#30 雷撃
『定時報告、現在、哨戒圏内に敵船舶、潜水艦、飛行船、認められず』
海上戦艦ロイスタバ・クーヴォラを出発した翌日の昼、ちょうど我々が昼食を摂っている時に、観測員の定時報告が入る。今では味気なくなってきた酢漬けキャベツを頬張りながら、伝声管越しに聞こえてくるその報告に耳を傾ける。
「なかなかいないですねぇ。さっさと沈めて、とっとと陸上に戻りたいわよねぇ」
とぼやくのは、調理師のマリッタだ。
「俺の占いじゃ、もうそろそろ敵が現れることになってんだがな」
「へぇ、悪魔のカードでも出たの?」
「いいや、隠者の逆向きだ。なんだか陰気臭い敵が現れる、そういう予兆だな」
などと言いながら、ガツガツと酢漬けキャベツを食うリーコネン上等兵だが、相変わらず占い頼みなやつだ。
ところで、我々は海上艦にて魚雷を受領した。が、この魚雷の使い道を、我々は誤解していた。
この辺りには、スラヴォリオ王国の潜水艦がよく現れるのだという。てっきりそれを攻撃するための武器なのだと、そう思い込んでいた。
が、昨夜のブリーフィングで、この魚雷の使い道は私の想像とは違っていたことを知る。副長が砲撃科の全員にその使い道を伝える。
「えっ、通商破壊ですか?」
「そうだ」
「そうだ、といわれましても、副長はこの間、魚雷は潜水艦向けの兵器だと……」
「いや、私も勘違いしていた」
「つまり我々に商船を襲えと、そういうことなのですか?」
「その通りだ。オレンブルクはもちろん、スラヴォリオ王国、ヴォルコヴィアス共和国船籍の船舶は、軍民問わず攻撃せよ、とのことだ」
なんと、この空中戦艦に通商破壊をやらせるために、わざわざこんなところまで来させられたのかと知る。
「別に臆することは何もない。その民間船には、我々を脅かすヘリウムが運ばれているものもあると聞く。つまり、それが渡ればオレンブルクの連中は再び我が王国を火の海に変えてしまう。それを防ぐための戦いだ」
と砲長は私を諭すが、そうは言っても、どうしても躊躇いはある。
武器を持たない者を、容赦無く攻撃する。かつてならばタブーとされた行為を、むしろ積極的にやれと言うのだ。どうにも腹落ちしない。
「そうは言うが、敵も潜水艦を使って、南方大陸から渡ってくる同盟国の商船を攻撃し始めている。あちらがやり始めたことだから、こちらがやっても構わないだろう」
と副長は言うのだが、それを言い出したらなんでもありじゃないのか。見境なく殺し合う戦争となりかねない。世界を巻き込んだ戦争というだけでもとんでもないことだというのに、この上、民間人への襲撃も可となれば、どんな凄惨な光景が待っているのやら。
実際、私はそれをやられているからな。オレンブルクの空襲によって、家族3人を含め、ケラヴァの街に住む民間人のほとんどは命を奪われた。だからこそ、武器を持たない者への攻撃はどうしても躊躇いがあるのだ。
そんな話を聞かされてからというもの、なんだか私にはやる気が感じられない。
「ねえ、ユリシーナ、なんだか元気ないけど、どうしちゃったの?」
「そうだぞ、ユリシーナ。いつものように計算尺滑らせて、怪しい計算でもしねえのかよ?」
マリッタはともかく、なんでリーコネン上等兵までが私をファーストネーム呼びするんだ? 一応、私の方が上官なんだぞ。
そんな憂鬱な気分の最中に、観測員から報告が入る。
『船影を視認! 大型船舶、北東方向へ進行中! 距離、およそ4万!』
そんな時に、民間船が見つかったという報告が入る。一瞬、緊張が走る。
『船籍を確認できるか!?』
『はっ、待機を!』
すかさず副長が、伝声管越しに観測員に尋ねる。しばらくすると、観測員からの返答が返ってくる。
『船籍判明、セレスティーナ連合国旗を掲げております! 同盟国船舶の模様!』
それでホッと胸を撫で下ろす一同。が、副長が次に出した号令で、再び戦慄が走る。
『これより、当該船舶に向けて降下する。俯角2度!』
私は慌てて酢漬けキャベツを詰め込む。さっき、同盟国の船舶だと言っていたが、まさか攻撃するつもりでは? と、そのまま食堂の隣にある艦橋へと入る。
「ふ、副長! あれは同盟国の船舶なのですよね!?」
いきなり現れた私に、艦長と副長、そして航海士が一斉にこちらに視線を向ける。
「そうだ。セレスティーナ船籍だと分かったからな」
「ではなぜ、降下を?」
「決まっている、護衛だ」
「えっ、護衛?」
「昨日のブリーフィングでも話しただろう。敵国船籍の民間船ならば攻撃するが、味方の民間船を発見したならば護衛任務に就くことになっている。つまり、あの船がジブライヴァ大洋を超え、フロマージュ共和国の第2艦隊が守備する海域に入るまでは、我々が護衛するのだ」
あれ、そうだったっけ? 民間船を襲うことしか聞いてなかったな。私は敬礼しつつ、そっと艦橋を出る。
「へぇ、あれはセレスティーナの大型タンカーだな」
それから砲撃室へと戻り、窓の外に見えるその大きな民間船を見る。本当に大きな船だな。こんな船を作れる国と、我々は同盟関係にあるのか。
しかし、あの民間船ならば、このヴェテヒネンも楽々と接舷できそうだ。なんなら3、4隻くらい、あの広い甲板の上に降り立つことができるだろう。次からは狭い戦艦ではなく、タンカーに降りればいいんじゃないか、など考えた。
我が艦とタンカーの間で、発光信号によるやり取りが続く。タンカーから送られてくる平文の通信符号を解読すると、護衛を感謝する旨の内容が送られてきた。あちらも、こちらを味方と認識しているようだ。その後、高度を上げて、周辺の海を警戒する。
そこにもう一隻、民間船が現れる。同じくセレスティーナ船籍の船で、こちらはやや小ぶりなタンカーだ。とはいえ、イーサルミの持つどの船よりも大きい。
進むにつれて、さらにもう2隻、この船団に加わる。どうやらこの護衛海域に入るや否や、集団で航行する方が安全だろうという判断のもと、集まってきたようだ。
「なんか、大きな船が増えたねぇ」
窓の外を眺めながら、マリッタが呟く。一方こちらはといえば、窓の外を見ている余裕などない。
カレーとチャパティが底をついたため、あのビスケットとの格闘をしているところだ。オリーブオイルに漬けて、さらに酢漬けキャベツをまぶしても、海上艦の装甲板のごとく硬いこの欠陥食品と戦う羽目に陥っている。以前ならば平気だったのに、良いものを一度口にしてしまうと、そう簡単に元には戻れない。
干しトナカイ肉ですらも、臭みを感じるようになってしまった。我が国の陸軍ならばこれすらも滅多に食べられないという貴重な戦闘食だというのに、それを不味いと感じるようになるとは……私も随分と贅沢になったものだ。
その日は暮れて、あたりは真っ暗に変わる。といっても、南方の空にはあの棒渦巻銀河の中心部である星の塊が、海面を明るく照らしている。月ほどではないものの、真下にいる4隻の船を照らすには十分すぎるほどの明るさがある。
ところで、あの棒渦巻銀河を、南方大陸に住むある種族は「アポピス」と呼んでいる。なんでも、蛇の形をした闇の神で、太陽神と敵対関係にあるという神らしい。確かに、言われてみれば蛇のような形にも見えるな。
そう聞くとあの星の塊は、まるで悪の権化のようにも感じてしまうが、その神はどういうわけか再生、創造を司るのだという。何かが変わる前には、大いなる闇に包まれる。だから再生の神なのだという。
だとすると、今行われている戦争は、世界が生まれ変わるために避けては通れない破壊だというのだろうか? 調理場の床で横になり、微睡み始めた私の脳裏には、急にそんな考えが浮かんでしまう。即座に、私はそれを否定する。
そうだとしたら、私の家族はなんだ? まるでこの世界が生まれ変わるのに不要だった、と言わんばかりではないか。
つい思考が危うい方向に向かってしまった。こういう時は、さっさと寝よう。そう考えて私は、リーコネン上等兵とマリッタに抱きつかれ挟まれたたまま、眠りにつこうとしていた。
が、伝声管から観測員の声が響く。
『商船より、発光信号。船団、右方向に、潜水艦らしき船影を視認、とのことです』
それを聞いた私は飛び起きる。すぐに軍服に着替え、調理場を出ようとする。
「ふえ? なんか起こったのかよ」
私の物音で、リーコネン上等兵が目を覚ます。マリッタも、もぞもぞと毛布を抱き寄せながらもがいている。
「潜水艦を見たという通信が、商船から入ったらしい。すぐに攻撃態勢に入るだろう」
「へ? こんな夜中に、敵が?」
寝ぼけている機関銃士を放っておき、私は調理場を出て砲撃室へと向かう。すでに砲長と砲撃手らが戦闘準備に入っており、暗い海面を見ている。
「見えないな……ただでさえ、夜の暗闇で見えづらいのに、相手は潜水艦だ。潜航されたら厄介だ」
と砲長はいうが、すでに潜航している可能性もある。そうなれば、我々では対処できなくなる。
ところがだ、観測員の鍛えられた目が、その潜水艦を発見する。
『潜水艦の艦影を視認! 当艦、右舷側、距離17000メルテ! スラヴォリオ海軍所属の、ミンクス級と思われます!』
私は望遠鏡を取り出し、その場所と思しき方向を探る。すると、水面に浮かぶ潜水艦の姿を捉えた。
「砲長、いました! あそこ!」
私は砲長に潜水艦の位置を伝える。砲長もそれを見つける。
「いたな。水面に顔を出している今なら、魚雷ではなく砲撃で当てられるかもしれない」
そう考えた砲長は、伝声管で艦橋に潜水艦への砲撃を進言しようとした。が、その直後、潜水艦が動き出す。
「砲長、潜水艦が、潜航を開始しました」
望遠鏡の先で、その潜水艦はみるみるうちに潜航し始めてしまう。なんてことだ、このままではあの敵潜水艦を見失ってしまう。
「潜航したか。ということは、あの商船団に向かって攻撃を仕掛けるつもりだろう」
それを聞いた私は、背筋がゾッとするのを感じる。このままでは、我々の目の前で貴重な物資を満載した船が、次々にやられてしまう。
私が躊躇し、忌み嫌っていた民間人への攻撃を、目の前でやられることになる。それだけはなんとしてでも阻止したい。急に私は敵愾心に目覚める。
「砲長、砲撃は無理でしょうか?」
「だめだ、水中に入られては、たとえその位置が分かっても、砲弾の威力が届かない」
「魚雷が搭載されてるじゃないですか、あれでは攻撃はできないんですか?」
「相手は水中だぞ、水面近くを進む武器だから、潜水艦への攻撃は無理だ」
などと砲長と言い争い気味にやりとりをしていたが、そんな時にリーコネン上等兵が言う。
「おい、その潜水艦だけどよ、まだ見えるぜ」
望遠鏡を片手にそう告げる機関銃士。こいつ、いつの間にか起き出してここにいたのか。にしても、潜水艦は先ほど、潜航し始めていた。そんなものが見えるわけがないだろう。
と思い、望遠鏡を覗く。が、リーコネン上等兵の言う通り、確かに潜水艦が見える。
といっても潜望鏡という、水面からわずかに出た筒のような部分だけだ。あれが沈んだら、もうあの艦の位置を捉えられない。
「潜望鏡を出しているな。ということは、やつらはまだ攻撃ができないと言うことになる」
ところがだ、望遠鏡片手にそれを見ていた砲長が、呟くように言う。
「どういうことですか?」
「今は暗い、昼間ならばもう魚雷を放っているところだろうが、今は夜だ。暗くてはっきり捉えられない。だから潜望鏡で位置を確認しつつ、確実に捉えられるところまで接近しようとしているのではないか?」
そう砲長は主張する。もしあの潜水艦が魚雷を放っていたとしたら、この場から逃れるために完全に潜航するはずだ。が、潜望鏡を水面上に出していると言うことは、まだ狙いを定めているところだと考えられる。
「砲長、ならばあれを、魚雷で沈めることができるのではありませんか?」
私がそう提案すると、砲長やキヴェコスキ兵曹長が怪訝な顔でこういう。
「いや、だからあの魚雷は水中の敵には……」
「潜望鏡が出ていると言うことは、まだ水面近くにいると言うことです。敵も、目の前の商船に狙いを定めるのに精一杯な状況、今ならばあれを沈めることができるのではありませんか?」
「そうは言うが、たったの2発しか搭載していないんだぞ。どっちに向かって撃てば良いんだ?」
そう砲長が主張するので、私はメモ用紙を広げて計算を始める。
この海域は、ほとんど海流がないと聞いた。船団が出す航跡からもそれが分かる。さらにあの潜水艦は、船団に対して毎時10サンメルテほどでゆっくりと接近しつつある。そして、手元には魚雷が2本。これをあの潜水艦の航路上に放てば……計算尺を滑らせ、魚雷を放つ方角を算出する。
「このまま下降し、水面スレスレで魚雷を前後に放てば、当てられるかもしれません」
私は砲長にそう言い放つ。が、砲長は乗り気ではない。
「無茶を言うな、たった2本しかない魚雷を外したら、それこそ打つ手がなくなるぞ」
その態度に、私は思わずカチンときた。上官相手ながら、私はこう言い放つ。
「このまま躊躇してあの船団を失ったならば、それこそ打つ手がなくなってしまいます!」
それを聞いた砲長は一瞬、しかめっ面に変わる。が、私の気迫に押されたのか、それとも思い直したのか、伝声管に向かってこう叫ぶ。
「砲撃室より艦橋、敵潜水艦への、魚雷攻撃を進言いたします」
すぐには、艦橋から返事が返ってこない。おそらくは砲長の進言に躊躇しているのだろう。普通に考えて、あれが当たるとは思えない。しかも、たったの2発だ。だが一方で、何もしなければ商船団が沈められてしまう。その両方を天秤にかけて、艦長と副長の間で議論がされているものと思われる。
が、やがて艦橋から返答が来る。
『艦橋より砲撃室、今一度尋ねるが、それはカルヒネン曹長の提案か?』
なぜか、私の進言かどうかを尋ねる副長。それに対して、砲長が答える。
「その通りです」
『そうか、ならば魚雷攻撃を許可する。これより我が艦は降下し、攻撃態勢に入る』
変な納得のされ方ではあるが、兎にも角にも進言通り、あの潜水艦に向かって攻撃することとなった。
『俯角20度、急速降下!』
ところがだ、副長はいきなり急降下を指示したから、艦内は大変なことになる。20度とはいえ、このゴンドラ内はとんでもない急斜面に変わる。私は支柱にしがみつくが、振り落とされそうになる。
「おい、こっちに来い!」
ところがだ、砲長が私を抱き寄せて、そのまま二人揃って支柱に身体を縛り上げる。ぐるぐる巻きにしたロープが、まるでハンモックのように私と砲長を支えてくれる。ちょうど私が砲長の上に乗っかかる格好で、降下終了まで過ごす。
その間に、私は砲長から抱き寄せられる。身体を支えるため、にしてはちょっと、腰や胸に手を回しすぎではないか? だが、考えてみればかれこれ一週間ほど、私と砲長は別々に過ごしているな。そろそろ、禁断症状が出始めたのだろうか。
が、そんな砲長の欲望を晴らしている余裕などなく、ヴェテヒネンは水平飛行に移る。砲長の腕を振り払い、窓辺に立って外を見る。水面スレスレを、我が艦はまさに飛行している。
「敵艦、正面! 距離、12000!」
私は望遠鏡を取り出して、水面を見る。潜望鏡がまさに進行方向正面に見える。
私は望遠鏡でその潜望鏡の位置を捉えつつ、角度を測る。と言っても、潜水艦も動いている。その動きを予測し、魚雷の速力からあの潜水艦の前端、後端部分の位置に当てられる角度を算出する。私は計算結果を元にしてメモ上に、2つの角度を書き出した。
「キヴェコスキ兵曹長! 雷撃用意、初弾は0.12度、2本目は0.14度! 合図と同時に、投下開始!」
「了解だ! 任せろ!」
兵曹長のあの張り詰めた筋肉でギンギンの腕が、棒渦巻銀河の中心部、とある種族の言い伝えの蛇神の頭に当たる部分の光によって、キラキラと光り輝いている。その腕が、魚雷につながるレバーを回しながら握る。
「初弾、今!」
私が叫ぶと同時に、キヴェコスキ兵曹長がレバーを引く。切り離された魚雷は、バシャンと音を立てて水中へと潜る。
この魚雷だが、水面に叩きつけられた際に、信管を叩いてしまっては爆発する危険がある。このため、先端と後端とを木の板で覆い、水面に叩きつけられると同時にそれが割れて、中の魚雷だけが水中を進むようにする。
この工夫によって、酸素魚雷を空中艦から射出することが可能となった。放たれた魚雷は泡を吐きながら進むが、この魚雷はその泡が少なく、航跡を残しにくい。そのまま潜水艦めがけて進んでいく。
「第2射、今!」
次いでもう一本の魚雷を放つ。これも真っ直ぐと、敵潜水艦めがけて進んでいく。もしもあの潜水艦がこちらの攻撃に気づいて増速したり、あるいは減速、転舵しても、このどちらかに当たる。そこまで想定しての雷撃だ。
魚雷は、水中をおよそ時速85サンメルテで進んでいる。12000メルテ先に到達するのは、およそ500秒後。8分と少しの間、それが命中するのを願いつつ、ただひたすらに待つほかない。
「大丈夫だ」
ところが、そんな不安げな私に、リーコネン上等兵は力強く声をかけてくる。
「魚雷がどこを進んでいるのか分からないんだぞ、大丈夫かどうかなど、分かるものか」
「いいや、大丈夫だな。おめえなら、当てられる」
と、私の肩を叩きながら、こいつはそう言い切る。やけに持ち上げるな。何がこいつを、ここまで自信満々にさせているんだ? 私はこの女機関銃士に尋ねる。
「なら聞くが、どんなカードが出た?」
「おう、『正義』だ。正義のカードが、ちょうどこの方角に出たんだよ」
なんだ、やっぱりその自信の根拠は占いじゃないか。にしても、「正義」だから命中できるというのは、いささか無理やりすぎるのではないか。こう言ってはなんだが、あちらも自身の「正義」に従って戦っている。無論、我々には許容できない正義ではあるのだが、自分こそが絶対に正しく、相手が絶対悪だと言い切るのはあまりにも傲慢すぎるというものだ。
しかし、思えばこいつ、この戦いの前に逆さまの「隠者」が現れたとか言ってたな。まさにあの潜水艦は「隠者」と呼ぶにふさわしい。しかも水面の下にいるから、まさに逆さの隠者だ。
などと考えているうちに、その8分が経とうとしていた。観測員が叫ぶ。
「だんちゃーく、今!」
観測員が叫ぶが、何も起こらない。どうやら、1発目の方は外れた。
が、それから15秒で、2発目の弾着時間を迎える。
「だんちゃーく、今!」
しかし、今度も何も起こらない。ああ、両方とも外してしまったのか。かなり緻密に計算をしたつもりだったが、やはり魚雷を潜水艦に当てるということ自体、無謀すぎたか。
と、私が落胆し始めた、その時だ。
水柱が上がる。ちょうど、敵潜水艦のいる辺りだ。私は慌てて望遠鏡を覗く。
上がった水柱が、徐々に収まり始めていた。が、何かに当たらなければ、あんなものは上がらない。考えられるのは、潜水艦に魚雷が命中した、ということくらい。
が、水柱だけでは、潜水艦撃沈と確認できない。何か、それを証明するものを探らなければ。
すでにヴェテヒネンは高度1000メルテに達していた。ちょうど潜水艦と魚雷とが接触したと思われる地点を、私はしらみつぶしに探る。
すると、黒い船体が水面上に顔を出した。それはまさに、潜水艦の先端部。魚雷があたったか、あるいはそばで爆発を起こしたかで、なんらかのダメージを受けたものと考えられる。それで急速に浮上してきたのだろう。
と思っていたが、その細長い潜水艦の先端部は一度真上を向くと、そのまま真っ直ぐ沈んでいった。実に、不可思議な光景だ。そしてそのまま、潜水艦は黒い海面の下へと姿を消す。
『潜水艦、撃沈確実!』
観測員が、伝声管越しにそう宣言する。私もおそらくは撃沈できたものと考えるが、なんともはっきりしない。あのまま本当に沈んだのか、沈んだように見せかけるためにあえて垂直に沈没したのか。
しかし、そのまま夜を通して、4隻の商船団は何事もなく航行を続ける。やがて朝を迎え、その4隻が無事であることを確認する。
「よかったな、無事に敵潜水艦を排除できた」
翌朝に砲長からはそう誉められるが、どうにも手応えのない勝利だ。だが確実なことは、4隻の商船は無事であり、そして今日の昼頃までにはフロマージュ共和国海軍の管轄海域に入る。
ゆっくりと、船団に合わせて航行を続けるヴェテヒネン。彼らを送り届けた後、再びフロマージュ共和国南端の街シャトーヌフに立ち寄って補給を受け、さらに戦艦ロイスタバ・クーヴォラにて魚雷を受け取って……と、この時は考えていた。
ところがである、ちょうどあの船団を安全な海域まで送り届けた、その直後だ。
いきなり本国からヴェテヒネンに、帰投命令が出された。




