#24 理不尽
「うーん、なんだかなぁ」
リーコネン上等兵が、並べたカードを眺めながらそう呟くので、私は思わず不愉快になる。これではまるで、私が勇気を出して占いを頼んだ意味などないと言わんばかりじゃないか。
「おい、そんなに悪い結果なのか?」
「いやあ、悪い結果じゃねえんだ。ほれ、ここを見ろ」
円形に並んだカードで、リーコネン上等兵から見て右上にあたるカードを指差す。そこには白いマントまとい、大きな帽子を被った端整な顔立ちの男が、金の杯と杖のようなものを持っている絵が描かれている。
「こいつはおめえの最終的な姿だ。このカードは『魔術師』、つまり、卓越した技や知恵で何かをなすだろう、って言っている」
なんだ、悪い結果ではないのか。別に不満げな表情を浮かべる必然性はないじゃないか。私はほっとする。
「だがよ、近い未来が問題なんだ」
「近い未来?」
「そうだよ。ほれ、見ろ」
そう言いながら、その円形に置かれたカードの左下側を指差す。そこには、つる草で足を縛られ、逆さづりにされた男が描かれている。
「こいつだよ、こいつ。ここんとこ、誰を占ってもこいつが出てくるんだよ。まいっちゃうよな」
この女機関銃士は、あの奇妙なカードを見て嘆いていたのか。しかし、私には何のことやらさっぱり分からない。
「これが、どういう意味を持っているんだ?」
「ああ、こいつは『吊るされた男』って札でよ、ひと言でいやあ、試練や犠牲的行為って意味を持っているんだぜ」
「なんだ、今は戦時下じゃないか。常に試練と犠牲的な環境に置かれているだろう」
「そりゃそうなんだけどよ、うーん、それにしてもなぁ……」
なんだ、さほど深刻な話でもなさそうだな。我々の日常を言い表しているだけじゃないか。私はそう解釈する。
「で、一番下にあるこのカード、ここはその対処法を示すカードなんだけどよ、これが『塔』の逆なんだよ」
「塔? 塔が、不吉な意味を持っているというのか?」
「そうだ。塔ってのは、人が神に近づこうとした驕りの象徴であり、それゆえに神の怒りである落雷を呼び寄せるって意味なんだよ。そいつの逆さってことは、とんでもねえ理不尽が降ってくると言ってるようなもんだ」
「なんだそれは? まさか、理不尽な敵でも現れるというのか?」
「敵とは限らねえな。むしろ、味方の方が厄介な場合だってある。まあ、ここで言いてえのは、とにかく耐え忍べってことだぜ」
とまあ、将来の明るさに比べたら、その手前で起こる暗い運命を思い知らされて、私の占いは終わった。ああ、こんな気分になるのなら、占いなんて頼むんじゃなかった。
と、心の中でぼやきながら私は、例の店に立ち寄る。
「悪い結果、というわけではなかったのだろう?」
そこで砲長のマンテュマー大尉が、ロヒケイットという鮭、じゃがいも、ニンジンなどの入ったシチューを食べながら、そう私に話す。私はいつものように、ポロンカリスティスというトナカイ肉のシチューを食しているが、この砲長の一言でそのスプーンが止まる。
「いや、それはそうですが、近々何かが起こりそうだというリーコネン上等兵の懸念ぶりが気がかりなんです。なんだか、私の将来や希望にケチをつけられたようで」
「とはいえ、試練が続くのは事実だろう。オレンブルクとの和平交渉も難航していると聞く。となれば、この間のような戦いはまた起きる」
といって、まるでその結果を気にしない砲長を前に、私も少し考え過ぎなのかと思い始めてきた。そうだな、規定事実を確認しただけじゃないか、何を今さら……そういう気持ちになってきた。
が、この占い結果が、思わぬ形で現実となる。
その翌日、定例のブリーフィングにて、副長からとんでもない話を聞かされる。
「えっ、爆撃任務、でありますか!?」
砲長が驚愕の声を上げる。砲撃科はもちろん、航海科や機関科も同様に、この決定に懸念を示す。
「ちょっと待って下さい! ただでさえ重い砲塔を搭載しているんですよ!? この上、焼夷弾や爆弾を搭載しようものなら、明らかに重量過多です!」
「そんなこと分かっている」
「最大速力と旋回性能も、前回の修理時に大型化した気嚢のおかげで低下しているんです。そのうえでさらに重量増となれば、戦艦としての機動力が大きく損なわれます」
「そうだ、だから……」
「機関科としても懸念があります。燃費低下により、航続性能が落ちることとなるでしょう。そうなれば作戦行動上、大きく制約を受けることになりかねません」
「だから! その程度のことは私も承知している! 当然、進言した! その上での、司令本部の決定だ!」
わりと温厚な副長が、珍しくキレた。副長としても今回の決定は、よほど腹に据えかねているようだ。それはそうだろうな。ただでさえ重い主砲を搭載しているというのに、その上で爆撃任務と焼夷弾を押し付けられたのだから。
「……敵にも、戦闘爆撃艦が現れた。しかもヴェテヒネンの砲撃命中精度は、他の艦と比べても著しく高い。おまけに、爆撃任務を経験した乗員ばかり。だから、王国初の戦闘爆撃艦に任命しても、その期待に十分、応えられるであろう、とのハーパミエル少将閣下からの進言が採用されてしまった。そういうことだ」
ハーパミエル少将とは、空軍本部における総参謀長である。独立戦争がはじまり、オレンブルク軍の爆撃艦が各都市を火の海に変える中、既存の民間飛行船を改造して防空任務を指揮し、それで王都や主要軍事都市を守り抜いた、いわば英雄である。その後は空中戦艦の人員育成をたった10か月で成し遂げ、開戦から1年ほどでオレンブルク軍の空からの侵攻を食い止めたとされる、凄腕の指揮官である。
が、凄腕ということは、それだけ無茶ぶりも酷いということでもある。その総参謀長がこの度、我が艦に王国初の戦闘爆撃艦という名誉を与えた、いや押し付けてきた、というわけである。
カンニスト中将の右腕と称されるお方の決定となれば、逆らうわけにはいかない。ハーパミエル少将による指揮のおかげで、我が空軍、ヴェテヒネン、なによりも王国全土が救われたことは否めない。
となればこの決定、受けざるを得ない。
「この艦の下面に、15メテ・グラーテもの焼夷弾を搭載するのでありますか?」
「そうだ、ゴンドラ内には搭載する余地が全くないからな。むき出しでぶら下げる他、方法がない」
にしてもだ、砲長の話を聞く限りでは、随分と大雑把な改造で焼夷弾を搭載させられることになる。地上に繋留されているヴェテヒネンのゴンドラを眺めながら、私はその姿を想像する。
そんな姿を晒せば、誰がどう見てもあれは爆撃任務中だとバレるな。それだけじゃない、武装偵察艦に至近距離で剥き出しの焼夷弾を撃たれたら、それこそ致命傷になりかねない。
あまりいい未来が描けない。なんていう無茶な決定だと、嘆くばかりだ。そこでふと私は、リーコネン上等兵の占い結果を思い出した。
ああ、あの時言っていた、試練と理不尽とはこのことか。
『繋留錘切除! ヴェテヒネン、発進する!』
艦長号令の下、ついに王国初となる戦闘爆撃艦となったヴェテヒネンが出港の日を迎える。カレリーア峠付近に、敵陸軍3個大隊が集結しつつあるとの連絡を受け、我がヴェテヒネンに出撃命令が出されたのだ。
『高度400、機関始動!』
『両舷前進微速!』
『前進微速、ヨーソロー!』
ところがだ、いつもと比べると、明らかに上昇速度が遅い。体感できるほど、この艦が重くなっていることが分かる。それでも2000メルテまでは上昇を続けるが、2500辺りで上昇が止まってしまう。
『これより、当艦はキヴィネンマー要塞に向けて進発する。各員、偵察艦の接近に警戒せよ』
艦長が伝声管にて、艦内に警戒を呼び掛ける。しかしだ、今、偵察艦の襲撃を受けたなら、おそらく避けることができないだろう。それほどまでに艦の動きが鈍い。
「さあ、みなさーん、じゃんじゃん食べて、じゃんじゃん出して、艦を軽くしてくださーい!」
その日の昼には、マリッタがこんな呼びかけをする始末だ。調理師の分際で、艦内にある食糧を食べ、それを糞尿に変えて外に放出せよと言い出すとは、逆に言えば誰の目にもこの艦の重量過多が分かるほどの状況なのだと知らされる。
「しっかし、こいつは硬えなぁ。誰だ、こんな食えねえ代物を考え出したやつは?」
リーコネン上等兵が、例のビスケットをかじりながら文句を言っている。しかしだ、こいつだって教練所を経てここにいるはずだから、ビスケットくらい経験済みだろう。何を今さら、ぼやく必要があるんだ?
「そんなに気に入らないなら、得意の占いで柔らかく食べる方法でも見つけたらどうなんだ」
「アホか、俺の占いで、そんなこと分かるわけねえだろうが」
なんだ、占いとはその程度のものだったのか。それではやはり計算工学にとって代わることなど不可能ではないか。一瞬でも期待して損した。
「で、おめえはどうやってこいつを食うんだよ」
「私は歯で少し齧った後にオリーブオイルをしみ込ませ、さらに酢漬けキャベツに浸してから齧りついている」
「おう、機関銃の姉ちゃんよ、俺の場合は酢漬けキャベツの下に敷いておいてだな、それを食べ終えた頃に引き上げて一気に砕くんだぜ」
「はぁ~、おめえらみんな、いろいろ考えてんだなぁ、おい」
この機関銃士のいいところは、さほどプライドがないところだ。ビスケットの食べ方ひとつでも、他の者の意見を聞いて取り入れる。早速、オリーブオイルを浸して、それを酢漬けキャベツの中に突っ込んでいる。
「にしてもよ、もうちょっとマシな戦闘食を供給してくれねえもんかねぇ」
「何を言っている、これでも我が王国軍の中ではかなりマシな方なんだぞ」
「はぁ? そうなのかよ。でも、俺がいた教練所じゃ、もうちょっとマシなもん食ってたぞ」
「そんなわけないだろう。士官学校ですら、この硬いビスケットは避けて通れない」
「俺がいたところは、フロマージュ共和国内の教練所だったからなぁ。あそこの戦闘食は、もうちっとばかしマシなものが出てきたぞ」
「は? お前、フロマージュ共和国の教練所にいたのか」
食事中のたわいもない会話の中で、意外な事実を知った。リーコネン上等兵は王国内の教練所で訓練を受けていたわけではないと判明する。
「ちょっと待て、フロマージュ共和国では、教練中に戦闘食は口にしないのか?」
「んなこたねえよ。しっかり食わされたぜ、戦闘食」
「じゃあどうしてビスケットの食べ方に慣れていないんだ」
「そりゃあ、あっちじゃこんな硬えもん、出なかったからな」
「はぁ!? それじゃあフロマージュ共和国軍の戦闘食って、何が出るんだ」
「そうだなぁ、いろいろあったけどよ、乾パンにコンビーフ、ナッツ類が基本で、そこにコーヒーかコンソメスープ、牛か羊の乾燥肉、じゃがいもやニンジンの入った缶詰に、そうそう、カレーとチャパティってのもあったな」
「なんだその最後の、いかにも辛そうな名前の食べ物は?」
「なんていうかな、香辛料の塊みてえなドロっとした食いもんで、実際にちょっと辛いぜ。だけど、生臭い乾燥肉に当たった時なんぞは、そいつをつけて食うとこれがけっこう誤魔化せる。重宝したぜ、カレーってやつは」
「ちょっと何それ、詳しく!」
「詳しくって、どれのことだよ!?」
「カレーってやつのことよ! なにその魔法のような食材は!」
「お、俺も詳しくはねえんだ。聞いた話じゃよ……」
マリッタがこの奇妙な食い物の名前に反応して、リーコネン上等兵に食いついてくる。そのリーコネン上等兵の話によれば、そのカレーというのは、次のようなものだという。
遠く南国から伝わった黄色、あるいは茶色い液状のもので、複数の香辛料を組み合わせてつくられるという。それを、チャパティという薄いパンのようなものにつけて食べる。
が、とにかく芳ばしいその香りが、あらゆる食べ物の味に勝るという。それゆえに、生臭い野菜や肉でもこのカレーに混ぜてしまえば、かなり誤魔化せるという。実際、フロマージュ共和国軍でもかなり重宝されている食材だと、リーコネン上等兵は話す。
「まあ、硬いものをどうこうするのは無理だけどよ、森の中で捕まえた野獣の類いを食う時には、臭みのある肉でも食えるようにしちまうんだ。聞いた話じゃ、ヘビやカエルの類いをカレーにつけて食ったやつもいるってことだ」
「えっ、ヘビやカエルも食べられちゃうの!? どんだけすごいのよ、そのカレーって食材は!」
現地の言葉で、辛い液体という意味の言葉が転じてカレーと呼ばれているそうだが、辛さは香辛料の配分でどうとでも変えられるらしい。
さすがは世界中に植民地を持ち、常に最先端をいく国というだけあって、戦闘食ですらも我々の想像を超えてくる。その未知の料理が、イーサルミ王国軍でも採用される日を願う。
そんな異国に料理に心弾ませていると、伝声管から航海長の声が響く。
『これより、大きく右に回頭する。総員、衝撃に備え。面舵いっぱい!』
『おもーかーじ!』
急にヴェテヒネンが方向転換する。ゴンドラが大きく傾き、衝撃でテーブル上の煮豆の山が崩れ、私の酢漬けキャベツがこぼれそうになる。慌てて私はその皿を持って床に伏せる。目前を、空の空き缶がガラガラと音を立てて、この食堂兼作戦検討室の中を転げ回る。
「な、なんだ?」
こんなところで急に方向転換するなんて、敵の接近でも察知したのか? そう思いながら、私は残った酢漬けキャベツを流し込むように口の中に放り込み、立ち上がって左側の窓の外を見る。
そこに見えたのは、何の変哲もない積乱雲だ。しかも、まだ遠い。それ以外には特になにも見当たらない。まさか、あの積乱雲を避けたのか?
この不用意と思える回頭指示のおかげで、テーブルの上が大変なことになっている。べたべたとした豆がこぼれてテーブル上で広がり、さらに床に落ちたリーコネン上等兵の食べかけのビスケットと酢漬けキャベツの上に、それがボタボタとこぼれ落ちている。
「なんだ、まだ食ってたのか」
その音を聞きつけて、隣の艦橋から副長が現れる。テーブル周辺の惨状を見てぼやく副長に、リーコネン上等兵が食ってかかる。
「いきなり動かすこたあねえだろう! なんで急に回頭なんてしやがったんだ!」
この上等兵は、どういうわけか上官である副長に対して、いつもタメ口だ。なぜかそんな言動を受け入れてしまう雰囲気がこの上等兵にはある。
「いや、すまない。何せ雲から離れねばならないことに気づいたから、慌てて離脱するはめになった」
「なんで、わざわざ雲から離れる必要があるんだよ」
「雲のすぐそばに偵察艦がいたら、この重いヴェテヒネンが避けられると思うか?」
この副長の一言で、なぜ回頭指示が突然出されたのかを知る。いつもならば、敵艦と遭遇してもすぐに回頭し避けられるが、今は文字通り、重い爆弾を抱えている。そりゃあ神経質にならざるを得ない。
「なんだよ、そんなやつ、俺が叩き落としてやるよ」
と、機関銃士は副長に向かって言い切るが、前回の戦いでも偵察艦の接近をゆるした上に、一撃では落とせなかったじゃないか。最終的には落とせたが、今回は前回よりも条件的に不都合が多い。それに、その自信はあの怪しげな占いによるものだろう。余計にダメだ。
で、その後はせっせとテーブルの下にこぼれた豆やビスケットを拾う羽目になる。1時間ほどすると食堂は片付き、ブリーフィングも行われた。
これほどの犠牲をともなったわりに、結局、偵察艦との接触はなかった。
それから7時間後、日が暮れたキヴィネンマー要塞に到着する。
「えっ、このまま夜戦に突入ですか!?」
ところがだ、すっかり暗くなったこの国境付近の拠点では、すでに戦闘が始まっていた。夜陰に紛れて、敵の部隊が侵入を試みたのだ。
「味方が戦っている中、高みの見物とはいかない。我々は味方の地上支援のためにここに来た。となれば、戦闘突入せざるを得ないだろう」
と、砲長が至極当然の正論をぶん投げてきた。ただでさえ余計な清掃作業をやらされた上に、ストレスが溜まるほどの鈍足なまま回避運動だらけの航路にうんざりさせられて、どっと疲れが出ているところでの戦闘指示だ。
ああ、なんだってこんな夜更けに戦闘なんて始めるんだ。朝にやれ、朝に。そう考えながらも、窓の外を見る。
ちょうどそこに、照明弾が放たれた。要塞砲によって撃たれたこの太陽のように眩い光を放つそれは、私の眠気を一気に振り払う。
それ以上に、その灯りが照らす地上の風景に、私は圧倒される。
無数の兵士たちが、まさに最前線の塹壕を目指して行軍している。その後方には、例の自走砲車が砲撃準備に入っていた。
それは以前に見た同じ戦場の風景よりも、はるかに大規模だ。これほどの敵が押し寄せているとは……
その無数の敵という現実を目の当たりにして、私の脳は一気に戦闘態勢に入る。




