#34 大作戦
『いよいよ合流地点に到達する。各員、警戒を厳にせよ』
副長が、伝声管で艦内に指示を出す。シャトーヌフを出て1日、アソンニオ島の西70サンメルテの地点にいる。ここでフロマージュ空軍の空中戦力と合流し、上陸支援へと向かうことになっている。
僚艦である爆撃艦サウッコが、我が艦の後方にいる。この2隻の小国の艦隊が機関を停止して待っていると、やがてフロマージュ空軍戦力が姿を現す。
圧巻な光景だ。戦艦11隻、爆撃艦が18隻と聞いていたが、整然と並んで進撃するこの空中艦隊の凛々しさ、力強さは、オレンブルク以上だ。我が王国の2隻など、あの空中艦隊の前では大蛇の前のカエルのごとしだな。
『フロマージュ艦隊より発光信号! 我が艦隊、最後尾にて、戦列に加われ、以上です!』
ありがたいことに、その大艦隊の末席に、加えてもらえることとなった。そそくさと、我がヴェテヒネンはフロマージュ艦隊の最後尾へと回り込む。
「我々は所詮、おまけだな」
その大軍勢の後ろに付いていくだけの2隻を見て、砲長がそう呟く。いや、それはその通りだが、同盟国である以上、参加しないわけにはいかない。
「いえ砲長、我々こそが、この戦いの主役なのです」
「なんだ、自信満々だな、カルヒネン曹長」
「それはそうですよ、彼らが浮いていられるのは、なぜだと思います?」
「ああ、そうか、そういうことか」
そうだ、イーサルミ王国がまったく彼らに貢献していないわけではない。現に今、目の前にいる30隻ほどのフロマージュ空軍の空中艦艇に使われているヘリウム、あれはすべて、イーサルミ王国が供給したものだ。
もちろん、南方大陸にあるフロマージュ共和国の植民地域にも、ヘリウムを産出する国はある。が、どう考えてもイーサルミ王国から供給する方が距離も近く、かつ安定的だ。スラヴォリオ王国の潜水艦が闊歩するジブライヴァ大洋の中を輸送するよりは、国境を接する我が王国から運ぶ方が、より確実であることは言うまでもない。
だから、目の前の30隻もの空中戦闘艦が浮かんでいられるのは、まさにイーサルミ王国のおかげである。だから砲長のように下手に出る必要などないのだが。
「軍司令本部により入電!」
と、そこに、イーサルミ王国から通信が入る。
「読み上げろ」
「はっ! ですが……」
「なんだ」
「たった3つの数字が送られてきただけでして。もしや、通信が途絶したのではないかと」
「ああ、それは『鍵』だ。問題ない」
その通信は、3桁の数字のみ。すなわち、「公開鍵」が送られてきた。
すぐさま、それに返信すべく、私は暗号化を行う。現在、我がイーサルミ王国の空中艦艇2隻がフロマージュ共和国艦隊と合流したこと、そしてこれよりアソンニオ島上陸作戦へ向かうことを報告すべく、これらを暗号化する。
私の計算尺がはじき出した符号を、通信士が送る。これ自体を見れば、まさにでたらめな通信にしか見えないが、あの世界一の計算器である10桁計算機がそれを読めば、たちまちのうちに意味のある言葉へと変換してくれる。ああ、なんという素晴らしい機械なのか。
ところで、この暗号化にはもう一つの工夫がある。ひと言で言ってしまえば、送信する文字列を短く圧縮してくれるというわけだ。それゆえに、実際の文章より短い通信符号に見えてしまうため、取るに足らない通信と思われる可能性が上がる。実際に必要な符号の半分程度まで圧縮されるため、通信を送る側の負担や間違いの低減につながっている。
もっとも、受信する側が一符号でも間違えば、解読不能になってしまう。だから、2度繰り返して送信する必要がある。あれ、圧縮した意味、なくないか?
「フロマージュ艦隊より発光信号! スラヴォリオ、オレンブルクの連合艦隊、島の西端にて展開、上陸部隊支援のため、これらを攻撃する、以上です!」
などと思いを巡らせているうちに、フロマージュ艦隊から通信が入る。艦橋にいる通信士が、その通信を読み上げる。いよいよ、戦いが始まる。かつてないほどの空中艦隊が、まさに総攻撃をかけるべく進撃を続けている。
が、敵もそれを、指をくわえてみているだけではない。
『2時方向! 艦影多数、数、およそ9! サラトフ級3、ラーヴァ級2、アブローラ級4!』
さて、敵も当然、空中戦力を振り向けてきた。スラヴォリオ王国には空軍戦力がないわけではないが、海洋国家ゆえに海軍の方が強いと聞く。このため、空中戦力はオレンブルク頼みと見える。それで、我々が見慣れた空中戦力が現れた。
『フロマージュ旗艦より発光信号! 戦艦隊、単縦陣にて爆撃艦隊を援護、射程内にて一斉砲撃を開始せよ、以上です!』
上陸作戦の前哨戦となる戦いが、まさに始まろうとしていた。敵の意図は明白で、爆撃艦接近を阻止する、その一点だ。
上陸用艦艇を阻むものは、大きく二つ。一つはスラヴォリオの海上艦隊。その艦艇数は12。内、戦艦は2隻で、これは圧倒的にフロマージュ海上艦隊よりも少ない。
これはつまり、このひと月ほどの戦いで、その敵戦力を削り、あるいは無力化した結果だろう。だから、こちらはフロマージュ海上艦隊が相手をすることになっている。
そして二つ目の壁は、島の沿岸に設置されたトーチカ群。塹壕や有刺鉄線の奥に、ずらりと並べられたその防衛兵器は、上陸しようとする兵士らの命を削る。
爆撃艦隊の狙いは、まさにそれだ。このトーチカ群の真上から焼夷弾を撒き散らして、あれを無力化する。
このトーチカ群への攻撃が成功するか否かで、このアソンニオ島攻略作戦の成否が決まると言っても過言ではない。
この爆撃艦隊を、無事に島の上空にまで届けるのが、空中戦艦隊の役目だ。
『まもなく、射程内! 艦主軸基準、右65度、距離8100!』
そしていよいよ、最初の砲撃の時を迎える。私は観測員のこの数値をメモに書き留めると、計算を始める。
ここは偏西風はなく、緩やかな南風のみ。コリオリ力も無視できる緯度で、ほぼ単純な弾道計算となる。私は計算尺を滑らせ、その計算をすぐに終える。
『まもなく、7800!』
射程内に入りつつあることを、観測員が知らせる。私は望遠鏡を覗き、ちょうど敵の戦闘艦に狙いを定める。
「砲長! 仰角45、艦主軸右63.5度、装填火薬7袋、時限信管35秒!」
それを聞いた砲長が、号令を出す。
「火薬装填、急げ!」
砲弾と火薬袋が放り投げられ、尾栓が閉じられると、砲撃手がハンドルを回し始める。戦列を組むフロマージュ艦も同様に、砲撃の準備をしているのがここからもわかる。
「射撃用意よし!」
「撃てーっ!」
その戦列の中で、もっとも早く砲を放ったのは我が艦だ。この戦列の中では、経験だけは間違いなく一番だ。その差が、初弾の早さに現れる。が、数秒遅れで他の艦も砲撃を開始する。
『回避運動、右に転舵」
『おもーかーじ!』
敵も砲を撃ってきた。あちらの砲撃に合わせて、的を外すために急旋回をする。いつのまにか、全員が支柱につかまって反動に備えている。これも、戦闘経験から無意識に行われる。
が、撃った直後に気付いたのだが、そういえば今回の敵は、水素ではなくヘリウムを詰めているのでは?
スラヴォリオ王国との同盟を結んだということもあって、オレンブルクにもこの王国経由でヘリウムの供給が行われるはずだ。ということは、今の敵の空中艦は一撃では破壊できないことになる。
しまったな、無意識のうちに水素充填を想定していた。信管の設定時間を、早めにしてしまった。水素充填の艦が相手だと、早めに散弾を炸裂させて散布範囲を広げて、一発でも多くを当てる方が効果が高い。が、ヘリウム充填だと、むしろ弾を集中させて、気嚢を集中的に破裂させる方が撃沈させやすい。
と、後悔したところで、撃ってしまったものは仕方がない。二発目で、切り替えていこう。そう考えているうちに40秒が経ち、初弾の弾着時間を迎える。
『だんちゃーく、今!』
ところがだ、まったく想定外のことが起きる。初弾の弾着合図と同時に、先頭艦が火を噴いたのだ。
『初弾、命中! 先頭艦、撃沈!』
いや、見慣れた光景ではあるが、私はかえって困惑する。それはそうだろう。あれが示すことはただ一点、オレンブルクに、ヘリウムが渡っていないということだ。
充填している暇がなかった? いや、あんなもの入れ替えなど1日あれば十分だ。ではなぜ、あの艦に水素が?
東側の軍事同盟というのは、思った以上に堅固なものではないのかもしれない。元々、オレンブルクとスラヴォリオは仲が悪い。だから、ヘリウムの供給を渋ったのかもしれない。味方同士で足を引っ張ってどうする。
が、こちらには好都合だ。存分に敵を沈められる。
「第2射用意! 砲身戻せ!」
「もどーせー!」
砲身が戻ってくる。砲撃室の前に開いた穴に砲身後部が入ると、尾栓が開かれて中のカスが取り除かれる。
「次の目標、2番艦!」
砲長の指示に、私は望遠鏡で前から2番目の艦を捉える。他の艦は初弾を外したようで、戦闘艦はまだ4隻が健在だ。
だが、そういえば敵の戦法は、戦艦同士の撃ち合いだけではなかった。
「砲長、偵察艦は!?」
そうだ、アブローラ級、すなわち偵察艦が4隻もいる。ということは、やつらは確実に突入してくる。
それも我々ではなく、敵艦隊の逆、左側に控える爆撃艦隊に向けてだ。
「見つけた、我が艦隊を迂回し、爆撃艦隊を目指しているようだ」
やはり、あちらの狙いは、こちらの爆撃艦隊だ。あれの援護に回らないと、やられてしまえば元も子もない。
が、フロマージュ艦隊旗艦からの命令は、ヴェテヒネンにはこのまま、戦艦隊を撃てというものだった。
『他の艦艇が爆撃艦隊の護衛に回るとのことで、我が艦は砲撃そのまま、続行せよとの命令だ』
副長から、あちらの旗艦の命令が告げられる。我々は今、フロマージュ艦隊の麾下に入っている。指揮命令系統はすべて、フロマージュ側にある。となれば、逆らうわけにはいかない。
「あちらには、戦艦7隻が向かった。十分過ぎる戦力だ、偵察艦による攻撃を排除できるだろう」
と、砲長は言うのだが、どうにも私には嫌な予感しかしない。なにせフロマージュ軍は、あの偵察艦との戦闘経験がない。もちろん、我々はあの偵察艦による攻撃とその対処法を伝えており、各艦とも機銃を備えてはいる。しかしだ、あれに慣れている我々ですら、てこずった相手だ。初見のフロマージュ軍が簡単に排除できるとは思えない。
いや、それ以上に私は、この戦いの前のリーコネン上等兵の「占い」の意味を考えていた。
◇◇◇
「それってつまり、どういうことなんだ」
「ううん、そうだなぁ……」
リーコネン上等兵にこの戦いの行く末を占ってもらったのだが、どうにも悩ましい結果が出てきたようだ。
「今のおめえは、まさに『戦車』だ。これはつまり、積極的な攻めの姿勢ってことだ。だが、それを阻害するのは『塔』。近い将来は『吊るされた男』、そんで、その対処法は『太陽』と出た」
「いや、だからそれはどういう意味なんだと聞いている」
「なんていやあいいんだろうな。塔というのは、つまりは電撃だ。稲妻ってのは、高い塔に落ちるだろう? 神に近づこうとしたうぬぼれた人間のつくりしものに、稲妻を落とすっていう意味だ」
「それが、阻害って言うのはどういうことなんだ?」
「ようするによ、電撃のように速えやつがでてきて、そいつが何か打撃を与えるってことなんだろうよ。吊るされた男ってのは、その犠牲を現してやがる」
「で、太陽ってのはどういう意味なんだ?」
「これ自体は、明るい見通し、高みに達するっていう、わりといい意味だぜ」
「対処法が、明るい見通しって言われてもなぁ。何を言ってるのか分からん」
「いや、俺もだ。んで、最終的には……『力』と出ているな」
「なんだ、最後は力押しってことなのか?」
「そんな意味で、間違いじゃねえ。力で粉砕するって感じだ」
「だが、そこに至るまでに何か不吉なことが起こるみたいじゃないか」
「ううん、そうなんだよなぁ。しっかし、どういう意味だよ、これ」
◇◇◇
あの自称占い師でも、解釈に困った結果が出ていた。まあ、所詮は占いだ、信じるに足るものではないと言えばその通りだが、あの体験をした結果として占いを始めたとあっては、何か意味を感じずにはいられない。
この時、阻害するのは「塔」だといった。それは稲妻が落とされることを意味するとリーコネン上等兵は話していた。その稲妻とは、つまりはあの偵察艦ではないのか?
そう考えると、このままあれを放置できない。どうにかして偵察艦への攻撃に転じなければ。
そこで私は、ふと考える。
「砲長、ただちに敵戦艦に攻撃を仕掛けましょう」
私はそう砲長に進言する。
「元からそのつもりだ。そういう命令だしな」
「あれをさっさと沈めて、偵察艦攻撃に移ります。こんなところで、グズグズしている余裕はありませんよ」
そういって私は、望遠鏡で敵戦艦隊を見る。フロマージュ艦隊が、すでに一隻を沈めており、サラトフ級2隻、ラーヴァ級が1隻となっていた。距離は6400。私は計算尺を滑らせて、真ん中の艦へ狙いを定める。
やつらは、距離およそ70メルテの間隔で並んでいる。フロマージュ軍の砲撃を避けるうちに、密集したようだ。ならば、この機会を逃すわけにはいかない。
風がほぼないに等しいから、単純な弾道計算だ。あとはなるべく散弾を散布させて、できる限り気嚢に当てる。そうすれば水素が充満したやつらの船は、あっという間に火だるまと化す。
こんなところで、余計な時間を使いたくない。そんな私がはじき出した結果を、砲長に伝える。
「砲長! 仰角44.8、右57.2、火薬6袋、時限信管28秒!」
弾着まで36秒だが、かなり前に破裂させて、広範囲にそれをまき散らす策に出た。それを察した砲長は、すぐに指示を出す。
「信管28秒、火薬6袋、急げ!」
「アイサー!」
「仰角44.8、右57.2度!」
勢いよく砲身が動く。やや斜め前方向にいる敵戦艦のど真ん中へ、その砲身が向けられる。
「射撃用意よし!」
「よし、撃てーっ!」
ズーンと激しく火を噴く、我が艦の25サブメルテ砲。それは弾道を描きながら、敵戦艦隊へと向かって飛翔していく。
弾着時間は36秒だが、その手前の時間でパッと光るのが見える。あれは砲弾が炸裂して、散弾をまき散らす際の爆発だ。
やがて、弾着時間を迎える。
「だんちゃーく、今!」
観測員が弾着の合図を言い終わるか否かで、敵の戦艦隊3隻がほぼ同時に火に包まれる。私が広めにまき散らした散弾が、この3隻に当たったという証だ。
「す、すげえ、まさか3隻同時に当てるなんて……」
と、キヴェコスキ兵曹長は唖然としながら呟いているが、今までだって2隻同時着弾くらいやってきたじゃないか。その2隻が、3隻に変わっただけだ。何を驚くことがあろうか。
「砲長! これで偵察艦への攻撃に移れます! 直ちに、転進を!」
「あ、ああ……」
考えてみれば先に1隻、続いて3隻同時撃沈は結構な戦果なのだが、今はそんなことに構っている場合じゃない。あの偵察艦が気になる。あれをどうにかするまで、戦いは終わってなどいない。
残るは偵察艦4隻だけだが、やはりというか、フロマージュ軍はあれを攻めあぐねている。砲撃は当たらないし、かといって接近戦に持ち込めばやられてしまう。
その間にも、敵の偵察艦は爆撃艦に接近し、一撃離脱を試みる。それを阻止すべく、フロマージュ軍が砲撃を加えて牽制する。どうにか退けてはいるが、偵察艦も必死だ。徐々に距離を詰め、虎の子の爆撃艦を一隻でも沈めようと躍起になっている。
「くそっ、させるかよ!」
で、女機関銃士が急にやる気になってきた。ヴェテヒネンが全速で、爆撃艦隊の脇に滑り込むと、ちょうど突っ込んできた偵察艦を右機関銃が捉える。
「けっ、俺の前に出てきたのが運の尽きだ!」
そう叫ぶリーコネン上等兵が、引き金を引く。バリバリとすれ違いざまに、偵察艦の1隻の気嚢を狙い撃ちする。たちまちのうちに、火だるまに変わるその偵察艦は、いつも通り火に包まれたゴンドラと乗員を我々の目に焼き付けながら、南方の海の上へと落ちていく。
下は海だ。運がよければ、助かるかもしれない。そう思いつつ、次の敵へと目を向ける。
「おい、右後方だ!」
いきなりリーコネン上等兵が私に叫ぶ。口元には、なぜか女帝のカードを咥えている。なんだか分からないが、やつの占いがそちらに狙うべき敵がいると教えてくれたのだろう。私は望遠鏡で右後ろを見る。
ちょうど偵察艦がそこで向きを変えるべく減速しているのが見えた。ああ、あれをやれというのか。私は計算尺を滑らせて、ちょうどこちらへ転進し終える地点を割り出す。
「砲長! 水平方向、右後方73度、信管4秒!」
火薬量は敢えて言わなかったが、この距離では1袋でも7袋でも変わらない。弾頭と火薬1袋を放り込んだキヴェコスキ兵曹長が、ハンドルを回し始める。
「射撃用意よし!」
そう叫んだこの砲撃手の合図と同時に、砲長も叫ぶ。
「撃てーっ!」
ズズーンという砲撃音と同時に、ゴンドラが前後に揺さぶられる。私は支柱にしがみついたまま、望遠鏡でその偵察艦を追う。
弾着の合図など間に合わないほどの至近距離だ。すぐに砲弾は炸裂し、偵察艦の行く手を阻むようにまき散らされる。
が、その偵察艦、こちらの砲撃を見てそれをかわすべく、そのまま前進する。
しまった、かわされた。転舵反転するのを見越して弾を撃ったため、偵察艦のいない空域にまき散らされてしまう。
するとその偵察艦は、迂回しつつこちらを捉える。すでに偵察艦を一隻、いや、それ以上に戦艦4隻を葬った艦だ。これを撃たねば全滅させられる、そう踏んでのことだろう。こちらの弾が逸れたと分かった途端、転舵反転し、こちらに向かってくる。
猛烈な勢いで、後方右側面より接近する。砲身は大急ぎで戻されるが、とても間に合わない。が、横でリーコネン上等兵が叫ぶ。
「狙い通りだぜ、おらぁ、食らえ!」
ババババッと機関銃の音が響き渡る。こちらの艦を撃ち落とすべく意気込んで突入してきたようだが、返り撃ちに会う。
動きを読んでいたリーコネン上等兵のこの一撃で、その小さめの気嚢はたちまち火に包まれる。その偵察艦はボッと音を立て、その熱が一瞬、ここまで伝わってくるほど激しく燃える。
「いやったぁ!」
火に包まれて落ちていく偵察艦を見て、ガッツポーズをするリーコネン上等兵。でも私にとっては、何度見ても慣れない光景だ。接近戦だけに、落ちるゴンドラの生々しいところを見る羽目になるから、攻撃するのに躊躇してしまうくらいなのに。
これで、敵が残り2隻となった。我々は迎撃態勢をとるが、その2隻の偵察艦は反転し、そのままこの空域を離れていってしまう。
「ば、爆撃艦は!?」
敵の撤退を見届けると、気になるのは味方の損害だ。私は、砲長に確認する。
「全艦、健在だ。フロマージュの戦艦が一隻、気嚢に被弾し、戦列を離れた。被害といえば、それくらいだ」
なんだ、何事もなかったのか。リーコネン上等兵の占いは、杞憂に終わったか。いや、その占いのおかげで対処できた、ということか。
しかし、リーコネン上等兵は言った。我々を阻害するのは「塔」が象徴する稲妻のことであり、その対処法が「太陽」だと。
どうにもしっくりこないな。今、ヴェテヒネンがやったことは「太陽」なのか? あまり、そういう比喩通りの行動はしていない。どちらかといえば、ヴェテヒネンこそ稲妻の如く活躍ぶりだ。太陽というならば、被弾して落ちていった燃え盛るゴンドラのことかと思われる。だがそれは敵のことであって、我々ではない。
まあいいか、曖昧な占いの結果の解釈を気にしたところで、得られるものはなさそうだ。ともかくこれで、作戦続行が可能となった。
『フロマージュ艦隊旗艦より入電! 爆撃艦隊、トーチカ群に向けて、爆撃を開始する。第一陣、突入を開始せよ、戦艦隊はこれを援護せよ、以上です』
そしてついに、爆撃艦隊がアソンニオ島に向けて突入を開始する。まずは5隻が高度1000メルテで侵入し、島の南端部にあるトーチカ群を爆撃することになっている。
一方、ヴェテヒネンはといえば、今、海面すれすれを飛行している。理由は、単純だ。魚雷を発射するためである。
「雷撃、今!」
敵海上艦の射程外から、それを沈めるために2本の魚雷を放つ。敵は上陸艦艇を阻むため、上陸地点手前の湾内に鎮座している。止まった敵への攻撃など、簡単なものだ。
「魚雷命中!」
やがて、狙ったその戦艦から水柱が2本上がる。放った魚雷は2本とも、命中した。
が、敵の海上戦艦はびくともしない。たった2本では、ほとんど無意味だったか。あまりの頑丈さに愕然とする。せっかくこんな重いものを抱えて戦ってきたというのに、虚しい限りだ。
ともかく、海上艦のことは海上艦に任せよう。身軽になったヴェテヒネンは急上昇し、島を見渡せる高さ、高度3000メルテに達する。
もはや、ヴェテヒネンの出番はないな。高みの見物するしかないか。そう思いながら、上空から爆撃艦隊の行方を見守る。
島の南端には、高さ2000メルテ級の山がある。その山の影に隠れて侵入し、トーチカ群を叩く。これが、爆撃艦隊の作戦概要だ。
南端部には、高度1000メルテの高さにいる空中艦を攻撃できる大型の武器は見当たらない。ゆうゆうと山の中腹に沿って航行する爆撃艦隊の第一陣を、見守る。
が、異変が起きたのは、その時だ。
いきなり、爆撃艦隊の上空で、何かが炸裂する光が見えた。
なんだ、まさかあれは……そう思った直後に、爆撃艦隊の動きが乱れる。
気嚢をやられた。みるみるうちに萎む爆撃艦の気嚢、こちらはヘリウムだから発火はしないが、それでも重い焼夷弾を抱えているから、高度がみるみるうちに下がっていく。
やがて、山腹に火の手が上がる。あれは被弾した爆撃艦が放棄した焼夷弾だ。3隻はどうにか浮力を保ち、その場を離脱する。が、2隻はダメだ。山腹に激突し、墜落してしまった。
おかしいぞ。
ここには高射砲などの兵器はないはず。山向こうのトーチカ群周辺にはあるが、あちらからは山が邪魔で見えないはずだ。
そういえば、さっきの砲弾は真上で炸裂した。ということは、山の向こうからの砲撃、ということになる。
しかし、どうやって見えない空中艦を攻撃できたんだ?
『フロマージュ艦隊旗艦より通信、第二陣、突入中止せよ、以上です!』
この予想外の事態に、爆撃艦隊の突入が中止される。それはそうだ、死角だと思っていた場所にいて、見えない攻撃を受けたのだから当然だ。状況がわかるまで、作戦は続行できない。
だが、このままでは上陸部隊に多くの犠牲が出てしまう。爆撃作戦は、何としてでもやらねばこの上陸作戦そのものが失敗する。
しかし一体、何が。
そこで私はふと、マルヤーナ艦長の話を思い出した。




