#27 南方
「南方に向けて、出発ですか」
あの世界大戦の見出しの新聞を読んで一週間後。しばらくは特に大きな動きはなかったが、この日に行われたブリーフィングにて、戦艦ヴェテヒネンが南へと向かうことになった。
「我が国の南にあるエラインタルハ海には、我が海軍が停泊している。保有艦艇がたった2隻の海軍ではあるが、フロマージュ共和国海軍に随行し、南方大陸とヴォルコヴィアス王国との間の航路で通商破壊を行うべく出撃することとなった。これを空中から支援するのが、我がヴェテヒネンに与えられた任務だ」
「海上戦闘支援、ということですか」
「そうだ」
「ですが、海上戦艦の持つ砲は我々よりもはるかに強力であり、一方で我々の砲は海上艦には無力に等しい。向こうが散弾式を放ってくれば、海上艦よりも大きく砲の威力が弱い我々の方が、はるかに不利です。それを承知で、海上戦闘に参加すると?」
「いや、砲長、我々の相手は海上戦艦ではない。どちらかというと、海の下にそれはいる」
「潜水艦、ですか」
「そうだ」
「だったら、なおのこと我々の攻撃は届かないのでは?」
「哨戒任務が主となる。が、それだけではない。対潜水艦戦闘用に、魚雷を搭載することになっている。空からの攻撃や索敵に対して、案外、潜水艦は脆弱だ。しかも、潜水艦からはこちらを攻撃できない。これほど有利な戦いはないだろう」
と、砲長のこの質問に対して、自信満々に答える副長だが、そもそも我々は海での戦いなどしたことがない。強いていうならば、海に浮かんだ標的船に向かって砲撃訓練をしたことがあるくらいだ。
「なんだよ、焼夷弾の次は、魚雷か」
で、その全体ブリーフィングの後に、砲撃科だけがこの会議室の端に集まって話をする。何よりも不服なのは、この砲撃科への負担が増えたことだ。機関銃が追加された時は一人増えたが、魚雷に対しては人員の補充はない。砲撃と同時攻撃になることはない、というのがその理由だ。
「しかし、魚雷などというまた重たいものを載せることになるんですよね」
と、私は砲長にぼやく。
「1本が780サン・グラーテというから、それが2本だ。この間の焼夷弾の15メテ・グラーテと比べればまだマシな方だな」
しかもその魚雷は、海上にて受領することになっている。だから、戦場までは身軽なまま、向かうことができるという。
「ですがそれはつまり、海軍と接触することになるんですよね」
「なんだ、不服か?」
「陸軍には嫌われてますからね、当然、海軍とも同様なのでしょう?」
「さあな、たった2隻しか保有しない軍のことなど、いちいち気にしていられるか」
と砲長はそう告げるが、そのたった2隻に約3000人もの人員がいるというのだから、その規模はすでに空軍以上だ。それほどの規模の軍であるにもかかわらず、戦場の主役になれず、ここまで半ば開店休業状態にされていたことで、ますます空軍への嫉妬や不満が渦巻いているのではないだろうか。
今にして思えばだが、あの時のリーコネン上等兵の占いにあった「試練」とは、焼夷弾を抱えさせられることではなく、世界大戦が起こることを暗示していたのではなかろうか? 試練というならば、こちらの方が間違いなくでかい。
いやいや、私が占いなどを信じてどうする。あれは偶然性の塊であり、しかも無数の解釈が成り立つカードを根拠に思わせぶりなことを言って、その気にさせているだけだ。
「おい、海だってよ。しかも南方かよ」
当の似非予言者だけが、この砲撃科の中で唯一、海に出ると聞いて浮かれている。
「リーコネン上等兵よ、どこにも浮かれる理由がないだろう。フロマージュ共和国を超えて、さらに南に行けと言われているんだぞ」
「いいじゃねえか、俺も一時期そこにいたが、いいところだぞ」
「なぜ、そう言い切れる?」
「決まってるじゃねえか。カレーがあるんだぞ、そこは」
リーコネン上等兵がそういうと、どこからともなくマリッタが現れた。
「ちょっとリーコネン、今の話、もっと詳しく!」
「南ってことはつまり、フロマージュ共和国を通るんだろう? しかも、南側だ。当然、南方大陸からの交易品が大量にある。あそこは香辛料の宝庫だと聞いてるからな。当然、カレーなんてそれこそこっちのビスケットよりも大量にあるぜ」
「それじゃ、いよいよそのカレーってやつに出会えるのね! いやあ、希望が一つ増えたわ!」
なんてことだ、もう一人、浮かれた人間を増やしてしまったぞ。しかもその動機が、得体の知れない食べ物ときた。不純かつ不安極まりない。
そんな連中を乗せて、その翌朝にヴェテヒネンは南方へ向けて出発することとなる。
『進路を南にとる、取り舵いっぱい!』
『とーりかーじ!』
繋留錘を切り離したヴェテヒネンは一路、南へと進路をとる。今までは東か北にしか向かわなかったから、いつもとは異なる進路にさすがの私も少し、心躍る。
いつもならば接近するサルミヤルヴィ山脈とは反対の方向へと艦首が向けられる。王都周辺を抜ければそこは、広大な針葉樹林の合間に広がる豊かな畑作地帯だ。
我が国土は北半分が凍てついた大地で覆われているが、南半分は肥沃な土壌と、偏西風がもたらす比較的温暖な気候である。まさに青々と茂る小麦畑が、眼下に広がっている。
「我が国の最南端であるターラスヴァーラ市に寄港し、そこで燃料と食糧の補給を受けた後に、一気にフロマージュ王国の南端まで飛ぶ」
テーブルの上に広げられた航路図は、これまでほとんど扱ったことのない南側の地図が使われている。そこに観測員が、せっせと航路を描いている。無論、私がその脇で航路計算をしている。
「もしかして、そこで海軍の海上戦艦と合流するのでしょうか?」
「いや、すでに戦艦ロイスタバ・クーヴォラと駆逐艦ヴァルキアヴィーラの2隻は発進しており、フロマージュ王国の南方の都市、シャトーヌフ市の港に到着したとの連絡を受けている。そこから南方大陸とスラヴォリオ王国とを結ぶ航路に展開し、通商破壊を行うことになっていて、我々が合流するのはその航路上ということになるな」
なんだ、もう海軍は彼方の海に向かっているのか。ただ、海上艦は空中艦と比べると速力は遅い。我々が一日で到達できる距離を、一週間近くかかっているところからも、その鈍足ぶりが伺える。
考えてみれば、我々は空を飛べる。ということは、そこが地上だろうが海だろうが、標高5000メルテ以下の場所であれば、ほぼまっすぐに突っ切ることができる。ところが海上艦というのは陸の上を航行できない。ただでさえ遅い上に、陸地を迂回しなくてはならないという点が、余計に機動力を下げている。
とはいえ、武器の性能が違う。違いすぎる。何せ海上戦艦のロイスタバ・クーヴォラには、口径38サブメルテの砲を2門搭載した砲塔が3基ある。30サンメルテという長射程は、我がヴェネヒテンの25サブメルテ砲の4倍近くまで届く。その砲が、散弾式の弾頭を搭載してこちらに向けられたなら……そのままでは撃ち負けるか、高高度に逃げる他ない。
いや、待てよ。こちらの速力は最大で毎時210サンメルテ、通常の海上艦が毎時45サンメルテ程度だから、5倍近く速い。それを活かせば、海上艦に勝てるのでは……とも考えたが、空中艦は気嚢のおかげで、大きさだけは海上艦よりもでかい。その程度の速力差では、いい的だな。どのみち、我々の砲では戦艦の装甲を貫けないから、勝負にならない。
テーブルの上の南方地図を広げて、副長たちが航路上の懸念や補給の話をしている間に、私は脳内で海上艦との仮想戦闘をしていた。が、そんなブリーフィングも、マリッタの一喝で中断される。
「さ、飯の時間ですよ! どいたどいた!」
相手が艦長だろうが一兵卒だろうが、この調理師は態度を変えない。怪訝な表情の艦長、副長を前に、私と観測員が地図を丸めると、マリッタが空いたテーブルに容赦なく煮豆の積み上がった大きな腕をドンと置く。手慣れた手つきで、ビスケットとオリーブオイル、それに酢漬けキャベツの皿を並べていく。それを、艦長らが次々と受け取り、流し込むような食事を始める。
私もひとつ受け取ると、まずビスケットを酢漬けキャベツの中に突っ込んだ。煮豆を大きめのサジで皿に取ると、まずはそれから食べ始める。
「そういえば、フロマージュ共和国領内では、あちらの戦闘食が供給されるらしいぞ」
副長が、あの硬いビスケットをそのままかじりながら、そんなことを言い出す。
「えっ、もしかして、カレーがもらえるんですか!?」
「いや、それは分からんが、ともかくあちらの領内で作戦行動を共にする以上、当然だろう」
私はたいして期待してはいない。このビスケットがもう少し柔らかくなってくれたらと願うだけだ。が、マリッタはこの隣の大国の戦闘食に、過大な期待を寄せているようだ。
そんなに変わらないと思うけどなぁと、その時の私はその話を、さして大ごとと捉えずにいた。
その夜には補給のため、我が国の南端の都市、ターラスヴァーラ市のドックに入港する。そこで私は、この南端の都市の発達ぶりを目にすることになる。
同じ王国内だというのに、王都クーヴォラよりも栄えているのではないか? 港には大型船舶が繋留され、上空には飛行船が飛び交う。海からは多くの物資が運び込まれて、ここで飛行船に載せ替えて北方の都市に運ばれている。その物資の多くはフロマージュ共和国やセレスティーナ連合国からの援助物資であり、我々が戦闘を継続できるのは、まさにこの物資のおかげだ。
ここには我が国唯一の軍港があって、その周辺には大きなクレーンが稼働し、海上艦に物資を載せているのが見える。
変だな、我が王国の保有する海上艦は全て出払っているはずだが、どうして海上艦がいる? いや、よく見ればフロマージュ共和国の軍艦旗が立てられている。艦影からは、あれが軽巡洋艦であることがわかる。
これまで、この都市が空襲から逃れられてきたのは、まさにこのフロマージュ共和国の軍艦のおかげである。もしここにオレンブルクが攻撃を仕掛けたならば、それはフロマージュ共和国へ宣戦布告をしたものと同義となり、大国からの攻撃にさらされる羽目になる。だからここにはオレンブルクも手出しできなかったのだが、それも先日の東西の両陣営が戦争状態に突入したことで、そういう事情は無意味となる。
とはいえ、オレンブルクもここを攻撃してくる可能性は低い。ここを攻撃する前に、この港のさらに南にあるフロマージュ共和国からの攻勢に備えなければならないからだ。
フロマージュ共和国には4つの海上艦隊があり、その中でも防衛任務を主とする第2艦隊が、ここエラインタルハ海に展開されている。ここにいる軽巡も、その艦隊の一部だ。
我が王国とは違い、海洋大国であるフロマージュ共和国は、保有している艦艇数も戦績も段違いだ。第2艦隊だけでも20隻ほどの艦艇があると聞く。それだけで、通常の国家並みの規模だ。
なお、フロマージュ共和国は空中艦隊も3つ保有しており、こちらも一つの艦隊あたり15隻あるという。我が王国など、その一個艦隊の半分程度を保有しているに過ぎない。国の規模が、段違いだ。
そんな国と戦う羽目になってしまったオレンブルクには、同情を禁じ得ない。いくら大国スラヴォリオ王国がついたからと言って、空海軍力では両国を合わせてもフロマージュ共和国には敵わない。
ちなみに、ヴォルコヴィアス共和国とは、スラヴォリオ王国の南東側にある半島の国だ。規模としては、我がイーサルミ王国と大差ない。どちらかと言えば、周囲が東側同盟に囲まれてしまったために仕方なく東側についた、というのが正しいかもしれない。海軍力こそ一個艦隊を保有する国だが、空中艦隊は爆撃艦が2隻という、空軍力ではさほど脅威とはなりえない国だ。ヴェテヒネン一隻あれば、あっという間に彼の国の空中戦力を殲滅できるだろう。
「それにしても、以前からこんなに栄えた街だったか?」
ターラスヴァ―ラの街を並んで歩きながら、砲長がそう呟く。
「いえ、以前に砲撃訓練の際に訪れた時は、これほどではなかったはずです」
「だよな。やはり海も空も、船が増えているな」
砲長の言う通り、確かに以前来た時より船が多い。フロマージュ共和国からの交易船だと思っていたが、それにしても多い。
が、その理由が、とある桟橋のそばを歩いた際に判明する。
そこにあったのは、まるで断崖絶壁のような巨大な船。真っ赤なその船体は、ヴェテヒネンの気嚢よりもはるかに大きく、長い。そんな巨大な船が、黒煙を吐きながらまさに動き出そうとしていた。
その黒煙を吐き出す煙突の辺りを見て、私はとあるものを見つける。
それは、赤と青、緑の色彩を持つ旗。その旗の意味するところは、我が聖稜大陸でも南方大陸でもない、大洋を超えた西側にある大陸にある国の船だということ。
すなわち、セレスティーナ連合国だ。
新興の国だとは聞いていたが、こんなに大きな商船を保有する国なのか? 直後に、ボーッという胃袋まで揺さぶる汽笛を鳴らしながら、徐々に後退を始めている。
「でかいな。さすがはセレスティーナだ」
「やはりあれは、セレスティーナの船なのですか?」
「そうだ。新大陸のあの国は、今や世界でも有数の資源国だからな。あの船は石油に石炭、それに多量の麦をもたらしてくれる」
この口ぶりからすると、砲長はセレスティーナという国がどれほどの規模の国かを知っているようだ。それはおそらく、私が抱いている以上の途方もない国なのだろう。
「島のような船ですから、少々、攻撃されてもびくともしないんでしょうね」
「そんなことはない。商船というやつは外板が薄い。潜水艦に出くわせば、あっという間に沈められてしまう」
「えっ、そうなんですか? あんなに大きな船なのに、もろ過ぎやしないです?」
「大きければ丈夫、というわけではないだろう。現にヴェテヒネンは大きいが、だからと言って丈夫なわけではない」
と、砲長は尤もらしいことを返す。さらに付け加えるなら、あの大きな商船、タンカーと呼ばれるあの船は、大きな船体ゆえに少しでも軽くするために、外板を薄くしているのだという。
戦う船ではないからというのがその理由だが、それで沈められてはかなわないなぁと私などは思う。が、少しでも燃費を良くし速力を出すために、致し方ないと砲長は言う。
ともかく、私にとってはあの大型船が、オレンブルクとイーサルミの間の戦争が世界に拡大したことを教えてくれた、最初のものだった。
そして港を見回せば、セレスティーナの船の多さに驚かされることになる。
「ちょっとユリシーナ、みてみて!」
いよいよ出港という間際になって、忙しく出港準備にかかる乗員の合間をぬって、嬉々として手に入れたものを見せびらかそうとするマリッタが迫ってくる。
「なんだ、ただの缶詰じゃないか」
「何言ってんのよ。これこそ、あのカレーってやつなのよ」
そう自慢げに語るマリッタだが、外観からは酢漬けキャベツの缶詰と何ら変わりがない。異国の言葉で書かれた文字だけが、いつもの缶詰と違うことを示しているに過ぎない。
『ヴェテヒネン、発進する!』
副長の号令とともに、繋留錘をつないだ綱が切り放される。ガクンと音を立て、ゴンドラが地面から離れていく。この異様なまでの盛り上がりを見せる港街を見下ろしながら、わずかな時間を共にした街の建物に別れを告げる。
さて、ここからは一気にフロマージュ共和国の南端にあるシャトーヌフまで飛ぶ。このヴェテヒネンならば一晩で到達する距離だ。
昼間に出発したこの艦は、フロマージュ共和国を縦断しながら進む。中央部には2000メルテ級の山々が連なる山地を持つこの国は、その多くが広葉樹で覆われている。北方にある我が王国よりも温暖で、永久凍土などは存在しない。時折、城塞都市や山城を眺めながら、巡航速度の時速170サンメルテで前進を続ける。
『さあ、砲撃室の方々、昼食の時間ですよ!』
そろそろ昼間だなと思ったその矢先に、珍しくマリッタが伝声管で食事を知らせてくる。いやに浮かれているな、と思いながらも、私はいつものあの危なっかしい布製の通路をこわごわと渡る。
その先にある食堂に入ると、いつもとは違う香りが漂っている。ツンと鼻につくその香りは、間違いなく香辛料だ。そしてテーブルの上には、何やら茶色のドロッとした液状のものが入った皿が並べられている。
「おい、マリッタよ、これは……」
「カレーよ、カレー! ついに究極の食材を、我々は手に入れたのよ!」
やけに興奮した声でその物体を指差して、その食材の名を私に告げるマリッタだが、私はマリッタのようには喜べない。
見た目が、そう、まるで排泄物のあれに見えてしまう。
これを食うとか、正気か?
「お、カレーじゃねえか、懐かしいなぁ、おい」
そんな皿を物怖じせず手に取るのは、リーコネン上等兵だ。そういえばこいつ、以前にもこれを食ったことがあると言ってたな。だが本当にこれは、食い物なのか?
脇に置かれているのは、ビスケットではない。丸くて薄っぺらい、やや黄ばんだ色の不可思議なパンのような物だ。やや焦げ目の付いたそれは、手に取ってみると意外に柔らかい。
「そうそう、これはチャパティっていうパンのような食べ物なの」
うん、やっぱりパンの一種なのか。にしても、硬くないのはありがたいが、味は……ビスケットといい勝負で、ほとんど味がない。
「違う違うユリシーナ、そうじゃなくて、ほら、これをつけて食べるのよ」
マリッタがそう言いながら指差したのは、あの排泄……ではなく、カレーだ。げ、これにつけろというのか?
ところが、隣のリーコネン上等兵は、チャパティをべちゃべちゃとそのカレーというやつに突っ込んでいた。で、そのままそれを口の中に放り込むと、くちゃくちゃといやらしい音を立てて食っている。ビスケットのように硬くないのなら、わざわざこんなものにつけなくても食えるだろうに……と言いつつ、私もその機関銃士に倣い、それを茶色の液体につけて、ひと口かじる。
……なんだ、この味は。香辛料の独特な香りと、ピリッとした辛みが口の中に広がる。あの無味なチャパティが、この茶色の液体の辛みを中和して和らげてくれる。程よい歯ごたえの薄っぺらいこのパンのようなものは、かつてないほどの食感と味で私の口の中を満たしてくる。
ちょっと待って、フロマージュ共和国って、こんなものを戦闘食として食べてるのか? 地上の下手な食事よりも美味しいじゃないか。これまで長い間、あの硬いビスケットを工夫しながら食べ続けてきた、これまでの努力は何だったのか。
「おお~っ? ユリシーナにも、このカレーの味が分かっちゃったかな?」
そう茶化すマリッタをよそに、私はさらにもう一枚のチャパティをつけてこの茶色の液体をすくい取るようにして食べる。少し辛すぎる気もするが、味気ない食事に比べたらはるかにマシだ。しかしこのカレーというやつは、チャパティ以外にも合うのではないか?
例えば、トナカイ肉との相性がよさそうに思う。あれ自体は歯ごたえがあって美味いものの、やや特有の臭みがある。しかしこのカレーというやつは、その臭いを紛らわすことができそうな、そんなことを期待させてくれる。思えば、肉の臭みを打ち消すために使われる香辛料をふんだんに使った食べ物だ。肉との相性はいいに決まっている。
ということで、この日の昼食はこのカレーというやつにやられた。酢漬けキャベツも口にしたが、いつもなら美味く感じるこいつが、薄味過ぎてカレーの辛みを和らげる口直し的な食材と化した。もういつもの戦闘食には戻れそうにない。
高度4000メルテを快調に進む空中戦艦は、日が沈んだ夜も休むことなく進む。夜明け頃には、フロマージュ共和国の最南端の都市であるシャトーヌフにたどり着くことになっている。
「さ、寝るよ、ユリシーナ」
夕食もあのカレーが出されたが、チャパティではなくいつものビスケットが出てきた。が、それでもあのカレーにかかれば味気ないビスケットもいつもよりは美味しく食べられた。そんな味を反芻しながら、私は調理場に入る。
「ふう、明日はいよいよ南方か」
とつぶやきながら、私に抱きつく女機関銃士だが、頼むからいきなり抱きつかないでくれと、私はそれを振り払う。
その拍子でバランスを崩し、調理場の窓枠に手をかける。その時、ふと窓の外に視線が移る。
窓の外に広がる夜空が目に入り、私は思わず圧倒された。
イーサルミ王国内、王都クーヴォラの辺りでは、弓なりの星の川が見える。が、ここではその川がまるで渦のように円を描き、その先には明るく輝く星の集合体が見える。
話には聞いていたが、あれは隣接する棒渦巻銀河の姿だという。その明るい中央部分を、私は生まれて初めて直視する。
「うわ、なにあれ」
マリッタも、窓の外に広がるその異様な星の渦に圧倒されている。リーコネン上等兵も、その姿を眺めている。
「そういやあ、南方ではあれが見えるんだよな」
「なんだ、お前はあれを見たことがあったのか?」
「そりゃあフロマージュ共和国のあちこちで訓練を受けてたからな。南フロマージュにも当然、滞在したことがあるぜ。最初に見た時は、俺でも驚いたな」
未だかつて見たことのない星の配置を前に、私はここでようやく南に来たことを実感させられる。
そんな明るい星の塊に向かって、この空中戦艦は突き進む。




