦艦隊もちょうど7隻。問題は、8隻もいるペロルシカ級だ。

 ペロルシカ級は爆撃艦のため、爆撃のために来ているのは間違いない。が、あれがまさか高度3000から爆撃することは考えられない。普通に考えれば、一度降下して地上に接近し、展開しつつあるフロマージュ軍に狙いを定め、攻撃することは予想される。

 となれば、あれを沈めるためには、このまま高度を上げない方が得策か。


「砲長、計算士、意見具申」


 支柱にしがみついたまま、私は砲長に向かって叫ぶ。


「具申、許可する。なんだ」

「敵の爆撃隊降下に備え、低高度で待機すべしと考えます」

「なぜ、降下すると?」

「まさか3000メルテから、移動する軍を攻撃することは不可能でしょう。普通に考えて、1000メルテ程度まで降下するものと考えます」

「まあ、それはそうだな……」


 私の意見を聞いた砲長は、それを艦橋に伝えるべく、伝声管の蓋を開ける。


「砲撃室より艦橋! 砲長、意見具申!」


 上昇中で傾いた艦内ではあるが、すぐさま副長から応答が返ってくる。


『こちら艦橋、具申許可する』

「敵の爆撃隊はまもなく、降下を始めます。それに備え、低高度にて待ち伏せすべきと考えます」


 これを聞いた副長は、しばらく沈黙する。やがて、こう返してきた。


『それは、カルヒネン曹長の意見か?』

「その通りです、副長」

『了解した。高度1500メルテにて待機する。航海長、上昇止め!』


 なんでここで私の名前が出てくるのかが不可解だが、ともかく、副長はその意図を理解してくれたようだ。ヴェテヒネンが上昇を止め、水平飛行に移る。

 それとほぼ同時に、敵のペロルシカ級8隻が増速し、下降を始める。思った通り、地上軍への攻撃を始めるつもりだ。すぐさま、砲撃室内は攻撃態勢に移行する。


「敵が降りてきた。一隻残らず、撃沈するぞ」


 上空を見れば、7隻のフロマージュ軍の戦艦隊はすでにオレンブルクの7隻の戦艦隊との戦闘に入っていた。降下してきた爆撃隊への攻撃どころではない。元々、敵もそういう狙いなのだろう。戦艦隊に引きつけて、その隙に爆撃隊で地上軍に攻撃を加える。

 敵の思惑通りにされてたまるかと、私は望遠鏡を覗いて敵の先頭艦を見る。うまくいけば、先頭艦の誘爆で2隻同時に沈められる。そう考えつつ、敵の艦列を見た私は、愕然とする。

 やつらめ、やはり学習しているな。

 やつらの艦列は、互いの距離をとりつつ、かつジグザグな陣形に転換している。これはつまり、誘爆させないための陣形だ。なんてことだ、あれじゃ一隻づつ狙って沈めるしかないぞ。

 上空のフロマージュ軍を見るが、まだ撃ち合っている。すでに戦闘開始から10分以上経過していると思うが、まだ一隻も沈められないのか。あそこの計算士は何をしているんだ。

 援護がない以上、我々だけで対処するしかあるまい。敵は既に高度1500を切っている。こちらより、やや下を移動しつつ、上陸部隊へと狙いを定めつつあった。


『ペロルシカ隊先頭までの距離7100! 高度1200、方位、右45度!』


 すでに敵が射程内に入っていた。私は慌てて計算に入る。高度差は300、この高度での風はほぼ無風。先頭の艦から一隻づつ沈めるしかない以上、外すわけにはいかない。

 が、計算しつつ、私はふと計算尺を止める。待てよ、この高度差で、すでに射程内にいるわけだから、上手くいけば敵をいっぺんに……

 すでに記入した計算値が書かれたメモをめくって、計算をやり直す私を見た砲長の顔が一瞬、怪訝な表情に変わる。が、そんなことはお構いなしに、私は計算尺を滑らせる。

 やや博打要素の高い計算結果を、私は提示する。


「右47度、仰角57.8度、火薬袋7、時限信管26秒!」


 それを聞いた砲長が私に食ってかかかる。


「おい、どこを狙った計算だ! 弾着は40秒以上先だろう、なんで信管時間が26秒なんだ!」

「散開した敵を、一度に狙うためです!」

「一度にって……お前、当てられるわけがないだろう」

「当たらなければ、普通の砲撃に戻すだけです! 初弾はこれでやらせてください!」


 一瞬、砲撃室内に緊迫した空気が流れる。そんな空気をかき消すような報告が、この砲撃室に飛び込んでくる。


『アブローラ級、発見! 数は6、距離12000、速力300にて急速接近中!』


 敵の偵察艦、いや、近接戦闘艦が6隻も現れた。ペロルシカ級の援護のためだろう、こちらに真っ直ぐ向かっているとの観測員からの報告だ。


「砲長よ、とてもじゃねえが悠長に一隻づつ狙ってる場合じゃねえぜ。今は計算士の勘に、頼るしかねえだろう」

「おうよ、あの偵察艦の相手なら、俺に任せろ」


 キヴェコスキ兵曹長も私の支持に回る。リーコネン上等兵も機銃弾倉片手に私を後押しする。それを聞いた砲長が、決断する。


「わかった。初弾だけ、その勘に賭けてみるか」

「アイサー!」


 それを聞いた砲撃手の3人が素早く動き出す。私は望遠鏡で敵の爆撃艦隊を確認する。この会話の間に、狙いがずれてしまった。その補正値を算出し、伝える。


「方位補正、右46.5度、仰角47.2!」


 それを聞いたキヴェコスキ兵曹長ら砲撃手が、素早くハンドルを回す。やや上方に向けられた砲身のその先には、散らばった爆撃艦隊が見える。


「砲撃始め、撃てーっ!」


 砲長の合図と共に、主砲が火を噴いた。砲弾が敵の艦隊めがけて飛翔する。

 放たれた砲弾は、高度5300メルテまで達する。その後、下に向いた直後に散弾が炸裂するよう設定している。

 使用する砲弾は散弾式、これはほぼ円形に弾をばら撒く。今はやや上空でも風が弱く、2000メルテ以下ではほぼ無風状態。となれば、前後3000メルテほどに散らばった敵爆撃艦隊にその散弾が、ちょうど傘のように覆いかぶさる計算だ。

 もっとも、弾の密度が薄くなる上に、狙い通りに行くとは限らない。かなり思い切った賭けだが、一隻づつ相手にしていたのでは埒が明かない。

 その間にも、爆撃が始まってしまう。

 砲撃室には、主砲が戻されていた。砲身内の火薬カスを取り除き、次の砲撃に備えている。私は先頭の艦に狙いを定め、計算を始める。

 その間に、上空で砲弾が炸裂する時間を迎える。私は一瞬、空を見上げる。ぱっと白い光が放たれ、目には見えない無数の散弾が炸裂したことがわかる。

 その脇では、相変わらず戦艦同士の撃ち合いが続いている。両者とも、まだ7隻づつと健在だ。相手は水素ガスを詰めた脆弱な船体、1発でも当てれば爆沈できる相手だというのに、フロマージュ軍はまだ当てられないのか。その練度の低さにやや苛立ちを感じつつも、私は再び計算に戻る。

 今の計算は、先頭艦に当てるための通常砲撃を想定した弾道計算だ。

 が、先ほど放った砲弾の行方次第では、この計算も無駄になるかもしれない。そう思いつつもカリカリと計算値をメモに書き留める。ちょうどそれが終わった時に、弾着時間を迎える。


『だんちゃーく、今!』


 観測員の合図が、伝声管越しに届く。私は敵の艦隊を見るが、特に変化が見られない。

 やはり、失敗したか。いや、それとも散弾は空気抵抗による減速度合いが高いから、単に弾着が遅れているというだけなのか?

 が、それから10秒ほど、変化のない敵の艦隊を見て、私は初弾の戦果を諦めて先頭艦攻撃の算出結果を読み上げる。


「右44度、仰角42度、火薬7袋、信管38秒!」


 ところがだ、それを読み上げている最中に、異変が起きる。敵の艦隊の内の何隻かが、ぱっと白く光る。


『初弾命中、2番、3番、5番、8番艦、炎上中!』


 随分とまだらな命中だが、いきなり8隻中4隻が火を噴いた。燃え盛り浮力を急速に失いつつあるその4隻の爆撃艦は、地上に向けて落下し始める。

 あれだけ散開した敵を、一度に4隻だ。仕掛けた私自身も驚いている。が、これでかなり楽にはなった。あとは残りの敵を葬るだけだ。


「第2射、撃てーっ!」


 その間にも、主砲は先頭の艦に向けられていた。まだ健在な先頭艦だが、運良く生き残ったその艦めがけて、非情にもヴェテヒネンの砲弾が投げかけられる。

 その弾着を待つことなく、今度は我が艦に試練が襲い掛かる。


『アブローラ級、我が艦に突入! 距離700!』


 いつの間にか、敵の偵察艦が突っ込んできていた。6隻が縦に連なり、我が艦にのみ狙いを定めて、右側面に接近しつつある。


「主砲は火薬1袋、信管は0.2秒、機銃ともに、偵察艦めがけて放て!」


 砲長がすぐさまそれに対応する。一方のリーコネン上等兵も、機銃を構えて迎え撃つ態勢だ。


「おらぁ、食らえ!」


 バリバリと機銃の音が響く。と同時に、主砲も火を噴いた。2つの武器の同時使用で、ゴンドラがガタガタと小刻みに揺れる。小型の飛行船の気嚢が大きく迫るが、その先頭の艦がこの攻撃で火を噴いた。

 こちらの顔面までその熱が伝わってくるほどの大爆発だ。浮力を失い、落ちていくゴンドラが見える。いつもの光景だが、相変わらず胸糞の悪い光景だ。ところが、そんな先頭の艦に、後ろの偵察艦が突っ込んでくる。

 偵察艦は、速度は速いがその分、旋回性能が劣る。目の前で炸裂した艦を避けきれず、その炎の直中に突っ込んでしまう。当然、2番艦の気嚢も引火し、爆発する。

 3番艦も同じ運命だ。避けきれず、突っ込んできた。浮力を失ったゴンドラが3つ、並んで落ちていくのが見える。高度は2000メルテ、さすがに助かるまい。だが、4番艦以降はかろうじて旋回し、我が艦から離れていく。


「逃すかよ、おい!」


 間近で旋回する残り3隻の偵察艦めがけて、リーコネン上等兵が攻撃を加える。距離150メルテ付近で旋回するその艦列にはなかなか届かないが、1発だけ、最後尾の艦に命中する。


「やったぜ! 命中だ!」


 6番艦が火を噴いた。これで4隻。残りの2隻は全速で我が艦から離れていく。どうにか、偵察艦からの攻撃を退けるのに成功した。


「そうだ、爆撃艦は!?」


 ここでふと、先ほど放った砲撃のことを思い出す。偵察艦隊からの襲撃を受けてすっかり意識の外にいたが、先頭の艦を狙った砲撃が、そろそろ命中している頃だ。私は望遠鏡で爆撃艦隊の艦列を見る。

 一隻だけ、勢いよく火を噴いている艦が見える。あれは、我々が狙った艦だ。どうやら命中したらしい。制御を失い、燃えながら地上に向かって落ちていく先頭艦が見える。

 こうして、残るは3隻になった。ここで敵は、思わぬ行動に出る。

 なんと、焼夷弾を落とし始めた。下は河岸からやや離れた針葉樹林だ。どうやら、爆撃を諦めて逃げに入ったらしい。

 あの短時間で、5隻も沈められたのだ。もはや敵わないと悟ったのだろう。我々から見ても、賢明な選択だ。

 しかしまだ、敵の戦艦隊がいる。高度3000メルテにて、フロマージュ軍との戦闘を繰り広げている。

 見上げると、フロマージュ側が1隻足りない。どうやら気嚢を撃たれて戦線離脱したようだ。6対7で撃ち合いを続けている。


『フロマージュ艦隊を支援する、急速上昇!』


 副長が新たな戦場へ向かうことを宣言すると、再び艦が大きく傾く。ここから1000メルテ上昇し、フロマージュ艦隊と合流して敵戦艦撃滅へと向かう。

 が、まもなく高度3000メルテというところで、敵が急に向きを変える。爆撃艦が撤退し、残る意味がなくなったと考えたのか、それとも我が艦を避けるためなのか、その場で90度転進して河岸から離れていく。その艦列に一撃だけ加えたが、当たらず逃げられてしまった。

 空は、すでに我々の側が制圧した。地上でも空の勢いを受けたのか、快進撃が続く。やがて、川岸にあった3ヶ所の高台を抑えて橋頭堡とし、夕方までには対岸の制圧を終えた。

 で、我々はその反対側の河岸にある駐屯地へと戻り、補給を受ける。このため、その晩は地上で過ごすこととなった。


「い、いやあ、空きっ腹にカレーは、ほんと浸み入るわぁ……」


 戦闘行動中の急上昇の繰り返しで船酔いし、すっかり胃の中が空っぽになったマリッタが、支給されたカレーとチャパティを頬張りながらそう呟く。


「ほんと、フロマージュ軍の食事は美味えよなぁ」

「え、ええ、でも私、今、あんまり味を感じないかなぁ」


 気の毒なほどに弱り果てたマリッタを見てると、もうこのままあの船に乗らなきゃいいのに、と本気で思う。戦闘の度にこれでは、先が思いやられる。しかしこれほどの戦闘が初めてというわけではないのだし、未だに慣れないのならば艦を降りることも考えないのか。

 と思いつつも、その日は暮れた。私はその会話の直後に、砲長が差し出してきたワインを飲んだおかげで、その後の記憶がない。無論、目覚めた時はいつも通り、砲長のすぐ横だった。

 その寝床の上で、砲長の寝息を聞きながら、私は計算尺を滑らせつつ考える。

 ここを抜けた先に、ヴォストーク・ヴォールゴ平原と呼ばれる場所が広がるという。見通しの良い平坦な土地だと聞いているが、オレンブルクの連中がそこをすんなり通してくれはしないだろう。必ず何か、仕掛けてくるはずだ。

 まだまだ戦いは続く。つい数ヶ月前までは、まさかオレンブルクの奥地まで攻め込むなどとは考えてもいなかった。単なるイーサルミ王国の独立戦争だったはずが、いつの間にか大きな戦争へと発展してしまい、オレンブルク本土に攻め入る羽目になった。だが、まだ進撃は止まる気配がない。これほどまでこの連合皇国に入り込んで、無事に帰れるのだろうか?

 一抹の不安を抱えながらも、私はこの時代の流れに従うほかなかった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] バッタバッタと落とすのもヤベーが、一発でまとめて数隻沈めるのがおっかなすぎる( ;∀;) [気になる点] 敵からみると、わざと生き残りを帰してるように見えるのだろうなぁ(´;ω;`)…
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