#28 海上艦
空に見えた濃密な星の川に圧倒された、その翌朝のこと。
狭い調理場の、薄っすらと明るくなった窓の外を、私は眺める。
すでに日は昇り、眼下には荒れた大地が見えていた。それは、フロマージュ共和国の南端近くにある砂漠地帯に到達したことを、私に告げていた。
が、その砂漠にも徐々に木々が並び、やがて白い石造りの建物が立ち並ぶ街並みが見えてきた。
そう、そこがこのフロマージュ共和国最南端の都市、シャトーヌフだ。
『これより、シャトーヌフ港に入港する。各員、入港準備にかかれ』
副長のこの一言で、私は慌てて起き上がり、調理場の出口へと向かう。
「な、なんだぁ? 敵襲か?」
「違う、入港だ」
「入港で、どうしておめえが出ていく必要があるんだよ」
「ドック接舷の進路補正をやらなきゃならないからだ。計算士なんだから、当然だろう」
この寝ぼけた機関銃士をまたいで、私は調理場を出た。食堂と航路図検討場を兼ねる部屋を通り抜けて、艦橋へと入る。
「右、0.2度」
「おもーかーじ!」
私は望遠鏡を片手に、ドックの繋留フックとの位置を見て、風速から割り出されるズレを計算尺で算出し、進路補正量を告げる。航海士がそれを聞いて、舵を切る。
やがて、ガシーンと繋留フックに船体が引っかかる音が響き、地上へと降ろされる。
船体が繋留錘で固定されると、下船許可が出されて乗員は一斉にゴンドラを降りる。
降りた瞬間、私はこの街の空気にさらされる。
(暑い……)
そう、南方というだけあってここは暑い。まるで暖炉の前に立たされているようだ。じわっと、汗が吹き出るのを感じる。イーサルミ王国も夏だが、ここまで暑くはない。今すぐ、軍服を脱ぎ捨てたいと思うほどの暑い空気が私を、そしてヴェテヒネンの乗員27人を襲う。
「だらだらするな、補給が完了し次第、すぐに出発するぞ」
こんな暑さの中でも、副長は平然と振る舞い、乗員に指示を出す。給油車が現れて、後方ゴンドラの後部に付けられた燃料タンク内にガソリンを注ぐ。機関科は大忙しだが、砲撃科の我々は弾薬の補給の必要もないため、彼らとは対照的に暇を持て余す。
仕方がないので、街に出てみることにした。南フロマージュのこの温暖な街は、その気候に適用した窓の多い、通気の良い建物が多くみられる。全体的に石造りの白い建物が多いのも印象的だ。
水路がところどころにあり、その水路を小型の船が荷物を載せて行き来している。船頭は浅黒い肌の人々が多く、同じフロマージュ共和国内とは思えないほど違う景観を見せる。
「おい、あまり遠くまで行くな。あと1時間で出発だぞ」
砲長が私の背後からこう忠告するが、そんなことくらい分かっている。逆に言えば、あと1時間もある。皆が懸命に働く中、何もせずにただ立ち尽くすのはあまりにも居心地が悪い。そういう砲長だって、私と同じ理由でここにいるのだろう。
ということで、砲長と私、軍服姿のこの2人がぎこちなく、当て所なく歩く。途中、露店で何やら不思議な食べ物を見つける。
道ゆく人がその店で買っているのは、あのチャパティというやつに包まれたもの。だがそれは、カレーではない。野菜と何かの肉らしきものが、その薄いパン状のもので包まれている。
「なんだ、あれが欲しいのか?」
そう砲長が聞くので、私は黙って頷くと、砲長が露店の店主にそれを指差し、さらに2本の指を立てて注文する。
「これを2つ、もらいたいんだが」
ところが、返ってきた言葉がこれだ。
「デュクス、シクスフランソ」
ああ、そうだった。ここはフロマージュ共和国だ。当然、使われてるのはフロマージュ語。私も砲長も多少はその言語の心得があるが、訛りが酷くて聞き取れない。2人揃って、硬直してしまう。
「プィッシ ペイス エン クロナーレ?」
「ヤハ、テン クロナーレ」
「おい、10クロナーレでいいってさ」
ところが、背後からその店主に話しかける者が現れる。振り向くと、リーコネン上等兵がいた。
で、無事に支払いを済ませることができた。もっとも、注文数は3に増やされたのだが。ともかく、我々はその食べ物、ケバブというチキンと野菜をチャパティで包んだそれを食べつつ街を巡る。
「なんだ、ついてきてたのか」
「いや、こっちの方角に『恋人』のカードが出たんで、来てみただけだ」
なんだ、また占いか。にしても、なぜ「恋人」のカードが出た方角に行こうと思ったのか? それついては何も語ることなく、こいつは話題を変える。
「ところでよ、なんでここで魚雷を積まねえんだ?」
この自称占い師が、急に軍事的な話題を振ってきた。
「なんだ、別に機関銃士には無関係だろう」
「そうでもねえよ。武器の積み込みがねえから、砲撃科の連中はこんなところを暇そうにうろつく羽目になってるんだろうが」
「ああ、そういうことか」
女機関銃士にそう言われて、砲長はケバブをひとかじりしてから、その疑問に答える。
「魚雷は、戦艦ロイスタバ・クーヴォラの艦上で受け取ることになっている」
「はぁ? わざわざ海の上で、武器のやり取りなんかするのかよ」
「2つ理由がある。ひとつは、そんな物騒なものをぶら下げて飛ぶのは危ない。だから、戦場に着いてからそれを受け取るのが賢明だ」
ついこの間、焼夷弾を剥き出しで運ばされたばかりだ。あれは正直言って、気が気ではなかった。その時の教訓が活かされたということか。
「そしてもうひとつが、魚雷に関してはフロマージュ共和国よりもイーサルミ王国製の方が、高性能だという事情がある」
「は? そうなのかよ」
「酸素魚雷といって、航跡が視認されにくい魚雷を我が国は開発している。フロマージュ共和国ですらも、それをわざわざ輸入しているほどだ。だから、魚雷は我が国の艦が保有し、提供することになっている」
これは私も初めて聞いた時は驚いたのだが、我が国はどういうわけか、魚雷だけは進んでいるらしい。海軍が非力な分、何かで優位性を保つ必要に迫られていたから、それがこの酸素魚雷とかいうものにつながったのだと言われているが、そんな理由で優れた発明が出るのならば、どうして空中戦艦ではフロマージュ共和国からの技術供与を受けなければ成り立たないのかが説明できない。単に、この分野で優れた技術者がおり、その者の功績というだけではないのか?
時に我が王国においては個人の功績を矮小化する傾向があるが、小国が優れた人材の功績をきちんと評価しなければ、いずれ成り立たなくなるのではと私は思う。ラハナスト先生にしても、あの頭脳と実績に見合った待遇を受けているとは到底言い難い。
などと考えている間に、1時間が経過した。3人はヴェテヒネンに戻ると、直ちに味方の海上艦へと向かうこととなった。
「戦艦ロイスタバ・クーヴォラの現在地は、北緯21度12分、東経31度2分。速力31サンメルテで南進中、とのことです」
通信士が、艦長に電文の内容を報告する。なお、この場に私がいる理由だが、それは送られてきた暗号を復号するためだ。事前に3桁の数値がロイスタバ・クーヴォラと我が艦の間でかわされており、その3桁の数値を復号式に代入して送られてきた通信符号を変換すれば、解読できるという仕組みを我が国は持っている。単に解読用の復号式だけでも、3桁の数値だけでも解読は不可能。この仕組みは、ラハナスト先生が考案したものだ。それゆえに我が王国の暗号は、未だ解読されたことがない。
もっとも、時々この復号式は改変されるし、作戦のたびに鍵となる3桁の数値も変更される。だが、もしこの復号式と数値が同時に敵の手に渡れば、たちまち暗号が解読されてしまう。そういう危うさを持っているのは確かだ。だからこそ、時々更新が必要となる。
ともかく、私はその送られた暗号を計算尺で復号して通信士に渡すという役目を果たしたところだ。これより我が艦は、戦艦ロイスタバ・クーヴォラに魚雷受領のため向かう。
「航海長、取り舵20度、進路を南南西にとる」
「とーりかーじ!」
航海長が直々に舵を切って進路を変える。緩やかに傾く艦橋の窓の外には、広大な海が広がる。さえぎるものがない水平線の果てに若干の雲が沸いているものの、ほぼ真っ青な空だけが広がっている。
やけに高い日差しが、我が艦に降り注ぐ。といっても、上部にある気嚢がその日の光をさえぎってくれているので、ここはさほど暑いわけではない。第一ここは上空4000メルテ、南方とはいえそれなりに気温は低い。
後部ゴンドラの砲撃室へと戻ると、前方の窓が開きっぱなしになっている。気温は低いとはいえ、北方の寒い気候に慣れた我々にとってここは気温が高過ぎる。窓を開けておかないと、いくら日陰でもやってられない。
そんな具合に、どうにか慣れない南の気候をしのぎながら、我々は進む。
『前方に、戦艦ロイスタバ・クーヴォラを視認!』
それからしばらくして、観測員が目的の海上艦を発見する。それを聞いた副長が指示を出す。
『高度を下げ、戦艦ロイスタバ・クーヴォラに接舷する。俯角5度、各員、下降に備え』
その号令の直後に、艦がググッと傾く。わずか5度とはいえ、固定されていないものは転がってしまう。乗員は各々、近くの支柱にロープを引っかけて、自身の身体を支える。
窓の外を見ると、徐々に目的の海上艦の姿が近づいてくる。その異様なまでに重厚な海上艦を見る。全長は200メルテ超とヴェテヒネンよりは短い船体の上に、二門の砲身を備えた主砲が3基、巨大な物見やぐらのような艦橋、黒煙を吐く煙突が2本、そして後部にはやや広い甲板があり、その甲板の前後には大型のクレーンが備えられている。
その広い後部甲板に向かって、ヴェテヒネンは降下を続けている。まさか、あそこに接舷しようというのか?
どうやら、そのまさかのようだ。
『接舷用意!』
副長の号令が伝声管越しに届くと、艦首が持ち上がってゴンドラが水平になる。するとキヴェコスキ兵曹長が立ち上がると、なぜか砲身を回すハンドルに手をかける。
「俯角90度!」
と言いながら、兵曹長が勢いよくハンドルを回し始める。二つのゴンドラの間にあるクレーン腕に付けられた25サブメルテの砲身を、真下へと向け始める。
一体、何を始めるのか? と、正面を見ればそこには、戦艦ロイスタバ・クーヴォラの後部甲板の前後にある長いクレーンの腕が真上に向けられている。
その2つのクレーンの間には、ロープが張られているのが見えた。
ああ、分かった。あれにヴェテヒネンの主砲身を引っかけるつもりだ。やがて、その二つのクレーンの中間に向かって進むヴェテヒネンの下側に伸ばされた砲身が、そのロープと交差する。
「プロペラ反転!」
主砲がまさにそのロープに引っかかろうとしたその時、後方の可変ピッチ式プロペラが逆推力側に向けられる。急減速がかかり、前のめりとなった私は慌てて支柱にしがみつく。
と同時に、主砲の先がそのロープに引っかかる。砲身の先端に付けられているフックが、そのロープを捉えた。
ああ、あの主砲の先端についているあのフックは、こういう時に使うのか。どうしてあれがついているのかといつも思っていたのだが、ようやくその用途を理解した。
我が艦が停止すると、その二つのクレーンがロープを手繰り寄せて我が艦のゴンドラをつかむと、そのまま甲板の上まで引き下ろす。その間に砲身は戻され、ゴンドラが甲板の上に底づく。
甲板に降り立った私は、甲板のすぐそばにある海上艦の巨大な主砲塔を見上げる。
空中艦ではおよそ拝むことができない巨大口径砲を前に、私は心臓の高鳴りを感じる。なんという太さ、なんという長さ。その凛々しい巨砲身が青い空と海の境にそびえ立ち、厳と構えるその姿を前にして、私は体内から熱い何かが湧き起こるのを必死に押し堪えることとなる。
「おいお前、何か妙なことを考えていないか?」
そう砲長の一言で、私ははっと我に返る。
「いえ、まさに海上艦の持つ巨砲に圧巻されていただけです」
「そうか? 今の顔は、俺の知る限りでは別の感情を抱いていた時のそれだったぞ」
うーん、砲長相手ではごまかせないな。私は思わず砲長の、左右の太ももの付け根あたりに目を移す。うん、やはり太くて長いものというは、本能を揺さぶられるのだな。
なるほど、男子諸君が女の大きな胸に惹かれる時の感情というものを、今の私ならば理解できる。そりゃあ私のこの真っ平な胸よりも、マリッタの方が視線を集めるはずだ。あれほどの大口径な二つの巨塊をもつ者は、地上でもそれほど多くはない。
などといらぬ想像を巡らせていると、その砲塔の脇から軍帽を被った一人の人物がこちらに近づいてくるのが見える。私のすぐ前にいる艦長と副長が、その人物を見るや敬礼する。相手も歩きながら返礼する。
軍服は黒に近い青色だが、その胸元には黄色の飾緒が見える。それが大佐級の人物だということは、さすがに私にも分かる。その海軍の大佐級が、私の胸元にあるあの金色の勲章に目を留める。そして、第一声でこう言い放つ。
「なるほど、貴官が噂の金等級を受けたという、計算士か」
私は慌てて敬礼する。が、艦長と副長を差し置いて、その大佐クラスの人物は私の方に歩み寄る。そして、こう言い放った。
「空飛ぶボウフラには、どうやらこんな小さい計算士でも活躍できる場がまだあるようだな」
やはりというか、海軍が空軍を目の敵にしているという噂は、このひと言で実証された。彼らが、この空を飛ぶ最新兵器を快く思っているはずがない。嫌なお方だ。
「おっと、失礼。私はこの戦艦ロイスタバ・クーヴォラの艦長、マルヤーナ大佐だ。貴艦への魚雷供給の任を受けている。直ちに、作業に入ろう」
と、目の前にいる私など意に介さず、艦長の方を振り返ってこう告げる。少しカチンときた私は、思わずマルヤーナ艦長に向かってこう尋ねる。
「マルヤーナ艦長、この艦には計算士はいらっしゃらないのですか?」
すると、マルヤーナ艦長は私の方を向いて、こう言い放つ。
「いることはいる。が、計算士として活躍する場はない」
短くそう答えるこの海上艦の艦長に、おそらく私は怪訝な表情を向けていたのだろう。それで私の心情を察したその艦長は、私と後ろに立つ砲長に向かってこう言い放つ。
「いいだろう。その理由を、特別に貴官に見せてやろうじゃないか」
随分と自信満々に言い放つものだ。これほど遅く重い海上艦で、しかもあれだけの主砲を備える艦に、どうして計算士が活躍できないなどと言い張るのだろうか。
いいだろう、その自信の根源とやらを見せてもらおうじゃないか。私はその尊大な態度の艦長に導かれるがまま、その後についていく。
「すっっごいです!! これほどの仕掛けを、私は初めて目にしました!!」
で、連れてこられたその先で、私は思わず叫んでしまう。
「そ、そうだ。これこそが、我が艦の最新の仕掛けである、自動照準装置だ」
若干、引き気味なマルヤーナ艦長がその機械の名を教えてくれる。ここは艦橋の下にある「中央演算所」と呼ばれる場所なのだが、そこには巨大な歯車に連結された大きな機械式計算機が鎮座していた。
「この機械式計算機によって、測距儀から得られた敵艦までの距離と風向、艦の向きによって、ほぼ瞬時に弾道計算が行われる。その結果は3基の主砲に伝えられ、人を介すことなく砲塔を動かす。それゆえに、自動照準装置と呼ばれているのだ」
驚いたことに、艦橋のてっぺんに取り付けられた、標的までの距離と方向を測る装置である測距儀によって得られた値は、すぐにこの演算所に送られてくる。するとその値が機械式計算機に送られて、直ちに演算される。
「敵艦までの距離と方角だけではない。この艦がどちらを向いているかも重要だ」
「もしかしてそれは、コリオリの力が関係しているのでしょうか?」
「その通りだ、よく分かるな。この艦に搭載された38サブメルテ砲の射程はおよそ3万5千サンメルテ。これほどの長射程では、コリオリ力は無視できない。それゆえに、コリオリ力による影響も計算する仕組みも、この機械式計算機には備えられているのだ」
といいながら、マルヤーナ艦長はこの機械式計算機のすぐ脇に置かれた少し小ぶりな機械を指差す。あれもよく見れば、機械式計算機だ。あれ単体で、コリオリ力を計算しているということのようだ。
この大地は「地球」と呼ばれる巨大な球体であり、その大地は一日をかけて一周している。その巨大な回転運動が、長距離を飛翔する弾頭の着弾位置をわずかながらもずらす効果を生み出す。これがあたかも外から加わった力のように感じるため、それを「コリオリ力」と呼ぶ。
無論、私もコリオリ力の効果とその影響を算出する計算式を知っている。が、空中戦艦の砲はせいぜい射程7800メルテであり、この程度の距離ではコリオリ力の影響はほぼ無視できる。しかも空中艦は偏西風の影響もあって、東西方向に進む艦と対峙するために砲撃戦もほぼ東西方向に行われるから、コリオリ力の影響が出にくい。このため、コリオリ力の影響式を知らない計算士もいるほどだ。
が、海上艦の持つ大型の砲はそうもいかない。我が艦の4倍以上の長射程ともなれば、その影響は無視できなくなる。それゆえに、わざわざ高価な機械式計算機を追加してでも計算する仕組みを取り入れているようだ。
「カルヒネン曹長、さすがに金等級を授与された計算士だけのことはあるな。まさかこれほどまでに理解が早いとは」
「はい、これほどの仕掛けがあるとは存じませんでした。まさに夢の機械であります」
「夢、か。その夢の機械を導入するまでには、幾多の苦難があってだな……」
それから私は、なぜかマルヤーナ艦長と意気投合する。実は艦長自身も元は計算士であり、ラハナスト先生の教えを受けたお方だった。機械式計算機を用いた自動照準装置の構築に尽力し、その功績で艦長にまで上り詰めたというお方だ。まさしく、計算士の中でも出世頭である。その経緯の話を聞かされたが、その苦労話のあまりの面白さに、私は時間を忘れて聞き入り、そしてさらに深い事情などを尋ねた。
どうやら、この艦長の話を熱心に聞く者が今までにいなかったのだろう。軍組織の壁を超えて、私はこの艦長にすっかり気に入られてしまった。
計算工学は、空軍や陸軍、そして海軍といった組織の軋轢すらも超えてわかり合える。ここでも改めて、それを実証した。そんな世界を教えてくれたラハナスト先生には、感謝の念しかない。
そんな演算所で盛り上がりすぎて、同行する砲長の呆れた顔の表情がいよいよ疲れに変わり始めた頃、突然、大きなブザー音が鳴り響く。
「な、なんだ?」
終始黙ってそばにいた砲長が、その音に驚き声をあげる。
が、マルヤーナ艦長は動じることなく、そばにあった伝声管を開いて叫ぶ。
「何事か!?」
『スラヴォリオ軍旗を掲げた駆逐艦クラスの艦影視認! 我が艦の左舷方向、距離36000、単艦にて徐々に接近中!』
「わかった、今から艦橋に上がる」
マルヤーナ艦長は伝声管の蓋を閉じると、私の方を向いてこう告げる。
「敵の艦艇が接近してきた。艦種と行動から察するに、おそらくは強行偵察だろう。これより我が艦は敵艦撃滅に向けて攻撃を開始する」
「マルヤーナ艦長、ということは、我が艦ヴェテヒネンは直ちに離脱して……」
「いや、あの空中艦発進にさいている人員はいない。このまま攻撃態勢に移る」
艦長がそう我々に告げると、軍帽を被り直しつつそばにある階段へと急ぎ向かう。が、なぜか急に引き返し、私の前に立つ。
「あ、あの、何か……」
「ちょうどいい機会だ、貴官に我が艦の自動照準装置の働きぶりを見物してもらうことにしよう」
「えっ!?」
思いもよらぬ申し出を受け、私は一瞬、面食らう。
「曹長よ、直ちに艦橋へ向かうぞ」
半ば強制的に、私はこの海上戦艦の艦橋へと向かう羽目になった。やや妬まし気で、呆れ顔な砲長を残して。




