#36 凱旋
どういうわけか、私は今、フロマージュ共和国の首都、ペリュルクスにいる。
ここは国王陛下ではなく、大統領と呼ばれる民選の首長によって治められる国家だ。その国の軍司令本部がある建物の前の広場のど真ん中に、私は立っている。
その正面には、カーキ色の豪華な飾緒付きの軍服を着た人物が立つ。フロマージュ軍の総司令官であるその人物が、私のこの薄く小さな左胸元に、すでにつけられているあの金等級の勲章よりも、さらに大きなものを取り付ける。
この金色のそれは、フロマージュの金等級ともいうべき勲章だ。なんと私は、自国以外の金色勲章を授与されることになったのだ。
「ビヴァ、レス ヒェロ!」
その総司令官が、フロマージュ語で「英雄、万歳」と叫ぶ。その次の瞬間、広場の両脇に並んだ衛兵らが、手に持った銃を宙に向けて、一斉に撃つ。
その銃声を合図に、周囲の人々が歓声を上げた。それを受けて、総司令官閣下が私に敬礼する。慌てて私も、敬礼で応える。
とんでもない規模の授与式だ。どうして私は今、こんなところにいるのだろう。左手にある計算尺を握りしめ、この非現実的光景を前にして卒倒しそうな心を何とか落ち着かせるのが精一杯だ。
で、私とヴェテヒネンの乗員27名は、馬車に分乗して街を練り歩く。2頭立ての8台の馬車が向かう先には、大きなアーチ形の門が見えてくる。
それは、フロマージュ共和国が王政を倒し、民主共和制の国家を樹立した記念に建てられた門である。リヴェグローリエ門、またの名を「凱旋の門」と呼ぶそれは、まさしく勝利者のみがくぐることを許された特別な門である。
その門の下を、正に今、我々が通り抜けようとしている。
しかしだ、この門は今から100年以上前に、当時フロマージュをおさめていた国王陛下を打倒したことをきっかけに作られた門だと聞いた。
その門を、未だ王政を敷く国の人間が、くぐっていいものなのだろうか?
いや、そんなことはもはや些末な問題だ。目下、最大の問題は、私はここでどう振舞えばよいのか、ということだ。
門の向こう側には、群衆らが手を振って我々を出迎える。大勢の人々の歓声が絶え間なく聞こえ、通り沿いの窓からは紙吹雪が舞う。
あの上陸作戦の勝利から、およそ一週間が経った。私はなぜかこの国で、英雄に祭り上げられていた。
ヴェテヒネンの挙げた戦果は、計り知れない。空中艦に自走砲、表には出ていないが、敵の電波探知機を見抜いてそれを破壊したことも暗に含まれているのだろう。それが爆撃艦の突入を可能とし、結果として大勢のフロマージュ共和国の軍人を救うことになり、そして長年、フロマージュ共和国が欲してやまなかったアソンニオ島を手に入れることができた。この聖稜大陸で覇権を争っていたスラヴォリオ王国の力を、大幅にそぐこともできた。
そんな大勝利をもたらしたとされるヴェテヒネンの乗員と、その神業的な弾道計算を算出したとされる私に、惜しみなく賞賛が投げかけられる。
が、それゆえに私は今、困惑している。
「ほ、砲長」
隣にいる砲長に、私はたまらず口を開く。
「なんだ、お前は今、歓迎されているところだぞ。何を硬くなっている」
「だ、だって、こんな時どんな顔をすればいいんですか?」
と、そんな砲長と私の間に、しゃしゃり出てくる者がいる。
「決まってるだろ、笑えばいいんだよ!」
そう言ってのけたのは、リーコネン上等兵だ。そういうと、こいつはその群衆に向かって笑顔を振り向けながら、手を振っている。
が、簡単に言ってくれるが、笑顔とはどうやってするものなんだ?
「おい、硬すぎるぞ。もっと笑え」
と砲長も私にそう言い放つが、だから笑うというのはどうすればいいのかと聞いているのだ。簡単に言ってくれるな。
最高の笑顔となる目と口の形と比率を決める算出式があるなら、ぜひ教えてほしいものだ。
そんな拷問のような凱旋パレードを終え、やっと私は解放されて、砲長とともにこの異国の大都市を巡る。
「うう、早く宿に戻りたい……」
「何を言ってるんだ。世界随一の大都市だぞ。そんなところを歩く機会など、滅多にないんだ」
いや、私は人混みが苦手なんだ。大都市だから歩かなければならないという決まりはないだろう。憂鬱だ。
それにしても、この男はいつになく浮かれている。意外にも、都会好きだったのか。私はこの男の、そんな新たな一面を知る。
「さすがはフロマージュ共和国の首都だ、あの建物なんて、何メルテくらいあるんだろうな」
「えっ、ああ、ええと、真下にいる人がだいたい1.5メルテほどで、一つの階がその2.5倍あって、それが全部で30あるから……」
「おい、こんなところで計算尺なんて使うな」
「あれがどれくらいの高さがあるのかと聞いたのは、砲長自身じゃありませんか」
まったく、この男はどうしてこう適当なんだ。私は砲長の疑問に答えようとしているというのに、それを咎めるとか、どうかしている。
「おい、ユリシーナ」
「なんですか、砲長」
「だから、その砲長というのは止めろ」
「そうはいきません。私のこの左胸を見てください」
といって、私は二つの金色に輝く勲章を見せる。こんな勲章持ちの軍服を着た者が、上官に向かってファーストネーム呼びするわけにはいかないだろう。
「まったく、硬いやつだな。仕方がない」
そういって、砲長は私の手を掴むと、早足で歩き出す。なんだ、まさかもう宿に行こうというのか? それはそれで構わないのだが。
と思っていたら、たどり着いたのはテラス席のある、大きなレストランだ。
「あれ、砲長、こんな店をご存知だったのですか?」
「知らん。今、見つけたから入った」
意外にも豪胆なところがあるな、この男。だが、こんなところで何を食べるというのか。私は、この煌びやかなレストランに場違い感を覚えながら、辺りを見渡す。
色とりどりの服を着た男女が、香ばしい匂いを放つ料理を挟んで、にこやかに歓談している。パッと見て気づいたのは、誰一人として軍服など着ていない。そんなものを着ているのは、私と砲長だけだ。
そんな砲長は、片言のフロマージュ語で、何かを注文している。しばらくすると、料理が運ばれてきた。
やってきたのは、四角いパンのようなものの上に目玉焼きが乗せられた料理。周りにはミニトマトが添えられている。ガレットと呼ばれるその料理の脇には、煮込んだジャガイモとベーコンの入ったポトフという料理もついてくる。
随分と庶民的な料理だ。もっと高価なものを出す店かと思っていたが、こんな小綺麗なところなのに、意外にも大衆向けなのか。そんなことを考えつつも、私はその料理をフォークで突き、それを食べる。
うん、美味しい。格別に美味いというレベルではないが、身の丈に合う食事ながら、それでいて心地よい味だ。こんな温かくて和む料理は久しぶりだな。
思えば、最近は戦いばかりだった。食事も戦闘食続きで、硝煙の香り漂う砲撃室で過ごす日々が続いていた。が、そんな戦いの臭いを、この庶民的な料理が薄めてくれるような気がする。
と、そこに、グラスが二つ、運ばれてくる。すると、店員がそのグラスに赤ワインを注ぎ始める。
「ワインなんて注文していないんだが……」
砲長がその店員にそう訴えるが、店員はにこやかに手を向ける。
「セス セッテ パースン」
その手の先には、見知らぬ紳士が立っており、こちらをにこやかな顔で見ている。店員の話ぶりでは、どうやらあの方がおごってくれたようだ。しかし、なぜ。
と思っていたら、周囲にいる皆がグラスを持ち上げて、こう叫ぶ。
「ブラヴォ!」
そういうと、私に向かってグラスを掲げる。慌てて私と砲長も、グラスを掲げてそれに応える。こんなところでも、私は思わぬ歓迎を受けた。
が、ここで調子に乗って、ワインを一気に飲んでしまったのがいけなかった。
気づけばまた、私はベッドの上で全裸で寝かされていた。横にいるのは、いつもの人物である。
見知らぬ宿のベッドの上、私は大事なところを計算尺で隠しながら、ふと思う。
我が王国の独立戦争から始まったこの戦いは、ついにこの大国すらも巻き込み、世界大戦と呼ばれるほどの大掛かりな戦いへと拡大した。
が、その味方であるフロマージュ共和国は、破竹の勢いで勝利し、アソンニオ島をも堕とし、ついに東側同盟と南方大陸とを結ぶ交易路を遮断することに成功した。
案外、冬までにはこの戦いは終わるのではないか? この時、そう私は思った。
が、それは甘かった。
後日、この戦争の本当の厳しさを、苦い思いと共に思い知らされることになろうとは、この時は知る由もなかった。
「世界大戦なんて、案外大したことないな」と思わせてからの第2部終了。第3部「地獄編(裏題)」へ続く。




