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計算士と空中戦艦  作者: ディープタイピング
第1部 独立戦争編
3/72

#3 出撃

「緊急事態だ。敵の爆撃艦が3隻、国境を超えつつあるとの通信が入った」


 突然、伝令兵により戦艦ヴェテヒネン乗員全員招集が伝えられた。急いで艦に戻り、直後に開かれたブリーフィングで艦長からこう告げられる。


「よって、直ちに出撃する。なお我が艦の他に、戦艦イクトゥルソ、ズヴェアボルグが合流することになっている。総員、直ちに配置につけ」

「はっ!」


 艦長の号令とともに、26名の乗員が一斉に(ふね)へ乗り込む。私も計算尺を片手に乗り込む。


「出港用意ヨシッ!」

繋留錘(バラスト)切り離し、戦艦ヴェテヒネン、発進する!」


 航海長と艦長の号令とともに船外ではナタが振られ、大きな砂袋と(ふね)を留めるロープを切断する。ドサドサと砂袋の落ちる音が響き、艦が浮上する。


「機関始動、前進半速!」


 航海長の号令で、機関が始動する。この艦に積まれているのは、最新の内燃機関型だ。小型ながらも、出力はオレンブルク連合王国のものより高い。フロマージュ共和国からの技術供与で得られたものでもある。

 艦後方、砲撃室のすぐ後ろにある機関室からは、けたたましい音が鳴り響く。そのさらに後ろにある大きな二重反転プロペラが、勢いよく回り出す。その風を受けて、この巨体がじわじわと空中を滑り出した。


「20分前の報告で、ハルヤバルタ第7観測所の北、およそ20サンメルテを通過したということだ。方向、および速力は……」


 で、私は今、艦橋内の食堂の、今は広域地図が広げられたテーブルの傍にいる。測量士が、無電で入ってきた最新の情報をその地図上に書き込む。


「我が艦はちょうどこの辺り、距離にして210サンメルテ離れているな。計算士、どうか?」

「お待ち下さい」


 我が艦の位置と方角が書き込まれ、敵の艦隊三隻の進路を延長した直線が引かれている。が、その直線通りには進まない。4000メルテの高度を進んでいるから、偏西風の影響をもろに受ける。真っ直ぐ進んでも、少しづつ進路がずれる。

 そのずれを、私は計算尺で弾き出す。放物線を描くようにずれるはずだから、そのずれ量を計算して……滑尺を動かし、目盛値を読む。


「1地点、プラス3.7!」


 私が基準線ごとの補正値を読み上げると、測量士がそれを地図上に物差しを当てて書き込む。さらに2地点目、3地点目を算出し、偏西風分の補正曲線が出来上がる。


「やはり、王都クーヴォラへ向かっているな」

「でしょうね。狙いは無差別爆撃、となると、人口の集中する王都を狙うのは当然でしょう」


 艦長と副長の会話が聞こえてくる。確かに、私が導いた推定航路は真っ直ぐ王都を目指している。が、どこか腑に落ちない。

 計算には自信がある。が、あまりにも綺麗に王都を向いている。これほど読まれやすい航路を、敵はわざわざ選んで航行するだろうか?

 実際、私がこの艦に配属されて1か月ほどになるが、敵を捕捉できたのは、前回の戦いが初めてだった。つまり、それ以外はまんまとかわされていた、ということだ。

 もしかすると、敵の本当の狙いは別にあるのではないか。計算士としての勘が、この綺麗な曲線に何か敵の意図を匂わせる。これは我々を欺くための、罠ではないか?


「計算士、意見具申」


 私は挙手し、意見具申を求めた。副長が答える。


「具申、許可する」

「はっ、敵の目的地ですが、王都ではなくその近傍の工業都市、カヤーニではないかと考えます」


 航路を導き出した本人が、それを否定した。この意外な展開に、艦長と副長の顔の表情が曇る。


「カルヒネン伍長、その根拠を聞かせてもらおうか」

「はっ、敵は現状、王都を目指しております。が、これほど手前から予測できる航路を、敵がとった試しがございません」

「なるほど、それはその通りだ。が、目的地が工業都市カヤーニというのは、いささか飛躍があるのではないか?」

「その通りです、副長。ですが、敵はおそらく、この地点で転進するはずです」


 私はその曲線上の、ちょうど王都と現在の敵の予想点の中間ほどにある地点を指差す。


「なぜ、この地点だと言い切れる?」

「ここに、ハルヤバルタ第18観測所があります。ここから次の観測地点であるここ、クーヴォラ第20観測所の手前の地点で大きく迂回すれば、偏西風を追い風にしてすばやくカヤーニに向かうことが可能です」

「それはそうだが、なぜこの地点で転進すると考えるのか?」

「敵がハルヤバルタ第18観測所を通過するのは、いまからおよそ2時間後。クーヴォラ第20観測所で敵を捕捉できず、進路変更を知るまでにはそれからおよそ30分後。この段階で敵は追い風でカヤーニにほぼ到達しており、我々の追撃その時点で間に合わなくなります。つまりこれは最初から、カヤーニを爆撃するために偽装された進路だと考えられるのです」


 少し、飛躍を残した意見具申である。大半は計算士としての勘を頼みに、話を続けてしまった。が、この私の具申に対し、艦長も副長も考え込んでしまう。


「確かに、今までも何度か敵にかわされてしまった経験はある。これほどまでに馬鹿正直な進路を敵が取るとはとても考えられないな」

「ですが、工業都市はここだけではありません。進路付近には他にも都市がある中で、カヤーニに絞り込める根拠が欲しいところです」

「それは明白だろう。カヤーニには、大型の飛行船建造ドックがある。あれを破壊されれば、我々の空中戦力は大いに低下する。ただでさえ、国力差が二十倍以上もある国を相手に戦っているんだ。その上で、建造ドックの破壊は致命傷となりかねない」

「ですが、あえてそう思わせてからの王都爆撃を仕掛ける可能性もあります。その場合は、どのように対処すべきとお考えですか」


 艦長と副長が激しく議論をぶつけ合っている。その間に私は、地図上の敵の予想航路と自艦の位置を眺めていた。もしこのまま進路をやや南寄りに取りながら接近すれば、カヤーニに向かう敵の行手を阻むことができる。

 が、少しでも進路が外れれば、敵を取り逃すことになる。敵を確実に捉えるには、それよりも手前の地点、ちょうど敵が大きく転進すると考えられる場所ならば、敵も速力が落ちる。そうなれば捉える確率も撃沈できる確率も一気に跳ね上がる。

 だが、ここから210サンメルテも離れた敵に追いつかなくてはならない。ちょうど、偏西風を向かい風で受けることになる。全速で向かったとしても、とても追いつかない。

 と、私はそこで地図を見る。ふと、あるものの存在に気づく。


「副長、もしかしたら、この転進予想地点で会敵することができるかもしれません。ここで会敵できるならば、王都にせよカヤーニに向かうにせよ、敵の侵攻を阻止できます」


 この私の意外な提案に、一瞬、副長は表情を歪める。


「計算士よ、この地点まで300サンメルテ以上も離れているんだぞ。巡航速力が毎時170サンメルテの我が艦が、敵に追いつけるはずがないだろう」

「当然、ほぼ全速の200サンメルテ以上で航行することになります。燃料消費も大きいですが、敵を迎撃したのちにカヤーニで補給を受けられれば問題はないかと考えます」

「いや、たとえ全速でもダメだろう。ちょうど偏西風を受けながら航行することになるから、そんな速度が出せるはずがない」


 この副長の返答は、あらかじめ予想できた。が、私は地図上のある部分を差しながら、こう返した。


「偏西風を、受けなければいいのです」


 艦橋内でのブリーフィングから、およそ2時間後。我が空中戦艦ヴェテヒネンは、まさに敵の転進予想地点にたどり着いていた。


「機関出力を下げる。両舷前進半速」

『両舷前進はんそーく!』


 ほぼ全力運転でここまで来た。ついさっきまで、やかましい機関音で耳が潰れそうだった。いや、これは壁を隔てた先にある機関室の方がより深刻だっただろうな。

 私は、手に持った望遠鏡である地点を見る。私の予想ならちょうどあの辺り、王国内のどの観測所からも観測不能な、いわば盲点と言える場所。私の直感が正しければ、あそこで敵艦隊の転進が行われるはずだ。

 が、私よりも観測員が先に敵を見つける。


『艦影見ゆ! 当艦の2時方向、数は3、距離9700メルテ!』


 私もその方角に望遠鏡を向けた。大きな白い船体が3つ、単縦陣にて王都方面に向けて航行中だ。

 通常ならば、我々は全速力でもここにたどり着けなかった。偏西風の向かい風のため、速度が出ない。が、私は地図上のある地形に気付く。

 王都クーヴォラの東には、5000メルテ級の山々が連なるサルミヤルヴィ山脈がある。あの山脈によって、偏西風が周辺で蛇行している場所がある。

 そこで進路をやや東寄りのサルミヤルヴィ山脈に向け、そこから進路を変えて蛇行された偏西風に乗ることができれば、ここまで2時間でたどり着ける。私が導いた計算によって、この地点に敵が到達するタイミングで、我々も同時にたどり着ける、と出た。本来ならば三日分の燃料をたった2時間で浪費する羽目になったものの、こうして敵と合流することができた。

 今ごろ、通信士が艦橋で敵艦隊発見の報を打電しているはずだ。これほどまで見事な遭遇は、今まで果たしたことがない。私の直感が当たった。


「予想通り、敵を見つけられたな。ここからは、追撃戦になるか?」


 砲長が呟く。それに私は答える。


「いえ、今からあの艦隊はおそらく転進します」

「転進? やはり、カヤーニに向かうと考えるか」

「あのまま進めば、我々の戦艦が待ち構えていることくらい、敵も承知しているはずです。方向を変えるなら、ここしかありません」

「確かに、ここは防空網の死角だからな。だが、我々を見つければ転進を思い止まるのではないか?」

「発見されれば、そうなるかもしれません。その辺りのことは、副長が何か考えているようですから」


 私と砲長が会話している間にも、その副長の考えとやらが早速実行されているようだ。

 すでに薄い雲の中に、我々はいた。明らかに敵艦の目をごまかすためにとった操艦だ。

 こちらも同様に敵艦が見えづらくなるものの、すでに敵の位置を把握しており、それほど支障はない。ちょうど敵艦隊とこちらの間には雲も少なく、敵の位置をトレースできる。

 が、依然として進路を変えない。敵の艦隊は、そのままクーヴォラ第20観測所の圏内に飛び込みかねない。

 その間にも距離を詰める。観測員から再び報告が入る。


『艦種識別、ペロルシカ級2、サラトフ級1!』


 この報告に、砲撃室内がざわめく。


「なんだって!? サラトフ級まで随行してるのかよ!」


 この観測員の報告は、つまりこの戦いが撃ち合いになることを暗に告げていた。サラトフ級とは敵の大型戦艦であり、我々と同じ25サブメルテ口径の砲を二門搭載する。


「戦艦を随伴させるとは、やつら、我々の迎撃を想定しての作戦行動、ということになるな」


 てっきり、爆撃艦のみの軍事行動だと思いこんでいた。が、考えてみれば、敵はつい先日、爆撃艦の単独作戦で痛い目に遭ったばかりだ。当然、護衛をつけてくることは十分あり得る。

 しかし、だ。問題はこの艦隊構成が、やつらの行き先を不明確にしてしまった、ということだ。


「随伴する戦艦がいるということは、奇襲ではなく強行爆撃をするつもりだったとも考えられる。つまりやつらは最初から、王都を目指しているのではないか?」


 私の予想に反して、敢えて馬鹿正直に王都を狙う。奇襲をするつもりなら、わざわざ戦艦など随伴させる必要がない。そう考えると、敵の取りうる進路は三通りある。

 一つ目は、やはり王都に向かうというもの、二つ目は、私が推測した通りカヤーニへ向かうというもの、三つ目は、それ以外の標的を目指すというもの。

 奇襲以外の選択肢があるというだけで、敵の狙いがこれだけ不確定になる。王都周辺の重要拠点は、何もカヤーニだけではない。ここから西の方角には、燃料備蓄庫があるルオトコラ市もある。そちらを目指す可能性も出てくる。

 単に哨戒網の盲点を突いて転進する可能性だけでカヤーニへ目指すと仮定してしまったが、敵はさらにその裏をかいてきた可能性も出てきた。もしもやつらがあの場で転進せず、カヤーニ以外の標的を目指した場合、すでに全力運転用の燃料を使い果たした戦艦ヴェテヒネンに、あれを追撃できる余力はほとんどない。

 出過ぎた意見具申を、してしまったのか?

 目に見えないプレッシャーが、私の心にのしかかる。私は計算尺をぎゅっと握りしめる。

 が、私がまさにプレッシャーと戦っていた、その時だ。観測員から敵の艦隊に関する、新たな動きがもたらされる。


『敵艦隊、進路一斉変更! 転進の模様!』


 敵艦隊が、ようやくこちらの思惑通りの動きを取り始めた。

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