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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第2部 戦線拡大編
33/72

#33 体験

『まもなく、シャトーヌフに到着する。各員、入港準備にかかれ』


 地上に砂漠が見えてきたから、そろそろだろうと思っていたら、伝声管から副長の声で入港準備に入るとの指示が飛んできた。私は前側のゴンドラに移り、いつものように進路補正の計算をするために艦橋へと入る。


「繋留綱と錘を、こっちにも回してくれ」


 で、ドックに無事入港を果たしても、忙しそうに指示を出しているのは副長だ。副長のライサネン中佐は33歳。この年齢で中佐という、異例の出世を果たした軍人ではあるのだが、一方でこの歳で独身で、しかも恋人もいない。まさに、軍務一筋といった生粋の軍人である。

 と思っていたのだが、そんな副長の意外な一面を、この異国の地で目撃することになる。


 フロマージュ共和国の南端の港湾都市シャトーヌフで、我々は3日間滞在することとなった。というのも、海上艦隊の集結が遅れていることに加え、目標であるアソンニオ島の偵察が進んでいないため、とのことだ。

 万全を期して作戦に臨みたいのだろう。投入する戦力も多く、おまけに遠い島だ。あそこに楔を打ち込むことができれば、戦況は大きく動く。それだけ重要な作戦であることは間違いない。

 しかしだ、急に暑い場所に連れてこられた我々にとって、ここで3日間を過ごせというのはやや酷な話だ。シーツなど、かけていられない。海が近いためか、じめじめとする。おまけに喉も乾く。たまらず私は、砲長と共に炭酸水を買い出しに出かけようと、外に出る。


「あ……」


 ところがだ、部屋を出たところで、すぐ隣の部屋から出てきた思わぬ二人組を見て声が出てしまう。一人は副長だが、もう一人、意外な人物がすぐ傍にいる。


「なんだよ、おい。ユリシーナと砲長が、隣の部屋だったのかよ」


 そう、あれはリーコネン上等兵だ。副長とリーコネン上等兵が、二人揃って部屋を出たところを目撃してしまった。


「い、いつから……」

「いつからって、おめえらもついさっき、部屋に入ったばかりだろう」

「違う! ヘルミと副長が、いつから一緒に暮らすようになったのかと聞いている」


 思わずリーコネン上等兵をファーストネーム呼びしてしまう。その機関銃士の横では、それまで冷静で機械的で、どことなく冷徹な印象の副長の顔が、かつてないほど真っ赤に染まっている。が、当の機関銃士の方はといえば、たいして動揺するわけでもなくこう答える。


「あれはちょうど、世界大戦の報が新聞に載った日のことでよ。あん時、俺は副長から呼び出されたんだ」

「ああ、あの時か。で、どうして副長に?」

「それなんだが、副長が言うには、この先おそらく、ヴェテヒネンが南方に進出するかもしれねえ。んだから南方にいた経験のある俺に、話を聞きてえって言い出してよ」


 そういえば、リーコネン上等兵はフロマージュ共和国内で機関銃の訓練を受けており、その際にこの南の街にも立ち寄っていた。副長はすでに、ここへ来ることをあのニュースをみて予想していたのか。


「でよ、南方の話をしているうちに盛り上がっちまってさ、そのまま酒を飲みに行こうぜってことになり、そのまま俺は副長の部屋になだれ込んだ」

「えっ、それじゃ、そのまま……」

「いやあ、それがよ、こいつなかなか手を出さねえんだ。そんで俺が言ってやったんだよ。世界で戦争がおっぱじまってるっていうのに、目の前にいる女に手も出せねえのかって」


 なんだそれは、無茶苦茶だな。世界規模の戦争と夜伽とは、まったく別の話だろう。


「てことで、そっから俺たち、なあなあで一緒になっちまってよ、今に至るってわけだ」

「そ、そういうことだ。だいたい貴官らも、いつも一緒ではないか。それと同じだ、それと」


 リーコネン上等兵は終始、落ち着いたまま話しているが、副長は明らかに動揺している。


「ところでよ、おめえらはこれから、どこへいくんだ?」

「いや、あまりに暑くて喉が渇くから、炭酸水でも買おうかと」

「なんだ、そんならちょっとつきあえ」


 といって、私と砲長、副長を連れてリーコネン上等兵が向かったのは、この宿から少し離れたところにある粗末な感じの店。木製の屋台に、簡素なテーブル。奥には浅黒い肌をした老けた店主と、小太りな娘が二人でこの店を回しているようだ。


「ここのケバブが、格別に美味いんだよ。まあ、騙されたと思って食ってみなって」


 というので、リーコネン上等兵にお任せする。だいたい私は、この街にはほとんど馴染みもない。それは砲長も副長も同じだろう。


「エヴァ トコモンド?」

「キャット ケバブ、エンギャザズ」


 その小太りの娘が注文をとりに来る。やや訛りのあるフロマージュ語で返すリーコネン上等兵。


「この店、本当に大丈夫なのか?」


 不安げな砲長、副長に変わって、私はリーコネン上等兵に尋ねる。


「おう、俺がここにいた頃、しょっちゅうきてた店だ。この辺りじゃ、一番古いケバブの店らしいぜ」

「そ、そうなの?」

「フロマージュ軍の間でも、隠れた名店って言われててよ、そんで俺もちょくちょくきてたんだ。そうそう、セレスティーナの船員もよく来るぜ」


 と、話すリーコネン上等兵だが、あまりそんな感じの客層はいないぞ。騙されてるんじゃないか?

 が、運ばれてきたケバブに驚く。

 あれ、以前食べたそれと、全然違うぞ。皿の上には、丸いチャパティ2枚に挟まれた野菜とチキン、その脇には白い粒々。この白いのは確か、コメとかいったな。その脇には炒めた野菜が置かれ、そこに瓶入りの炭酸水が添えられる。


「あれ、ケバブって、こんな料理だったっけ?」

「よく街の中で売られてるあれは、食べ歩きできるように小さく丸めて半分に切ったやつだぜ。実際は、こうやって食うんだよ」


 といって、ナイフでケバブを切ってフォークで突き刺し、それを口に運ぶ。私もそれに倣い、食べてみる。

 以前食べたケバブと比べると、香辛料の味が強い。が、暑さで落ちた食欲が、その辛さで刺激される。

 横のコメも、もちっとした食感が心地よい。上に少しかけられた香辛料の粉で味付けされたそれは、やや脂っこくてくどいケバブを食べやすくする役目も果たしているようだ。

 うん、なかなか美味いな、これ。リーコネン上等兵がハマるわけだ。砲長も副長も気に入った様子で、それらをガツガツと食べている。

 半分ほど食べ終えたところで、今度はワインが運ばれてきた。どうやらリーコネン上等兵が注文したようだ。


「おめえ、南フロマージュっていったら、赤ワインだぞ」

「えっ、ワインって、北の方が多いんじゃないの?」

「そんなこたあねえ、俺としては、南の方がおすすめだな」


 というので、グラスに注いでもらうことになった。で、それに口をつけようとした時、リーコネン上等兵がこう切り出す。


「そうそう、おめえの記憶がとんじまう前に、ちょっと話しておきてえんだけどよ」


 この女機関銃士が、急に改まってこんなことを言い出す。それを聞いた私は、ワインの入ったグラスをテーブルに置く。


「なんだ、改まって話とは」

「まあなんだ、ちょうど砲長も副長もいるからよ、聞いてもらいてえなぁと思ってよ」


 随分と神妙だな。こいつらしくない。占いの話でも始める気か?


「俺は元々、占いなんてやってなかったんだよ。それがどうして始めたのかってことでもあるんだけどよ」

「なんだ、占いの話か」

「いやいや、大事なとこはそこじゃねえ。おめえら以前に、積乱雲の中で死んだやつらをみたとか言ってたじゃねえか」

「その話か。お前にはあっさりと、否定されてたけどな」

「実は俺にもあるんだよ、そういう感じの体験が」


 急に話が、あの不可解な体験の話につながる。


「ちょうど俺が、フロマージュの軍事訓練に参加することになった時の話だ」

「そういえば、どうしてイーサルミではなく、フロマージュで訓練を?」

「簡単な話だ、イーサルミじゃ、前線兵士としての訓練を、女が受けられなかった。そんで、つてを辿って、フロマージュに渡ったんだよ」

「なんだって、前線兵士になりたいと?」

「以前にも言っただろう、俺の恋人がよ、キヴィネンマー要塞の塹壕戦で死んだって」

「ああ、その仇を取ろうとしてたって言ってたな」

「そうよ、んで、フロマージュにある傭兵育成所に入ったんだ」

「軍の施設じゃないのか?」

「いや、そこも一応は軍の施設だぜ。だけど、国外の連中は傭兵という形でしか訓練を受けられねえんだ。そこで俺はいろいろと訓練されて、機関銃に適性があることがわかって、機関銃士になった」

「ふうん、そうなんだ」

「だけどよ、その訓練中の話なんだけどよ。そん時に、さっき行った不可思議な体験に出会ったんだ」


 いよいよ話が、その体験というやつに移っていく。


「それは、フロマージュ共和国のど真ん中の山地での行軍訓練に参加した時の話だ。荷物を持たされて山中に連れて行かれ、20サンメルテ先にある基地に戻れっていう訓練だ」

「ああ、軍隊ではよくある訓練だな」

「だが、その日は霧が出てきてよ、俺も基地を目指しているんだが、どうにも方向がわからなくなっちまった。歩けど歩けど、霧から出られる気がしねえ」


 随分と過酷な訓練を受けてたんだな。こんな店を知ってるくらいだから、てっきり楽な訓練ばかりやっていたのかと思っていた。


「で、しばらく歩いたところで、やっと霧の晴れ間を見つけたんだ」

「なんだ、よかったじゃないか」

「よかねえよ、これがとんでもねえところだったんだよ」

「とんでもないって、霧が晴れただけじゃないのか?」

「いやそれがよ、崖の上だったんだよ。しかも下には、海が広がってやがる」

「なんだ、海沿いの街でやったのか」

「違う。俺がいたのはフロマージュの内陸部、つまり海なんてねえところだよ。それにフロマージュの山といえば、内陸の山地しかねえ。海沿いはほとんど平地だ」

「それじゃどうして、海に?」

「わかんねえよ。だけどそん時は、遠く水平線の彼方まで続く海のそばに出ちまったんだ。んで、見渡してみれば、真っ赤な島が見えた」


 あれ、どこかで見たことのある光景だぞ。海の上の、赤い島。あれはまさに積乱雲の中で見た……


「なあ、それは島じゃなくて、巨大な切り株じゃなかったか?」

「おう、言われてみれば確かに、切り株みてえだったかな。なんだけど、その島の上にはなんだかすげえ数の人がいてよ」

「まさかお前、その中にいるその死んだ恋人ってのに、会ったとか」

「その、まさかだよ」


 なんだ、まったく同じ体験をしているんじゃないか。どうしてこいつは、私の話を否定したんだ?


「で、そん時に俺は思わず、そいつに聞いたんだ」

「聞いた? 何を」

「いやあ、ここがどこだかわからねえから、どっちに行けばいいかって聞いたんだ」

「はぁ? お前、死んだ人間と再会したんだぞ。もっと他に聞くことあるだろう」

「そん時は、夢の中だとばかり思ってたからよ。とにかくこの場を出るにはどうすりゃいいかって思ってたから、そいつに聞いちまったんだよ」


 なんてやつだ。こちらは涙を流した再会劇だったというのに、こちらは道を尋ねただけか。


「するとそいつはよ、こう言ったんだ」

「はぁ? ちょっと待て、会話できたのか?」

「いやあ、できたのかどうかわかんねえけど、なんか聞こえてきたんだよ」

「それで、なんて言ったんだ、その相手は」

「カードに聞け、と言ったんだよ」


 なんだそれ、会話が成立してないじゃないか。だが、話を聞く限りではこいつの記憶も曖昧なようだ。本当に相手は、そう言ったのか?


「で、その後のことをあんまり覚えてなくてよ、気づいたら霧の外に出て、基地にたどり着いていたってわけだ」

「あれ、もしかして、その途中で真っ暗な闇に襲われたとか、光に導かれたとかは?」

「いやあ、夢中に歩いてたから、その辺はよく覚えてねえな。疲労でぼーっとしてたし、とにかく基地についてからすぐに、寝ちまったしな」


 なんて曖昧な体験だ。だが、話を聞く限りでは、私やヴェテヒネンの乗員が見た光景との共通点も多い。やはりこいつも、我々と同じ体験をしたということじゃないのか。


「それじゃなんであの時、お前は私の話を否定したんだよ」

「それなんだがだな、うまくいえねえけど、なんか触れちゃいけない話に思えちゃっててよ」

「そんなことはないだろう」

「いや、そんなことあるだろう。現にここでも、おめえが見たっていうあの海の赤い島で、死者に会ったという話をしてるやつは、ほとんどいねえだろ?」


 リーコネン上等兵に言われて、私はハッとする。言われてみれば皆、あの時のことをほとんど話そうとしない。そういう自分も、なぜか積極的に話す気にはなれない。

 あれだけの体験なのに、どういうわけかほとんど口にしようとしないし、自分自身もそうだ。体験したことのない相手ならばともかく、あの場にいた26人全員が体験していることははっきりしてるのに、ほとんど話題にしない。なぜなのか?


「うーん、言われてみればあの時のことは、なぜか話そうという気持ちにならないな。話してはならない、というか、そういう雰囲気はあるな」

「そういうオルヴィはその時、誰と会ってたんだよ」

「ああ、恋人に会った」


 この場の空気が一瞬、凍りつく。副長に、恋人がいたのか?


「誤解するな。正確には元恋人といった方がいいし、それほど深い付き合いがあった相手ではない。幼馴染で、私が軍大学へ進んだ時までは付き合ってたんだが、軍事にのめり込んでいるうちに、いつの間にか別れてしまった。で、風の噂では、ハルヤバルタ市内で大空襲にあって、そこで死んだと聞いた」

「そんな方と、あの場所で会ったのですか?」

「うん、そうだ、なんていうか、申し訳ないことをしたと、そう話した。すると彼女はにこりと笑って、手を振って見送ってくれた。まあおそらく、こちらの世界で元気に生きろと言ったんじゃないかな」


 副長に、そんな過去があったのか。誰もが、思わぬ過去を持っているのだな。特にオレンブルクとの戦争で、我が国は多くの人を亡くした。その無念ともいうべきものが、その赤い切り株の島を作り上げたというのだろうか。


「で、そういうことがあって俺は、そいつに言われた通りカード占いを始めるようになった。これがどういうわけか、よく当たるんだよ。おめえらも知ってるだろう」

「いや、それはその通りだが、まさかあのインチキ占いが、そんな体験の先にあったなんて」

「そんで最近、副長とも一緒に暮らしてるけどよ、これも占いが示してくれたんだぜ。なら、カードの示す未来に、素直に従おうって思ったわけよ。どうよ、インチキ占いも、なかなかだろう?」


 インチキであることは否定しないのか。にしても、自信満々だな、こいつ。だが、あの体験が原因で始めたこととなると、ちょっと話が違う。

 私自身も時々、計算尺の示す未来の正確さに恐怖を感じることがある。この世の現象には、誤差がつきものだ。いくら正確な理論値を出しても、その値ぴったりとはなり得ない。必ず、ずれがある。

 が、ほぼ計算通りの現実が起こり、その度に多大な戦果を上げてきた。しかし、それ自体がどこか知らない何かの存在によって決められた結果を、ただ示しているだけに過ぎないのではないか?

 リーコネン上等兵の占いにも、同じ匂いを感じる。そして、あの体験。それが意味するところは一体、なんなのか?

 そんなことを考えながら私は、赤ワインを飲む。うん、確かにここのワインは、北方のそれとはちょっと違って、果物味の強いワインだ。しかし、この暑い地方にはうってつけの味で……

 と、気づいたら私は、あの宿の一室のベッドの上で、全裸になって寝ていた。よほど暑かったのかな? そう思いつつも、大事な部分を計算尺で隠しながら、横で寝息を立てている砲長を見た。

 この人と一緒に暮らすようになったのも、何か理由があるんだろうか? もしかして私は、見えない存在に導かれて、ここにいるのだろうか。そんなことを考えてしまう。

 そんな平和な3日間を過ごした後、我々はついに戦場へと赴く。

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