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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第2部 戦線拡大編
32/72

#32 暗号

 帰投した翌日、私と砲長は軍司令本部へと向かう。ヴェテヒネン乗員全員が招集され、今後の作戦についての話があると言うのだ。

 やはり、大規模な作戦行動があるのか。私は計算尺を握りしめ、司令本部へと急ぐ。


「すでに察しの通り、この先、大規模作戦がある。本日のブリーフィングでは、我が艦の今後の作戦行動について話す」


 珍しく、副長ではなく艦長が直々に話をする。それだけ重い作戦が待っているということを、暗に示しているのだろう。


「まずは、我が艦が参加する作戦の場所だが」


 艦長が、前に掲げられた広域地図を指し棒で差す。その先にあるのは、聖陵大陸の南側、南方大陸とスラヴォリオ王国とを結ぶ航路上にある島だ。


「スラヴォリオ王国と南方大陸とを中継するこの島、アソンニオ島攻略戦に我が艦は参加することとなった。投入される海上戦力は、我が王国の海上艦2隻はもちろんのこと、フロマージュ共和国海軍の2艦隊、戦艦5、巡洋艦7、駆逐艦20、潜水艦31が投入される。加えて、フロマージュ空軍所属の空中戦闘艦、戦艦11、爆撃艦18もこれに加わる。さらに陸軍海上部隊の上陸用艦艇が3000隻以上、12万人の上陸部隊による占領作戦が行われる。これにより、スラヴォリオ王国をはじめとする東側同盟と、南方大陸との交易路を完全に断ち、資源的困窮に追い込むことが目的だ」


 数を聞いて、私は卒倒しそうになった。海上艦艇の数だけでも凄まじいのに、上陸艦艇が3000隻? 兵士が12万人? 正気の沙汰じゃない。


「だが当然、敵もそれを察して、かなりの大戦力を投入してくることが想定される。そのためにまず、敵の主要港に対し、陸上からの作戦が行われている。これで少しでも敵戦力をそぎ、上陸作戦をより確実なものとするべく動いている」


 艦長がさらっと説明したが、その陸上作戦の概要を聞いて、私はさらに卒倒しそうになる。


 世界大戦が始まってここ1か月ほどの間に、フロマージュ陸軍はスラヴォリオ王国とヴァルコヴィアス共和国の国境付近に向けて進軍し、主要な連絡路を断つ。さらにその先にあるスラヴォリオ王国の主要港に空爆を加え続けている。

 にしても、投入された陸軍兵力がまたえげつない。総勢20万だという。フロマージュ共和国軍が集中的に戦力を投入した結果、敵はスラヴォリオのみならずオレンブルクの空中艦まで持ち出して、この進撃を阻止しようと動いたようだ。通りでここ最近、我がイーサルミ王国の上空にオレンブルクの奴らが現れないと思った。

 ヴァルコヴィアス共和国は、それほど東側同盟に加わりたい理由があったわけではなく、単に国家として孤立状態に陥ることを恐れての同盟参加だったから、この連絡路の断絶を機に戦闘行動を中断、フロマージュ共和国との間で和平交渉中だという。


 わずかひと月で、これほどまでに大胆な軍事行動ができるのも、やはり西方大陸の雄、セレスティーナ連合国による支援が大きい。あの馬鹿でかいタンカーを何隻も見かけたが、大量の物資を西方にある大陸より持ち込んでいるのだろう。当然、それだけの見返りを期待してのことだろう。


 ところで、スラヴォリオ王国はこの戦争より以前から、秘密裏に通商破壊を行なっていたようだ。フロマージュ共和国と南方大陸との間の航路に潜み、潜水艦部隊によってそれを沈めていた。公にはその関与を認めなかったが、実際に拿捕した何隻かの潜水艦乗員らがスラヴォリオ王国海軍所属であることが明らかになっているから、これは宣戦布告のない戦争行動だと非難されていた。

 そしてこの通商破壊は、なぜセレスティーナ連合国が我が西側同盟の側に立っているのかと言う理由にもつながる。セレスティーナ連合国は当初、中立的立場であったが、聖陵大陸周辺にてフロマージュ共和国の船と勘違いされたセレスティーナ連合国の船舶が、スラヴォリオ王国の潜水艦によって何隻か沈められてしまった。当然、連合国はスラヴォリオ王国に抗議するも、建前上は通商破壊には関与していないことになっているから、その抗議は黙殺され続ける。その結果が、この西の大国を敵に回すことになったのである。


 こうしてみると、私はこの戦争の一部しか見えていなかったのだと思い至る。ここ一か月の間に数十万人以上の兵士が動員された戦いが日夜行われており、それに比例するだけの大勢の軍民が亡くなっているはずだ。もはやイーサルミ王国の受けた被害など、その比ではないだろう。

 その戦争の中枢に、いよいよ我々も放り込まれることになった。これが艦長からの話の概要である。


「艦長、その作戦に参加する空軍艦艇は、ヴェテヒネンだけなのでしょうか?」


 一通りの説明が終わったところで、航海長が艦長に質問する。


「いや、爆撃艦サウッコも参加する。が、他の艦艇はそのまま、我が王国の防空任務に当たることになっている」

「サウッコは爆撃艦ですし、上陸作戦の支援に適した艦なのでわかりますが、なぜ我が艦が、上陸作戦に駆り出されることになったのでしょうか?」

「先日のあの、潜水艦を沈めたという戦果が、思いのほか高く評価された結果だ。ゆえに、今回も魚雷を搭載しての参加となる」


 げ、あれが決め手だったのか。しまったな。あの時、潜水艦を沈めなければ、我々はこの恐ろしい作戦に行かずに済んだということになる。


「出発は3日後、0800に出港する。以上」


 艦長のこの言葉で、ブリーフィングが終わる。全員が起立、敬礼してその場は解散となる。はずだったのだが、なぜか私だけが、軍司令本部の横にある建物に呼び出される。

 そこは、中央計算局と呼ばれる場所だ。

 わざわざ呼び出さなくても、王都にいる間は許可証を振りかざして入り浸るほど訪れる場所でもある。が、今回はあちらから私を指名して呼び出す。


「おお、来た来た」


 しかも、出迎えてくれたのはラハナスト先生だ。先生直々にお出迎えとは、私は何かやらかしたのではないだろうか?


「ご、ご無沙汰しております、先生」

「硬くならんでもいいよ。それよりもだ、カルヒネン君に頼みたいことがあるんだよ」

「へ? 頼みたいことですか?」


 なんだろうか、わざわざ私に頼めるようなことなどあると言うのか。ともかく、先生の導きによって、例の計算機のある奥の部屋へと向かう。

 が、その部屋だが、いろいろなものが変わっていた。

 まず、常に南方を思わせるほど暑苦しかったこの部屋が、どういうわけか涼しい。冷んやりと、それでいて乾いた空気が、部屋全体を覆っている。

 さらに、正面に置かれたあの「電子手順計算機」が、明らかに大きくなっている。粗末な木製のラックに並べられていた真空管が、今やガッチリとした鉄製の棚に整然とならんでいる。

 それだけではない、大きな円形の何かがぐるぐると回っているのが見える。結果表示用の3桁の表示管の置かれていた場所には、ガラス製の大きな丸い瓶をひっくり返したようなものが置かれている。


「どうだ、この短期間のうちに、これだけの変わりよう。何が起きたかわかるかな、カルヒネン君」

「先生、もしやこれは、あの10桁が計算できるという……」

「その通り、察しがいいな。ついに完成したんだよ、10桁計算機が」


 まるで子供のようにはしゃぐラハナスト先生だが、それを聞いた私も興奮する。


「す、すごいです! ついに世界最高の計算機が完成したんですね!」

「その通りなんだよ。しかも、フロマージュ共和国の持つ技術も導入し、これまでになく多量の演算をこなせるようになったのだ」


 たくさんの真空管に混じって、ところどころスイッチのようなものが見える。それがカチカチと音を立てて動いている。いや、それ以上に気になるのは、あの穴の空いた大量の厚紙が、ほとんど見当たらないということだ。

 あれは、この計算機の「言葉」だと先生はおっしゃっていた。弾道計算や金融、温度計との連携などをさせるたびに、あれを突っ込んでいた。現に、それを読み取る機械はそこに見える。にもかかわらず、どうしてあの厚紙がほとんど見当たらないのだろうか?


「そうそう、この計算機最大の改良点が、あれだよ」

「あれ、というのは?」

「ほれ、あの丸い円盤状のもの、あれがフロマージュ共和国よりもたらされた『磁気テープ』というものだ」

「じ……磁気、テープ?」

「元々は、セレスティーナ連合国で発明された、音を記録するための仕組みなんだが、それをこの計算機の記憶装置として用いたのだ。おかげで、一度パンチカードを通して覚え込ませた手順を、あの円形の中に巻かれた黒い磁気を帯びたテープの中に収めておくことができる。それを呼び出すのも、実に短時間で済むようになったんだよ」


 ああ、あれが穴の空いた厚紙、先生がパンチカードと呼ぶその中身を覚えさせておくことができるんだ。そういえば、時折くるくると回っているのだが、あれは新しい手順を読み込んでいるのだろうか。


「さてと、本当はもっとこの計算機について語りたいところなんだが、その前にちょっと、カルヒネン君に試してほしいことがあってだな」

「は、はぁ、なんなりと」

「まずは、この計算式を見てくれ」


 そういって渡されたのは、短い計算式。だが、それが通信符号を暗号化するものであるというのは、すぐにわかった。


「これは、暗号化式ではありませんか?」

「うむ、そうだ。そしてこれを暗号化するために、この3桁の数字を使ってくれ」

「は、はぁ……」


 で、私はとある通信文を、その暗号化式で暗号に変える。その式自体が単純で、しかも暗号に使う鍵となる数値が3桁だ。いつも暗号化と復号化をしている私にとっては、なんてことのない計算だ。私は計算尺を使って、渡された通信文を暗号化する。


「さて、うまくいったかな?」

「はい、おそらくは」

「この通信文だが、『王都クーヴォラは晴天なり』という内容だ。さて、問題はこれの復号の式なのだが」

「は、はぁ……えっ!?」


 ラハナスト先生が、今度は復号に使う数式を見せてくれた。暗号化には単純な式だったから、てっきり復号でも同じようなものかと思っていたのだが、想像以上に長い式が現れた。

 それを書いた紙は、脇に置かれたテーブルいっぱいに広げられているが、そこに3行にわたって延々と書かれている。


「せ、先生まさか、暗号の解読にはこんな長い式が?」

「そうだよ、しかもだ、この暗号解読には10桁の数字が必要なんだよ」

「ええっ、じゅ、10桁!?」

「先に渡した3桁の数値と、この10桁の数値は、最初の3桁は共通だが、その後ろがまるで違う。なお、暗号化の際には計算尺でもどうにか計算できる程度の長さだが、復号するには人間の手では無理だ」

「と仰るからには、それを復号できるのは……」

「そうだ、この新型の計算機のみ、ということになるな」


 そう私に告げると、先生は私が暗号化した符号を持ち、それをあの10桁計算機につながる入力装置の前に置く。

 そして、入力装置にその暗号を入力し、さらに10桁の数値を打ち込む。

 すると、この部屋いっぱいに収められた10桁計算機が動き出す。時折、かしゃかしゃと音を立てる新型の計算機だが、私が驚いたのは、あのガラス瓶を裏返したような機械だ。

 その瓶底には緑色の文字や数値が浮かび上がる。ぼやっと浮かぶ文字だが、それが目まぐるしく動いている。やがて、最後に文字が表示される。


「うむ、『王都クーヴォラは晴天なり』と表示されておるな。成功だ」


 なんてことだ、あの長い数式を、いとも簡単に解いてみせた。しかも、その通信符号を言語化するところまでやっている。なんて機械だ。


「察しの通り、新しい暗号技術じゃよ。まずこの暗号化の式を渡しておき、平文で暗号の際の鍵となる3桁の数字を送信する」

「は、はぁ、ですがそれでは、敵に暗号式を知られてはたちまち解読されてしまうのでは?」

「それが無理なんだよ。この暗号式で暗号化した符号は、3桁の数値をどうこねくり回しても解読できないようになっている」

「つまり、その10桁の数値がないと、できないと?」

「その通り。だから、前線ではこの暗号式と3桁の数値があれば、解読不能な暗号電文が作成できる、ということだ」

「ですが、司令本部からの暗号はどうされるのですか?」

「それに関しては、今まで通りの暗号式を使うしかないな。まさか戦場に、この10桁計算機を持っていくわけにはいくまいし。とはいえ、半分の電文は強固な暗号化が可能となる。それだけでも大いなる前進だよ」


 なんてアイデアを考えていらっしゃるのか。この計算機を使って、強固な暗号の仕組みを作り上げるなんて。

 ちなみに先生は、3桁の数値のことを「公開鍵」、10桁の数値を「秘密鍵」と呼んでいる。公開鍵とは文字通り、公開しても問題ない鍵であり、暗号化にしか使えない。たとえ敵がこの3桁の数値と暗号式を手に入れたところで、手持ちの電文を暗号化することしかできないから、たいして役に立たない。

 ところがだ、これを復号するには、隠された10桁の秘密鍵と、この10桁を使って復号するための膨大な式を計算できるだけの機械がいる。それができるのは世界でもこの10桁計算機のみだ。


「さて、頼みというのは他でもない。カルヒネン君はこれから、最前線に向かうと聞いている」

「はい、3日後に出発します」

「そこでだ、前線における戦況を、この新しい暗号の仕組みで送信してほしいのだ。なお、3桁の公開鍵は追って知らせる。実験に付き合わせるようになってすまないが、頼む」


 ラハナスト先生からのお願いを、断れるはずもない。第一、断ろうとも思わない。私はまさに世界に先駆けて、強固な暗号と世界一の計算機の使い手となるのだ。これほど名誉なことはない。


「スラヴォリオ王国が参戦してからというもの、従来の暗号が解読されたのではないか、と思われる事象が見られるのだ」


 中央計算局を出たところで、ラリヴァーナ少佐がそう私に教えてくれる。


「そうなのですか?」

「うむ、例えば、フロマージュ陸軍が上陸作戦を行った時、その上陸地点に兵力が集中されていたり、艦隊の集結地点に潜水艦部隊が現れたりした。これは暗号解読されていなければ、起こり得ないことだ」

「ですがそれは、暗号式と鍵が漏れただけではないのですか?」

「そうだと思う。が、あちらも大国だ、もしかすると暗号式も鍵もなく、それを復号化(デコード)できる仕組みを作り出さないともいえない。そこでラハナスト先生も加わり、暗号化技術を開発していたのだ」


 なるほど、そんな裏事情もあったのか。それにしても、戦争の火種がイーサルミとオレンブルクから世界に飛び火してからというもの、物事の進化が著しさを感じる。我が国、我が西側同盟もそうだが、東側も同じようなものなのだろう。なりふり構わず、最先端の技術と頭脳を惜しげもなく投入する。一人でも多くを殺し、少しでも領土を広げるために、金に糸目はつけない。戦争とは、そういうものだ。


繋留錘(バラスト)切り離し、ヴェテヒネン、発進する!」


 そして3日後、いよいよヴェテヒネンは戦禍の中心へと出発する。新しい暗号式と、改良された魚雷発射装置を載せて、この空中戦艦は南へと進路をとる。

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― 新着の感想 ―
[良い点] それだけの戦力を投入すればたかが島一つ、5日もあれば攻略できますね(白目) …嫌な予感しかしない(´-﹏-`;) [気になる点] 望月三起也氏の日系人部隊を主人公にした漫画で、どうせ傍受…
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